チーム・サレ妻

宵の月

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特製爆弾

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 ユウヤがやり切った顔でPCを閉じる。黙り込んで俯く六人も少しは現実が見え始めたように見えた。
 
「……小野田さんが……小野田さんが絢子に連絡して呼んだのか?」

 そんな中俯いていた哲也が青い顔を上げ、真っ直ぐに絢子を見つめて問う。それが探りだと気づいて、絢子は小さく眉を動かした。
 昨日の乱交パーティだけなのか否か。自宅からここまで車で二時間。連絡を受けてからでも十分駆けつけられる距離だ。

「小野田さんから連絡で、絢子はここにきたのか?」

 ほぼトドメと言っていい衝撃映像を提示されても、自分に有利になる立ち回りの正解を、いまだ探り続ける哲也に静かに絢子の怒りに火が灯る。絢子は哲也を見つめ返したまま、ゆっくりと口角を釣りあげた。
 
「……どうだと思う?」
「絢子……!」
「小野田ちゃんの連絡でここにきたのか、そうではないのか。それが重要? それによって話す内容を変えるの?」
「そうじゃない……ただ俺は……」

 もう全部知っている。辿る過程が蛇行しても、迎える結末も変わらない。欲しいのは耳障りのいい嘘ではないのだから。

「座って? まだ終わってないわ」
「頼むから、絢子……! 二人で……」
「話ならいくらでも聞く。でも聞くのは私たちのルールの中でだけ」
「…………」

 黙り込んで覚悟を決めたように哲也が座り、それに倣うように六人がおずおずと座り直す。陰鬱に沈んだ空気に再び弥生の声が響き渡る。

「誰と誰がどこまで。は無事解決しましたね。では次はいつから、どうしてを解決しましょう。ここからは挙手制です。お話したい方はいます?」

 にこりと微笑む弥生に、六人は力無く俯いて口を噤んだ。

「……ダンマリですか?」
「乱交パーティが映像が、ショックだったんじゃん?」

 困ったように首を傾げた弥生に、みのりは呆れたように肩を竦める。弥生は理解できないと顔を顰めた。
 
「ショック、ですか? でも、そんな……ショック受けたりするもんですか……?」
「……ちょっと、あんた、正気なの? なんで平気でいられると思うの? 頭おかしいじゃない?」

 由衣が真っ赤にした目を釣り上げて、弥生を睨みつけた。

「じゃあ、本当にショックを……? すいません、思い至らなくて……てっきり平気なのかと……」
「平気なわけないでしょ!? あんた、なんなの! 絶対頭おかしいわよ!!」

 八つ当たりのように叫ぶ由衣に、弥生は申し訳なさそうに眉根を寄せてみせた。

「ですが、他人の部屋なのに他の方が励んでるのを眺めながら、自分も次々と相手を変えて楽しんでいたのんですよ? てっきり平気なのかと……」
「なっ……!!」
「まあ、特殊な趣味だと思っても仕方ないよねー。そりゃ喜ぶと勘違いもするって」

 ニヤニヤと芽衣と愛美がバカにしたように嘲笑う横で、弥生は困ったようにため息をついたがすぐに笑顔になった。

「でもこのままダンマリは困るので、話す気になれるものをご用意しますね!」

 明るくそう言うと、鞄からクリアファイルの束を取り出した。健人がすかさず駆け寄り、ファイルを受け取ってテキパキと六人の前に並べる。

「どうぞ、ご確認ください」

 戸惑ったようにクリアファイルを見つめる六人に、弥生がニコニコと促す。弥生を睨みつけながら、由衣がファイルを手に取った。他の面子もおずおずとファイルから、書類を取り出すと内容に目を通し始める。静かな沈黙が流れて書類から顔をあげた六人は、紙のように真っ白に顔色を変えていた。弥生が口角を釣り上げる。

「……しっかりご確認いただけましたか? 皆さんに課せられる不貞行為に対する慰謝料です。言ってみればそれぞれが犯した罪のお値段ですね」
「なっ……こんな金額ありえない!!」
「そうですか? 真っ当な金額だと思いますけど? 一人につき三百万で、かけることの三人分です。妥当でしょ?」
「たかが不倫でこんな金額になるわけないでしょ! 哲也さんはともかく、あんたの旦那に三百万の価値があるわけない!!」

 それはそう。弥生がうっかり納得しそうになる。唐突に流れ弾に被弾した直樹は衝撃に顔を歪めた。
 
「私は払わないわよ!! 誘ってきたのはあっちなんだから、あいつらに払わせてよ!!」
「無理じゃん? ゴミたちは一人につき四百万。かけることの三人。プラス財産分与だしね」

 みのりにゴミと呼ばれたことに、大地が絶望したように瞳を潤ませる。

「……払わないわよ!! 自分のせいでしょ!! 他の女に目移りさせる程度の魅力しかないから、旦那に浮気されるのよ! 浮気される程度の自分の責任じゃない!!」

 ギャンギャン騒ぐ由衣に、絢子がうんざりしたようにため息をつく。
 
「金額に納得できないなら裁判でもしますか? 別に私たちは構いませんよ? その場合、先ほどの映像も証拠として提出され、裁判記録にもしっかり残ることになりますけどね」

 手続きすれば誰でも閲覧できる、公文書として不貞行為の詳細が記録されることになる。チーム・サレ妻側としてはそれでも構わない。慰謝料は基本的に請求側の言い値だ。裁判すれば由衣の経済状況なども考慮され、金額は確実に減額されるだろう。でもそれと引き換えに公式記録に不貞の経緯が永遠に残ることになる。

「さ、裁判だなんて……そ、そんなおおごとにする必要は……」

 震える声でつぶやいた理香子に、絢子はにっこりと微笑んだ。

「おおごと? 不貞行為は裁判で争える事由なんですよ? れっきとした違法行為。そんなことも知らずに、他人の夫と楽しんで家庭を壊してたんですか?」
「旦那が千二百万、不倫女は九百万……うわぁ……不倫こっわ……」
「まあ、一括で払うなら四百じゃなく三百、三百から二百にしてあげるよ? でも裁判じゃなきゃ逃げられるなんて、思わない方がいいよ?」

 みのりがバンとテーブルに紙束を叩きつけた。恐る恐る大地が中身を確認し、紙を掴んだ手を震わせた。

「みのり……なん、で……親に……」

 大地の震える声に、一斉に六人がみのりが叩きつけた紙束を漁り出す。
 
「いや、当然じゃん? 嘘つきを信用すると思う?」
「親御さん方、ずいぶん怒ってましたよ。不貞行為をした挙句に、慰謝料の連帯保証人の誓約させられて。最終的に裁判で恥を晒すよりはと誓約書にサインしてくれましたけど」

 笑みを浮かべた弥生を、留美が壮絶な怒りを滲ませて睨みつける。
 待ちに待ったXデーの初日を潰してまで用意した爆弾。出発を遅らせて、長い時間をかけて用意した切り札。全員の親兄弟を呼び出して、慰謝料の支払いに対する連帯保証人となることを誓約させた。慰謝料の金額が決定したら、改めて誓約書に従って連帯保証人にさせることになる。
 これだけ悪質な不倫だ。どう考えても高額請求になる。でも絶対に逃さない。たとえ自己破産したとしても、その罪への贖いが徹底的に付き纏うようにする。初日を潰してまで準備した、特製の爆弾なのだ。
 留美が激昂して自分の両親の誓約書を破り捨てる。みのりが呆れたようにため息をついた。

「コピーに決まってんじゃん。原本は弁護士が保管してる。あんたの親が言ってたよ? 正直に話して心から謝罪して、土下座して減額を頼めって。親からのお手紙もついてたでしょ? そうじゃないとあんたの不倫で実家を売り払うしかないんだって」

 せせら笑うみのりを睨みつけて、留美が握った拳をブルブルと震わせた。

「うふっ。最初からお伝えしていましたよね? 一番早く本当のことを話した人にご褒美をって。最初はこの提示額からスタートです。親御さんもご一緒に背負う慰謝料です。減額したいなら誰よりも率先して白状しましょうね? ああ、でももちろん真実のみの受付です」

 弥生の言葉に不倫旅行のメンバーたちは、青くなって書類を呆然と見つめている。蒼白になって唇を引き結ぶ哲也に、綾子は笑みを浮かべた。

「……これでわかった?」

 昨夜の騒ぎで駆けつけてきたのではないと。これだけの準備を整えて乗り込んできたのだと。もうずっと哲也の嘘に気がついていたのだと。
 絶体絶命の状況でも虎視眈々と起死回生の一撃を狙う、稀代の嘘つきの瞳が絢子の目の前でようやく絶望にぐらついた。

 
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