クズ男と逃げた魚

宵の月

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逃げた魚の回想録 後編

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 「………忘れ物はない?」
 「うん!お母様ったら、それ聞くの何度目?」
 
 呆れたように眉を顰めるリリアナに、アスティは困ったように微笑んだ。

 「……お母様……」

 名残惜しさを旅支度の心配をして、見せないようにするアスティ。それよりもずっと素直にリリアナはアスティに抱きついた。離れ難いと抱きしめた腕に力がこもる。

 「………リリアナ……!!」
 「お母様……私、一生懸命お勉強するね。きっとお父様に誇れるような跡取りになる。だから心配しないで。」

 しっかりと抱きしめ返した母親の腕をそっと離して、リリアナは見送りに来ていたシスルを振り返った。
 毎日顔を出していたけれど、母娘の時間を邪魔しないようにすぐに帰っていた。あまり言葉を交わすこともなかった。
 父よりもスラリとした精悍な美青年。母と自分をいつも気にかけている、フラメルのお祖父様が母の側に選んだ人。

 「………シスルさん。フラメルのお祖父様から聞いています。私は貴方がどんな人かよく知りません。ですがフラメルのお祖父様が許したのなら信じられると思っています。」

 シスルを挑むようにリリアナは見つめた。まっすぐ向けられる瞳からシスルも目をそらさなかった。

 「母をお願いします。そばで支えて一人にしないでください。」
 「……リリアナ……」

 看病と祖母からの仕打ち。父が亡くなってから自分をめぐる争い。アスティはボロボロだった。一人にしたくない。それでも母は父のような後継者になることを望んでいる。リリアナも二人の娘としてそうでありたい。
 
 「フラメルのお祖父様が信じた貴方を信じます。」

 母が婚約者との不仲で苦しかったときに味方してくれたという祖父。今にも壊れて消えてしまいそうな母を、王都から離してここで療養できるようにしてくれた。その祖父が母を任せた人。

 「………アスティは守る。何があっても。一人にしない。」
 「……リリアナ……シスル……」
 「お母様、一人でいないで。心配なの。お祖父様の選んだ人なら信じられる。」

 少し前までの消えてしまいそうな、哀しそうな笑みを思い出し、リリアナは胸元をぐっと掴んだ。あんな辛そうな母を一人にはしておけない。

 《リリ。僕の宝物。お母様を頼んだよ》

 大好きな大好きなお父様が最後に残した言葉。父がリリアナが大好きだった優しく微笑む母の笑顔。少しだけ昔のように笑う母が見れたのは、祖父が選んだこの人が側にいたおかげだろう。
 側にいる間中ずっと母を見つめていたこの人が、母の笑顔を少しずつ取り戻してくれた。

 「母をお願いします。」
 「………リリアナ!」

 シスルがしっかりと頷くのを確かめて、リリアナは馬車に乗り込んだ。アスティの肩を抱いて支えるシスル。二人の姿が馬車の窓から遠ざかっていく。

 「フラメルのお祖父様が許した人だもの……。お父様、お母様は大丈夫よね?」

 もう見えなくなってもリリアナは、窓を見つめたまま呟いた。お母様が寂しくないといい。もうあんなふうに哀しく笑うことがないといい。そばであの人が守ってくれたらいい。

 「またすぐ会いに来るからね。」

 ようやく窓から視線を外して、アスティがリリアナに持たせてくれたクッキーに微笑みかける。抱きしめたくまのぬいぐるみが、優しく微笑んでくれた気がした。


※※※※※


 リリアナが王都へ戻って3日。ようやく笑みを見せるようになっていたアスティは、またぼんやりとすることが増えていた。

 「……アスティ……」

 窓の外を眺めるアスティを、シスルは窓から引き離すように抱き締めた。シスルの知らない母親の顔をしているアスティに、黒く渦巻く感情が胸にわだかまる。
 リリアナがマクエルが、かつては自分だけが占めていたアスティの心に居場所を作った。どんな激流を起こしても、それを押し流すことは誰にもできない。もう自分だけを想うアスティではない。
 クズだった代償はこれほど大きく、これほど苦しい。それでも離れられない。

 「………リリアナは大丈夫。俺も何かあったら必ず力になる。」

 アスティの大切なものだから。アスティが愛しているものだから。何でもする。そばにいられるなら。

 「………ありがとう、シスル……」

 やっと振り向いてくれたアスティに、シスルは笑みを浮かべる。きつく抱きしめて縋るようにアスティを見つめた。

 「……アスティ、結婚してほしい。今すぐじゃなくていい。気持ちが落ち着いたら考えてみてくれないか?」

 もうその心の全てを手に入れることはできない。それを認めるしかなかった。シスルにとって8年前のあの日から続く恋でも、アスティにとっては一度終わった恋。新たに始める恋だから。ならせめて、残りの全てを手に入れたい。

 「リリアナとも約束した。君を一人にしないって。」

 娘の名前にアスティが瞳を揺らした。アスティは結婚など考えていない。シスルの願いは届かなくても、リリアナのあの切実な想いならアスティは揺れる。

 「アスティ……愛してる。君を守って生きていきたい。その権利を俺に与えてほしい。」

 目に見える強固で確かな鎖が欲しい。リリアナのようにマクエルのように、アスティの心の特別な場所に居場所が欲しい。縛りつけたい。同じだけ縛られたい。

 「……アスティ……好きだ……愛してる……」

 繋ぎ止めるように抱きしめて深く口づける。聞いてしまった母娘の会話。アスティは幸せだった。マクエルを愛していた。当然のこと。それでもどうしてもその8年に嫉妬が募る。

 「アスティ……」
 「……んっ……はぁ………シスル……」

 口には出せない嫉妬を、煮えたぎる恋情に変えて、シスルはアスティの口内を舌でまさぐる。くちゅりくちゅりと響く音に煽られるまま、シスルはアスティを寝台に縫い止めた。

 「………シスル……んっ!」

 アスティの返事を拒むようにシスルは何度も口付ける。晒させた肌に手のひらを滑らせ、アスティの形をなぞる。もう一度失ったら生きてはいけない。もうきっと奇跡は起きない。

 「愛してる……愛してる……アスティ……愛してるんだ……」
 「………シス、ル……ん……ああっ………」

 首筋に鎖骨に乳房に舌を這わせながら、胸に湧き上がる悲愴なほどの想いをうわ言のように繰り返す。汗ばみはじめた肌に、絡めるように腕を回して抱き寄せたアスティに歯を突き立た。

 「………っ、ああっ!!」

 仰け反った白い頤を舐め上げながら、シスルはアスティの潤んだ秘裂に指を沈めた。

 「ふっ……あぁ……あっ……あっ……ああっ……」

 アスティの蛇腹の肉壁を逆撫でるように、指で擦ると甘くとろけた声が動きに合わせてこぼれ出る。絡みつく肉襞に逆らうたびに、ぷちゅぷちゅと潤んだ粘膜が音を立てる。

 「あっ!やぁ……あ……あぁ………ああっ!」

 腰が揺れ徐々に昇り詰め始めたアスティを見つめながら、シスルはそのままアスティの花芯をぬるぬると指の腹で撫で擦る。きゅうっと締め付けを増したアスティの中に、自身の下腹部にもゾクリと震えが走った。

 「アスティ、イクんだろ?」
 「ひっ!あっ!ああっ!あああーーーーー!!」

 吹き込んだシスルの声に反応するように、アスティが甘い嬌声をあげて、飲み込んだシスルの指を締め付けながら身体を弓なりにしならせ絶頂する。
 ぴくぴくと小さく痙攣するアスティから指を引き抜き、シスルはそのままアスティを一気に貫いた。

 「あっ!ああっ!!」
 「ふっ!ぐっ!!」

 達したばかりのアスティの締め付けは強烈で、引絞るような締付けの快楽をなんとかやり過ごす。それでも腰は止まらず、叩きつけるように何度も腰を穿つ。

 「アスティ!アスティ!」
 「ああっ!やっ!あっ!あっ!」

 鮮烈な快楽に理性が飛び、2度搾り取られてようやくかろうじて理性を僅かに取り戻した。

 「……アスティ……」

 汗で張り付いた髪をかきあげ、見下ろしたアスティを抱きしめる。薄っすらと目を開けたアスティに泣きたくなるような愛しさがこみ上げる。

 「アスティ……愛してる……」

 咥えこませたままの己が簡単に硬さを取り戻す。そのまま一番奥へ押し付けて、そこをこじ開けるように腰を揺らす。

 「あっ!やっ!シス、ル!やぁ!」
 「アスティ!アスティ!」

 神経が集まり酷くすると痛みを覚える最奥は、快楽に蕩けきっている。もうこじ開けるように押し付けられても、シスルの先端の刺激から閃光のような快楽だけを拾い始める。

 「うっ!ああっ!やっ!やぁ!!あぁ……あぁ……」
 「……あぁ……アスティ……」

 もっと奥へ、もっと深く。シスルの汗が隆起した筋肉の筋を伝って流れ落ちる。二人が繋がる結合部から撹拌された蜜と白濁が、ぶちゅぶちゅと音を立てて伝い落ちる。

 「ああっ!も、う……あぁ……あっ……あああーーーーー!!!」

 アスティの引きずり込むような締め付けと、絡みつく愛液を滴らせる肉襞の責め苦にシスルも絶頂する。こじ開けたその先の奥へ流し込むように、目眩がするような吐精の快楽に震える。

 「……アスティ……好きだ……愛してる……」
 
 切なげに掠れた声が、荒い呼吸を貪りながら切実な熱を帯びてアスティの鼓膜を震わせる。瞳は熱で潤み、惑うようにかすかに揺れている。

 「シスル……」

 シスルの頬に伸ばした手が優しく握られる。ああ、シスルはこんな瞳でこんな声で愛を語るのか。そっと微笑みを浮かべてアスティは目を閉じた。その唇に優しく口付けが落とされる。
 簡単には踏み出せない。まだ心を大きく占める人がいる。あの人をもう少し想っていたい。涙がするりと頬を伝う。
 それでもこの体温を拒めない程度にはとても寂しくて……。
 シスルが落とした唇の優しい感触に、祈るように吹き込まれる甘い睦言に、あの日粉々に砕け奥底にしまわれた恋心が、甘やかに震えたような気がした。

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