チーム・サレ妻

宵の月

文字の大きさ
上 下
52 / 55

みのりの祝辞

しおりを挟む



 高砂の健人と弥生、客席の絢子とみのり。画面はご丁寧に二画面に分かれて、披露宴を中継してくる。

「……元気そうだ」

 笑ってる。ひばりもみのりも。楽しそうに。ポツンとこぼれた大地の泣きそうな呟きに、隔離部屋の温度はひんやりと下がった気がした。

(みのりも……知ってるんだよな?)

 ユウヤを始めとした尾行調査を大いに楽しんだ、チーム・サレ妻のサポートチームがこの映像を交代で流している。
 チーム・サレ妻としては、迷惑な客へのちょっとした嫌がらせのつもりだったが、未練たらたらな夫達には想定より打撃だったようだ。大地だけでなく直樹も哲也も、カトラリーを置いて歯を食いしばっている。
 自分がいなくても幸せそうで、且つここにいる者の扱いはこれでいい。そう示された招かれざる客達は、画面を凝視しすっかり黙り込んでいた。

「……っ!!」

 時々顔を見合わせ微笑み合う弥生と健人に、直樹が苛立つように奥歯を軋らせる。

「みのり……ひばり……」

 隣の絢子と交代でひばりの相手をしながら、料理に美味しいと笑みを浮かべ、絢子と会話をするみのりに大地は涙目になった。

「…………」

 ひばりとみのりと楽しそうに話す絢子を、凝視していた哲也がピクリとこめかみを震わせる。絢子を時折伺う、男の様子を注意深く睨みつけている。
 隔離部屋のそんな様子などお構いなしに、会場では新郎新婦の紹介と、お偉方の紹介と式は滞りなく進んでいく。

「続きまして、新郎新婦のご友人・みのり様より、お祝いの言葉をいただきます」

 表情を少し固くしたみのりが、ひばりを絢子に預けて立ち上がった。緊張していそうなみのりの足取りを、ひばりを抱く絢子が励ますように見守っている。マイクの前に立ち、カサカサと紙を広げるみのりに会場のざわめきが鎮まった。
 大地が思わず拳を握りながら励ますように見つめていると、みのりは小さく咳払いをして祝辞を読み上げ始めた。

「皆さん初めまして。新郎新婦の友達で、出会いのきっかけになったキューピットの比野原みのりです。新郎の健人とは私が東京に上京してから友達になりました。健人の第一印象は楽しい奴だけど、落ち着きのないチャラ男でした」

 サポートメンバーが笑いないがら同意する中、みのりらしい物言いにお偉方の一部が非難がましくざわめいた。何人かが新郎側の黒羽家親族席を振り返ったが、黒羽家の血縁者は怒るどころかうんうんと深く頷いている。壇上の健人本人も照れくさそうに笑みを見せたことで、お偉方は戸惑ったように口をつぐみ、みのりも気にしたそぶりも見せずに祝辞を続けていく。

「お気楽なフリーターだった健人が変わったのは、新婦の弥生さんに出会ってからでした。私と弥生さんは一番辛い時に出会った戦友です。ウチが人生で一番辛くて、悲しくて、惨めだった時に、支えくれて助けてくれました。正直、健人が弥生さんに一目惚れして付き纏い始めた時には、身の程知らずだなって思いました。誠実で優しくてかっこよくて綺麗な弥生さんに、どう見ても釣り合ってなかったんで」

 再びどよめいた会場内で、サポートチームの面々と黒羽家は頷いている。

「……社長は一人息子の健人君を、随分と甘やかしてたからな……」

 ひばりを預かりながら、ヒヤヒヤと見守っていた絢子はその呟きに、同じ席の向かいに座る上条を振り返った。目が合った上条が少し照れたように、言い訳のようにつぶやいた。

「フラフラしていた健人君をやる気にさせてくれた新婦に、社長を始め親族の方々は泣いて感謝しているので心配はいりません」
「……はい」

 上条に感謝の笑みを浮かべて、再び絢子はみのりの祝辞に耳を傾ける。みのりに意識を向けたときは、もう落ち着かない気分は消えていた。
 お偉方にどう聞こえたとしても、二人の出会いとなったみのりの言葉は真実だ。義理も絡んだ出席者などより、みのりは二人の門出を心から祝福している。

「案の定、健人は振られました。でも振られ続けても、弥生さんに釣り合うようにずっと努力してました。恋人になれてからも、怠けたりしなかった。だから今はウチも心から応援してる。安心してる。弥生さんは幸せになれるって。健人、これからも手を抜いたりしないで、弥生さんを絶対幸せにしてよね!」

 すっかりよそ行きの言葉が剥がれて、友人としての言葉で締め括ったみのりに、健人が立ち上がって大きく頷いた。

「ありがとう、みのり! 弥生さんと出会わせてくれたことを、絶対後悔させないように俺頑張るから!」

 涙声で破顔した健人に、みのりが笑顔を返す。サポートメンバーも笑顔で拍手を送った。眉を顰めていたお偉方も、パラパラと拍手を送った。黒羽社長が「健人よかったな……! 素敵なお嫁さんに出会って更生できて! おめでとう! おめでとう!」と泣き出したから。
 祝辞を無事に終えたみのりに、ホッと胸を撫で下ろした大地は振り返って内心ため息をついた。直樹が壮絶な怒りの形相で画面を睨んでいる。みのりの祝辞は響かなかったようだ。

(元々釣り合ってすらいなかった上に、努力もしなかったくせに……)

 弥生の隣にいるためにと努力を続ける御曹司と、奇跡にあぐらをかいた挙句に図に乗ったクズ。勝敗は目に見えている。呆れた大地の内心を代弁するように、哲也が肩をすくめた。

「……まあ、当然の結果ですよね」

 ギョッとした大地が哲也を振り返ると、妙にイラついている哲也が直樹をバカしたように、せせら笑いに顔を歪めていた。

「……哲也、お前……今、なんて言った……?」

 見開いていた瞳をゆっくりと眇めて、直樹がゆらりと立ち上がった。

「当然の結果だって言ったんですよ。クズと御曹司なら誰だって御曹司を選びます」
「ちょ……! 哲也さん!? らしくないっすよ! 急に何を……!」

 いつもなら面倒にならないよう、余計な口出しをしないはずの哲也の挑発に、掴み掛かっていきそうな直樹。大地は二人の間に慌てて身を滑らせた。
 
「あんたらがバカ女達に鼻を伸ばしたりしなければ、こんなことにはならなかったんだよ! 不倫旅行とか言い出すから、ババアがその気になって……バカどもが調子に乗って……!!」

 盛大に人のせいにし始めた哲也に、大地が信じられないと目を見張った。
 
「ふざけんな! 人のせいにするなよ! お前だって自分の意思で遊んでたんだろうが!!」
「俺は二人がバカな真似をしなければ、絢子を裏切るようなことはしないで済んだ!」

 掴みかからんばかりに怒鳴り合い始めた二人に、大地はうっかり本音が口をついて出る。

「……いや、今ここで何言ったって、離婚されてこの部屋にいる現実は変わんないっすよね……?」

 大地の漏らした本音に直樹と哲也が口を引き、結び鋭く大地を睨みつけながら引き剥がそうとする腕を振り払った。互いに顔を逸らしながら黙り込んだ二人に、大地は疲労が滲むため息を吐き出した。
 誰がきっかけだとか、理由がどうだとか。そういうことではない。起きた事実があって、その結果が今だ。妻達には蛇蝎の如く軽蔑されて、多額の慰謝料を分取られた上に捨てられた。今更何を言ってもその事実は変わらない。
 
(努力、か……)

 大地は静まり返った部屋に息をついて、画面を振り返った。緊張から解放されて、席に戻って絢子と笑顔を交わすみのりに、胸が切なく震える。
 
(みのり……俺、もう二度と怠けたり、勘違いしたりしないから……)
 
 手抜きをしてしまったから失った妻と子供。
 出会って、恋をして、好きになってもらえた。その全部が本当は奇跡の連続だったと気づいたのは、手遅れになってからだった。結婚して、同じ時間を生き、子供まで授かれた。当たり前と思い込んでいたことが、こんなにも遠くなってしまってからだった。
 みのりの祝辞は祝福したいと思った愛への賛辞。健人の愛への努力を評価していた。大地の目尻が熱くなる。好きに手抜きをしなかったみのりは、怠けた大地を今も許してくれていない。
 
(俺も頑張るから……また家族に戻れるように努力するから……)

 奇跡が起きて家族に戻れたなら、その後も。努力はそんなに難しいことではない。努力できるのは喜びですらあるのだと、もう分かったから。失う絶望を知る前に、気がつけていたならと後悔ばかりしている。今まだ繋がれているのは奇跡でしかない。息子がかろうじて繋げてくれている細い糸。せめてそれだけは切れてしまわないように。

(……直樹さんと哲也さんとは対極でいればいいんだ)

 結婚式に突撃やら、全部人のせいやら。真っ当に反省しているなら出てこない言い分を、平気で口にするこいつらとは一緒にされたくない。せめてこうはなるまいと大地は決意を固めた。

「では次にC社黒羽社長の信頼も篤く、新郎・健人君が兄とも慕う、人事部課長の上条大吾様よりお祝いの言葉をいただきます」

 殺伐とした隔離部屋とは正反対に、和やかな祝福ムードに満ちた会場からアナウンスが流れる。その瞬間、黙り込んでいた哲也が勢いよく画面を振り返り、立ち上がった上条を鋭く睨みつけた。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

完結一話追加:囲われサブリナは、今日も幸せ

ジュレヌク
恋愛
 サブリナは、ちょっと人とは違う特技のある公爵令嬢。その特技のせいで、屋敷から一歩も出ず、限られた人とのみ接する読書漬け生活。  一方のクリストファーは、望まれずに産まれた第五王子。愛を知らずに育った彼は、傍若無人が服を着て歩くようなクズ。しかも、人間をサブリナかサブリナ以外かに分けるサイコパスだ。  そんな二人が出会い、愛を知り、婚約破棄ごっこを老執事と繰り返す婚約者に驚いたり、推理を働かせて事件を解決したり、ちょっと仲間も増やしたりしつつ、幸せな囲い囲われ生活に辿り着くまでのお話。 なろうには、短編として掲載していましたが、少し長いので三話に分けさせて頂きました。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

処理中です...