チーム・サレ妻

宵の月

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内輪揉め

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『最近、残業が減ったと思いません?』

 弥生からその連絡が入ったのは、最後の会合から十日ほど経ってからだった。

『やっぱりそうですよね? 最近、帰りが早いのでおかしいと思ってました』
『ウチのとこもー! 二人のとこもそうだったの?』

 三人とも減ったと感じていると言うことは、どうやら気のせいではないらしい。何が原因だろうかと首を捻っていると、ブルッとスマホが震える。

『もうさ、ここのとこ残業が当たり前だったから、帰ってこられるのめんどくさい!』

 みのりの返信に絢子も頷く。もう哲也が帰ってくることでかかる手間が、ひどく煩わしく感じていた。

『今更浮気やめたとかじゃないよね? やめたところで手遅れなんですけどー』
『証拠は十分にありますし、もしやめていたとしても離婚はできますよ』

 情状酌量の余地はない。それはみのりも同じ考えらしい。
 
『気づかれた、とかじゃないよね……?』
『それは大丈夫だと思いますけど……心当たりとかあります?』
『ないから不安なんだよね……』
 
 理由のわからない突然の定時帰宅。警戒されているのかと不安をみのりと吐き出していると、最初のメッセージ以降いなくなっていた弥生が戻ってくる。
 
『すいません。席を外してました。バレたんじゃなくて、別の理由っぽいです』
『別の理由って何?』

 ドキドキしながらみのりの質問への返信を待っていると、しばらくして弥生のメッセージが表示された。

『家にいる時間が増えたせいで、しっかり確認できてないんですが、どうやらあの三人揉めてるみたいなんです』
『……揉めてる?』

 やっと自分たちの方向性が決定し、弁護士やらと本格的に離婚の準備に動き出そうとしていた。その矢先に仲良く徒党を組んで、浮気に勤しんでいた夫たちが揉めているらしい。出鼻をくじかれたような不快感に、絢子は鼻の頭に皺を寄せた。

『一体何を揉めてるんでしょうね?』
『少しみた感じでは不倫旅行みたいでした』
『マジか……旅行、行かないとかなったら困るんだけど?』
『困りますよね、ここまで来たら突撃したいのに』
『それはウチもそう思う』
『二人ともやる気満々すぎない?』

 浮気現場乗り込みたすぎる二人に、絢子は眉尻を下げた。それにしても。絢子は表情を改めて、スマホに指を滑らせる。

『でも本当に原因ってなんでしょうね。内容によっては旅行取りやめとかも普通にあるかもしれないですよね』
『えー……仲直りしろよー。ここで反省したってもう遅いんだからさー、もういっそやりきれよー』
『浮気仲間で喧嘩って、考えてみるとすごく頭悪そうじゃないですか?』
『頭は元々悪いじゃん。頭悪いから浮気すんだし。でもここで旅行の立ち消えはなー。我慢してきた分、最後にガッツリやってやりたいのに!』
『いっそ喧嘩の仲裁でもしてみます? 仲良く旅行に行くように』
『ずっと仲良くしてた浮気仲間だったんでしょ? 仲直りしなよって? 何それウケる』
『そんな斬新な仲裁、初めて聞きますね』

 なんとか不倫旅行に行かせたい二人に、絢子は思わず笑みが溢れた。でも絢子もその気持ちはわかる気がした。
 
『中止になっても許すって選択肢はないのでいっそ、クズに振り切って欲しいまでありますよね』

 油汚れのようにしつこくこびりついた僅かな未練。離婚する気持ちは揺るがないのに今更殊勝な態度を取られたとしたら、妙な罪悪感を感じてしまう気がした。時々顔を出しては絢子をひどく惨めにさせるこの気持ちを、欠片さえ残さず叩き潰して欲しい。不倫旅行を目の当たりにすれば、そんな気持ちも消え失せる気がするから。
 
『だよねー。散々やらかした後に反省されてもねー』
『大丈夫です。現時点でも十分クズです。でもこのまま旅行の取りやめってなるなら、今我慢している理由もなくなりますよね』
『それはそう。乗り込む日を思って、耐えてるのに無くなるなら意味ないもん』
『言われてみれば今離婚しないのって、Xデーに決着をつけたいがためなんですよね』
『不倫旅行が夫婦を延命してる』
『その楽しみがあるから耐えてるー』
『楽しみって……』

 みのりからの返信に苦笑する。でも不倫旅行に踏み込む決意が、今自分たちを突き動かす原動力ではある。
 
『とりあえずみのりさんには、弁護士さんの連絡先送りますね。取りやめになっても即行動できるように、弁護士相談は早めにしておきましょう』
『そうだね。弥生さん、ありがとー!』
『お二人とも相談前に、提示したい条件とかまとめておくといいですよ。時間単位で料金がかかるので、まとめておくと相談効率上がります』
『りょ!』
『念の為、保養所の使用申請の取り下げがあるようなら、連絡をくれるように後輩に頼んでおきます』
『お願いします。私も分かり次第連絡しますね』

 それぞれスタンプを残して解散し、絢子はため息をついた。不倫旅行の取りやめの危機は想定していなかった。浮気に気づいていることがバレなければ、問題なく不倫旅行に出発すると思っていた。

「原因はなんなのかしら……」

 考えてもわからない揉め事の原因に思考を巡らせながら、今日も残業はせずに帰宅するらしい哲也のために、絢子はキッチンへと向かった。

※※※※※
 
「絢子ー……」

 夕飯の片付けをしていた背後から、哲也が情けない声を上げながら抱きついてくる。咄嗟に歯を食いしばり、絢子は振り払いたくなる衝動を押さえた。
 こうして甘えてくるのは、いつも何かトラブルが起きた時だった。基本的に打たれ弱い哲也は、何かあるとすぐに人に頼り始める。今までは真剣に向き合って励ましたりアドバイスをしていた。でも今はそんな気力もない。それでも疑われないように、今はまだいつものように聞いてやらなければいけない。
 同じように耐えているだろうみのりと弥生を思い浮かべながら、絢子はできるだけ平静な声を保つように哲也に口を開いた。

「……何かあったの?」
「んー、今意見の食い違いで揉めてる奴らがいてさー、俺、その間で板挟みにみたいになってて……なんかすっげー疲れたなって」

 哲也の答えに絢子がぴくりと反応する。洗い物を続けていた手を止めて、絢子は浮かびそうな笑みを堪えて心配そうな顔で哲也に振り返った。

「大変そうね。意見の食い違いってどんなこと?」
「あー、別に大したことじゃないんだけどさ……」

 一瞬泳いだ視線に絢子は見逃さなかった。これは間違いなく弥生の言っていた揉め事への愚痴だと確信する。口ぶりから揉めているのは直樹と大地。面倒事を嫌う性格の哲也は、その間に挟まれている構図らしい。
 ストレスを溜め込めないタイプの哲也は、二人に挟まれているのが耐えられないようだ。浮気仲間の愚痴をあろうことか絢子にしようとしてる。その厚顔無恥な振る舞いに呆れ返るが、揉め事を知るチャンスでもある。

「仕事の話? 言えない内容なら無理には聞かないけど、話して楽になるなら聞くよ?」

 そう言えば必ず話し出すことを知っていて、絢子は哲也の手を引いてソファーへと誘導する。穏やかな声に哲也は表情を緩めると、うんざりした口調で口を開き始めた。
 
「うん……仕事の話だから詳しいことは言えないんだけどさ。なんて言うか今のままでもうまくいってるプロジェクトを、よりいいものにしようって改善案が出てきてさ。でもデメリットもあって一人は猛反対しててさ……」
「より、いいもの。ね……」

 ああ、絢子は吊り上がりそうになる口元を、考え込む振りで片手で押さえる。どうやら数々の離婚案件を取り扱ってきた、熟練の弁護士の勘は当たったようだ。
「今のままでもうまくいっているプロジェクト浮気」を「」にしようと、提案したバカがいるようだ。

『多分、言い出すとしたら家の、ですよね』

 そしておそらく弥生の予想は外れていない。言い出したのは劣等感を拗らせた直樹で、それを女の好みは一般的な大地が拒絶しているのだろう。

「それまで協力してうまいこと進んでたのに、俺もどっちに賛同するんだとか迫られてめんどくさくなってきてさ。残業もやる気起きなくなってきててさ。なんか疲れたって言うか、もういいかなって気分になってきてるんだよね」

 それは困る。面倒事を放り投げる哲也の性格からして、「」を辞めかねない。

「なんかこうして早く家に帰って、絢子の顔を見てる方が落ち着くっていうか……」
「そう……」

 擦り寄ってくる哲也の手が、より深く探ろうとしてくるのをさりげなく止め、絢子は哲也をまっすぐに見つめた。

「……そのデメリットが解消できれば、本当によりいいものになると思う?」

 絢子は声音は穏やかなまま、哲也の視線を捉えたまま最後の審判を口にする。
 
その改善案をどう思うの?」

 一瞬沈黙した哲也は、自分の中にある考えをまとめるように、ゆっくりと絢子にその答えを返した。
 
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