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王家の仕事

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 パチンと薪が爆ぜる向こうで、美貌を戸惑わせるヒースをフィオナが睨みつける。

「私たちを巻き込んだ。とか思ったりしてなきゃ、そんな顔しないわよね? なんで自然現象のブーストの発生が、自分の責任だとか思ってるわけ?」
「……別にそんなことは」
「じゃあ、なんでそんな顔してるのよ! 言っとくけど誰の責任でもないし、なんなら義務でもあるじゃない!」
「義務?」

 怪訝そうに眉根を寄せたヒースに、フィオナは鼻息荒く腕を組んだ。

「そう、ブーストに立ち向かうのは国民の義務! ブーストは自然現象なの。対策してても完全には防げない。早い段階でなんとかしないと、いずれスタンピートにまで発展する。何もしなければ王国は蹂躙されて滅亡する。そうならないために戦うのは、もう王国民の当然の義務でしょ?」
「……そうかもね。でもブーストは防げたかもしれない。もっと定期討伐で数を減らしていたら……」
「ねえ、騎士団の人手不足も自分の責任とか思ってるの? 違うでしょ? 貴族が腰抜けだから悪いんでしょ!」

 憤然と吐き出したフィオナに、ヒースは顔を上げて苦笑した。

「ああ……修了者の進路を調べたんだね」
「遅らばせながら教授に指摘されて慌ててね。そしたら何よ! 早く調べておかなかったことを後悔したわ。王宮が人手不足になるわけだわ」
「正確に言うと騎士団が、だけどね」
「結界は侵入を防ぐだけで、魔獣を消滅させられるわけじゃないのに……」
「うん」
 
 もう三年以上も鳴ることがないビースト・アラート。誰もが結界内にいれば安全だと信じ込んでいる。でも安全なのは結界があるからではない。結界が魔獣の侵入を防ぐ間に命懸けで討伐する者たちの存在が、今王国を安全に保っている。定期的に周辺の討伐をしているから、ブーストの発生を回避できている。王国を覆う結界の存在に、その事実を王国民は忘れてしまっている。結界の外では今も変わらず、魔獣が跋扈しているのに。
 平和への過信。それが帳簿上の数字からだけでは読み取れない、学園の赤字転落の本当の理由だ。結界ができる前と何も変わっていない。時間稼ぎができるようになっただけで、いざとなれば命を賭して戦うしかないのが現実なのに。
 王宮付きになればいざという時は、国を守るため命を賭して戦うという誓いが必要になる。その誓いの回避のため、王宮への就職を一部の貴族たちは避けるようになったのだ。
 
「上位貴族はまだ現実を忘れていない……でも中位や下位の貴族はすっかり忘れてる。王家との繋がりが切れないように、一人だけ王宮に文官で送り込んだら、あとは揃いも揃って魔石刻印技術者になるって……腰抜けばっかじゃない!」

 魔獣が溢れる結界外に出なくてすむ上、貴族の品位も保てる。そんな理由で魔石刻印技術者に中位以下の貴族が殺到している。そんなに技術者いらない。ましてやちゃんと技術のない技術者なんて、不用品でしかない。
 ヒートアップするフィオナに、ヒースが宥めるようにカップを差し出した。勢いに任せてぶんどったフィオナに、ヒースが苦笑を浮かべる。

「ふふ……貴族家門が全部アレイスターなら僕も楽だったんだけどね」
「もういっそ義務にしちゃいなさいよ!? 貴族という身分の恩恵の分、ちゃんと義務を果たせって。王国がなくなったら貴族どころか、住む土地さえなくなるのよ? そうしないためにも義務化して、騎士団に十分な兵力を揃えるべきだわ!」
「義務化か……うーん、どうだろう?」

 静かに焚き火の炎を見つめるヒースに、フィオナはもどかしくなった。

「ヒースは腹が立たないの? 義務は果たさないのに、権利だけは主張するのよ?」
「フィオナ、王家の仕事ってなんだと思う?」
「王家の仕事? って……いきなり何?」

 唐突な質問にフィオナが首を傾げると、ヒースは柔和な美貌に小さく笑みを浮かべた。

「魔獣からの侵略を防ぎ王国を守ること? それとも他国に抜きん出て豊かな国を作り上げること? その両方か、はたまた別にあるのか……」
「うーん……」
「僕はまだ明確な答えを出せていない」
「……難しいこと、考えてるのね」
「フィオナが気楽なだけだよ」
「そう……なのかな? でも確かに学園がちゃんと存続できて、みんな平和で元気がいい……かな?」
「ふふ……シンプルでいいね。実際それくらいシンプルでいいのかもしれないけどね。やるべきことが明確になるから。まあ、平和で豊か。これは最低条件だとは思ってる」

 フィオナを見つめるヒースの新緑の瞳に、揺らめく炎が映り込み瞬くように煌めいた。

「だからそのために騎士団の義務化をすれば……」
「ねえ、フィオナ。騎士団に入団するってことは、王国を魔獣から守るために命をかけるってことだよね?」
「そうね」
「義務化って王家の権限で、国のために死ねって強制するってことだ」
「あ……」
「僕は王家がすべきことは何か。その答えを出せてもいない。確固たる信念もないのに、国のために死んでくれとは言えないかな」
「ごめん……軽率だった……」

 そこまで考えて言葉にしたわけではなかったフィオナは、恥入るように俯いた。ヒースはフォローするように声の調子を変えた。

「軽率だなんて思わないよ。現に騎士団は人手不足だ。人員を確保できていたら、今回のブーストも避けられたかもしれない。だからいつかは義務化しなければいけなくなるかもしれない。でも安易に決断できることではない」
「うん……」
「そんな顔しないでよ。ほら、義務化したところで志のない人間が、この圧迫されるような不穏な魔力の中踏みとどまれるかってことでもあるんだし」
「そっか……それもあるね……」

 息が詰まるような濃密な魔力。それだけの数の魔獣が集まっていると肌で感じる。フィオナには逃げるという選択肢がないだけで、他の人は耐えられなくて逃げ出すかもしれない。討伐の経験のあるフィオナでも、苦しく感じるほどなのだから。
 数を増やせば解決するわけじゃない。フィオナより深く、そしてずっと先まで考えてるヒースに、なんてバカなことを言ってしまったのか。

「おいていかれるわけね……」

 早く大人になろうとしているヒースとレオンは、ちゃんと大人になっていけてる。フィオナを置き去りにして。

「フィオナ?」
「……なんでもない。私も少し寝なくちゃ。ヒースもレオンと交代したらちゃんと寝てね」
「あ、うん……」
「おやすみ」
「おやすみ……」

 顔を上げられないまま立ち上がり、フィオナはテントへ向かった。さっとテントの入り口の布を引き、滲んできた敗北感にも似た苦さに唇を噛み締める。

「おいていかれるのはやだな……」

 ついて出た自分の独り言の情けなさに、フィオナは胸が苦しくなった。肩を並べて対等に競い合っていたはずなのに、気づけばずっと先を歩いている。

「そりゃ頼れないよね……」

 友達なんだから頼ればいい。そんな風に思っていたのが恥ずかしい。こんなに差が開いていたことにも気づかない相手に、頼れるわけがないのだから。
 フィオナはため息を吐き出し切って、ぐっと顔を上げた。置いていかれるのが嫌なら、頼られないのが情けないなら、そんな自分を変える努力をするしかない。

「まずは……寝よう!」

 疲れ切った頭ではいい考えは浮かんでこない。しっかり寝てバッチリ体力を回復して、まずはブーストをなんとかする。そしてしっかり脳みそを元気にしたら考えてみよう。なんだか色々大変そうな友達に、フィオナのピンチにチャンスをくれたヒースに、力になれる方法が何かないかを。友達なんだから頼ればいい。いつでもどんな時でも、友達にそう言える自分でいたいから。

「よし!」

 フィオナは気合を入れて着替えを済ませると寝袋に潜り込む。いつでもどこでも眠れる特技はこの日も健在で、目を閉じた瞬間フィオナはあっという間に深い眠りに落ちていった。この不穏な静けさと渦巻く魔力の中、ぐっすり眠れるのはある意味才能だった。
 
 
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