チーム・サレ妻

宵の月

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 バンッとテーブルに「哲也と留美」の証拠写真を叩きつけ、みのりは絢子に身を乗り出した。

「絢子さん! これってどういうこと!!」

 弥生も固唾を飲んでこくこくと頷く、いつものカフェで絢子は目を白黒させた。
 
「待って、みのりさん。その前にこちらの人は誰なのかを先に教えてくれる……?」

 弥生の隣でニコニコとテーブルを囲むド派手な金髪青年。容姿は整っているが、残念ながらものすごくチャラそうだ。一体誰なのかと、絢子は口元を引き攣らせた。

「あ、こちらは……」
「俺、健人って言います! 弥生さんの送迎をさせていただいてます!」
「送迎……」

 をさせていただいてるのか。弥生をチラチラと気にする健人に、絢子は頷いた。確かに弥生の美貌の前だと、させていただけてる気持ちにはなるかもしれない。
 
「弥生さんの家出を保護してくれた友達!」
「あ……貴方が! ありがとうございます。弥生さんを助けてくれた人だったんですね!」
「いや、俺こそ手助けさせてもらって光栄っていうか……」

 事情を把握し愛想が良くなった絢子に、赤くなって健人は照れ笑いする。みのりは健人はそっちのけで、興奮してバンバンテーブルを叩いた。
 
「絢子さん! 健人はどうでもいいから! それよりこっち! 絢子さんの予言通りなんだけど、どういうこと!」
「予言って……みのりさん、説明するから落ち着いて……」
「私もすごく気になります。絢子さん、どうやったんですか?」

 弥生も身を乗り出し、健人もうんうんと頷いている。絢子はニヤリと笑うと、もったいぶってカップを置いた。

「……別に大したことはしてないんです。詳細の前に、まずは大前提ですね。みのりさん、弥生さん。今まで夫たちの想定外の言動ってありましたか?」
「想定外? んー、不倫相手がマウント取り出したのは、想定外じゃない?」
「ああ、それは確かに予想してませんでしたよね。不倫相手については何も知らなかったので。でも今回確認してるのは夫たちについてです」
「それなら特に思い当たることは、ないかも? ですね……」
「ですよね。期待を下回ることはあっても、概ね予想通りの行動でした。不倫相手が増えることでさえ、私たちは事前に検討していてその後にまんまと増えましたよね?」
「まあ、そう、ですね。絢子さんが相談した弁護士さん、優秀ですよね」
「はい。まあ、つまり私たちは夫たちの行動を、ある程度予想できてるってことなんです。こういう時どう考えて、どういう行動を取るのかって」
「全く想像もつかないってことはないし、想像を超えてくることはないかもなー。思ったよりもバカだったけど」
「確かにバカでしたね。でも大事なのは夫たちの行動をある程度予測できるって点です。そして不倫相手の性格もわかってきた。だから大雑把にはこっちの思った通りに動かせるんじゃないかって思ったんです」
「でもウチらが出ていくわけにはいかないじゃん? 毎回誤魔化し切れるわけじゃないし……」
「ふふっ……みのりさん、私たちにはもう一人チームメイトがいるでしょ?」
「……小野田さん!?」

 目を見張った弥生に、絢子は頷いた。

「夫たちの話し合いの内容を教えてもらってから、小野田ちゃんにお願いしといたんです。「森永さんを怒らせてください」って。できれば伊藤さんを絡めて怒らせてくれたら最高だって」
「え……?」
「小野田ちゃんは完璧にやり遂げてくれました」

 首を傾げるみのりに、絢子はにっこり笑みを浮かべた。

※※※※※

(森永さんを怒らせる。か……できれば伊藤さんを絡めて、ね……)

 仕事の楽しさを教えてくれた、超有能な先輩からの指令に小野田は首を捻りつつ席を立ち上がった。どういうつもりかはわからなくても、絢子からの指示に従うのみだ。いつだって必ず結果を出してきた人だから。幸い伊藤を絡めて森永を怒らせるのは簡単だ。ネタも豊富にある。
 小野田はいくつかの書類をまとめると、営業二課に向かって歩き出した。深呼吸をして気合いを入れると、森永の席にツカツカと向かう。

「森永さん、ちょっといいですか?」

 無言で顔を上げた留美に、小野田は領収書をテーブルに乱暴に出す。

「伊藤さんの領収書に不備があるんですけど?」
「は? それなら私じゃなく、伊藤さんに……」

 自分の名前に顔を上げた由衣の視線を感じながら、小野田は森永に詰め寄った。
 
「バイトの領収書の取りまとめって、森永さんの仕事ですよね? 入社して半年の伊藤さんがミスするのは仕方ないですけど、それを見越して先輩の森永さんがしっかりチェックするべきじゃないんですか?」
「半年ならって……それくらい本人が……」
「二課だけですよ? こんな経費処理出してくるの。しっかりしてもらえますか? 次からは課長に報告させてもらいますから!」

 怒りに顔を歪ませる留美と、それを陰からニヤつきながら見ている由衣。小野田は言うだけ言って踵を返した。

(任務完了っと。まあ、半年もいるのに経費処理のミスとか、ありえない仕事のできなさ具合だもんね……でもこれも不倫の罰ってことで!)

 いつもならしない理不尽な叱責を、がっつり留美に浴びせた小野田は自分の席に戻って行った。

※※※※※

「……小野田さんにそんなこと頼んだ意味ってなんですか?」

 心配そうな弥生に絢子はにっこりと笑みを向けた。

「森永さんが沸点が低い人だからです」
「あー、沸点低いってか、かなりヤバそうな人だよね」
「みのりさんの旦那さんと、ホテルに入るまで張り込みするような人ですもんね」
「日頃からマウントされてるみたいだしねー」

 引いているみのりと弥生に、絢子も苦笑を返した。
 
「そんな人が伊藤さんのせいで理不尽に怒られたら、どんな行動に出ると思います?」
「ちょ……まさか絢子さん……」
「あ、確か伊藤さんの本命って……絢子さんの旦那さん……」
「きっと相当頭に来てるはずなので、相手が一番嫌なことをするじゃないかなって」
「うわぁ……」

 笑顔の絢子にみのりと弥生が顔を見合わせた。

※※※※※
 
「あー、森永さん、大丈夫?」

 怒りに震えながら俯く留美に、理香子がそっと近寄ってくる。でもその視線は、チラチラとコピーをとる哲也に向けられていた。

「大変だったわね。あんまり気にしないようにね」

 顔を上げた哲也と目が合うと、パッと嬉しそうに理香子は頬を染める。そして留美の肩を叩いて、小野田が置いて行った領収書に手を伸ばした。その手を振り払って留美は、怒りの形相で理香子に振り返る。

「あ……これ程度のことなら私がやっといてあげるわ。私だったらすぐ……」
「私をダシにできるアピールとかやめてもらっていいです? 思ってもないくせに心配してるふりとか、ものすごく鬱陶しいんで!」

 吐き捨てるように言うと留美はそのまま席を立って出て行った。

「……お、お節介だったかな……? あ、上原くん、良かったら手伝うわ」

 衝撃に目を丸めていた理香子は、気まずそうに呟くとコピーをとる哲也に近づいた。

「いえ、手伝いとかいいんで、前もらったB社資料直してもらっていいですか? ちょっとミスだらけで使えないんで」
「あ、ごめんなさ……」

 冷ややかに言い放った哲也は、いいかけた理香子の言葉を待たずに席に戻っていく。その光景を見ていた由衣は驚いたものの、涙目で立ち尽くす理香子にニヤリと口元を歪めた。哲也は基本的に理香子には親切だったから。

(哲也さん、やっと決心できたのね……)
 
 含み笑いをした由衣は視線を感じて顔を上げると、こっちを見ていた直樹と目が合った。一瞬嫌悪に顔を顰めそうになった由衣は、なんとか堪えて直樹に理香子を慰めるよう合図を送る。ハッとして直樹が理香子に歩み寄っていく。

「あー須藤さん、具合が悪いなら医務室行ってきたら?」
「すいません……」

 連れ立って出ていく二人を、由衣は満足げに見送った。
 自信満々だったベッドも、ただモノが大きいだけで独りよがりで期待外れ。本当に使えない男だが、けしかけた成果はあったようだ。哲也と理香子の関係に、早速亀裂が入り始めている。

(ほんっと、いい気味……)

 直樹が理香子を連れ出すのも気にする様子のない哲也に、由衣は機嫌よくパソコンの画面に向き直った。


 
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