チーム・サレ妻

宵の月

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地獄への案内人

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 会社貸切の保養所。当然ながら保養所になっている別館は、利用期間の宿泊客はT商事の社員だけだ。

「……ちゃんと学習はしてるんだねー」
「かろうじて脳みそも残ってるんですね」

 一応考慮はしているのか、六人は男女別々に宿を出て観光に出た先で合流したようだ。外部待機組の尾行班からの報告に対する、弥生とみのり感想に、絢子と小野田は苦笑した。

「とはいえ、楽しいのかというと謎……」

 不倫女と直樹だけがはしゃいで、元気のない大地と不機嫌そうな哲也。二人の機嫌をとりつつの観光は、ちょっとギスギスしているらしい。

「計画当初は楽しくなる予定だったはずなのにねー」
「妻を置き去りにして、自分たちとの旅行。妻より優先された! これはもう勝ち確! とか勘違いして、油断して被ってた猫を早々に脱がれちゃったんでしょうね。猫を投げ捨てるの早すぎです」

 小野田の分析にみのりが関心したように頷いた。

「そっか、旅行計画がきっかけだったかもなんだ。そんで脱いだらすごかったんだ。色んな意味で。本性がうんこだったら、そりゃ早々に冷めるよね。ウケる」

 小野田と一緒に笑うみのりの横で、弥生がちょっと不満そうに唇を尖らせた。

「でも今日は一日中盛らないんですね。まぁ、スポーツでも体力の限界はきますもんね……」

 もう弥生はについては開き直ることにしたらしい。絢子は不満そうな弥生に、眉尻を下げた。

「無駄に一日中頑張られるより、計画のためにも夜まで自粛してもらってた方がいいですよ」
「それはそうですね」

 弥生が絢子の言葉に不満顔から笑顔になったタイミングで、健人が髪を拭きながら風呂から上がってきた。その髪色は赤から黒に様変わりしている。

「あはは、全然違うじゃん!」
「五年ぶりなんだけど……どうですか? 弥生さん! 俺、似合ってますか!?」

 みのりが笑い出し健人はキラキラと弥生を振り向いた。照れながら弥生の返事を待つ健人に、呆然としながら絢子は声を上げた。

「……別人、かと思いました。すごい似合ってますよ! ね、弥生さん?」
「そうですね、意外なほど好青年に見えます」

 思った以上の健人のイケメンぶりに、呆然としている絢子とは対照的に少し驚いただけで、弥生は淡々と頷いただけだった。でも健人にはそれで十分だったらしい。パッと頬を高揚させると、ガッツポーズで天井を降り仰いで叫んだ。

「好青年!!」
「健人、うっさい!」

 同じく黒髪になった愛美が健人を睨む。
 
「それより小野田さん、細くない? これちょっとお腹周りキツいかも……」
「あ、私、ゴムウエストのスカートありますよ」

 弥生が立ち上がってキャリーケースをゴソゴソ漁り出した。計画はすこぶる賑やかに、順調に着々と進んでいた。

※※※※※

 男女別れての夕食時。空きがいくつか目立つ食堂で、男女別れて夕食を摂っていた由衣は顔をあげて表情を険しくした。
 二人の若い女がおずおずと男性陣の席に近づくと、恥ずかしそうに声をかけ始めた。

「……あの、突然すいません。ちょっとお話が聞こえて。三人とももしかして本社の方なんですか?」
「もしご迷惑でなければ本社の雰囲気とか、ちょっとだけでも聞かせてもらえませんか?」

 驚いて顔を上げた直樹が、二人の顔を見てすかさず笑みを浮かべた。

「……ああ、別にいいですよ? なぁ?」

 同意を求められた大地も、ぶんぶんと頷く。

「あ、そこどうぞ! あ、椅子一個足りないっすね。哲也さん、ちょっとだけ詰めてもらっていいっすか? 俺、とってくるんで」

 直樹に同調した大地に、哲也は小さくため息をつき無言で席を詰めた。

「いいんですか? ありがとうございます! やった! 本社の人やさしー!」
「何、本社勤務って怖いとか言われてるの?」
「や、本社勤務の人ってエリートばっかりだから、厳しい人ばっかりなのかなって」

 興味がなさそうに食事を続けていた哲也が、さりげない持ち上げにピクリと箸を止めて顔を上げた。
 
「エリートか……じゃあ、営業二課とか言ったら、ますます怖がられるのかな?」
「えっ! 本社の営業二課の方なんですか! めぐ、どうしよう! 花形部署の人に声かけちゃったよ!」
「本当にびっくり! 本社の営業部の人でも、普通に保養所に来たりするんだ!」 
「あはは! なんすかそれ! 本社の営業ってツチノコとかそういう扱いなんすか?」
「だって、ねぇ?」
「本社の営業部で、気さくで優しいイケメン……ちょっと出来すぎだよね……」
「いやいやいや、本社とか支社とか関係ないから。同じ人間だって。怖くない証拠に、なんか奢るよ。はい、メニュー表。好きなの頼んで」
「あ、いいんですか? 優しすぎるよぁ! ありがとうございます!」
「え、皆さんも一緒に飲んでくれますよね? 私たちだけとか、申し訳なさすぎるので」
「そう? じゃあ……」

 盛り上がり始めた席に由衣が奥歯を軋らせ、留美と理香子は壮絶な無表情で瞳を釣り上げた。その様子を隅の席で盗み見ながら、はスマホを取り出した。

※※※※※

 ピロンとなった通知に、全員で弥生のスマホを覗き込みながら顔を見合わせる。

「すごいですね……こんなに簡単に釣れるなんて……」
「不倫相手引き連れて、お忍び不倫旅行中ですよね? しかも近くに不倫相手いるのに……」
「マジで脳みそ、どうなってんの?」

 健人からの報告に、チーム・サレ妻と小野田は顔を見合わせた。
 クズたちがクズすぎるのか。それともT商事の社員かのように擬態した、現職は「夜の蝶」たちの腕前が見事すぎるのか。ともあれが、バカたちをべろべろにしてくれそうだ。問題は。再びピロンと鳴った通知音に、全員が固唾を飲んで弥生のスマホを覗き込む。

「流石にすぐに動き出しましたね」
「大丈夫かな……?」
「確実に粗探ししてきますよね……見張りは健人さんだけですか?」
「芽衣たちなら絶対大丈夫……!」

 鼻の下を伸ばしたバカどもから、愛想よく迎え入れられた芽衣と愛美に対して、粗略に扱われている不倫女たちがどう出るかだ。

※※※※※

「私たちも一緒にいいですかぁ?」

 笑みを浮かべていても目は笑っていない由衣を先頭に、ねっとりとした猫撫で声にその場が静まり返る。芽衣と愛美が戸惑った顔を見合わせる。

「あの……?」
「私たちも本社の営業二課なの。ねえ、上原くん?」
「……そうですね」

 笑みを返した哲也と理香子の視線が絡む。大地が生唾を飲むような、ピリッとした緊張感を振り払うように、芽衣が嬉しそうに声を上げた。

「そうなんですか!? すごい! 本社勤務の方、結構きてるんですね! あ、良かったらご一緒にどうですか?」

 ニコニコと歓迎ムードの芽衣に、面食らったように女性陣が目を見開く。その隙に直樹がとりなすように芽衣に笑みを向けた。
 
「あ、いや、でも席はいっぱいだし、大人数で騒ぐのは他の人にも迷惑が……」
「あ、そうですよね……気遣いすごい……さすがです。あ、なら、私たちの部屋に行きません? ファミリー向けの大部屋なので広いんですよ! いいよね? めぐ!」
「もちろん! ふふっ。二人だと広すぎて落ち着かなかったけど、こんな出会いがあるならかえって良かったね。みんなで一緒に飲みましょうよ! 本社勤務に憧れてるんです。皆さんのお話とか、もっと聞きせてください!」
「いや、でも……」
「じゃあ、そうしようかな……いいよね、もちろん」

 由衣の笑顔の圧に大地は押し黙った。ニコニコと嬉しそうな芽衣と愛美に、若干顔が赤くなっている直樹はパンと手を打って立ち上がった。

「じゃあ、そうしよう! もうなればいいよな! だろ?」

 ニヤリと口元を緩めた直樹を留美が鋭く睨みつけたが、芽衣がすかさず立ち上がり直樹に同調する。
 
「いいですね! 途中で売店に寄って、お酒を買っていきましょ!」

 流石の本職の流れるような誘導に、その場の空気は決した。完全に主導権を握った芽衣と愛美の先導に、表情だけは全員笑顔の集団は、その腹の中に渦巻く感情を抱えながらも歩き出した。
 時刻は二十時過ぎ。時間に追われた第一日目と違って、第二日目はすこぶる順調な経過を辿っていた。

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