聖騎士様の信仰心

宵の月

文字の大きさ
上 下
5 / 39
第一章 聖騎士様の信仰心

奇跡は自分で起こすもの

しおりを挟む



 薄いカーテンから差し込む日差しの眩しさに、リュカエルはゆっくりと目を開ける。王都の屋敷より深く眠れた朝でも、生活習慣として身についた目覚めの時間はいつもと同じだ。階下から聞こえる物音に耳を澄ませながら、リュカエルは深くため息を吐き出した。

 ―――神よ、本当に役立たずですね。呆れてものも言えません。

 床に放ったままのアイギスが、文句をつけるようにガタガタと音を立てた。発熱の兆候など微塵もない健康体な自分の身体に、リュカエルはがっかりして寝返りを打つ。

「……せめて旅人はくるんでしょうね?」

 とげとげしく吐き出したリュカエルに、アイギスはうんともすんとも反応しない。再びリュカエルは聞こえよがしにため息を吐き出した。

「そうでしょうとも。神ともなれば地上の一個人の、ささやかな些末事には関与しないんでしょうよ。」

 不貞腐れたように嫌味を当てこすったリュカエルに、アイギスが肯定するように無視を決め込む。リュカエルはムッと眉を寄せた。

「全く……他の神器もこうなのですか? 「神の意志を伝える神器」なんてたいそうなことを言ってますけど、めんどくさいだけで全然役に立ちませんね。」

 神への冒涜にばかりに敏感で、しょっちゅう遺憾の意を伝えてくる。邪魔だし不快だし、奇跡も起きない。

「……まあ、僕ほど信仰心のない代理人なんていないんでしょうけど。」

 アイギスが同意するようにヒュンと鳴る。がっかりしたリュカエルは毛布を引き寄せる。とはいえ、今回も祈りは届かなかった。理由はどうあれ結果はこれだ。もう寄進、やめよう。

「本当に使えませんね。神の意志なんてどうでもいいんですよ。僕の意思を神に伝えてください。受信専用とか舐めてるんですか? なまくら剣とか神器の中でも外れすぎるでしょう。それともあれですか? 外れに期待した僕が馬鹿だったんですか? アンナの手伝いをしたかったのに……はぁ……もういいです。奇跡は自分で起こしますから。」

 ビインと刀身が激しく震えたが、リュカエルは速攻で枕を叩きつけると、そのまま振り向きもせずに寝台に転がった。時間と共に騒がしさを増す階下の喧騒にじっと耳を澄ませる。
 パタパタと軽い足音に、笑みを刻むとリュカエルは毛布をかぶった。そう奇跡は自分で起こす。何度でも。やがて遠慮がちにドアがノックされ、静かにドアが開いた。

「……リュカ? 起きてる?」

 聞こえてきたアンナの声に、リュカエルはもぞもぞと毛布から顔を出した。

「……アンナ……」
「リュカ!? どうしたの? 具合が悪いの?」

 弱々しい小さな声と辛そうに顰められた表情に、アンナが驚いたように急いで寝台に駆け寄ってくる。そっと伸ばされた手が、リュカエルの前髪を掻きあげた。

「……熱は、なさそうね。疲れかしら……?」
「平気……ごめんね、朝の手伝いが出来なくて。」
「平気だなんて……こんなに辛そうなのに。手伝いなんていいの。ご飯は食べられそう?」
「うん。久しぶりのアンナの手料理だし。」
「いつでも作ってあげるわ。……辛そうね……パン粥がいいかしら?」
「本当に大丈夫。ちょっと寝付けなかっただけだから……」
「リュカ……」

 元気のないリュカエルに、アンナは心配そうに眉尻を下げる。そのままアンナは、ベッドを見下ろした。

「ごめんなさい。ちょうど空き部屋があったからって……王都からだもの、疲れてたのに……」

 古くて固いベッドに、アンナは肩を落とした。昔はともかく、今のリュカエルはエリスコアの嫡子として王都で生活をしている。長距離移動に疲れていても、ちゃんと寝付けなかったのだろう。配慮が足りなかったことにアンナは唇を噛んだ。

「アンナ、大丈夫だよ。」

 慰めるようなリュカエルの声に、アンナは顔を上げた。

「リュカ、ごめんね。私の家ではちゃんと眠れていたわよね? もしよければ移動しない? 家も上等なわけじゃないけど、ここよりは柔らかいわ。」
「でも……いいの?」
「空き室がない時はいつもそうしていたでしょ? リュカが滞在する部屋くらい用意できるわ。」
「ありがとう……そうさせてくれたら助かるよ。」
「ごめんね、気が回らなくて。」
「僕こそごめんね。」

 嬉しそうに微笑むリュカエルに、アンナもようやく愁眉を開いた。ブーンと低く唸るアイギスを枕の上から踏みつけ、リュカエルは一点の曇りもない感謝の笑みを浮かべた。

「朝食が終わったら、神父様に話してくるわ。そしたら家に一緒に行きましょう。」
「うん。荷物まとめておくね。」

 笑顔を見せてパタパタと駆け出していくアンナを見送り、リュカエルはニヤリと口元を歪める。床に転がったままのアイギスが、憤慨するようにガチャガチャと騒ぎ出すのを勝ち誇って見下ろした。

「黙ってください。神の奇跡とやらで手伝う気もないなら、そこで大人しく転がって見ていることですね。神の愛し子を僕が手に入れるのを。言ったはずですよ、僕は本気だと。」

 ガチャガチャビンビンうるさいアイギスを拾い上げ、リュカエルは色を濃くした瞳で嗤った。

「どうあっても僕はアンナを選びます。神に伝えてください。アンナへの寵愛を諦めるか、庇護の代理人を諦めるか。何もできないと言うなら大人しく見ていてください。僕は自分で奇跡を起こしますから。もうただ祈って我慢などしません。僕の献身を望むなら対価をお与えください。」

 神は三度、リュカエルの祈りを裏切った。信仰心などとうに消え失せている。リュカエルはゆっくりと立ち上がって、ガチャガチャビンビンうるさいアイギスを寝台に放り投げる。

「今も辛うじて代理人を果たしているのは、信仰心などでは断じてありません。それを忘れないでください。欲深いのはどちらでしょうね?」

 リュカエルにひたむきな献身を求めても、己の寵愛は決して手放さない。神のその強欲さには嫌悪すらわいてくる。

「僕が望むものはたった一つだ。」

 そのささやかな願いさえ叶えないというなら、全てを捨て去る。大人しくなったアイギスが、落ち込むように寝台に沈み込むのをせせら笑った。

「後戻りするのを期待しないでくださいね。神よ、あなたの寵児はあなたの強欲に泣かされるのです。」

 ふんと鼻息を吹き出すと、リュカエルはいそいそと荷物をまとめ始めた。悲しそうにベッドに沈むアイギスは一度だけビインと刀身を震わせた。鼻歌交じりのリュカエルは、アンナの屋敷に向かう準備をあっという間に完了させる。きちんとお座りして、アンナを待つリュカエルは、躾の行き届いた従順な犬そのものだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

転生したけど平民でした!もふもふ達と楽しく暮らす予定です。

まゆら
ファンタジー
回収が出来ていないフラグがある中、一応完結しているというツッコミどころ満載な初めて書いたファンタジー小説です。 温かい気持ちでお読み頂けたら幸い至極であります。 異世界に転生したのはいいけど悪役令嬢とかヒロインとかになれなかった私。平民でチートもないらしい‥どうやったら楽しく異世界で暮らせますか? 魔力があるかはわかりませんが何故か神様から守護獣が遣わされたようです。 平民なんですがもしかして私って聖女候補? 脳筋美女と愛猫が繰り広げる行きあたりばったりファンタジー!なのか? 常に何処かで大食いバトルが開催中! 登場人物ほぼ甘党! ファンタジー要素薄め!?かもしれない? 母ミレディアが実は隣国出身の聖女だとわかったので、私も聖女にならないか?とお誘いがくるとか、こないとか‥ ◇◇◇◇ 現在、ジュビア王国とアーライ神国のお話を見やすくなるよう改稿しております。 しばらくは、桜庵のお話が中心となりますが影の薄いヒロインを忘れないで下さい! 転生もふもふのスピンオフ! アーライ神国のお話は、国外に追放された聖女は隣国で… 母ミレディアの娘時代のお話は、婚約破棄され国外追放になった姫は最強冒険者になり転生者の嫁になり溺愛される こちらもよろしくお願いします。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく

おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。 そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。 夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。 そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。 全4話です。

月がきれいだった

ピコっぴ
恋愛
あまりにも月が綺麗だったので、もっとよく見たかっただけだったのに 小さい時から、星より太陽より、月が好きだった⋯⋯ 月をもっとよく見るために、外へ出てみた雨傘上がりの宵の口 地面に映る月の端を踏んだら、私はサラサラと爪先から崩れて消えた 目覚めると、湯に浮いていた ──寝湯で見た夢だったのかな 安心するのもつかの間、女湯で男性に取り囲まれる 何がどうなったのか、さっぱりわからない 知らない世界で、贄の月の水環媛と呼ばれるけど、どしたらいいの?

処理中です...