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第一章 聖騎士様の信仰心
一粒種
しおりを挟む最終結界を出て、リュカエルは半壊した聖騎士団の砦跡地に、眠るアンナをそっと横たえた。帰郷は明日、ドラゴン一家が神託で示されていた西の禁足地へ、出立するのを見届けてからと決めた。
マントでくるんだアンナは静かに眠り続けている。自身の体温を分けるようにシュルツがそっとアンナに身を寄せた。奥底をくすぐられるような幸福感に、リュカエルは何度も笑みを漏らす。砦への道中からずっとニヤつくのリュカエルに、アイギスはうんざりと冷えた。
「アンナ……」
ありがとう。亜麻色の髪を梳き撫でながら、リュカエルが愛おし気にアンナを見下ろした。甘いため息を小さく漏らし、側に座ると内ポケットからドラゴンの涙を取り出した。淡い輝きに蕩けるようにリュカエルは目を細める。アンナと自分の間に子を授けてくれる秘宝。もうただ眺めているだけで、笑みが浮かびあがってくる。何なら生まれる予定の我が子のように愛おしい。
「ふふっ……アンナに似た女の子がいいな」
リュカエルの独り言に、アイギスが呆れたように刀身を震わせた。
『……代行者……それは、貴様が殺そうとした幼い我が同胞の涙だ』
冷ややかなアイギスの声は完全に無視して、リュカエルは矯めつ眇めつドラゴンの涙を眺めまわす。ようやくアンナを自分だけのものにできる幸福に、リュカエルは完全に浮かれていた。
「戻ったらすぐに婚姻申請書を出さないと。ふふふっ。この後に及んで神が拒否することはないですよね? アイギス?」
『……そうだな』
アイギスは適当に返事をした。そもそも神は引き離そうとしたわけではない。ただ寵愛する愛し子が幸せに生きることを願った。力の代行者がその血を継いでいくことを望んだ。人を愛する神がよかれと思ってしたことが、ことごとくリュカエルの望みの真逆だった。それだけだ。神と人の感性にだいぶ開きがあったことが不幸だった。
『それがあれば、貴様の望みは叶うだろう。神は代行者の貴様と寵愛する愛し子の幸せを願っておられる』
だいぶ心配してるがな。アイギスはにやつくリュカエルを見上げた。愛がちょっとどころではなく重くて、だいぶ拗らせている。人の機微に疎くても、それは神でも十分すぎるほど伝わったようだ。
《とはいえ、祝福以外の選択肢はない……》
リュカエルは真実、愛し子を愛している。なによりもう愛し子をあげないと何をやらかすか分からない。失恋で世界を壊す代行者とか迷惑すぎる。リュカエルの求婚をアンナが、受け入れてくれることをアイギスは願った。
子供のように嬉しそうに、ドラゴンの涙を飽きずに見つめているのを眺めていたアイギスは、ため息をつくと冷えるのを止めることにした。愛し子がもたらした優しい結末を、素直に喜ぶことにする。同胞は救われ、アイギスも魔剣に堕ちずに済んだ。
『……貴様の一粒種に会えるのが楽しみだな』
もしかしたらちゃんと信仰してくれるかもしれない。少なくとも神剣をぶん投げる、リュカエルよりはマシなはず。アイギスの期待の滲む呟きに、涙を飽きずに眺めていたリュカエルがぴたりと動きを止めた。
「……一粒種……?」
『付き合わされる愛し子が心配ではあるが、愛し子が側にいれば貴様も世界の命運を賭けたりしないだろう。次代のエリスコアは愛し子に似てほしいものだ……ん? 代行者?』
突然アイギスを掴んで立ち上がったリュカエルは、アンナを暖めるように寄り添うシュルツを見下ろした。
「シュルツ、アンナを頼む」
ブルルと鼻を鳴らしたシュルツに頷くと、リュカエルはアイギスを掲げた。
『な、なんだ? おい、代行者?』
「アイギス、結界を」
『な! おい!』
主の命に強制的に神気が解放される。神玉が光り眠るアンナを守る、強固な結界が張り巡らされた。そのまま足早に歩き始めたリュカエルに、アイギスがやかましく唸りを上げた。
『代行者! 突然何事だ! どこに行く!!』
「うるさいですよ、アイギス。何時だと思っているのですか」
『そんな時間にどこに行くつもりかと聞いているんだ!!』
「ドラゴンに会いに行くんですよ」
『は? 空気を読め!! 貴様は蛇蝎のごとく嫌われているんだぞ!』
断罪者として現れ、立ちはだかったリュカエルが歓迎されるわけがない。すでに去り際にはドン引きされて、露骨に不審者を見る視線になっていた。再突撃とかあり得ない。
『正気か? 関わりたくないとはっきり顔に書いてあっただろうが!!』
「ドラゴンからの心証がどうだろうと、どうでもいいです」
『ならどうして行く? 貴様は幼子のトラウマだぞ!?』
「はぁー、うるさいですね……少しは黙っていられないのですか?」
うんざりしたように立ち止まったリュカエルが、腰からアイギスを引き抜いた。目の前で盛大にため息をつくリュカエルに、アイギスはますますギンギンと刀身を鳴らした。
『貴様が同胞達に迷惑をかけようとするからだろうが! どういうつもりだ!!』
「どうもこうもありません。ただ、子供はたくさんいる方がいいなと気付いたのです」
不穏に口角を吊り上げたリュカエルに、アイギスがさっと青ざめる。
『なっ!? 貴様……何をするつもりだ……おい……やめろ!! 代行者!!』
ビンビンと刀身を震わせて騒ぐアイギスを腰に戻すと、リュカエルはスタスタと最終結界に足を踏み入れる。突然現れた同胞の大騒ぎする騒音と、不穏な笑みを浮かべて立つ代行者の再訪問。ドラゴン一家はあからさまに警戒を滲ませた。リュカエルは笑みを刻むと、ゆっくりと一家へと近づいた。
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