カイザー・デルバイスの初恋

宵の月

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溢れ出す本音

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 ご主人様アリスの命令に従い、カイザーとサリースの取り繕えない本音が溢れ出す。
 
「サリー、サリー、誤解をさせて傷つけてすまなかった。まだランドルフを忘れられていないんだと思っていたんだ。だからあんなふうに言ってもらえるなんて思ってなくて、驚いてしまっただけなんだ」
「でも……でも……私を押し退けたじゃないですか……巨乳が嫌いになったんですか? アーシェは、アーシェはちゃんと巨乳だって言ってくれたのに……!」

 ただそれは早々に残念な気配を見せ始めた。
 アーシェは銀色に瞳を光らせるアリスに近づいて、その耳をそっと塞いだ。エイデンがエルナン、ロイドがロシュの耳を塞ぐ。子供達が仲直りを聞き届けようと、手をのけようとしたが親たちはため息をついて手を離しはしなかった。

「巨乳は好きだ! 大好きだ! でももう巨乳だからとかもうそんなのは関係ない! サリーなら貧乳でも全然問題ないんだ!」
「じゃあ、なんでカイザー様は私に迫ってくださらないのですか!! 持ち帰りしやすいように寝たふりもしたし、巨乳がお好きなカイザー様のために、水着にだってなったのに! 持ち帰ってくれないじゃないですか! 経験がなくて私が拙いから……だから手を出す気にもなれないから……教えて下さるなら私だって頑張るのに……」
「サリース嬢はやる気がある……今度王家の指南書を贈呈しよう」
「エイデン、黙って」

 ボソリと感心したように呟くエイデンに、アーシェは眉尻を下げた。王家の指南書は、初心者向きではない。
 
「違うそうじゃない!! 初めてだって知って、俺は小躍りしたんだ! まっさらな新雪に最初の足跡をつけるのは俺だって、サリーの最初で最後の男になるって、飽きたなんてとんでもない!! むしろ拙ささえも愛おしい!」
「新雪って……」

 ロイドが眉を顰めて、アーシェも頷いた。最低だ。アーシェとエイデン、ロイドが顔を顰める。ギフトの影響で仕方ないとは言え、取り繕えない本音がちょいちょい最低。これはひどい。

「簡単に飽きてしまうなら、どうしてそっとしておいて下さらなかったのですか……私は、私は……カイザー様ならって……」
「飽きてなんていない! そもそも飽きるようなこと、まだしてない!」
「確かに」
「ロイも黙って……」

 子供達が手を離してもらおうと服を引っ張るが、とてもじゃないが手は離せない。
 
「じゃあ……どうして……ちゃんと気持ちの整理もつけたのに、私を拒んだんですか……? 私は初めてはカイザー様がいいって……だからちゃんとケジメをつけたらって……」
「…………俺だって、俺だってしたいんだ!! 切実にしたいと思ってる! きっとサリーよりもそう思ってる! だけどできないんだ!!」
「できないって……やっぱり私に魅力がないから……それとも責任を取りたくなくて……」
「そんなんじゃない! むしろ責任を取らせて欲しい!! でも……でも、息子さんが……!! ……俺の息子さんが引きこもってるんだ!! 反抗期で……だからやりたくてもやれないだけで……」
「反抗期……」

 絞り出すようにしてカイザーが叫び、サリースは驚いたように目を見開いた。アーシェとエイデンとロイドは、デルバイス王国の王太子、未来の国王の魂の叫びに無表情になった。

「緊張して縮こまってるんだ!! 魅力がないとか飽きたとか決してそういうことではない! むしろやりたい! でもだめなんだ……不安になって……こんなに好きなったのは初めてで……痛い思いをさせてしまったら……嫌われたらと思うと俺の息子さんは……」
「……カイザー様……」
「……こんな情けない状態を知られないように接触を避けてた。でも……そばにいたくて……エロいことできなくても、そばにいるだけで幸せで……サリーが好きで……好きでたまらなくて……」
 
 必死に叫んでいたカイザーの語気が、息子さんのようにへたれていく。ぐすっと鼻を啜ったカイザーに、サリースは押し黙った。

「……だめか」
「殿下、どんまい」
「二人とも……」

 エイデンとロイドの呟きに、アーシェも俯いた。すれ違いは見事に解消できた。本音ダダ漏れで。もう少し取り繕えたならと思わなくもない。あまりにもアレ過ぎて。やっぱり今年中に王太子は結婚できないとアーシェも諦めかけた。

「……もっと早く……言ってくだされば……」

 サリースの震える声に、諦めかけていたアーシェが顔を上げる。
 
「ん……いけるのか?」
「サリー、本気?」
「二人とも!」
 
 どうせアリスのギフトの影響で外野は意識外だと、完全野次馬モードの双璧が頷き合うのをアーシェは小声で嗜めた。

「……私はランドルフ様が好きでした。でも……逃げることばかりに夢中で……告白なんて考えもしなくて……でもカイザー様は私の評判なんて気にしないで、堂々と好きだと言葉でも態度でも示してくださって……嘘だって一つも聞こえてこなくて……でもいつもカイザー様は紳士で……逃げるとか人目とか気にしてる暇もないくらい、もっと私を見て欲しくて、もっとたくさん好きが欲しくなって……」
「サリー……」
「そんな勇気は初めて持てたんです! お姫様になりたいって……カイザー様にとってお姫様でありたいって……誰の目を憚ることなく、お側にいたいって……!」

 サリースの決死の告白に、エイデンが頷いた。
 
「少しは憚った方がいい。ここは私の邸だ」
「……サリーは相変わらず少女趣味だなぁ」
「エイデン、ロイ……」

 台無し。双璧のせいで台無しでも、外野なんて関係ないカイザーは撃ち抜かれたようだ。

「サリー……サリー……!! 本当か? 俺の側にいてくれるのか? 俺は君を隠したりしない! 世界中に自慢したい! 俺のサリーだって! 好きだ、サリー! もう二度と泣かせたりしない! ずっと君だけを見てるし、息子さんだってなんとかする! エイデンに子猫をもらったから、きっとなんとかなる! だからどうか俺の側にずっといてくれ!」
「はい……はい……! きっと大丈夫です、反抗期はいつか終わり大人になります。いつか和解できますから……それまで待ってます……」

 カイザーとサリースが固く抱き合った。ほっとしたアーシェはドレスの裾に重みに視線を下げた。眠そうに目を擦って見上げるアリスを、アーシェはそっと抱き上げた。

「ママ……」
「アリス、大丈夫よ。ちゃんと仲直りしたからね」

 ひどい内容だったけど。
 
「うん……しゃりーとかいじゃーは……けっこんするの……やくそくしたもん……」

 魔力が限界に達したアリスは、小さく笑ってコテンとそのまま眠ってしまう。ギフトの発動が止まり、部屋に満たされていた魔力がスッと霧散した。

「サリー……俺は必ず野生を取り戻す……その時は……」
「はい、カイザー様……待ってます……」

 ギフトが収束してもうっとりと見つめ合う二人は、ゆっくりと唇を近づけ始めた。ロイドがため息を吐き、パンと両手を打ち鳴らす。
 ハッと肩を揺らして覚醒したカイザーとサリースが、少しの間ぼんやりとして顔を赤らめ始めた。状況が理解できたらしい。恥ずかしそうに俯いた二人に、ロイドは美麗な微笑みを浮かべて冷ややかに声をかけた。

「じゃあ、誤解は解けたってことで、もう帰ってもらえます?」
「ここで始められても困る」
「すいません……子供たちの教育に良くないので……」

 ロイドの横でエイデンも真顔で頷き、アーシェも申し訳なさそうに同意した。
 仲直りできたのかと心配そうに大人たちを見上げる子供達を抱き上げて、エイデンとロイドは早速カイザーとサリースを玄関先まで追い立てる。

「続きは我が家の敷地外でどうぞ」
「……すまん。世話をかけた……」

 ボソリと謝罪を口にしたカイザーの鼻先で、ロイドは砂糖菓子のような笑みを浮かべたまま玄関をバタンと閉めた。クロハイツ邸から追い出されたカイザーは、手を握ったままのサリースを振り返る。

「……あとで一緒に菓子折りでも届けにこよう」
「はい……」

 真っ赤になって俯くサリースに、カイザーも赤い顔を綻ばせた。かわいい。思わず握り合った手に口付ける。驚いたように目を見開いたサリースに、カイザーはますます笑み崩れた。超かわいい。

「サリー、お持ち帰りしていいか?」
「…………っ!!」
「このまま帰したくない。持ち帰ってもいいだろ?」
「……はい」

 恥ずかしそうに瞳を伏せたサリースが、小さな声で頷く。我慢できなくなったカイザーは、額に口付けて笑みを閃かせると握り合った手を引いて王宮に向かって歩き出した。
 邸から締め出され馬車も呼んでもらえなかった王太子は、結果徒歩で帰宅することになったが、恋人と手を繋いで並んで歩くのは最高に幸せだったので、その足取りは雲の上を歩くように弾んでいた。
 
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