チーム・サレ妻

宵の月

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宇宙人行動学

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「……使えない。あの人、弥生さんの家出事件の時、須藤さんと弥生さんの旦那さんに対してそう言ったんですよ」
「使えない……?」
「そう言った時の表情が見たことない顔で……妙に引っかかって今までのことを思い返したんです。それで思ったのは、自分にとって使える人間を厳選してるんじゃないかって……」
「使える……あ、絢子さんとこの馴れ初めって、旦那さんがデカいミスを絢子さんが助けたことがきっかけだったよね?」

 絢子は過去を思い返しながら頷いた。それまで挨拶程度だったのが、手にひらを返したように態度が変わった。「使えない」と言った表情が絢子に違和感を持たせた。哲也の態度の変化が、絢子がミスを助けた恩人だからではなかったかもしれないと。

「誰にでも基本的に愛想はよかったんですけど、たまに微妙に冷たく接する人もいたんです。冷たくする人って、思えばミスの多い人だったなって」
「伊藤さんにはとてつもなく塩対応らしいですけど、それって仕事ができないからってことですか?」
「え、じゃあ……あのババアを選んだのって、仕事できるから……?」
「……最近は不倫で浮かれてるからか、マウント合戦とかのストレスか、ミスが目立つみたいですけど。でも勤続も長いですし、仕事はできる人ではあるんです」
「……須藤さんの旦那さんも言ってましたよね。優秀で大手の内定もらってたって……切ろうとしてるのってそのミス続きのせいですかね。そっか、年齢じゃなくて能力で、なんですね」
「年上好きは本当だとは思います。甘えられるより甘えたい人ではあるので。そう思って考えてみると、家事が完璧。褒められるのはいつもそう言うことだったなって……」
「旦那さん自体はどうなんですか? その、いわゆる使える人なんですか?」
「いえ。エースクラスや業績で頭角を表しそうな人なら、名前を知っていたはずなので。可もなく不可もなく、ですかね?」

 仕事を楽しむために、そういうチェックは欠かさなかったから。思い出そうとする絢子に、弥生は少し眉根を寄せた。

「……もしかして……不可なんじゃ……?」
「え?」
「あ、ちょっと思ったんです。出会ったのも旦那さんの大きなミスが原因だし。使える使えないにこだわるのって、自分の助けになる人で周りを固めようとしてるのかなって」
「周りを固める?」
「浮気相手を見た目や年齢じゃなくて、仕事ができる人だからって選ぶことって、あんまりないと思うんです」
「え、え、え、え、ちょっと、待って? つまり自分がポンコツだから、浮気までして使える人を周りに配置してるってこと? 自分の助けにしようとして。いやー! 怖いんだけど! なんか怖いんだけど! なんなの。結局宇宙人じゃん! よりヤバいじゃん!」

 考え込んでいた絢子の隣で、みのりが真っ青になって震え上がった。ギャーギャー騒ぐみのりに、目を丸くしていた絢子はくすくす笑い出した。宇宙人の妻をしている絢子よりも、取り乱すみのりに逆に冷静になった。

「落ち着いて、みのりさん」
「え、だって、宇宙人怖いよ? なら一番使える絢子さんを家に閉じ込めたのはなんでなの? 無理無理無理無理。理解不能すぎて怖い……!!」
「その辺は後で確かめるとして、まずは人を使って居心地の良さを追求してるかもしれない宇宙人より、私たちは考えなくちゃいけないことがあるでしょう? 仲良く不倫旅行に出発させないと。ね?」
「あ、絢子さん、キレちゃってる?」
「ふふ……何言ってるんですか。もうずっとキレてますよ」
「あ、そ、そう、だよね……」

 ニッコリと笑みを浮かべた絢子に、みのりが口元を引き攣らせる。

「と、とりあえず不倫旅行に行かせるために、何かできることあるの?」
「そうですね。大っぴらに動けなくてもどかしいですけど、何もできないわけではないです。まずは小野田ちゃんには引き続きお願いはしておきました」
「小野田さんに? 何をお願いしたの?」
「小野田ちゃんにはプレッシャーをかけてもらいます。もう不倫の噂が出始めてるかもしれないらしいので、エスカレートするマウント合戦の抑止力になってもらう予定です」
「どうやって?」
「監視を強化してもらって、揉め始めたらすかさず声をかけてもらうんです。あの人らがやってることって既婚男性の取り合いですからね。社内に知られるのはまずいと言うのは流石にわかってるはずです」
「そりゃそうだよね」
「我慢が効かなくなるきっかけは、何かの行動をとることです。じっとしている時は堪えられても、言葉にしたり立ちあがったり、拳を振り上げたり。アクションを起こすことで、堪えられなくなる」
「じゃあ、アクションを起こす前に間に入ってもらうってこと?」
「はい。面倒な上に損な役回りをお願いすることになっちゃいますけど、相手への憎しみがエスカレートしていくことは防げます」
「……小野田さんには焼肉食べ放題だけじゃなくて、別に何か奢らないと!! だよね、弥生さん! ……弥生さん?」

 拳を握って気合いを込めて振り返ったみのりは、ぼんやりと何かを考え込んだままの弥生に首を傾げた。
 
「……あっ、すいません! そうですね、ぜひ別にお礼をしましょうね」

 ハッと覚醒した弥生が、慌ててみのりと絢子に笑みを向ける。

「何か気になることでもあるんですか?」
「いえ……大丈夫です。ちょっと考えごとしてて……えっと、それで、私たちは何をすればいいですか?」

 気にしないようにパタパタと手を振る弥生を訝りながらも、今は聞いて欲しくなさそうな弥生に絢子は改めて二人に向き合い本題に戻ることにした。

「……私たちができることは多くはないです。まずは気づいていることを悟られないこと」
「基本中の基本ですね」
「それと今後はできる限り接触をしないことですね。でも決して不安にさせないように、今まで通り気持ちがあるかのように見せる必要があります」
「接触しないのはどの程度ですか?」
「ありていに言えば夫婦生活はNGです。その他にもハグやキス、こう言う接触もできる限り避ける」
「なんなら同じ空間にもいて欲しくないから全然いいんだけど、理由は知っておきたい」
「浮気相手に少しでも関心が向くように、です。旅行が終わるまで。そう区切りをつけて自分を甘やかす口実はできてるのに、肝心の不倫相手の言動にもううんざりしてるじゃないですか」
「まあ、するよね。陰湿な貶し合いとか、普通に冷めるよね」
「愛情でも性欲でもなんでもいいから、不倫相手に関心を向けないと繋がらないですもんね」
「はい。でも私たちが冷たくあしらうのは、疑心暗鬼にさせるだけです。浮気をやめようとも思っているので、むしろ優しくして触れ合いたいと欲を高める。その上で触らせないようにすることで、その欲を浮気相手で発散するように仕向ける」
「うーん……理由はわかったけど……難易度高くない?」
「……はい。弥生さんは家を出ているので、折りをみてご機嫌伺いするだけで十分です。みのりさんは妊娠中なので、避けることはできると思います。問題は……」
「絢子さんだよねぇ……」

 絢子は深いため息を吐き出して頷いた。残業が減ってから急に子供を欲しがるようになった哲也。悟らせずに避け続けるのは至難の技だ。でも由衣と繋がってない。なんとしてでも成功させなければいけない。

「すぐに寝付く人ではあるので、なんとか頑張ってみる予定です」
「うん。あ、映画にハマったとか言い訳して、寝付くまでDVD見まくるとかどう? 結構自然に避けられそうじゃない?」
「いいですね。帰りに借りまくってみます」
「海外ドラマとかおすすめ。普通にハマるよ! 他には……弥生さんもおすすめとかある? 弥生さん?」
「えっ……あ、すいません。おすすめ、ですか……えっと、そうですね……」

 またもやぼんやりと考えごとをしていたらしい弥生に、みのりと絢子は顔を見合わせた。珍しく集中できてなさそうな弥生の上の空が、実は魔王覚醒の前兆だったのだと、絢子とみのりは後から気づくことになった。
 
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