チーム・サレ妻

宵の月

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種明かし2

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「でも、たったそれだけでどうして……?」
「実は私もうまくいきすぎだって少し驚いているんです。できることは限られてるし、もっと時間はかかるだろうって」
「何があってこうなったんでしょうか?」

 弥生がみのりが叩きつけた、哲也と留美がホテルから出てくる写真に視線を落とした。
 
「想像するしかないですけど、多分優秀なアシストが入ったんだろうなって思ってます」
「優秀なアシスト?」
「マウント好きで、既婚者に須藤さんと関係を持つように唆すような人がいるじゃないですか。しかも本命は私の夫。二人に隙ができたら多分絶対見逃さない。間違いなく、やらかしてくれる人が」
「確かに無駄にそういうのに鋭そうな女だけどさ。でもやらかすとして、何するかなー?」
「確実な致命傷を狙いそうですよね」

 弥生の言葉に絢子も頷いた。由衣は間違いなくそう言うタイプだろう。
 
「私も弥生さんと同じことを思いました。そしてこの場合の致命傷って、須藤さんが浮気する理由なんじゃないかって」
「浮気する理由が致命傷ですか?」
「伊藤さんみたいな人が浮気する理由ってなんだと思います?」
「うーん、確か四十代なんですよね? 須藤さんって人……」
「そうそう、それで既婚者なんだよね? 家庭がうまくいってなくて、そのせいでヒステリーとかなんとか……」
「結婚している四十代って、大半は家庭内での幸福を見出す年代だと思うんです。でもその家庭がうまくいってない。そんなストレスがある中で、部署内でも人気の若い男に言い寄られたら……?」
「絢子さんの旦那さんは謎として、須藤さんには不倫にハマる理由は十分か。私も良い歳なので感じますが、衰えが顕著なんですよね。誰かにもう恋愛対象としては見られなくなってるだろうなって」
「や!! 俺、弥生さんはバリバリ恋愛対象です!!」

 空気と化していた健人が、キラキラとした目を弥生に向けた。弥生はニコッと笑みを向けてさらりと健人を無視した。その様子に肩をすくめて、みのりがぼやくように頷いた。
 
「自分もまだイケる! って舞い上がった結果が、あの若作りかー。離婚して再婚とかまで考えてそう」
「それは流石に頭の中がお花畑すぎないですかね?」
「弥生さん……」
「どこまで考えてるかは謎ですが、でも伊藤さんって人はきっと、そのあたりのことをぶっ込んだんだと思いますよ」
「「ぶっ込む……」」

 つぶやいた二人に絢子は、なんでもないように頷いた。
 
※※※※※

 昼休みになって医務室から戻ってきた理香子は、弁当を手にいつもの定位置に座り、由衣は直樹のメールから顔を上げた。ついていった直樹は散々口説いたらしいが、すぐには靡かなかったようだ。理香子は今もチラチラと哲也を気にしている。

「須藤さん、もう大丈夫なんですか?」
「あ、ええ……」
「森永さんはまだ手が離せないみたいですね」

 鬼の形相で書類を覗き込んでいる留美は、流石に顔を合わせてランチをする気分ではないらしい。好都合だった。

「ああ、そう……」

 気もそぞろに哲也に話しかけるタイミングを計っている理香子に、由衣はそっと顔を近づけた。

「今井さんに言い寄られたりしたんじゃないですか?」
「えっ!!」

 流石に驚いたように振り返った理香子に、由衣はにっこりと笑みを作った。

「あ、違ってました? 須藤さんを見る今井さんの目つきとか怪しいなって。なんか大地もそんな感じだし」
「え……そんな……池澤くんまで?」
「須藤さん、急におしゃれになって魅力的になったからかなって」
「やだ……そんな……」

 頬に片手を当てて照れる理香子に、内心失笑を浮かべる。年甲斐ない若作りで大人の色香など出るわけがない。年齢を重ねたからこその魅力は、内面から滲み出るこれまでの生き様だと言っていた男がいた。それを正確に理解できたわけではないが、理香子がその魅力がないことだけは間違いない。若さを取り戻そうとするばかりの若作りには、滑稽さしかないのだから。

(若いイケメンに相手してもらって、浮かれてるだけのくせに……)

 理香子の浮かれ具合は、周囲を引き攣らせている。内心を押し隠して覗き見た理香子の、まんざらでもなさそうな表情に眉根が寄った。

「で、でも……私は、ほら、上原くんと……だから悪いけど二人とは……」

 一気に腹の底から湧き上がってきた怒りを、由衣は押さえきれなかった。直樹とのことを煽るつもりだったが、理香子の勘違いの方が気に障った。哲也と真剣交際とでも思っていそうな態度。直樹と大地に相手にもされていないくせに、優位にでもいるかのような物言い。理香子の感じている、自分の女としての価値を叩き潰してやりたくなった。
 由衣は込み上げてくる侮蔑と怒りを笑みにかえ、理香子を頭の先からつま先まで視線を巡らせた。

「……でも私の勘違いですね……だって二人の好みって私だし!」
「え? でも……」
「私、大地には結婚しようって言われてるし、実は、今井さんとも……」
「はぁ? それって……」
「すいません。変な勘違いして……二人が熱心でいっそ須藤さんに靡いてくれたらって、願望込みで見ちゃったのかもしれないです」
「いえ、確かに今井さんからは……」
「二人とも年下好きみたいですし、歳の差がありすぎる須藤さんは範疇外ですよね」
「なっ……!!」

 怒りに顔を歪めて思わず立ち上がった理香子を、嘲笑うように由衣は口元を歪めた。

「そうじゃなくて! 私は……!」
「須藤さんには縁がない悩みで羨ましいです」

 由衣は澄ました顔でゴミを片付け立ち上がった。年上の余裕と包容力アピールに余念がないのに、ほんの少し年齢に触れただけでこうまで激昂するのが滑稽だった。

「変な勘違いしてすいませんでしたー」
「伊藤さん!!」

 さっさと踵を返した由衣に、理香子が声を荒げる。フロア中に響いた声に、部署内が静まり返る。哲也も顔を上げて、由衣を睨む理香子を見たが、うんざりしたようにすぐに視線を書類に戻した。
 誰もが気まずそうに視線を外す中、留美だけが食い入るようにその光景を睨みつけていた。

※※※※※

「……現状に満足できてないことを、伊藤さんが「ぶっ込んだ」として、絢子さんの旦那さんと森永さんに発展します?」
「だよね……絢子さんの旦那さん、もう須藤ってババアはおろか、不倫自体しなさそうだったのに……」
「多分、ちょうどよかったんですよ」
「「ちょうど良い?」」
「三人とも旅行まではと期限を区切りましたよね? それは旅行までは自分を甘やかす言い訳ができたってことでもあります」
「……じゃあ、また残業が増えるってこと?」
「おそらくは……せっかく矢印が繋がったんです。新規でも回数をこなしてもらいましょう」
「不貞行為の継続性で、慰謝料の額変わりますもんね」
「一度した相手だと、禁忌感が薄れます。放っておいても勝手にやらかすはずです」

 弥生もみのりが顔を見合わせ頷いた。
 
「弥生さんの旦那さんは伊藤さんに焚き付けられて、須藤さんに言い寄る予定。そして哲也もそれを黙認し、不倫をやめると決めた。多分その辺がちょうど噛み合った。あの人っていつだって多数側で、かつ面倒ごとが死ぬほど嫌いなんです」

 ニヤリと笑った絢子に、みのりと弥生が眉を顰めた。

※※※※※

「あ、上原くん……! 今日、ご飯でも食べに行かない?」

 帰宅しようとしてた哲也は、嬉しそうに顔を上げた理香子に眉を顰めた。メールを無視しているのに、明らかに待ち伏せしてた理香子。鬱陶しそうにため息をつくと、理香子の脇をすり抜けて歩き出した。

「待って上原くん! ちゃんと話をしよう? 何か誤解してるんでしょう?」
「…………」
「急に態度を変えられても、何も言ってくれなきゃわかんないよ? ね?」 

 何を誤解することがあるのか。まだ会社が見える位置での理香子の行動に、哲也は口を閉じたまま振り切りように足を早めた。理香子はなおも涙目で必死に追い縋ってきた。

「ねえ、上原くん……話し合おう? 私たちこのままじゃ……」
「上原さん、待たせちゃいましたか?」
「森永さん……?」

 急に目の前に現れた留美に、哲也が足を止め理香子が戸惑ったように瞳を揺らした。

「いつものとこは予約いっぱいみたいなんですけどどうしますか?」
「森永さん……何を言って……」

 突然現れた留美と腕に縋ろうとしてくる理香子を見比べ、哲也はため息をついて留美へと踏み出した。

「……良い店知ってるからそこに行こう」

 留美に笑みを向けながら並んで歩き出した哲也に、理香子はワナワナと唇を震わせた。

「上原くん!」

 悲鳴のような理香子の声に、哲也は振り返らなかった。大して使えもしないのに、恋人気取りが目に余る。あくまで不倫。役に立たないのなら必要ない。分別のつくはずの年なのに、そんなことも弁えられない女が使えないのは当然だ。切り時だった。

「お困りだったようなので……でも良いんですか?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべる留美に、哲也は肩をすくめた。
 
「別に良いよ。今井さんあたりが慰めるだろうし?」
「……っ!!」

 息を呑んで立ち止まり、もうだいぶ遠ざかった理香子に駆け寄る人影に、留美がぎりっと奥歯を軋らせた。

「あ、もしかして、知らなかった?」

 その様子を小さく嘲り歩き続ける哲也に、留美は小走りで駆け寄り睨みあげた。

「……助けたのでをしていただけますよね?」

 流石にそれには立ち止まった哲也は、じっと留美を見下ろした。単なる不倫遊びになぜこいつらは必死になっているのか。面倒そうにため息を吐いて、哲也は渋々頷いた。

「……わかった」

 どうせ直樹も大地も寝ている女だ。よりも実際に行動しておく方が、理香子にもより伝わるだろう。用済みなのだと。手を切るにしても面倒ごとは最小限にしておきたい。

(今日こそ絢子とって、予定でいたのにな……)

 何やら話しかけてくる留美に生返事を返しながら、哲也は無駄撃ちする羽目になった状況にため息をついた。
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