チーム・サレ妻

宵の月

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危険な好奇心

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 この男のどこがいいんだろう?
 何度か集合場所として利用した、小料理屋「いろは」。正面に座った直樹を眺めながら、由衣は心の中で呟いた。
 席に座ってから直樹の口から出るのは、「自慢話」。いかに仕事ができ、女にモテるか。そして美人妻弥生からの束縛と愛の重さへの愚痴。あまりにもつまらなくて、開始三分で真面目に聞くのをやめた。愛想笑いで聞き流していても、直樹は気分がよさそうに話し続けている。

(これで仕事できるとか、あり得ないよね?)

 相手が聞き流していることにも気づかないのに。部署内での地位はそれなりでも、とてもそうは思えない。どう聞いても見栄っ張りで器の小さい男が誇張した話に聞こえる。

(でも嘘ではないのよね……)

 信じられないことに直樹の妻が「とんでもない美人」というのは本当らしい。直樹の自己申告は信用できなくても、社内で直樹の妻は有名人だ。美人であることを否定する人が誰一人いない。

(私ほどではないんだろうけど。でもそれじゃ、なんでこんなと結婚したわけ……?)

 長身で身だしなみは整っている。だから嫌悪感こそ湧かないが、お世辞にも魅力的な男とは言い難い。中身に関しては最悪だ。

「……って嫁に縋り付かれるからさ。でも最近は留美もなんだよな。俺、本気になられると重く感じるタイプなんだよね」
「そうなんですね。でもなら仕方ないですよ。包容力あって、つい頼りたくなるっていうか。だから私もつい甘えて相談しちゃって……」
「まあ、昔から頼られる方ではあるんだよなー」

 ちょっと煽ててやるだけで、直樹は小鼻を膨らませて顎を逸らす。信じられないくらいバカに見える。でもバカだからいいのだ。由衣は上目遣いで直樹を見上げた。

「ふふっ。素敵です。だからすごくモテるんですしょうね。直樹さんならきっと須藤さんでもモノにできちゃいますよね?」
「え、須藤さん? できるだろうけど、あの人はなぁ……」

 ニヤけるのを堪えきれない様子で、直樹は困惑顔をして見せる。

(できるだろうって、どっからその自信は湧くのよ……)

 鼻で笑いたくなるのを我慢しながら、由衣は笑顔をなんとか維持した。直樹に別に期待はしてない。理香子が自分から直樹に靡くことないとわかっている。でも決定的な関係にならなくても、割こませて哲也との亀裂を作れればいい。理香子の気が少しでも逸れれば哲也も、由衣に本音を出しやすくなるはずだ。

「俺の好みではないっていうか」

 それはお互い様だ。選ぶ側目線の直樹に、由衣はイラっと笑みを引き攣らせたが、一生懸命努力して口角を上げた。

「あー……でも須藤さんが直樹さんを好きになったら、私が辛くあたられることも無くなるなって……」
「でも須藤さんって、あれだろ? 歳もさ……」
「直樹さんなら多少年上でも、うまく扱えますよね? 須藤さん、派遣だけど勤続年数長いじゃないですかー。だからちゃんと注意できる人もいないし……」
「まあ、それはな。仕事もできる方だしな」
「上原さんも強く言えないみたいで。でもあれだけ性格のキツイ須藤さんも、好きな人の言うことなら聞くと思うんですよー。だから……」
「いや、でも須藤さんは流石になー……」
「……そうですか……直樹さんでも須藤さんは無理なんですね……須藤さん、上原さんを気に入ってますもんね。上原さん、イケメンですし」
「あ、いや……」

 直樹がムッとしたように口を挟もうとした。苛立ちも最高潮な由衣は、直樹を睨みながら被せるように続ける。

「三人の中で一番モテるのって直樹さんかと思ってました。でも上原さんはすごいイケメンだし、上原さん狙いな須藤さんだと、いくら直樹さんでも気を引くのは無理ですよね。変なこと相談してすいませんでした……直樹さんならって思ってたんですけどね」
「いや、俺は別に……」
「だって無理なんですよね?」

 苛立ったように食いついてきた直樹に、由衣は大袈裟にため息をついてみせた。直樹はムカついていますという態度で、ビールを飲み下すと口調と表情を改めた。

「須藤さんくらい、正直どうとでもなる。ただ上原のこともあるから簡単には……」
「でも上原さんだって須藤さんには迷惑してます!」
「いや、あいつは普通に……」
「やっぱり無理なんですね。上原さんと直樹さんはタイプ違うし。すいません。強く言えない上原さんじゃなくて、頼れる直樹さんならって相談してみたんですけど、忘れてください」

 由衣は鞄を持って帰り支度を始めてみせる。立ち上がろうとする由衣を引き止めるように、直樹が慌てて声を上げた。
 
「いや、だから無理だとはいってないって!」
「でも……」
「あのさ、さっきから上原はイケメンとか言ってるけど、男は顔じゃなくて中身だから。包容力と余裕なの。別に俺なら須藤さんくらいどうでもできるから」
「……本当ですか? じゃあ……」

 重々しく頷いて見せる直樹に、由衣は内心が出ないように笑みを浮かべた。包容力に余裕。どちらもあるようには見えない。どうしてそんなに自信満々なのか。謎の自信を讃える直樹を、由衣はじっと見据えた。
 
(こいつのどこがいいの?)

 見た目も中身も、一つもいいところが見つからない。それでも留美と美人らしい奥さんがいる。由衣の内心の疑問に答えるように、直樹はニヤリと口元を歪めた。

「それにだ、ベッドに入れば顔なんか関係ないだろ? がそこまで言うなら、助けてやってもいいよ? 気は進まないけど」
「ベッド……」

 下心が滲む笑みに顔を歪めた直樹に、由衣は立ち上がりかけた腰を戻す。普通なら鼻で笑うところだが、興味が湧いた。
 由衣にとって許容できる点が一つも見つからない直樹。でも留美と美人だという妻を繋ぎ止めるものが、目に見えない部分にあるとしたら。むくりと好奇心が首をもたげ、由衣は直樹を焚き付けるだけの予定だった計画を変更することにした。

「……やっぱり直樹さんは頼りになりますね……お手並み拝見させて欲しいくらいです……」

 身を乗り出して意味深な笑みを浮かべてやると、直樹はわかりやすく相好を崩した。

「……まあ、興味があるなら別に構わないけど?」

 須藤に直樹を焚き付けるついでに、あのむかつくブスの男を寝取ってやるのもいいかもしれない。本当にすごいなら、時々は遊んでやってもいい。店を出た直樹と由衣は肩を組んでホテル街へと歩き出した。

※※※※※

 ホテルの入り口に吸い込まれていく二人に、大地がふらっと足を踏み出そうとした。夜気に冷たくなったスーツの裾を掴んで、留美は大地を引き留める。
 暗い怒りの表情で振り返った大地を見上げ、留美は淡々と口を開いた。

「……言った通りでしたよね?」
「…………」

 寒い夜の街で長いこと張り込んだ挙句、目の前で裏切りを目の当たりにした大地が、傷ついたように唇を噛み締め俯く。そんな大地に留美はひっそりと笑みを浮かべた。

「慰めましょうか?」
「……は? いや、何言って……」

 一瞬で顔色を変えた大地に、留美は顔色も変えずに笑みを浮かべた。

「どうして直樹さんが私と付き合ってるか、知りたくないですか?」
「え、何言って……」
「私、すごいらしいんです。直樹さんだけじゃなく、歴代の男が口を揃えて言うくらいには」
「は、え、森永さん?」
「どうせ浮気されたんですから、試してみません? どういうふうにすごいのか……」

 留美を見つめながら、大地は喉仏を上下させた。留美に興味があるわけではない。でも冷え切った身体と、目の当たりにした裏切りに大地の心は慰めを求めている。
 今すぐ手を伸ばせる手頃な温もりは、スーツの裾を掴んだままの留美だけだ。大地は無言で留美の肩に腕を回し直樹と由衣が吸い込まれたホテルへと足を踏み入れる。
 四人の姿が消えたホテル前では、赤髪と全身タトゥーの二人組がものすごい勢いでメールを打ち込んでいた。
 
 
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