チーム・サレ妻

宵の月

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状況整理

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 隆史への協力要請から五日後。
 いつものカフェにチーム・サレ妻は集まっていた。健人も嬉しそうに弥生の金魚のフンをしている。
 隆史の努力が引き金になったのか、それとも別の理由によるものか。理香子と直樹の矢印がつながった。二人の証拠写真を三人は無言で見つめる。

「……バカみたいになんとか許そうとする旦那がいるのに、子供に暴言吐いてまで盛るとか……なんなの?」

 みのりが嫌悪に満ちて写真から目を逸らした。妊娠中に裏切られ離婚がそのまま、シングルマザーへの決意と覚悟になったみのり。母となろうとしてるみのりにとって、理香子への嫌悪感は今や絢子よりも強いのかもしれない。

「妻だから……家族だからって、最後まで諦めずにいようとしてくれる人なのに……」

 直樹からの理不尽な要求に必死に応えていた弥生は、似た立場の隆史に対して強い共感があるようだった。直樹に試され続けた弥生にとって、これだけのことをしでかしても尽くす隆史が以前の自分に重なるのかもしれない。
 絢子は苦くため息をついた。目論見通り繋がりにくい矢印が繋がっても、嬉しいという感情は湧いてはこない。かつての理香子が何よりも最優先して、選び取ったはずの結婚は泥沼に向かう理香子の足を引き止められない。

「あと、二つ……」

 呟いた絢子にみのりと弥生が黙って頷く。理香子と大地、由衣と哲也。あとそれだけ繋げられたら、今用意できる最高の地獄への入り口が開く。彼らは入り乱れた矢印の数の分だけ、贖罪と責任が生まれることを理解できているのだろうか。
 別の道を選んだ同志隆史の思いは踏み躙られたとしても、チーム・サレ妻達が迎え撃った地獄でその報いは受けさせる。

「大丈夫、でしょうか……」

 弥生が不安そうに吐き出し、みのりも縋るように絢子を見上げた。絢子も表情を引き締めて、二人に向き直る。

「小野田ちゃんの報告の話、ですね……」
「うん……矢印は順調だけどさ、言われてみればそうだよね……確かにこれ、旅行行きそうにないわ……」
「普通ならもう同じ空間にいるのを、我慢してることでもすごいですもんね……」

 落ち込んだようにみのりがうつむき、現場突撃を誰よりも楽しみにしていた弥生がしょんぼりと肩を落とす。

「まあ、そうですよね……」

 今まで協力し合ってた仲間内で、寝取り寝取られがあちこちで起こっている。それも短期間で。それぞれの理由がなんであるにしろ、遺恨も蟠りももう限界まで積もり積もっている。その状態で全員揃って仲良く、旅行に行くとは思えない。でもそれは、

、ならです。相手は倫理観が薄い理性のない獣です。今のままなら旅行は無理でしょう。でもちょっとしかない理性に欲が勝れば、開き直って自ら進んで地獄に落ちていくものです」
「……なんとかなるの?」
「……旅行、行きますか?」
「突撃、楽しみなんですね?」

 パッと表情を明るくした二人に苦笑する。

「絶対突撃して叩き潰したいの! 絢子さん! なにすればいい? なんでもするよ! 」

 身を乗り出してくるみのりに、絢子は考え込むように腕を組んだ。
 
「……開き直らせるためにも、まずは冷静になって状況を整理しましょう。今のところ夫側は離婚の意思はないと思っていいと思うんです。弥生さんの旦那さんを除いた二人は、旅行後は浮気もなかったことにするつもりみたいだし」

 頷いた二人に、絢子はさらに続けた。

「次に不倫相手たち。もう最高に険悪な状態です。ただ、現状で浮気を止める選択肢は考えてなさそうだなって」
「だよね。ウチもそれはそう思う。そもそも今抜けると負けたって思うんじゃない? 何に負けるのは知らないけど」
「むしろ今抜けると勝ちなんですけどね。でも多分旅行に行った後も続けるつもりかなとは思います」
「私としては須藤さんは哲也に本気だと思っています。家庭のストレス発散目的なら、弥生さんの旦那さんに誘われた時点で、繋がっていたと思うので。もしかしたら再婚も考えているかもしれない」
「そうですね。それくらい本気だと思います。でもうちのクズと繋がった……」
「多分、絢子さんの旦那さんと、あのブスが繋がったからだよね? だとすると冷めたとかじゃなくて、当てつけじゃない?」

 問うように弥生を見つめると、賛成するように頷いた。絢子はふむふむと頷くと、持ち込んだファイルの写真に目を落とした。

「では次に、伊藤さん。本命は哲也のようですけど、どこまで本気なんでしょう?」
「単に股が緩いだけで、結構本気なんじゃない? ウチは結婚まで狙ってると思うなー」
「相手に尽くすという考え自体がないだけで、うちのクズをけしかけるくらいだし、私も本気だと思います」
「じゃあ、最後に森永さんですけど……私、実はこの人が一番わからないんです。本命は誰なのか、そもそも本命はいるのか、もっと言えばなんで不倫を始めたのか……」
「あー……うーん、言われてみれば。でもさ、弥生さんの旦那さんに執着してるのは確かじゃない? 他と繋がった後も、定期的に会ってるのここだけだし」
「そういえばそうですね。でも言われて見れば、執着の理由が恋愛感情とは違うのかもですね。恋愛感情だとしたら、相当趣味が悪いとは思いますけど……」

 弥生が考え込むように少し俯き、サラッと髪が完璧な曲線を描く横顔に陰をつくった。思わず息を呑む美しさに、健人も顔を赤くして見惚れている。その瞬間絢子は何かが繋がるように、突拍子もない考えが浮かんだ。

「もしかして……弥生さんが理由……?」
「絢子さん?」

 突然呆然とこぼした絢子に、弥生が不思議そうに小首を傾げる。

「あ……森永さんが弥生さんの旦那さんに執着する理由です。もしかしたら弥生さんなのかなって思って……」
「……私ですか? でも私、森永さんとは面識はないですよ?」
「弥生さんは知らなくても、向こうは知っててもおかしくないです。弥生さんの美貌は社内でも有名でしたし、旦那さんもずいぶん自慢げに見せ回ってましたし」
「……そんなことしてたんですか? でもそうだとしてどうして私が理由で浮気に?」

 いやそうに顔を顰めながら、弥生はよくわからないと言いたげに口を尖らせた。

「あり、えるかもしれないっすね……」
「健人? 心当たりあるの?」

 それまで黙っていた健人の、考え込むような呟きにみのりが眉を顰める。

「あの女、全方向に攻撃的で性格悪んだけど、そう言われてみると美人とかに特に当たりが強かった気が。居酒屋とかでもテーブルの脇を美人が歩くと、すごい形相で睨んだりとか」
「そうなんだ。でも聞く限りでは伊藤って、バカ女と揉めまくってはいるね」
「それは伊藤さんから絡んでくるからじゃ? 須藤さんの方はマウントを諌める方みたいですし」
「でも、弥生さんの旦那さんに恋愛感情があるって言うより、納得できる気がするんですよね……」

 突拍子なく思えた考えは、言葉にするごとに確信めいて思えた。弥生以外の全員が頷き、弥生だけが戸惑ったように表情を曇らせる。

「え、つまりどういうことですか? 知らないうちに私が恨みを買っていたってことですか?」
「……あのブスってさ、もしかしてブスなことが相当コンプレックスなんじゃない? もう美人ってだけで敵認定するほど、ブスを拗らせてるのかも」
「そんなコンプレックスを存在するだけで刺激する、最上位美人の弥生さんの旦那さんだから執着してる。伊藤さんにすぐ反応するのもそのせい? 迷いなくみのりさんの旦那さんにも手を出してたし」
「バカ女も見た目はそこそこだしね。じゃあ、別に弥生さんの旦那さんが好きなんじゃなくて、弥生さんから奪うこと自体が目的なのか」
「そんな……そんな理由で不倫を……?」

 ショックを受けたような弥生に、絢子はみのりと顔を見合わせそれ以上は口を閉じた。

「……そういう理由なのかもしれないという、あくまで推測の話です。なんとなく弥生さんの旦那さんが、好きだとは思えなかったから」
「うん。もしかしたらだし。気になるなら突撃の時、聞いてみたらいいよ。絢子さんの旦那さんのこともわかんないままだしさ」
「あ、それなんですけど、私、「理由」がわかったかもしれません」
「え、絢子さん、理由わかったんですか?」
「嘘……宇宙人に理由とかあんの? 解剖とかしちゃった?」

 驚いて声を上げた弥生と、目を丸くしたみのりも絢子を振り返る。身を乗り出す二人に、絢子はなんとなく見えてきた「哲也の理由」を話し出した。

 
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