チーム・サレ妻

宵の月

文字の大きさ
上 下
39 / 55

ウルトラC

しおりを挟む


 全員の視線が集中する中、真っ直ぐに絢子だけを見つめながら哲也が話し出した。

「……俺、は……覚えてない……酔ってて記憶がない……」

 哲也から飛び出した解答に絢子ばかりか、その場の全員が衝撃を受けたように目を見開いた。特に大地に至っては「その手があったか!」と顔にはっきりと書いていた。

「正直俺もまだ混乱してる……だからって簡単に許されるとは思ってない。覚えてないけどあんな光景見たら誰だって、怒るって馬鹿でもわかる。でも俺が愛しているのは絢子だけだ! それだけは信じてくれ!」
 
 雷に打たれたように固まった周囲には目もくれず、哲也は当てられたスポットライトの下で名演を続ける。

「覚えてないなんて言い訳にもならないってわかってる……だから絢子が許せるように、どんな罰でも受ける覚悟はある。でも今は混乱してて……だから絢子……二人で話をさせてほしい……頼むよ、絢子……」
「上原、くん……?」

 目を真っ赤にして目尻に涙まで浮かべて見せる哲也に、怒り狂っていた理香子が呆然と呟いた。その横で由衣がぎりっと奥歯を噛み締め、なぜか鋭く絢子を睨みつけてくる。

「こんなこと言う資格はないってわかってる。でも……俺が愛しているのは、絢子だけなんだ……」

 哲也が作り上げた静寂の空間に、絞り出すような渾身の決め台詞が見事に決まった。最強の必殺技「記憶がない」をまさかこの状況で、これほど堂々と繰り出してくるとは思っていなかった。

「……手強いな……」

 みのりの小さな呟きに、絢子は唇を引き結んだ。とんでもない嘘つきだ。
 真実は何か。それを知っているのに、一瞬でも信じそうになる。大地の答えに示したチーム・サレ妻が見せた反応を、冷静に観察し起死回生のウルトラCにこの嘘を選んだ。きっとこの場で吐く、最善で最高の嘘。誰も「覚えていない」ことを完全に証明をすることはできない。
 絢子の胸に敗北感が湧き上がって唇が震えた。
 今までどんな嘘をどれだけつかれていたのだろうか。そして何度あっけなく信じてしまっただろう。今まで嘘つきだなんて思ったことはなかった。それほど絢子は綺麗に騙され続けてきた。これほど見事な嘘を前に、もう二度と哲也を信じることはできないと思った。
 そして絢子が何より勝ち取りたい浮気の理由戦利品を、この嘘つきからもぎ取れるのか不安になった。
 不意の思わぬ弱気に俯いた絢子の手を、みのりがそっと握る。励ますような優しい体温に顔をあげると、絢子の代わりに弥生が毅然と哲也に立ち向かっていた。

「……どんな罰でも受け入れる覚悟があるなら、当然二人で話す気のない絢子さんの意思を尊重してくれますよね?」
「絢子……」

 絢子はみのりの体温を頼りに、弱気になりそうな自分を蹴り上げるように顔を上げた。弥生を無視して一心に見つめてくる哲也に、まるで挑戦状を叩きつけるような気持ちで小さく笑みを浮かべる。
 
「……ルールは弥生さんですよ? 弥生さんの旦那さん、どうぞ?」
「絢子!!」

 哲也の懇願をできるだけそっけなく、渾身の意地で受け流した絢子に、哲也が咎めるように声を張り上げた。思わずびくりと肩を揺らした絢子に、哲也は一瞬取り落とした仮面を即座に拾い上げ、すぐに縋るように声のトーンを落とす。

「あ……怒鳴ってごめん……でもどうしても二人で話したくて……」

 懇願を続ける哲也を振り返った時には、絢子に芽生えた敗北感はもう薄らいでいた。
 追い詰めればわずかでも、こうして仮面は剥がれ落ちる。みのりと弥生の援護を受けて、弱気を殴りつけ冷静さを取り戻す。絢子は哲也を無視して直樹に向き直った。哲也が歯を食いしばり黙り込む。
 静かになった空間で、弥生が視線で淡々と直樹を促した。直樹は鋭く弥生を睨みつけて口を開いた。

「……俺もだいぶ酔ってたから記憶がない」

 一瞬の間を開けて、バッと顔をあげた哲也が直樹に目を見開いた。弥生が微笑んだまま固まり、みのりは咄嗟に噴き出しそうになった口元を隠す。

「でもまあ、全員とやったかもな?」

 直樹はその上そんなセリフまで付け足して、弥生にうすら笑いを浮かべて見せた。張り詰めていた空気が、一気に緩み呆れたような沈黙が流れた。
 ウルトラC級の必殺技「覚えてない」は、確かにこの場における最高の言い訳だった。直樹にもそれがわかったのだろう。だからこうして即座に二番煎じをしてみせた。でも間髪入れずに使い回したせいで、最高の言い訳はインパクトが完全に失われた。その上渾身のドヤ顔で、余計な一言まで付け加えまでした。最強だった言い訳は、一気に嘘くさい陳腐なものに成り下がる。
 まだ弥生が傷つくと思い込めているらしい直樹は、弥生が泣き出すのを待っているようだが、泣くことはないことも哲也が壮絶な怒りを滲ませて、睨みつけていることにも気がつくことはなさそうだ。
 一言で何もかも台無しにしてみせた直樹に、みのりが必死に笑いを堪える様子にフリーズしていた弥生も気を取り直す。

「……次は伊藤さん、でしたね?」

 なんとか立ち直って、次の伊藤に視線を移した弥生に直樹が目を剥いた。

「弥生!」
「……はい?」
「俺は全員とやったと言ったんだ!」
「そうですね。ちゃんと聞きましたよ?」
「全員とだぞ?」
「ああ、ちゃんと覚えているんですね。では次の方、どうぞ?」
「…………」

 平坦に冷静に切り上げた弥生を、信じられないかように見つめる直樹を無視して、弥生は淡々と由衣に視線を向けた。待ちかねたとばかりに由衣が瞳を釣り上げ、大地と哲也に振り返る。

「奥さん達には悪いんだけど、私さ、大地さんとも哲也さんとも何度も寝てるんですよね。今回だけじゃなく。ずっと前から。旅行も奥さんとじゃなくて、私と行きたいって……」

 大地が真っ青になり、哲也は舌打ちせんばかりに由衣を睨む。二人の必死のアイコンタクトは、残念ながら由衣には微塵も届かなかったらしい。直樹なみに空気を読まない由衣は、怒りを込めて大地と哲也を睨み返している。

「絢子……信じないよな? 俺が年下は相手しないって知ってるし、バカが死ぬほど嫌いだってわかってるだろ?」
「み、みのり……違うから……もうすぐ子供が生まれるのに、そんなことするわけないから……!」
「はぁ? あんたから言い寄ってきたんでしょ? 離婚して私と結婚したいって言ったくせに。腹の出た嫁は女として見れない。私の顔を見るだけでイキそうだって言ってじゃない!」

 由衣が激昂して立ち上がり叫んだ瞬間、ブハッと芽衣と愛美が吹き出した。小野田が視線を外しながら、肩を震わせて二人を嗜める。

「わら……笑っちゃダメですって……」
「だって……!」
「何がおかしいのよ!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る由衣に、芽衣は涙を滲ませながら笑い続ける。
 
「い、いや、誰だって笑うでしょ? そんなクソみたいなセリフ。脳みそが腐ってないと出てこないって! ヤバすぎる……!」
「いや、そんなセリフで堕ちる方がやばいって!」
「堕ちる? ばっかじゃない!? こいつ程度の男じゃ、私に釣り合わないでしょ!」

 息も絶え絶えな芽衣に、怒り狂って由衣が怒鳴りつけた。

「は? 寝たんでしょ? なんかすごい高嶺の花気取ってるのに、その程度ってバカにしてる男に股開いたって自分で言ったんじゃん」
「なっ……!? あ、遊びよ! 熱心に口説いてくるから、ちょっと遊んでやっただけだから!」
「そんなクソみたいなセリフであっさり寝るの? ちょっとお手軽すぎない?」
「はぁ? ふざけんな! 私は……!」
「じゃ、聞いてみる? みのりの旦那に。本当にそんなクソみたいな口説き文句を、クソみたいな女に言ったのかって」

 金切声を上げた由衣を無視して、芽衣が大地に鋭く視線を向ける。

「俺、は……そんなこと……言ってない……」

 ブルブル震えながら絞り出した大地の顔色は、もうなんか青と赤で大変なことになっていた。そんな顔色がクソみたいなセリフの真偽を示していたが、愛美が芽衣に続いて容赦なく追い討ちをかけていく。

「まあ、そうだよねぇ……腹が出た嫁を女として見れないって。妊娠させた本人が言うとか頭おかしいし」
「誰の子を必死にお腹の中で育ててるんだっつーの!」
 
 冷ややかな声に大地は俯いていたが、決意したようにがばっと顔をみのりに向けた。

「そうだよ! 俺の子を孕ってるみのりにそんなこと思うわけないだろ! 俺がそんなバカみたいなこと言うわけないって、みのりならわかってくれるよな?」

 追い詰められていっそ開き直ることにしたらしい大地に、由衣が目を見開いてワナワナと震えた。

「……何よ、それ! こっちは証拠だってあるんだからね!」

 再び火がつきそうになった由衣が、カバンを探して辺りを見まわし出し、弥生がにっこりと笑顔で制した。

「あ、証拠とかいいです。貴女の番は終わりなので、大人しく座って口を閉じててもらえます? クソみたいなセリフを本当に言われたとか、心底どうでもいいことなので」

 可憐な美貌から飛び出た毒に、由衣は怒りすぎていっそ青白くなりながら目を見開いた。


 
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...