カイザー・デルバイスの初恋

宵の月

文字の大きさ
上 下
11 / 31

巨乳派の王太子

しおりを挟む

 かつてカイザーはこの中庭で、エイデンとアーシェの婚姻を王命として下した。
 婚姻の根拠となったのは、理解不能の変人・エイデンがアーシェに対してだけバグを起こすという、王家の影による調査結果だった。無事アーシェにロイドとの重婚という形で、エイデンを押し付けることができた。だが今、あの日のあの所業が、今こそカイザーに返ってこようとしている。
 カイザーの両手足が素早くロイドのギフトの《影糸》で拘束される。思わず見上げた先でロイドは、ニタリと笑みを刻んでみせた。どこまでも美麗で邪悪な笑みに、カイザーは震え上がる。

「ロイド……!」

 根に持ちすぎ。重婚生活をなんだかんだ満喫しているくせに、訪れた復讐の機会は逃さないあたり、非常にロイド・バルトル。嫌がらせの愉悦に光り輝いている。
 ロイドはダメだと即座に判断したカイザーは、縋るようにエイデンに視線を向けた。そう、今こそ恩を返してもらう時。
 陽光の下で鋭利に整うエイデンの美貌が、カイザーを見つめ力強く頷いてみせる。さすがエイデン・クロハイツ。一ミリも意図を理解していない。
 エイデンはゆっくりと一口紅茶を飲むと、薄い美しい唇からカップを離し息を吸い込んだ。カイザーは淡々と恩を仇で返され始めるのを、ただ震えながら見ていることしかできなかった。

「カイザーは学業において一定の成果を上げていた。それにより異性交友の周期が、平均より比較的短期であっても免赦されていた。当時のカイザーの言い分は学生の間にしか遊べない。今のうちに自由を謳歌すると主張していた」
「エイデン君……お願い、やめて……」
「へー、比較的短いって、周期はどれくらいだったの?」
「平均三ヶ月だな」
「デルバイス基準でも、ちょーっと早いねぇ。さすが恋愛大国のデルバイスの王太子。頭デルバイスだね」

 ニヤニヤとより生き生きし出したロイド。隣のサリースからの視線を感じても、カイザーは恐ろしくて振り向けなかった。エイデンは王太子の過去の所業をバラし続ける。

「カイザーが二ヶ月以上交際していなかった期間は記憶にない。早朝の帰宅は最低週に一日、多くて週に三日。交際の申し込みは、基本相手から行われていた」
「ふーん、殿下って意外とモテてたんだね? どこが良かったんだろ? しかもそのペースでとっかえひっかえ、ねぇ……」

 ロイドがジロジロとカイザーを眺め、モテポイントを探そうとした。そして眉を顰めた。見つからなかったらしい。
 相当むかつくが、今はそんなことはどうでもよかった。隣からの視線がどんどんと温度を下げていっている気がして、カイザーは冷や汗が止まらなかった。

「エイデン……たの、頼むから……」
 
 とんでもない緊張感と、ひたひたと募る絶望感。喉が引き攣り声がうまく出ない。カイザーは祈るような視線を向けたが、エイデンは力強く頷くばかりだ。そうじゃない。

「別れる理由は?」
「不明だ」
「…………」

 いや、お前のせいだし。元凶のエイデンが心底不思議そうに、首を傾げるのをカイザーは睨みつける。
 カイザーの学園入学で、エイデン係の不在が増えた。意味不明な奇行は事前に阻止されず、結果惨憺たる後始末に呼び出されていた。
 別れの言葉はいつも同じ。「私より優先するって、本当は男が好きなんじゃないの?」だ。エイデンの無駄美貌がもたらした、深刻な弊害だった。同じ言葉をサリースに言われたら、立ち直れる自信がない。
 
「王太子補佐官の基準によると、交際相手は美人ばかりだったらしい。髪色や瞳の色に一貫性はなかったと思う。あまり覚えていない。身長は長身を好んでいたな。外見の好みにさしてこだわりはないのだろう。カイザーが異性に求める揺るぎない条件は、たった一つだ。それだけは相手がどれだけ変わろうが不変だった」
「エイデン、お願い! 頼むから、本当にちょっと黙れ!!」
「へー、なに? なに?」

 カイザーの悲痛な叫びをロイドが軽やかに遮り、エイデンは力強く頷いた。

「一般的に言う巨乳であることだ」
「…………」
「…………」
「…………」

 その場に絶望的な沈黙が落ちた。視線がナイフのように鋭く突き刺さる。息を吸うのも躊躇うほどの静けさに、エイデンだけが淡々とお茶を啜ると、穏やかな美声で澱みなく言い切った。
 
「胸部の脂肪分は多ければ多いほどいいらしい。交際相手については胸部をまず褒めていたからな。むしろ胸部のことしか話していなかった。性格や容姿、容色に一貫した共通点はないが、これだけは常に一貫していた。つまりカイザーは三ヶ月周期で、胸部の脂肪分の多い異性との交際を繰り返していたということだ」
「そっか……もういいよ、エイデン」
「そうか? まだあるぞ?」
「もういいんだ、エイデン。十分だ……」

 慈悲の欠片もないエイデンのトドメに、流石のロイドでさえちょっと同情した。ロイドは静かにエイデンを止めると、拘束していた《影糸》を解く。カイザーが沈黙したまま項垂れて、そっと顔を両手で覆った。
 ふと陽光が翳り始め空がカイザーの絶望に呼応するように、雨雲に覆われ始める。ゆらりと隣の気配が立ち上がり、カイザーは恐る恐る顔をあげた。

「サリース嬢……ち、違うんだ……これは……」

 カイザーの震える小さな呟きに、サリースは俯いたまま顔を上げなかった。

「……てたのに……最っ低です!!」

 絞り出すように叫ぶと、サリースはそのままカイザーを振り向きもせずに駆け出した。

「サリース嬢!!」

 小さくなる後ろ姿に縋るように手を伸ばしても、サリースは振り返らなかった。そのままカイザーはぐるりと首を巡らせ、テーブルに強く手のひらを叩きつける。その勢いに置かれた茶器がガチャリと音を立てた。

「ロイド! エイデン! どう言うつもりだ!!」

 静かにお茶を啜っていたエイデンが、顔をあげて首を傾げた。

「成功例をトレースしたが? 私は成功した」
「普通は成功しないんだよ! お前の場合は王命での結婚だ! どうあっても最終的に結婚したんだ! ロイドの話も聞いてただろうが! 容姿のせいで誤解を受け続けて、サリース嬢は傷ついていた。それなのに……俺の学園時代の話を聞けば、俺まで見た目目当てだと思われる!!」
「違うのか?」
「違う! 見た目なんかじゃない!! 俺は……」

 怒りに言葉が途切れ、もどかしげに再び強くテーブルを叩く。カイザーは珍しく本気の怒りに震えていた。そんなカイザーにエイデンは不思議そうに首を傾げる。

「違うのならなぜ追いかけない?」
「できるわけないだろうが! 俺を軽蔑して拒絶してた!」

 再び首を傾げたエイデンが、感情の読めないガラスのような瞳をカイザーに向けた。

「ではなぜサリース嬢は怒った?」
「それは……」

 怒り心頭でエイデンに詰め寄っていたカイザーは、言葉に詰まった。

「なんとも思ってないなら怒る理由ないしね。殿下が遊び歩いてて、その上巨乳好きでも別に関係ない」
「それは……過去嫌な思いをさせられた者たちと、俺が重なって……」
「恋人でもないのに? 殿下が告白したから? なら断るだけで済むと思いますけど? 学生時代のにあれだけ怒る理由ってなんですかね?」
「だが……」

 押し黙ったカイザーに、エイデンはカップを置いた。

「カイザー、怒りとは二次感情だ。根底を成す感情が揺れ動き怒りとして表上化する。サリース嬢は怒りを表した。その怒りには理由がある。カイザーこそを読んだのか? 理由を確認すべきではないのか? もう一度聞く。カイザー、追いかけなくていいのか?」

 ゆるゆると瞳を見開いたカイザーは、そのまま立ち上がった。ロイドが頬杖をついたまま、マカロンに手を伸ばす。

「……一番街に向かってます。多分国立公園だと思いますよ」

 ギフトを発動させたロイドの銀色に輝く瞳に、言葉もなくカイザーは駆け出した。胸に渦巻く感情に急かされて、馬車を用意する考えも浮かばなかった。
 今すぐ彼女の「理由」が知りたかった。どうして怒ったのか。今問いただすべき。突き動かされるままカイザーは、ただその足でひたすら走った。

※※※※※

「……荒療治すぎたかなぁ……アーシェに怒られたらエイデンの責任だから」
「なぜ、アーシェが怒る? 私はきちんと成功例のトレースをした」
「エイデン……まさか本気だったの? これでうまくいくって?」
「私はうまく行った」
「うわぁ……」

 エイデンが怪訝そうにカップを傾ける手を止める。どうやら本気で成功例のトレースで、うまくいくと思っていたらしい。エイデン係の過酷さに、ロイドもドン引きだ。
 確かにエイデンを押しつけなければ、カイザーは結婚はできなかったかもしれない。ロイドとしては非常に迷惑だったけど。

「……まぁ、勝算がないわけじゃないし?」
「そうなのか?」

 カイザーを見るサリースの様子を思い出しながら、ロイドはマカロンを口に放り込んだ。
 サリースがドストライクだったカイザーように、実はサリースもカイザーは好みに合致している。派手な外見に反して、実は夢見がちなサリース。読んでいる本にはいつも王子様が登場している。カイザーも王子様だ。

「ねぇ、エイデン。サリーが義兄さんと初めて会った時、何があったと思う?」

 それで言えばサリースの、本来の好みではないはずのランドルフ。でも唯一の親友であるアーシェと、目元がそっくりなその兄。
 
「さあ?」
「まあ、そうだよね。ぽっと出のエイデンなんかにわかるわけないよね」
 
 何年も声もかけられずただ見守るだけでも、消えずにいたサリースの想い。サリースはランドルフのどこに恋をしたのか。

「エイデン係のストレスでハゲるのと、どっちが早いかな?」
「カイザーのストレスの原因は私ではなくロイドだ」
「は? エイデンだろ?」
「まあ、結婚するなら早い方がいい。私はこの中庭でよく遊んだ。子供たちにもこの中庭で早く遊ばせてやりたい」

 ほんの少し懐かしそうに、エイデンが目を細めて中庭を見やる。非常に珍しいエイデンの表情にロイドは、エイデンなりに真剣に考えてのことらしいと顔を顰めた。ただそのためにしたのが成功例のトレースこれ。迷惑。
 眉を顰めていたロイドが空を見上げる。
 
「あ……降ってきた」

 ポツリと鼻の頭に落ちてきた雫に、ロイドとエイデンは中庭から引き上げる。朝の晴天は嘘のように、本格的に雨が降り出していた。
 


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

友情結婚してみたら溺愛されてる件

鳴宮鶉子
恋愛
幼馴染で元カレの彼と友情結婚したら、溺愛されてる?

王宮に薬を届けに行ったなら

佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。 カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。 この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。 慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。 弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。 「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」 驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。 「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...