チーム・サレ妻

宵の月

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魔王宣言

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「はい……はい……いえ、大丈夫です。俺こそ、そこまで気づかなくて……はい……わかりました。はい……ははっ……はい……お願いします」

 哲也と大地に見守られながら、電話を切った直樹は深い安堵のため息をついた。

「……バレたわけじゃなかった……」

 直樹の言葉に哲也と大地も詰めていた息をホッと息を吐き出した。

「やー、もう焦らせないでくださいよー……」
「結局理由はなんだったんですか?」
「ああ、生理が来たんだと。年齢的にも子供が欲しくて焦ってたみたいで、体調も悪くて不安定だったらしい。それでつい八つ当たりして俺に合わせる顔がないって取り乱してるらしい。落ち着くまではしばらくは実家で過ごさせるってよ」
「あー、みのりもなんか言ってたなー。妊娠してもそうやって情緒不安定とかあるみたいっすよ」
「女ってそういうとこ、めんどくさいよな」
「絢子はそんなことないですけどね」
「確かに、取り乱しそうもないな」
「じゃ、問題なさそうなんで、俺は帰りますね」
「あ、ちょっと哲也さん、もうちょっといいですか!」
 
 立ちあがろうとした哲也を、大地が引き留めた。振り返った哲也が眉根を寄せる。

「なんだ、大地。お前もなんかあるのか?」
「あ、や、俺、旅行の後はもう浮気やめようと思ってて……お二人はどうすんのか聞いておこうかなと」
「は? やめる?」

 大地に身を乗り出した直樹に、大地はテーブルに懐いていた上体を起こした。

「……直樹さん、由衣ちゃんと寝たんですよね?」
「……っ! それはっ! 俺は誘われて……」
「あー、別にいいですよ。俺も森永さんと寝たんで」
「は? なんで大地が留美と……」
「や、最初直樹さんに由衣ちゃん貸せって言われた時は、絶対無理って思ったんですけどね。森永さん、顔さえ見なきゃ由衣ちゃんより全然いいし……」
「おい、大地! お前!」
「言っときますけど最初に手を出したのは直樹さんなんすからね」
「だからって……」
「でもなんか浮気女って所詮遊ぶ用の女っすよね。なんか頭冷えたっていうか、目が覚めたっていうか。やっぱ嫁が一番だなって」
「そりゃそうだろ」

 肩をすくめた哲也に、大地もしみじみと頷いた。
 
「旅行もやめよっかなって思ったんですけど、今更取り下げるとかえってめんどくさいことになりそうじゃないですかー」
「それはそうだな……」
「なんでそれまでは適当に遊んで、旅行終わったら家庭に戻ろうと思うんすよ。子供も生まれるし」
「……妥当だな。俺もそろそろ子供欲しい」
「直樹さんはどうするんすか?」
「俺は……」

 迷うように言葉を濁す直樹に、哲也と大地は顔を見合わせた。哲也はため息をついて、直樹の返事を待たずに立ち上がる。

「どっちみち俺は抜けますね。旅行まではまあ、付き合います」

 立ち上がって上着を羽織る哲也に倣って、大地も帰り支度を始める。財布からお金を取り出してテーブルに置いた哲也は、踵を返しかけふと足を止めた。

「あー、なんだったら須藤さんもどうぞ。俺、もういらないんで」

 そのままスタスタと帰る哲也を、直樹と大地がポカンとして見送る。
 
「どうぞって……流石に須藤さんは……」

 顔を顰めた大地に、直樹がため息を吐いた。

「いや、俺、由衣ちゃんに、須藤さんを勧められてんだけど……」
「は? マジっすか……! なんでまた……」
「なんか須藤さんにキツく当たられてるとかなんとかで」
「そうなんすか。でも須藤さんは哲也さんにガチっぽいっし、無理じゃないっすか? 哲也さん結構まめに構ってたのになー……」
「無理ではねーよ。そうじゃなくて……」

 ムッとしたように声を張った直樹に、大地は目を丸くした。
 
「いけるんすか? あ、でも哲也さんも手を切るなら、揉めずに済みそうですよね」
「……そうかもな」
「なら俺もできることあったら協力します! じゃ、俺もこれで!」

 肩の荷をおろしたかのように、大地もそそくさと帰っていく。帰っても弥生はいない。一人残された直樹は、飲んでいたグラスを置いてスマホを取り出した。

※※※※※

『ご迷惑かけてすいませんでした。絢子さんのおかげで大丈夫そうです』

 弥生からのメールを、トイレにこもって確認した絢子はホッと笑みを浮かべた。

『いえ、辛い時に急がせてごめんなさい』
『マジですごい! 全然疑ってなかったみたい! どうやったの?』
『大したことじゃないんですよ。ただ急がなければいけなかっただけで』

 実家に向かっているという弥生に、一刻も早く両親からもっともらしく、かつ理由を電話させること。これだけだ。急がせたのは疑心暗鬼にさせないため。
 後ろめたいことがある夫たちは、真っ先に浮気がバレての行動だと考えるだろう。人は信じたいものを信じようとする。バレていないというもっともらしい言い訳に必ず飛びつく。
 ただ時間がたってしまうと効果がない。時間が追うごとに不安を深めていくから。後からそうじゃないと伝えても、確信させてしまった不安は打ち消せなくなるのだ。心置きなく不倫を続けてもらうには、一刻も早く安心させることが必要だった。

『それよりみのりさんの言ってた内容は本当ですか?』
『うん! 人が少なくてよく聞こえたって言ってたし』

 浮気がバレたかと焦って集まった夫たち話していた内容は、緊急出動してくれたみのりの友人たちが教えてくれた。その内容に絢子はじっくりと思考を巡らせる。

『何食わぬ顔で平穏な家庭に戻ろうとしてるんですね。本当に最悪です』
『うちのクズは続けたいみたいですけど……』
『んー、浮気続けるのもありえないけど、戻ってくる方が最悪な気がする!』
『ですね』
『じゃあ、どっちも途方もないクズってことで』

 毒舌に戻った弥生の返しに、みのりが爆笑スタンプを貼り付ける。絢子も思わずスタンプを返した。

『乗り切れたってことで、みのりさん、弥生さん。協力してくださいね』
『何を?』
『矢印を増やします。まずは哲也と森永さん』
『え? 絢子さんのとこは無理じゃない?』
『そうですよ。浮気もやめようとしてるみたいですし』
『でも最高の舞台にするなら、矢印を全部繋げてこそでしょ?』
『それはそうですけど……』
『これ以上、繋がらなくない?』
『繋げますよ。私たちで。慰謝料のおかわりしましょうよ』
『そうしたいけど、そんなことできるの?』
『できますよ。全員で魔王になったら』
『魔王?』
『そういえば、絢子さん、魔王とか言ってたね』
『そうです。なるんですよ。魔王に。お二人にもなってもらいます』

 家にいるまま状況を操ってこその魔王。そしてそれは決して不可能ではない。
 戸惑っているだろう二人に、絢子は小さく笑った。矢印は全部つなげる。チーム・サレ妻全員で、力を合わせればそれができる。状況をただ見守るのではなく操るのだ。自分たちが望むように。

『準備はしておきます。時間はかかるかもしれないですけど、繋げて見せますよ』
『待って、どうやって? 気になって寝れないよー』
『私もです。魔王ってなんですか? どうやるんですか?』
『ダメですよ、ちゃんと寝ないと。本当にもう戻りますね。おやすみなさい』

 気になるスタンプをペタペタ貼り出したみのりと弥生に、くすくす笑いながら絢子はトイレを立った。

(私は観察だったみたいね)

 みのりのように涙するのではなく、弥生のように怒りに震えるのではなく。知らない人になったように見えた哲也に、罠を仕掛けてその動向を観察する。少しの変化を加えて、上がるのか下がるのか。餌をぶら下げた時、食べるのかそれとも拒むのか。どちらにせよ、もう離婚という結論は出ているのだ。
 結末に向かって今はただ進んでいる。それにちょっとだけ手を加える。より彼らにとって最悪の結末になるように。どの選択肢を選ぶのかは、結局彼らなのだから。
 ひっそりと笑みを浮かべた絢子は、もう哲也は寝たであろう寝室へと静かに戻っていった。

 
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