聖騎士様の信仰心

宵の月

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第二章 聖騎士様の復讐心

後始末

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 渋い顔をした父親とその横に立つ大神官。さらには根源と生命の代行者が睥睨するように、ラヴィーナを見ている。王の執務室に漂う空気にラヴィーナは、肩を震わせ俯いていた。大きなため息を吐き出し、王が静かに口を開く。

「ラヴィーナ、なぜあのような騒ぎを起こした……リュカエル卿の婚姻は、神託で結ばれる婚姻だ。それなのに……」
「……なぜ……なぜ私が責められるのです!!」

 ラヴィーナはガバリと顔をあげ、居並ぶ面々をキツく睨みつけた。

「私が……私こそがリュカエル様の妻に相応しい……!! それなのになぜ私を責めるのです! 平民の五歳も年上の未亡人が、リュカエル様に相応しいとでも思うのですか!!」
「口を慎んでください!!」

 王が口を開こうとしたのを遮るように、大神官が叩きつけるように声を上げた。睨みつけたラヴィーナの視線に怯むことなく、その瞳は怒りに燃えているようだった。

「王族でありながら、愛し子がどれほど尊いものかお分かりにならないのですか!!」
「平民の年増が尊いわけないでしょう!!」
「ラヴィーナ!!」

 大神官に叫び返したラヴィーナに、王が慌てて叱責の声を上げた。手負の獣のように振り返ったラヴィーナが、代行者達さえも怒りを滲ませていることに呆然とした。

「なぜ……デリフォン様もフォントン様も、そのような目で私を見るのですか? 王家に仕える代行者でしょう? 同じ代行者のリュカエル様が、王家とつながることがご不安なのですか……? 王家は例えエリスコアと婚姻を結んだとて、忠誠篤き公爵家を決して蔑ろになど……」

 瞳を潤ませたラヴィーナに、根源のデリフォンは首を振り、生命のフォントンはため息をついた。大神官に至っては殴りかかりそうなほど、顔を怒りで真っ赤にしている。

「……殿下。我々は王家に仕えているのではありません。神に仕えているのです。仮にリュカエル卿が王家と繋がろうがなんの障りもありません」
「でしたら……!!」
「リュカエル卿の婚姻は、我々が心身を賭して仕える、その神が望まれた神聖な婚姻です!」

 語気を荒げた温厚で知られたフォントンの声に、ラヴィーナが打たれたように押し黙った。デリフォンが昂然と顎を逸らし、腕を組んでラヴィーナを睥睨する。

「此度のドラゴンの狂化を鎮めたのは、かの公爵夫人だ。畏れ多くも神より直接神力を下されて。神の寵愛を受ける愛し子の中でも、夫人がどれほど深く寵愛されているのか、わからないとでも?」
「嘘よ……リュカエル様が……」

 呆然と瞳を揺らすラヴィーナに、大神官が鼻息を勢いよく吹き出した。

「殿下! 神学で学んだはずですよ? 神は最低限の豊かさを常に約束してくださる。そして代行者は国を大きな脅威から守る。大いなる血を宿されている。ですがより大きな豊かさは神の寵愛する、愛し子によってもたらされている! 国に三名だけの代行者ではなく、広く国を巡る幾人もの愛し子によって!!」
「愛し子の方々は我々代行者がいる王都へは、滅多に立ち寄らない。田畑もなく代行者もいる。その代わり原則として王都から離れられない我々に代わり、神の恩恵を各地に分け与えている。大多数の国民は代行者などより、よほど愛し子を尊重している。身近に寄り添い恩恵を分け与えているからだ。領地の管理が適当で王都に入り浸り、数字ばかりを気にする高位の爵位の者ほど代行者に媚びる」
「気にしている数字は愛し子次第であることも忘れて。神より直接神力を下された愛し子に、これほどの騒動を引き起こした王族を国民は許さないでしょう」
「嘘よ……違う……違うわ……」

 ボロボロと泣きながら、震える声で呟くラヴィーナに王は深くため息をついた。

「ラヴィーナ、私はお前を甘やかしすぎた。……謹慎を命じる。教師をつけるから国政も神学も学び直し、創世神紀を百度ほど書き写しなさい。それまで王女宮から出ることは許可しない」
「そんな……お父様!! 創世神紀を百回書き写しなんて何年かかるか……!!」
「ではお前に付き従った令嬢達のように、神殿で奉仕しながら創世神紀を書き写すか? ゆっくりやっても五年だ」
「お父様!!」

 絶望したようなラヴィーナの叫びに、王は眉尻を下げて父親の顔になった。

「ラヴィーナ。私はお前がかわいい。学び直してくれ。そして幸せな結婚をしてほしい。謁見の際にお前との婚姻の打診をした。だがリュカエル卿には、第二夫人は愚か、夫人以外の女性を受け入れる気持ちは微塵もない」

 大神官と代行者達が、王を振り返って虫を見るような目を向けた。王は開き直って、その視線を無視した。

「……ラヴィーナ。リュカエル卿はどうあってもお前を愛することはない。それにな男は顔ではない。絶対に。中身なんだ。またいつか心から慕う相手ができた時、今度こそ想い合えるように学び直しなさい。お前に幸せになってほしいんだ……」
「お父様……でも、でも……リュカエル様より美しい顔の方なんて、どこにもいないじゃないーーーー!!」

 とうとう泣き崩れたラヴィーナに、全員が疲れたようにため息をついた。わんわん泣き喚くラヴィーナが連れ出され、執務室に沈黙が落ちる。

「顔……」

 フォントンがこぼした呟きに、沈黙はさらに冷え込んだ。リュカエル・エリスコアは確かに美しい。神の奇跡と言ってもいい。だが、中身に問題がある。非常に。本当に男は顔じゃない。絶対に。学び直して得た教養で、それを悟ってくれることを願うしかない。

「……リュカエル卿の望んだ褒賞は何でしたか?」
「まだ保留するそうだ……」
「そうですか。此度の件、神はお怒りです。我々の神器も。例え退位を望まれたとして、厳粛に対応されるようご忠告いたしますよ」
「……ああ、分かっている」
「私達はこれで」

 フォントンの冷たい声に、デリフォンと大神官も頷いた。王の震える声の返事に一瞥し、三人は退室していった。取り残された王は、死刑宣告を待つような気持ちで、深く深くため息をついたのだった。

 
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