聖騎士様の信仰心

宵の月

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第一章 聖騎士様の信仰心

愛し子の愛

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「どうして……」

 リュカエルが呆然と呟く。結界で閉じ込めたはずのアンナは、愛し子だからでは説明のつかないほどの神気を纏っている。シュルツと共に一直線にドラゴンに向かっていく、馴染んだ清らかで優しい浄化の神気は間違いようもなくアンナのものだ。

「ダメだ……アンナ……」

 リュカエルは喉奥を震わせ、掠れた声を押し出した。あれほど殺意を持ってリュカエルに対峙していた、成竜さえももうリュカエルを見てもいなかった。神獣に乗って現れた女神のようなアンナに、成竜は神を前にしたかのように頭を垂れる。
 そっと静かに降りたったアンナは、リュカエルに振り返り優しく微笑んだ。まるで大丈夫だと言っているかのような笑みに、痺れたように動くこともできない。アンナはそのまま、ドラゴン達に向かい合った。

「ダメだ……アンナ……殺さなきゃいけないんだ……涙が必要なんだ、だから……」

 涙で固く凝った喉奥から、か細く懇願を絞り出す。届かない声にアンナは振り向かず、向けられた背はゆっくりとドラコンに向かって歩き出した。

「ダメだ……お願い……アンナ……」

 一歩ごとに神気の輝きを増すかのようなアンナに、リュカエルは手を伸ばした。禁足地にわだかまっていた瘴気が、輝きを増す神気に呑まれて崩れるように粉砕されていく。粉塵のように舞い上がり消える瘴気。息が詰まるほどに清浄な神気が膨れ上がり広がっていく。

「やめて……アンナ……」

 浄化されていく、全部が。ドラゴンさえ狂化させる穢れが、大地から空間から浄化されていく。もう手遅れに見えた幼い竜の目にも、理性の光が灯り始める。苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながら、近づくアンナに助けを求めるように瞳を縋らせている。

「アンナ……!」

 ドラゴンの涙が必要だった。神の寵児であるドラゴンは絶大な神気を宿している。個体ごとに違う神の恩恵に、互いの涙を与え合う。そうして同じだけの加護を宿して、ドラゴンは子を成す。愛し子は身に宿った加護のせいで子を成せない。代行者と違って血に宿った加護ではない。同じだけの神気を血ではなく身に宿さなければ子が成せない。涙がどうしても必要だった。

「アンナ……! ダメだ……!」

 殺さなければならない。子を殺された親が涙を流すために。そうすればアンナとの間に子供ができる。ゆっくりとアンナが、苦しむ幼竜に手を伸ばした。ドラゴンの住む禁足地には、平時は代行者でも拒まれる。今でなければ涙は手に入らない。

「アンナ……!!」

 崩れ落ちそうな足を縺れさせながら、リュカエルはアンナに必死に駆け寄った。どうしてもアンナが欲しかった。罪のないドラゴンを殺してでも。子を失う親の涙を踏み台にしても。エリスコアの血を繋ぐ。自分にとってはどうでもいい継承は、国にも神にもアンナにとってさえなによりも大切だったから。リュカエルの気持ちよりも優先されてしまうから。
 アンナが幼い竜に触れた。瞬間神気は奔流のように渦巻いて、穢れに呑まれたドラゴンに流れ込む。あたたかくどこまでも優しい神気が、一層輝きを増して辺り一帯を包み込んだ。

「アンナ……!!」

 リュカエルの接近に、ドラゴンが怒りの咆哮を上げ鋭い爪が肩を切り裂いた。それに構うことなくリュカエルは、アンナを両腕で絡めとる。祝福の金色を放つ瞳は、幼く無垢な魂を見つめたまま振り返らなかった。
 黒く濁った瞳、どす黒く穢れた鱗。幼子を絡めとっていた瘴気が煙のように浮き上がり、浮かぶ側から神気に触れてジュワっと音を立てて消えていく。目の前で浄化されていく幼い竜が、祝福の金色を取り戻していく。あの日、リュカエルを絶望させた色が、今またリュカエルの祈りを絶望に染め上げる。

 ―――神よ! 神よ! 神よ……!

 ドラゴンも禁足地一帯も完全に浄化し、ゆっくりと浄化の神気は収束していった。振り返ったアンナがリュカエルを見上げる。

「……ほら、力になれたでしょう……?」

 その瞬間、リュカエルが涙を溢れさせる。アンナがリュカエルに向ける愛。その手を汚すことなく、大罪を背負うことなく。輝かしき庇護の聖騎士のまま。どうか幸せでいてほしい。愛おし気にリュカエルに目を細め、アンナが微笑んだ。いつか我が子を抱くその腕を、幼い命を殺した腕にはしたくなかった。

「もう、心配いらないわ……リュカ……」

 充足感さえ滲ませて嬉しそうに微笑んだアンナは、疲労にゆっくりと目を閉じる。

「アンナ……!!」

 ふらりと傾いだアンナを抱き寄せ、リュカエルが涙にぬれた頬を寄せる。どこまでも清らかなアンナの愛。リュカエルのために駆け、犯した大罪を全て浄化してしまった。リュカエルの歪んで壊れた願いも祈りも全て一緒に。

「アンナ……」

 清らかで尊き愛は、リュカエルの穢れた願いさえも超えて。犠牲の上に成り立つ幸福を否定した。

『…………』

 過大な神気を降ろし疲れ切って眠るアンナを抱きしめ、むせび泣く悲痛な主の声を聞きながら、結末を見届けたアイギスは無言のままただ静かに二人を見守った。

 
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