チーム・サレ妻

宵の月

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蠱毒

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 真っ先に助かろうと決意したのは由衣だった。
 
「……半年前の歓迎会の飲み会で、入社した時から可愛いって思ってたって口説かれたの! トイレに立った後に、二人で抜けようって何度もしつこくされて……」

 意を決したように勢い込んで話しだし、俯いていた大地が衝撃を受けたように顔を上げた。みるみる怒りの形相に変わり、必死にみのりに訴える由衣を阻むように声を張り上げる。

「……おま、ふざけんなっ!! 奥さんとできなくて辛いなら、私が慰めてあげるって誘ってきたのはそっちだろうが!!」
「冗談に決まってるじゃない! 天使だ、一目惚れだってしつこくするから、ちょっとからかっただけなのに、あんたが勝手にその気になって誘ってきたんでしょ……!」

 醜く言い争いだした二人を、ニコニコと弥生が眺める。挙手をするルールだったが、目の前で見たかった地獄が繰り広げられていることにご満悦の魔王様は、寛大にも許してあげることにしたようだ。

「へー、その女に一目惚れだったんだー」
「あ……い、や……みのり……」
「そうなんです!! 毎日、今日も天使みたいに可愛いって言われてて。朝起きたら一番に天使に会いたいって。私はからかっただけなのに、奥さんとは別れて私と再婚したいって……!」

 由衣の言葉に大地ばかりか、その場の全員が呆気に取られる。助かりたくて真っ先に話し出したくせに、命運を握っているみのりへのマウントが止まらない。破滅願望でもあるらしい。調子に乗って話し続ける由衣は、とうとう致命的な一言を言い放った。

「子供が産まれるのも嬉しくないって。私との子供なら天使だっただろうけど、奥さんとの子供だからって……」

 その瞬間、呆れ返っていたみのりの表情が般若に変わった。サッと顔色が変わった大地は、気分良く自分を褒め称え続ける由衣に黙らせようとする。

「その程度で天使とか笑わせるなよ! お前なんか性欲処理のために機嫌とってただけだ!」
「はぁ? 奥さんに内緒でブランドバック買ってくれるとか言ってたくせに! こっちには証拠だってあるんだからね!」
「あ、じゃ、その証拠出して。コピーもさせてもらうから」
「あ、はーい! 協力するんで慰謝料減らしてもらえますよね?」

 いそいそと協力的に動く由衣が、ユウヤに媚を売りながらスマホを漁り出す。

「さぁ、どうだろうね」

 ユウヤは由衣を見ることもせずに、適当に受け流して受け取ったスマホから証拠をコピーし始めた。その様子に大地がソワソワしながら、みのりに縋り付く。

「みのり……違うんだ……あの程度で天使とかあり得ないってわかるだろ……? 俺、本当に遊びだったんだ……!」
「……まあ、弥生さんが天使なら完全同意するけど、あの程度が天使に見えるなら眼科行けよっではあるね」
「……はぁ? 鏡見なよ! あんたより、私の方が確実に可愛いし!」

 息をするようにユウヤに媚びていた由衣が、すかさずみのりへ躊躇なく言い返した。真に媚びるべき相手を完全に間違えているのは、そうまでプライドが高いからなのか、それとも救いようがないほど馬鹿なのか。唾を飛ばしながら言い返すどう見ても天使ではない由衣に、本物の天使にだいぶ近い弥生がにっこりと微笑んだ。

「まあ、本当に本気ではなかったんでしょうね。すぐ飽きて森永さんに乗り始めてましたし」

 スッと森永と大地がホテルに入る写真を押し出す。ギョッと肩を飛び上がらせた大地と、怒りにワナワナ震える由衣に、弥生はにこやかに続けた。

「お手軽スッキリ天使が、想定以上にお手軽だったから乗り換えたんですか?」
「あ……いや……その……」
「伊藤さんに浮気されて傷ついてたんです。だから私が慰めたんです。そしたらハマっちゃったみたいで……顔だけの女よりずっといいって、毎日のように誘われるようになりました」

 ずっと押し黙っていた留美がひっそりと笑みを浮かべ、唐突に話し出したことに弥生が少し驚いた顔をした。由衣はさりげなくディスられたことに激怒した。

「あんたの顔見て、立つわけないでしょ!」
「穴が開いてるだけのマグロ女は、すぐに飽きるんだって」

 絢子とみのりは呆れ顔を見合わせた。何を争っているのか。そもそもそれで勝って嬉しいのか。
 こんな場でもマウントの取り合いをやめられない二人は、とんでもないものの覇権を争い始めた。そんなもので一時の執着を獲得したからと言って、何を得ようとしているのかさっぱり理解できなかった。絢子は深いため息をついて、言い争う由衣と留美に顔を上げた。

「……自己評価だけでは正当な評価とは言えません。無駄な争いをしなくても、評価が気になるなら本人に確認してみたらどうです?」
「あ、そうですね! 自己評価より利用実績のある方に、正当な評価を下してもらいましょう。せっかくなので須藤さんの評価も一緒にお願いしますね」

 弥生がするっと理香子との証拠写真もテーブルに滑らせた。
 
「は……え……俺……?」
「はい。このままだと揉めて話が進まないので」
「いや……俺は……」

 チラチラとみのりに視線を送る大地に、みのりはニヤリと口元を歪めて顎をしゃくった。

「言いなよ。もうこんなくだらないことで揉めたりしないように、ちゃんと三人に使用者本人の感想を教えてあげればいいじゃん」
「……留美は程よい肉付きでプロ並みの技術で男を満足させる。八十八点。由衣は穴を使わせてれば満足すると思ってる顔だけ女。四十二点。須藤さんは人妻だけあって開発が完了してるが、前のめりすぎて正直引く。六十八点。これで満足か?」

 大地がダラダラと冷や汗をかいている間に、不意に滑り込んできた声に全員が一斉に顔をあげる。的確なのではあろうがとんでもない最低発言を、ドヤ顔で言い放った直樹が真っ直ぐに弥生を見つめていた。
 クズたちを一箇所に集めて始まった、最高のクズを決める「蠱毒」。クズの頂点の最有力候補である直樹は、ドン引きしてる視線の中で、ニヤリと口元を歪めた。

「まあ、でもただの遊びだ。別にお前を捨てるつもりはない。弥生は九十点だからな。見た目も感度も締まりもいい。足りない技術は、俺が直々に……」

 流石のクズ筆頭は薄ら笑いを浮かべながら、勘違いを重ねていく。あまりのことに何も言えずにいる中、ツカツカと歩み寄った健人が直樹を無言で殴りつけ、横っ飛びに吹っ飛ばした。何が起きたのかわからないかのように、目を見開く直樹を掴み上げて健人が怒鳴る。

「黙れ! クズ!! 弥生さんをお前ごときが評価すんな! 弥生さんはこの世に存在するだけで尊いんだよ!! 女神に夫にしていただけたのに何様だ!! この場で今すぐ死んで詫びろ!」
「あ、おい、健人、やめろって!」

 ユウヤが立ち上がってのそのそと健人に近づく。あまり本気で止める気はないようで、おざなりに直樹を殴り続ける健人の腕を掴む。

「弥生さんが……弥生さんが、どれだけ傷ついて涙を流したと思ってるんだ! 信じて愛してもらっていたくせに! 死んで詫びても足りないことをしやがって!」
「おい、健人、やめろって」
「……健人さん。ありがとうございます。でももうやめてください」
「でも、弥生さん!」
「健人さん」

 怒り狂って直樹を殴りつけていたドーベルマンは、ションと耳を伏せるように手をとめた。両腕で顔をかばいヒーヒー悲鳴をあげていた直樹が、怒りの形相で弥生を振り返った。

「弥生! お前こそこの男と浮気してんだろ! お前がしつこく迫ってきたから結婚してやったのにふざけんな! 慰謝料を払うのはお前の方だからな!」
「このクズがぁ……!!」

 弥生に止められてハウスしようとしてた健人が、再び殴り掛かろうとするのを止めるように、みのりが呆れたようにため息をついた。

「健人が弥生さんに相手にされるとでも思ってんの……? 弥生さんレベルなら健人なんかよりいくらでも上を狙えるじゃん……」
「みのり……なんで友達なのに、そんな本当のことをはっきり言うんだよ……」

 地獄の番犬の形相で殴りかかろうとしていた健人が、涙目になって肩を落とした。芽衣と愛美、小野田まで一緒になってうんうんと頷き、ユウヤが慰めるように健人の肩を叩いた。
 
「……弥生さんが浮気をするような人間かどうか、貴方が一番わかっているのでは?」

 グッと奥歯を噛み締めた直樹を、絢子は真っ直ぐに見つめた。

 
 
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