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巨乳派の王太子
しおりを挟むかつてカイザーはこの中庭で、エイデンとアーシェの婚姻を王命として下した。
婚姻の根拠となったのは、理解不能の変人・エイデンがアーシェに対してだけバグを起こすという、王家の影による調査結果だった。無事アーシェにロイドとの重婚という形で、エイデンを押し付けることができた。だが今、あの日のあの所業が、今こそカイザーに返ってこようとしている。
カイザーの両手足が素早くロイドのギフトの《影糸》で拘束される。思わず見上げた先でロイドは、ニタリと笑みを刻んでみせた。どこまでも美麗で邪悪な笑みに、カイザーは震え上がる。
「ロイド……!」
根に持ちすぎ。重婚生活をなんだかんだ満喫しているくせに、訪れた復讐の機会は逃さないあたり、非常にロイド・バルトル。嫌がらせの愉悦に光り輝いている。
ロイドはダメだと即座に判断したカイザーは、縋るようにエイデンに視線を向けた。そう、今こそ恩を返してもらう時。
陽光の下で鋭利に整うエイデンの美貌が、カイザーを見つめ力強く頷いてみせる。さすがエイデン・クロハイツ。一ミリも意図を理解していない。
エイデンはゆっくりと一口紅茶を飲むと、薄い美しい唇からカップを離し息を吸い込んだ。カイザーは淡々と恩を仇で返され始めるのを、ただ震えながら見ていることしかできなかった。
「カイザーは学業において一定の成果を上げていた。それにより異性交友の周期が、平均より比較的短期であっても免赦されていた。当時のカイザーの言い分は学生の間にしか遊べない。今のうちに自由を謳歌すると主張していた」
「エイデン君……お願い、やめて……」
「へー、比較的短いって、周期はどれくらいだったの?」
「平均三ヶ月だな」
「デルバイス基準でも、ちょーっと早いねぇ。さすが恋愛大国のデルバイスの王太子。頭デルバイスだね」
ニヤニヤとより生き生きし出したロイド。隣のサリースからの視線を感じても、カイザーは恐ろしくて振り向けなかった。エイデンは王太子の過去の所業をバラし続ける。
「カイザーが二ヶ月以上交際していなかった期間は記憶にない。早朝の帰宅は最低週に一日、多くて週に三日。交際の申し込みは、基本相手から行われていた」
「ふーん、殿下って意外とモテてたんだね? どこが良かったんだろ? しかもそのペースでとっかえひっかえ、ねぇ……」
ロイドがジロジロとカイザーを眺め、モテポイントを探そうとした。そして眉を顰めた。見つからなかったらしい。
相当むかつくが、今はそんなことはどうでもよかった。隣からの視線がどんどんと温度を下げていっている気がして、カイザーは冷や汗が止まらなかった。
「エイデン……たの、頼むから……」
とんでもない緊張感と、ひたひたと募る絶望感。喉が引き攣り声がうまく出ない。カイザーは祈るような視線を向けたが、エイデンは力強く頷くばかりだ。そうじゃない。
「別れる理由は?」
「不明だ」
「…………」
いや、お前のせいだし。元凶のエイデンが心底不思議そうに、首を傾げるのをカイザーは睨みつける。
カイザーの学園入学で、エイデン係の不在が増えた。意味不明な奇行は事前に阻止されず、結果惨憺たる後始末に呼び出されていた。
別れの言葉はいつも同じ。「私より優先するって、本当は男が好きなんじゃないの?」だ。エイデンの無駄美貌がもたらした、深刻な弊害だった。同じ言葉をサリースに言われたら、立ち直れる自信がない。
「王太子補佐官の基準によると、交際相手は美人ばかりだったらしい。髪色や瞳の色に一貫性はなかったと思う。あまり覚えていない。身長は長身を好んでいたな。外見の好みにさしてこだわりはないのだろう。カイザーが異性に求める揺るぎない条件は、たった一つだ。それだけは相手がどれだけ変わろうが不変だった」
「エイデン、お願い! 頼むから、本当にちょっと黙れ!!」
「へー、なに? なに?」
カイザーの悲痛な叫びをロイドが軽やかに遮り、エイデンは力強く頷いた。
「一般的に言う巨乳であることだ」
「…………」
「…………」
「…………」
その場に絶望的な沈黙が落ちた。視線がナイフのように鋭く突き刺さる。息を吸うのも躊躇うほどの静けさに、エイデンだけが淡々とお茶を啜ると、穏やかな美声で澱みなく言い切った。
「胸部の脂肪分は多ければ多いほどいいらしい。交際相手については胸部をまず褒めていたからな。むしろ胸部のことしか話していなかった。性格や容姿、容色に一貫した共通点はないが、これだけは常に一貫していた。つまりカイザーは三ヶ月周期で、胸部の脂肪分の多い異性との交際を繰り返していたということだ」
「そっか……もういいよ、エイデン」
「そうか? まだあるぞ?」
「もういいんだ、エイデン。十分だ……」
慈悲の欠片もないエイデンのトドメに、流石のロイドでさえちょっと同情した。ロイドは静かにエイデンを止めると、拘束していた《影糸》を解く。カイザーが沈黙したまま項垂れて、そっと顔を両手で覆った。
ふと陽光が翳り始め空がカイザーの絶望に呼応するように、雨雲に覆われ始める。ゆらりと隣の気配が立ち上がり、カイザーは恐る恐る顔をあげた。
「サリース嬢……ち、違うんだ……これは……」
カイザーの震える小さな呟きに、サリースは俯いたまま顔を上げなかった。
「……てたのに……最っ低です!!」
絞り出すように叫ぶと、サリースはそのままカイザーを振り向きもせずに駆け出した。
「サリース嬢!!」
小さくなる後ろ姿に縋るように手を伸ばしても、サリースは振り返らなかった。そのままカイザーはぐるりと首を巡らせ、テーブルに強く手のひらを叩きつける。その勢いに置かれた茶器がガチャリと音を立てた。
「ロイド! エイデン! どう言うつもりだ!!」
静かにお茶を啜っていたエイデンが、顔をあげて首を傾げた。
「成功例をトレースしたが? 私は成功した」
「普通は成功しないんだよ! お前の場合は王命での結婚だ! どうあっても最終的に結婚したんだ! ロイドの話も聞いてただろうが! 容姿のせいで誤解を受け続けて、サリース嬢は傷ついていた。それなのに……俺の学園時代の話を聞けば、俺まで見た目目当てだと思われる!!」
「違うのか?」
「違う! 見た目なんかじゃない!! 俺は……」
怒りに言葉が途切れ、もどかしげに再び強くテーブルを叩く。カイザーは珍しく本気の怒りに震えていた。そんなカイザーにエイデンは不思議そうに首を傾げる。
「違うのならなぜ追いかけない?」
「できるわけないだろうが! 俺を軽蔑して拒絶してた!」
再び首を傾げたエイデンが、感情の読めないガラスのような瞳をカイザーに向けた。
「ではなぜサリース嬢は怒った?」
「それは……」
怒り心頭でエイデンに詰め寄っていたカイザーは、言葉に詰まった。
「なんとも思ってないなら怒る理由ないしね。殿下が遊び歩いてて、その上巨乳好きでも別に関係ない」
「それは……過去嫌な思いをさせられた者たちと、俺が重なって……」
「恋人でもないのに? 殿下が告白したから? なら断るだけで済むと思いますけど? 学生時代の過去の話にあれだけ怒る理由ってなんですかね?」
「だが……」
押し黙ったカイザーに、エイデンはカップを置いた。
「カイザー、怒りとは二次感情だ。根底を成す感情が揺れ動き怒りとして表上化する。サリース嬢は怒りを表した。その怒りには理由がある。カイザーこそあの本を読んだのか? 理由を確認すべきではないのか? もう一度聞く。カイザー、追いかけなくていいのか?」
ゆるゆると瞳を見開いたカイザーは、そのまま立ち上がった。ロイドが頬杖をついたまま、マカロンに手を伸ばす。
「……一番街に向かってます。多分国立公園だと思いますよ」
ギフトを発動させたロイドの銀色に輝く瞳に、言葉もなくカイザーは駆け出した。胸に渦巻く感情に急かされて、馬車を用意する考えも浮かばなかった。
今すぐ彼女の「理由」が知りたかった。どうして怒ったのか。今問いただすべき。突き動かされるままカイザーは、ただその足でひたすら走った。
※※※※※
「……荒療治すぎたかなぁ……アーシェに怒られたらエイデンの責任だから」
「なぜ、アーシェが怒る? 私はきちんと成功例のトレースをした」
「エイデン……まさか本気だったの? これでうまくいくって?」
「私はうまく行った」
「うわぁ……」
エイデンが怪訝そうにカップを傾ける手を止める。どうやら本気で成功例のトレースで、うまくいくと思っていたらしい。エイデン係の過酷さに、ロイドもドン引きだ。
確かにエイデンを押しつけなければ、カイザーは結婚はできなかったかもしれない。ロイドとしては非常に迷惑だったけど。
「……まぁ、勝算がないわけじゃないし?」
「そうなのか?」
カイザーを見るサリースの様子を思い出しながら、ロイドはマカロンを口に放り込んだ。
サリースがドストライクだったカイザーように、実はサリースもカイザーは好みに合致している。派手な外見に反して、実は夢見がちなサリース。読んでいる本にはいつも王子様が登場している。カイザーも一応王子様だ。
「ねぇ、エイデン。サリーが義兄さんと初めて会った時、何があったと思う?」
それで言えばサリースの、本来の好みではないはずのランドルフ。でも唯一の親友であるアーシェと、目元がそっくりなその兄。
「さあ?」
「まあ、そうだよね。ぽっと出のエイデンなんかにわかるわけないよね」
何年も声もかけられずただ見守るだけでも、消えずにいたサリースの想い。サリースはランドルフのどこに恋をしたのか。
「エイデン係のストレスでハゲるのと、どっちが早いかな?」
「カイザーのストレスの原因は私ではなくロイドだ」
「は? エイデンだろ?」
「まあ、結婚するなら早い方がいい。私はこの中庭でよく遊んだ。子供たちにもこの中庭で早く遊ばせてやりたい」
ほんの少し懐かしそうに、エイデンが目を細めて中庭を見やる。非常に珍しいエイデンの表情にロイドは、エイデンなりに真剣に考えてのことらしいと顔を顰めた。ただそのためにしたのが成功例のトレース。迷惑。
眉を顰めていたロイドが空を見上げる。
「あ……降ってきた」
ポツリと鼻の頭に落ちてきた雫に、ロイドとエイデンは中庭から引き上げる。朝の晴天は嘘のように、本格的に雨が降り出していた。
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