聖騎士様の信仰心

宵の月

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第一章 聖騎士様の信仰心

動き出す獣

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 夕食の後片付けをするアンナは、背後に近づいてきた気配に、振り返らないままため息をかみ殺した。最近ことあるごとに抱き着くようになってきたリュカエルに、相当甘いアンナでも許容できない程の甘えっぷりに正直困っていた。

「……リュカ。後片付けが終わるまで座ってて?」

 覆いかぶさるように水場の縁に両手をかけ、囲い込んできたリュカエルに、アンナは困ったように眉根を下げる。

「そんな風にくっついてたら動きにくいでしょ?」
「手伝うよ。」

 鼓膜に息を吹き込むように囁くリュカエルに、アンナは再びため息を吐き出した。

「いいから座ってて? ね?」

 へばりついて離れないリュカエルは、確かに手際よく手伝ってはくれる。ただ、気が済むまで引っ付いてからでなければ動き出さない。そうしている間に終わらせた方がよっぽど早いと、アンナは巻き付くリュカエルに首を振った。

「リュカだって毎日、孤児院の雑用を手伝ってくれて疲れてるでしょ? 座ってて? ね? すぐ済むから。」
「やーだ!」

 断られて意地になったのか、拗ねた声を出したリュカエルは、水場の縁から手を放してアンナに腕を回した。

「……もう、リュカ!」

 大人しくしているよう言い聞かせるために、振り返ろうとしてアンナはひゅっと息を呑み固まった。がっちりと回された腕に引き寄せられて、リュカエルと密着した身体にあたる異物の感触。
 愛し子でも珍しく婚姻を経験したアンナには、それに心当たりがあった。服越しでも伝わるほど熱を帯び、反り立って固く張り詰めて存在を主張するモノの正体。

「あ……」

 小さく声を零して振り返りかけた顔を戻したアンナに、リュカエルはうっそりと嗤った。咄嗟に気付かないふりをしたアンナ。気付かなければなかったことになる、とでも思っているような態度に、リュカエルは笑みを深める。回していた腕を強く引き寄せ、ますます密着する。間違いようもないほど強く押し付けられた異物に、アンナはたまらず翻った声を上げた。

「リュ、リュカ……!!」

 押し付けられた欲望に、アンナは完全にパニックになっていた。

「アンナ……」

 ゆっくりと体温が近づき、耳朶に低く掠れて甘い声が吹き込まれる。途端に早鐘を打ち始めた自分の鼓動を感じて、アンナは本能的な危機感に身体を強張らせた。
 いつもの無邪気さの消えた声に、アンナの肌がぞわりと粟立つ。小刻みに身体が震え始めたことに焦って、アンナは振り切るように振り返った。そのまま手に持っていた泡だらけの木のボウルを、リュカエルに勢い任せに押し付ける。

「あ、後片付け、お願いね!!」

 その場を逃げ出したアンナの背を、リュカエルの縋るような声が追い縋ってくる。とても振り返ることなどできず、全力で二階への私室へと逃げ出した。バタリと扉を閉めた途端、アンナはその場にずるずるとへたり込む。

「……嘘、でしょ……?」

 無意識の呟きを落とし、乱れた呼吸とどくどくとうるさい鼓動を隠すように蹲る。どれくらいそうしていたか。混乱した思考も時間をかけて鎮まった心拍と一緒に落ち着き始める。顔を上げたアンナの頭に、一番最初に浮かんだのは、

(……勘違いかもしれない)

 だった。初心な愛し子はだいぶアウトな行動を、アイギスの柄が当たっていたのではないか、と考え始めた。そう信じたかったのかもしれない。きっと誤解だと。

「……そうよ……リュカがそんなことを思うはずない……」

 静かな部屋に零した独り言に、ますますアンナは確信を深めた。ずっと仲良しの姉弟のように、側にいたリュカエル。彼に限ってそんな考えがあるわけがない。
 そう思い始めたアンナは、今度はじわりと滲んだ罪悪感に胸を押さえた。傷ついたように引き留める、リュカエルの声が蘇り唇を噛みしめた。

「謝らないと……」

 勝手な勘違いで、振り返りもせずに飛び出してきた。繊細で寂しがり屋のリュカエルは、訳も分からず避けられて不安がっているはずだ。幼いリュカがそうだったように。
 アンナはのろのろと立ち上がった。とんでもない思い違いをしたことが、今になっては恥ずかしかった。気まずくとも、何もしないわけにいかない。大事なリュカが傷ついて、部屋で泣いているかもしれないのだから。
 どこまでも優しく純粋な愛し子は、ため息を吐いてキリをつけると、リュカエルに謝るべく私室を後にした。


※※※※※


 私室を出ると斜め向かいの部屋から、細く明りが漏れている。リュカエルは部屋に戻っていたらしい。漏れる光にアンナは口元を引き締める。覚悟を決めて近づくと、少し開いている扉に手をかけてゆっくりと押し開いた。

「……リュカ? あの、さっきはごめ……」

 俯きがちに小さく声を掛けながら開けた扉の先の光景に、アンナは目を見開いて完全に動きを止めた。眼前には、先ほどよりアウトな光景が広がっていた。

「……あっ……アンナ……アンナ……」

 狭い部屋のベッドの前に跪くようにして、リュカエルは熱く吐息を零していた。呼吸と一緒に押し出される声は、ひどく切なげに繰り返しアンナを呼んでいる。目元が赤く染まり、涼やかな瞳が快楽に恍惚と蕩けて見えた。

「……ふぅ……はあ……アン、ナ……いい……アンナ……」

 たまらなげにのけ反らせた頤。露になった白い首筋を、なぞるように汗が滴り落ちていく。握り込んだ手の隙間から、痛々しいほど起立した怒張は、擦られるたびにぐちぐちと卑猥な音を響かせた。
 のけ反って熱い吐息を零す快楽に蕩けた、美しいリュカエルの横顔の匂い立つような色香に、アンナは魅入られたように視線を外せなくなった。
 無邪気で清冽な天使のように美しいリュカエル。そのリュカエルが見せる、背徳を抱かせる息が詰まるほどの色香。

「……んぁ……あぁ……アンナ……アンナ……もう……」

 一心不乱にアンナがアイギスの柄だと信じたかったモノを、擦り立てているリュカエルがいっそう切なげに声を絞り出す。水音を立てて己を激しく擦りながら、もう片方の手に握り締めていたものを、鼻先に押し付けて香りを吸い込んだ。

(あ、あれは……)

 固まったままだったアンナが、衝撃に両手で口元を覆い息を呑む。リュカエルが怒張を握りしめながら、夢中になって匂いを嗅いでいるもの。

(私の、スリップ……!)

 唯一の絹の上等なスリップ。リュカエルから贈られたプレゼント。男性からしかも聖騎士から、なによりリュカエルから下着を贈られた。すごく綺麗だからアンナに似合うと思って、そう言って無邪気に笑って差し出してきた。あまりの無垢な笑みに、きっとこれが下着だと知らないのだと思って受け取った、あのスリップ。

(なん、で……)

 そのスリップにリュカエルが、鼻を埋めて匂いを嗅いでいる。スンスンしている。すごく。アンナが羞恥に顔にカッと血を昇らせた。呆然としているアンナの目の前で、リュカエルはスリップに鼻先を埋めたまま、浅く息を繰り返している。どう見てもアウトだった。

「ア、ンナ……はぁ……アンナ……いい……いいよ……アンナ、アンナ……」

 スリップの登場でますます興奮したのか、リュカエルは腰まで揺らし始めた。アンナに気付かない程没頭し、呼吸と手の動きはますます激しくなっていく。切羽詰まった動きの速度が増していく。

「ああ……アンナ……いく……アンナ、いく……ああ、いい……アンナ、アンナ!……ああっ!!」

 熱く掠れた喘ぎを零して手放したスリップに、リュカエルの怒張が白濁をぶちまける。陶然と快楽に表情を蕩かせながら、弾けた欲望で穢されるスリップを見つめるリュカエル。さすがにもう何かの間違いとは言えそうもなかった。
 最後の一滴まで絞り出すように、スリップに己を擦りつけていたリュカエルが、やがて満足げに吐息を吐き出した。衝撃に立ちすくんだままのアンナの目前で、リュカエルがゆっくりと立ち上がった。そしてそのまま振り返る。

「アンナ、大事にしてくれてたのに汚しちゃってごめんね?」

 気付いていなかったのではなかった。敢えて見せつけていた。やっと気づいたアンナが、快楽の余韻を滲ませた瞳の色に、射竦められて立ち尽くす。
 とうとう子犬の皮を脱ぎ去った狼を前に、純粋培養の愛し子はただ縫い止められたように、立ちすくむことしかできなかった。

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