チーム・サレ妻

宵の月

文字の大きさ
上 下
9 / 55

正しい浮気調査講座

しおりを挟む


 すでに定位置となりつつ席に集まった弥生とみのりに、絢子はスッとファイルを差し出した。

「みのりさんから受け取った写真を、日時と場所、わかる範囲で整理してみました」
「うわ、これすごい! めっちゃわかりやすいじゃん!」

 みのりに確認してもらった、場所と日時と状況を時系列順に記載した資料。その時系列が該当の写真を見開きで確認できるようにした、ファイルにみのりが歓声をあげる。

「こういう仕事は得意なんです」
「みのりさん、絢子さんって、すごいキャリアウーマンだったんですよ」

 自慢げに言った弥生に、みのりが頷きを返す。

「これ見ただけでめっちゃ分かる!」

 浮気状況がよくわかる資料を褒められる状況に、絢子は苦笑を浮かべながら二人に顔を上げた。

「すいません。お二人ともファイルの一番最後を見てもらっていいですか? 中身を確認する前に確認してほしいことがあるんです」
「これは……」
「弁護士とかにはまだ相談できてなくて。ネットでわかった範囲のものになりますが、証拠集めの関する注意点になります」

 1・スマホのロック解除で中身の確認や、SDカードからの中身の抜き取り。
 2・GPS設置や、アプリのインストール。
 3・盗聴器の設置。

「これらはいずれもプライバシーの侵害とみなされるみたいなんです」
「えー! スマホなんて誰でも見るじゃん!」

 みのりが頬を膨らませる様子に、絢子は宥めるように眉尻を下げた。

「弁護士に相談したわけではないので、あくまでネットでの情報です。正直プライバシーの侵害だって相手が騒いだとして、配偶者の立場でこの方法で不貞の特定のためだけにした場合、不貞行為って明確な違法行為とどこまで争えるのかって気はしてます」
「えっと……一般的には慰謝料として十万から五十万くらいになるみたいですね。ばら撒くとか悪質だと百万超えるみたいですけど……」

 スマホを覗き込みながら弥生が頷く。

「スマホはロックされてないとか、暗証番号を教えられてたりすると大丈夫みたいですけど。でも確信までは持てないです」
「そうなんだー」
「それと写真と録音なんですが……第三者の撮影と録音は違法行為となる可能性があって……」
「ええー! 探偵だってやってるじゃん!」
「探偵って探偵業法って法律に基づいて、調査が認められてるみたいなんですよね……」
「でもさー」
「写真については基本的に、不法侵入とか無茶をしなければ大丈夫そうです。写真撮影以外で証拠を押さえる方法がない場合は、認められることがほとんどみたいです。反社会的に入手したり、ばら撒いたりは当然ダメですけど」
「第三者の撮影もですか?」
「そこはちょっと微妙なんです……」

 俯いて考え込み始めた弥生に、みのりが仏頂面を絢子に向けた。
 
「……じゃあ、録音は?」
「……私たちが録音したものは認められるみたいなんですど、第三者が録音したものは盗聴として扱われることもあるみたいなんです」
「でもさー!」

 納得がいかない様子のみのりに、絢子はキッパリと言い渡した。

「みのりさんの大切な友達です。善意で協力してくれたのに、そのせいで不利益を被ることがあって欲しくないです」
「それは私もです。残業って言われた日に調査を続ければいいので、その日だけ探偵を依頼するとか方法はあると思います。それに今までの分でも、十分継続的だって証明できると思いますし」
「写真はよくない? 出所を気にする余裕なくない? 普通探偵だろうって思うだろうし」

 確かに浮気の証拠として写真を提示されて、どう入手したかの証拠を揃えてというのは現実的ではない。
 
「でももし……」
「絢子さんと弥生さんはさー、写真は誰が撮ったのかって言う?」
「言うわけないです!」
「絶対言いません!」
「なら、ちゃんとこれを説明してならいいでしょ? ウチだって無理やり手伝ってもらおうなんて思ってないし」

 譲らないみのりに絢子は弥生と顔を見合わせた。

「本当にちゃんと説明してくださいね……」
「わかってるって!」

 渋々そう口を開いた絢子に、みのりは片目をつぶってみせる。絢子はますます不安になり、ため息を吐き出す。

「でもさー、これ本当、すごいよくできてるよね。すごいわかりやすい」
「本当ですよね。さすが絢子さんです!」

 ファイルをペラペラめくる二人が、徐々に苦い顔になる。わかりやすくしようとした資料は、目論見通りわかりやすくなっているようだ。一目で裏切りの詳細が分かる内容なだけに、写真整理の整理の段階で散々見ていた絢子は苦笑するしかなかった。
 週を追うごとに残業は増え、写真の枚数も増えていく。

「本当さー、毎回毎回ホテル行くとか猿かよ……!」

 イライラしたようにみのりはファイルをバシッと閉じた。

「絢子さん最高にわかりやすくて、めっちゃムカついた! ありがと!」
「……大変でしたよね。ありがとうございます」
「浮気の資料づくりでお礼言われるの、なんか変な感じだわ……」
「確かに」

 笑ったみのりに釣られてつい三人で笑い出してしまう。浮気をされているのに、こんなふうに笑える瞬間があるのは、弥生とみのりがいるおかげだ。二人を見つめていた絢子に、弥生がそっと向き直る。
 
「お仕事続けようとは思わなかったんですか?」
「あ……」

 笑えていた気持ちが急速に落ち込み、絢子は唇を引き結んだ。
 
「あー……確かに。もったいないよね」
「私はいてもいなくても同じでしたけど、絢子さんくらい仕事ができるなら引き留められたんじゃないですか?」

 二人からの問うような視線を避けるように、絢子は小さく俯いた。

「……私も本当は続けたかったんです」

 言葉にすると心臓が握り締められるように苦しくなった。でも溜め込んで押し殺していた気持ちは、溢れるように出てきて止まらなくなる。
 誰よりも認めて欲しかった人に、否定されて踏みつけられた気持ち。だからこそ誰かに聞いて欲しくなったのかもしれない。認めて欲しくなったのかもしれない。絢子にとって大切だったものは、ちゃんと価値があるものだったと言って欲しかったのかもしれない。

「私、プロポーズを二回、先延ばしにしたんです。どうしても仕事を続けてたくて……」

 話し出すと鼻の奥がツンとした。じわりと目頭が熱くなって、無理やり笑みを作ると顔を上げる。

「でも三回目の時に、子供のことを持ち出されたんです……その時は二十七で、私も子供は欲しかったから……それで悩みに悩んで結婚を選んだんです」
「絢子さん……」
「仕事はまた始められるかもしれない。でも子供を産むことができる期間は、どうしても決まってしまっているから……」

 弥生が悲しそうに俯いた。絢子より少しだけ年上の弥生。もしかしたら弥生も、そういう思いを抱いているかもしれない。自分から誘ってまで、直樹と夜を共にしていたのだから。愛する人との子供が欲しい。そう思うのはごく自然な感情だ。
 でも絢子にとって、浮気がいつ始まったかはともかく、今はもうその気持ちを利用されたとしか思えなかった。
 
「その資料を作ってる時、実は楽しかったんです。無心になれて正直、写真の内容とかあんまり気にしてなかったかもしれません。これが二人の助けになるかもしれないって思ったら燃えちゃって……」

 絢子は滲んできた目元を拭いて、二人に顔をあげた。

「最初から仕事が好きだったわけじゃないんですよ。好きになったきっかけは、入社した時の教育係になってくれた方のおかげなんです」

 絢子は大切にしまってきた、思い出の箱の蓋を開けていく。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

竜帝は番に愛を乞う

浅海 景
恋愛
祖母譲りの容姿の両親から疎まれている男爵令嬢のルー。自分とは対照的に溺愛される妹のメリナは周囲からも可愛がられ、狼族の番として見初められたことからますます我儘に振舞うようになった。そんなメリナの我儘を受け止めつつ使用人のように働き、学校では妹を虐げる意地悪な姉として周囲から虐げられる。無力感と諦めを抱きながら淡々と日々を過ごしていたルーは、ある晩突然現れた男性から番であることを告げられる。しかも彼は獣族のみならず世界の王と呼ばれる竜帝アレクシスだった。誰かに愛されるはずがないと信じ込む男爵令嬢と番と出会い愛を知った竜帝の物語。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...