聖騎士様の信仰心

宵の月

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第一章 聖騎士様の信仰心

奇跡は自分で起こすもの

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 薄いカーテンから差し込む日差しの眩しさに、リュカエルはゆっくりと目を開ける。王都の屋敷より深く眠れた朝でも、生活習慣として身についた目覚めの時間はいつもと同じだ。階下から聞こえる物音に耳を澄ませながら、リュカエルは深くため息を吐き出した。

 ―――神よ、本当に役立たずですね。呆れてものも言えません。

 床に放ったままのアイギスが、文句をつけるようにガタガタと音を立てた。発熱の兆候など微塵もない健康体な自分の身体に、リュカエルはがっかりして寝返りを打つ。

「……せめて旅人はくるんでしょうね?」

 とげとげしく吐き出したリュカエルに、アイギスはうんともすんとも反応しない。再びリュカエルは聞こえよがしにため息を吐き出した。

「そうでしょうとも。神ともなれば地上の一個人の、ささやかな些末事には関与しないんでしょうよ。」

 不貞腐れたように嫌味を当てこすったリュカエルに、アイギスが肯定するように無視を決め込む。リュカエルはムッと眉を寄せた。

「全く……他の神器もこうなのですか? 「神の意志を伝える神器」なんてたいそうなことを言ってますけど、めんどくさいだけで全然役に立ちませんね。」

 神への冒涜にばかりに敏感で、しょっちゅう遺憾の意を伝えてくる。邪魔だし不快だし、奇跡も起きない。

「……まあ、僕ほど信仰心のない代理人なんていないんでしょうけど。」

 アイギスが同意するようにヒュンと鳴る。がっかりしたリュカエルは毛布を引き寄せる。とはいえ、今回も祈りは届かなかった。理由はどうあれ結果はこれだ。もう寄進、やめよう。

「本当に使えませんね。神の意志なんてどうでもいいんですよ。僕の意思を神に伝えてください。受信専用とか舐めてるんですか? なまくら剣とか神器の中でも外れすぎるでしょう。それともあれですか? 外れに期待した僕が馬鹿だったんですか? アンナの手伝いをしたかったのに……はぁ……もういいです。奇跡は自分で起こしますから。」

 ビインと刀身が激しく震えたが、リュカエルは速攻で枕を叩きつけると、そのまま振り向きもせずに寝台に転がった。時間と共に騒がしさを増す階下の喧騒にじっと耳を澄ませる。
 パタパタと軽い足音に、笑みを刻むとリュカエルは毛布をかぶった。そう奇跡は自分で起こす。何度でも。やがて遠慮がちにドアがノックされ、静かにドアが開いた。

「……リュカ? 起きてる?」

 聞こえてきたアンナの声に、リュカエルはもぞもぞと毛布から顔を出した。

「……アンナ……」
「リュカ!? どうしたの? 具合が悪いの?」

 弱々しい小さな声と辛そうに顰められた表情に、アンナが驚いたように急いで寝台に駆け寄ってくる。そっと伸ばされた手が、リュカエルの前髪を掻きあげた。

「……熱は、なさそうね。疲れかしら……?」
「平気……ごめんね、朝の手伝いが出来なくて。」
「平気だなんて……こんなに辛そうなのに。手伝いなんていいの。ご飯は食べられそう?」
「うん。久しぶりのアンナの手料理だし。」
「いつでも作ってあげるわ。……辛そうね……パン粥がいいかしら?」
「本当に大丈夫。ちょっと寝付けなかっただけだから……」
「リュカ……」

 元気のないリュカエルに、アンナは心配そうに眉尻を下げる。そのままアンナは、ベッドを見下ろした。

「ごめんなさい。ちょうど空き部屋があったからって……王都からだもの、疲れてたのに……」

 古くて固いベッドに、アンナは肩を落とした。昔はともかく、今のリュカエルはエリスコアの嫡子として王都で生活をしている。長距離移動に疲れていても、ちゃんと寝付けなかったのだろう。配慮が足りなかったことにアンナは唇を噛んだ。

「アンナ、大丈夫だよ。」

 慰めるようなリュカエルの声に、アンナは顔を上げた。

「リュカ、ごめんね。私の家ではちゃんと眠れていたわよね? もしよければ移動しない? 家も上等なわけじゃないけど、ここよりは柔らかいわ。」
「でも……いいの?」
「空き室がない時はいつもそうしていたでしょ? リュカが滞在する部屋くらい用意できるわ。」
「ありがとう……そうさせてくれたら助かるよ。」
「ごめんね、気が回らなくて。」
「僕こそごめんね。」

 嬉しそうに微笑むリュカエルに、アンナもようやく愁眉を開いた。ブーンと低く唸るアイギスを枕の上から踏みつけ、リュカエルは一点の曇りもない感謝の笑みを浮かべた。

「朝食が終わったら、神父様に話してくるわ。そしたら家に一緒に行きましょう。」
「うん。荷物まとめておくね。」

 笑顔を見せてパタパタと駆け出していくアンナを見送り、リュカエルはニヤリと口元を歪める。床に転がったままのアイギスが、憤慨するようにガチャガチャと騒ぎ出すのを勝ち誇って見下ろした。

「黙ってください。神の奇跡とやらで手伝う気もないなら、そこで大人しく転がって見ていることですね。神の愛し子を僕が手に入れるのを。言ったはずですよ、僕は本気だと。」

 ガチャガチャビンビンうるさいアイギスを拾い上げ、リュカエルは色を濃くした瞳で嗤った。

「どうあっても僕はアンナを選びます。神に伝えてください。アンナへの寵愛を諦めるか、庇護の代理人を諦めるか。何もできないと言うなら大人しく見ていてください。僕は自分で奇跡を起こしますから。もうただ祈って我慢などしません。僕の献身を望むなら対価をお与えください。」

 神は三度、リュカエルの祈りを裏切った。信仰心などとうに消え失せている。リュカエルはゆっくりと立ち上がって、ガチャガチャビンビンうるさいアイギスを寝台に放り投げる。

「今も辛うじて代理人を果たしているのは、信仰心などでは断じてありません。それを忘れないでください。欲深いのはどちらでしょうね?」

 リュカエルにひたむきな献身を求めても、己の寵愛は決して手放さない。神のその強欲さには嫌悪すらわいてくる。

「僕が望むものはたった一つだ。」

 そのささやかな願いさえ叶えないというなら、全てを捨て去る。大人しくなったアイギスが、落ち込むように寝台に沈み込むのをせせら笑った。

「後戻りするのを期待しないでくださいね。神よ、あなたの寵児はあなたの強欲に泣かされるのです。」

 ふんと鼻息を吹き出すと、リュカエルはいそいそと荷物をまとめ始めた。悲しそうにベッドに沈むアイギスは一度だけビインと刀身を震わせた。鼻歌交じりのリュカエルは、アンナの屋敷に向かう準備をあっという間に完了させる。きちんとお座りして、アンナを待つリュカエルは、躾の行き届いた従順な犬そのものだった。
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