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二人の天使
しおりを挟む「かいじゃー、とうさまをいじめないで!」
「……ロシュ」
足に巻きついてキッとカイザーを強く見上げるロシュに、カイザーは声の気勢を鎮めた。巡らせた視界の先で、エルナンも弟を庇うようにカイザーを警戒している。
「……ロシュ、エルナン。驚かせて悪かった。でも俺は父様をいじめてないぞ?」
俺がいじめられてた。真面目に答える気がないロイドと、大真面目だから逆に困るエイデン。へにょりと情けなく眉を下げて見せても、子供たちはカイザーからエイデンを守ろうと警戒を緩めない。
双璧は感激したように子供たちを見つめ、カイザーに光り輝くドヤ顔を見せている。むかつく。
(本当なのに……)
甥っ子のように可愛がっているロシュとエルナンに睨まれ、カイザーは悲しくなった。おもちゃやお菓子をどれだけせっせと貢ごうと、父親には勝てない。あんなに性格悪いのに。
(俺も父親になったら、子供からこんなふうに庇ってもらえるのかな……)
できることならサリースに未来の王太子を産んでほしい。でも息子さんはゴム細工のようにふにゃふにゃしたまま、情けなく垂れ下がっている。
カイザーはため息を吐き出し、ロシュとエルナンの頭をそっと撫でた。
「ロシュ、エルナン。俺は女神と……サリーともっと仲良くなる方法を教えてもらおうとしていただけなんだ。大きな声を出してごめんな」
しょんぼりと謝ったカイザーに、ロシュとエルナンが首を傾げた。
「めがみってしゃりー?」
「カイジャーはサリーと仲良くなりたいの?」
「そうだよ。サリーは女神みたいにとても綺麗で、かわいいだろ? 俺はサリーと仲良くなって、できれば結婚したい!」
「しゃりーはとってもやさしいよ! でもしゃりーは僕はにいさまとアリスとけっこんするんだ! そうしたらずっとがいこくにいかないから! かいじゃーはだめ!」
「うん! サリーは僕たちと結婚するの! ちゃんとアリスが家で、サリーがどこにも行かないように見張ってくれてるもん!」
「アリスが結婚……だと!?」
「そんなの聞いてない……!!」
こくりと頷く息子たちに、ロイドとエイデンが顔色を変えた。
息子たちばかりか溺愛している娘まで、もう嫁ぎ先を決めていたらしい。帰国した短期間でサリースは子供たちの心をガッチリ掴んだようだ。ざまあみろ。
密かに双璧が狙っていた憧れの、「お父さんと結婚する!」を掻っ攫われて双璧は青くなっている。さすが女神。カイザーの溜飲を意図せず下げてくれた。ふふんと双璧を睨んだカイザーは、子供達の前にしゃがみこんだ。
正直最高に気分はよかったが、このままにはしておけない。なんせ双璧は逆恨みが得意なのだから。サリースを守る為にもカイザー的本音のためにも、しゃがみ込んだままカイザーは二人の天使に笑みを向けた。
「ロシュ、エルナン。サリーは俺と結婚してもずっとこの国にいる。だからサリーと結婚するのは俺に譲ってくれないか?」
もう色々どうしていいかわからないくらい、息子さんが引きこもるくらい好き。カイザーが浮かべた表情にロシュとエルナンは、驚いたように顔を見合わせた。
「……カイジャーはサリーがそんなに好きなの? サリーに優しくしてくれる?」
「そうだ。俺はサリーが大好きだ。優しくするって約束する」
小さく拳を握って真剣に問うエルナンに、カイザーが頷いてみせるとエルナンはロシュを振り返った。
「ロシュ、どうする?」
「……でも、しゃりーはかいじゃーがすきか、まだわからないっていってるよ?」
「ん? ロシュ?」
振り返ったロシュのアーシェ譲りのはちみつ色の瞳。その虹彩が薄茶に輝いている。ロイドからの遺伝《影糸》を発動させていた。どうやらお気に入りのサリースの影に、ちゃっかりと魔力を忍ばせていたらしい。この歳で運用が難しいストーカー特化型のギフト《影糸》でナチュラルに盗聴している。
早くも見えるロイドの片鱗にカイザーは戦慄した。お願いロシュ、そっちに行かないで。
「あ、でもかいじゃーは「ヘイジツ」で「やさしい」っていってる! おでかけにさそうか、ママとおはなししてるよ」
「え? 本当? 俺を誘うって?」
「おでかけはすきじゃないとしないよね?」
ロシュが嬉しそうにエルナンに確認すると、エルナンも瞳を輝かせて大きく頷いた。
「うん! 好きじゃないとしない! そうだ! プレゼントをあげようよ! そしたらもっと好きになって結婚してくれるよ!」
「うん!」
嬉しそうに頷き合ったロシュとエルナンが、カイザーをじっと見つめて「あっ!」と顔を輝かせた。
「カイジャーのシャツ、お花の匂いなの! 僕にちょうだい!」
グイグイとエルナンがカイザーの上着を引っ張り始める。
「ちょうだい!」
ロシュまでエルナンの真似をしてカイザーの袖を引き始めた。全力で服を引っ張る子供達に、カイザーはよろけながら戸惑った。
「え、なんで? ちょ、危ないって。エルナン、ロシュ!」
「かいじゃー、シャツぬいで! はやく!」
カイザーは戸惑いながら上着を脱いだが、二人はそれだけは納得しなかった。本命はどうやら白い絹のシャツらしく、早く脱げとグイグイとシャツを引っ張られる。
「お、おい! ロイド、エイデン!」
助けを求めて見上げた双璧は、娘の「結婚する!」にまだ絶望したまま固まっている。役に立ちそうにない。結局カイザーは天使たちの勢いに負けて、シャツを脱いだ。
シャツを手に入れたエルナンは、アメジストのカフスを見つめ不満そうな顔をした。
「カイジャー、この色じゃないの……」
「それじゃダメなのか? 何に……」
「にいさま、これしゃりーのおめめとおなじいろだよ!」
「本当だ! あ、こっちはカイジャーと同じ色だ!」
上着の装飾品にキラキラと瞳を輝かせたエルナンが、ブワリといきなり魔力を放出させた。
エイデン譲りのラピスラズリの瞳が、金色に輝きエルナンがエイデンから継承したギフト《創造主》が発動する。望むままにあらゆるものを創造する最上位ギフト。エイデンとよく似た高出力の魔力が、うねり、歪み、物体を分解再構築させ、エルナンが思い描くものを形にしていく。
ゆっくりと魔力が収束した後には、花柱がカイザーの瞳によく似たルビーと、サリースの瞳の新緑のエメラルドの花束が出来上がっていた。ちょっとあちこち歪な白い花弁が可憐な花束。
「これは……ジャスミン、か?」
「うん! しゃりーが好きなお花なんだよ! 図鑑で見たの!」
「……す、すごいな。ありがとう、エルナン、ロシュ」
えへへと照れたように笑う二人に、カイザーは笑みを浮かべた。拙くとも二人の純粋な気持ちが溢れた花束に、カイザーは感激した。父親たちよりよっぽど力になってくれる。ちょっとセンスが遺伝してしまっているけども。髪の毛をとにかく練り込むエイデンからの残念な遺伝。
ほのかに生温かい白い花弁。カイザーの体臭付き絹のジャスミン。なぜハンカチを要求してくれなかったのか。どうしてぬぎたてのシャツでなければならなかったのか。しかも渡さない選択肢もない。子供たちの期待顔は輝いているし、カイザーの女神も子供達を可愛がっている。
「とうさま、もうかえろうよ! 僕、おなかすいた。ママ、もうおこってないよ!」
「パパ、僕ももう帰りたい。図鑑は明日にしてお家に帰ろうよ! 母様のとこに行こう!」
「「アーシェ……アリス……」」
未だ凍結しながら呪詛めいた呟きをこぼすポンコツ共に、カイザーは半裸で呆れ返った。子供たちの方がよほどしっかりしている。どうか父親たちに似ないで欲しい。
「アリスもショートケーキは、しゃりーにあげるっていってたよ。だからもうかえろうよー」
ギフトを収束させたロシュが、エイデンとロイドが振り返った。双璧の虚ろだった瞳に正気が宿り始めている。カイザーは首を傾げた。ショートケーキ?
「……ロシュ、本当?」
「うん、いってた」
なぜかアリスがショートケーキをあげることに、謎に機嫌を取り戻していく双璧。訝しげに眉を顰めているカイザーをよそに、美貌を輝かせたエイデンとロイドが、そそくさと帰り支度を済ませて息子たちを抱き上げた。
「カイザー、私は帰る」
「それじゃ!」
「あ、ああ……」
「「カイジャー、バイバイ!」」
やっと帰るらしい。カイザーはエルナンが作ってくれた花束を握りしめ、いそいそと帰っていく一家を見送る。
「あっ……」
エルナンを抱き上げていたロイドが、思い出したように足を止めて振り返った。ポカンとしたまま立ちすくむカイザーに、ヒョイっと片眉を跳ね上げる。
「殿下、サリーに誠実だとか言われてましたよね? 多分本命童貞丸出しで本音ダダ漏らしにしてるんですよね?」
「え……ああ、そうなの、かな……」
確かにサリースの前でカイザーは取り繕えなかった。近くにいるだけでドキドキして、ついついポロリと本音がこぼれ落ちてしまう。思えば出会った時からずっと、壊れた蛇口のように本音を垂れ流してしまっているかも知れない。
「なんとか気をつける……」
このままだと余計なことまで言ってしまうかもしれない。真剣に頷いて見せたカイザーに、ロイドはバカにしたように瞳をすがめた。
「いいえ、そのままバカみたいに垂れ流しててください。サリーのギフトは聞き分けますからね」
そう言うとロイドは返事も待たずに、はずむ足取りで出て行った。
「……聞き分ける」
後には体臭付きジャスミンの花束を握りしめ、反抗期の息子さんをただただ双璧にバカにされただけのカイザーが、一人取り残された。
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