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混沌のお茶会、再び
しおりを挟む「遅れてすいません……!」
勢いよく下げた頭を上げたサリースは、中庭でテーブルを囲んでいる面子に目を丸くした。思わずカイザーを振り返ると、気まずそうな視線にぶつかる。戸惑うサリースと同じくらい、カイザーも戸惑って見えた。
「サリース嬢、気にしなくていい。遅れて到着。予定通りだ」
戸惑いの原因の一人である、なぜかいるデルバイスの至宝が鷹揚に頷いた。待たせてしまったサリースに、非常に満足しているように見える。
「……予定通り?」
遅れたのに? 首を傾げたサリースに、もう一つの原因、やっぱりなぜかいる護国の英雄がにっこりと微笑みかけてくる。
「サリー、そこに座って」
やけに愛想よく椅子をすすめてくる。ロイドの機嫌がいい。危険を察知したサリースは、ムッと眉根を寄せ警戒を深めた。
「……なんであんたまで、ここにいるのよ?」
「なんでって。知らなかった? 僕は殿下の側近なんだ」
「だからって……」
昨今の王太子の側近はゲロを吐きかけたことを、謝罪する場にも同席するものなのか? それならばちょっと過保護と言わざる得ない。偉かろうが、成人したいい大人なのだ。
そう、サリースはゲロ噴射事件の謝罪のためと、改めて王宮に呼ばれた。給仕の侍女達はいてもおかしくない。その侍女達はむしろいないのに、代わりにエイデンとロイドがいる。なぜなのか。
「すまない……サリース嬢。俺も二人で話すって言ったんだ……だが二人をどうしても追い払えなくて……」
カイザーは縋るような瞳を、サリースに向けてくる。どうやらカイザーもこの状況は不本意らしい。頷いて座ったサリースに、カイザーはホッと表情を緩めた。そしてそそくさとお茶の準備を始める。
「殿下……」
王太子が淹れるの? 手慣れた様子でお茶を準備するカイザー。側近のはずのロイドは微塵も動かない。それどころかずいっとカップを押し付けて、おかわりの要求までし始めた。サリースはロイドを睨みつける。
「ロイド。貴方ねぇ、側近とか言いながら、なんなのその態度。お茶も淹れないつもりなの?」
「サリース嬢……!!」
王太子はお茶を淹れなくていい。サリースの言葉に久しぶりにその事実を思い出したらしいカイザーが、感激に潤んだ瞳でサリースを見つめてくる。その横でロイドは呆れたように肩を竦めた。
「僕の仕事はお茶を淹れることじゃないし。だいたいさ、僕にだけ言うのおかしくない? エイデンは?」
サリースはチラリと静かにお茶を飲むエイデンを見る。そしてそのまま不満げなロイドに視線を戻した。
「エイデンさんはいいのよ!」
「は? なんで? 僕には文句を言って、エイデンにはなんで文句言わないのさ!」
「いいから、お茶はあんたが淹れなさい!」
エイデンにお茶を淹れる機能はついてない。そして多分機能の後付けもやめた方がいい。なんかお茶を淹れたはずなのに、なぜかステーキが出てきた。そういうことを起こしそうな類の人だ。なるべく触らない方がいい。サリースの判断は的確だった。
睨み合うロイドとサリースを、キラキラとカイザーが見つめている。その横でエイデンは、静かにカップを置いた。そしてずいっとロイドにカップを押し出す。
「……エイデン、なんのつもり?」
「おかわりだ」
「は? ふざけないでくれる?」
「サリース嬢がロイドをお茶係に指名した」
「僕は了承してないんだけど?」
首を傾げたエイデンに、ロイドが笑顔に青筋を浮かべた。
「……おかわり」
ちょっと困ったように、再度ロイドにカップを押し付けるエイデンには、自分が淹れるという発想はないらしい。たかがお茶でいい大人が揉めている。自分でやればいいのに。
(それにしてもロイドが顔に出すなんて、ね……)
いつもの胡散臭い笑顔ではなく、内心の不機嫌さをモロに出ている。裏表が激しく、腹の中は漆黒。性格は極悪で、顔しか取り柄がない。無駄に賢く、本性は笑みで覆い隠すロイド。ここまで素のロイドは、アーシェの隣でしか見たことがなかった。サリースはエイデンの前でも本性のロイドに少し驚いた。変人ではあるが、嘘のない自然体のエイデン。
(ちょっと、アーシェに似てる、かも……?)
なんとなくロイドがエイデンを、許容している理由がわかった気がした。
やり取りを見ていたサリースは、隣からのため息に振り返る。カイザーが疲れたように、ポットに手を伸ばしていた。ポットを掴もうとすらしない二人に、カイザーが諦めたらしい。いつもお茶係をしているのが、行動に滲み出ている。かわいそう。
「殿下……」
サリースはそっと手を伸ばし、カイザーの代わりにエイデンにおかわりを注いだ。
「サリース嬢……!!」
それだけで感謝の涙目になるカイザー。サリースは労わるように微笑み口火を切った。
「それで、今日はお話があると伺っていたのですが……」
「あ、あぁ……サリース嬢に会いたくて……あ! すまない。本音が……改めて謝罪という口実で……いや、口実ではなく……いや……すまない。会えて嬉しくて……」
「いえ……」
頬を赤めてあたふたと言い訳するカイザーに、サリースもつられて頬が熱くなる。もうただ会いたかっただけに聞こえる。ドキドキし始めた胸を抑えたサリースを、ロイドがじっと見つめる。
「でも、その……二人がどうしてもと……」
嬉しそうだったカイザーが、困ったように言い淀みエイデンを見やる。振り返った先のエイデンは無表情だ。
「えっと、エイデンさんが私を……?」
サリースは困惑した。話すことも話す様子も微塵も見えない。子供たちのアーシェに似てるところ談義でもするのだろうか? 実際それしか話すこともない。
「成功例をトレースしたい」
「成功例をトレース……?」
だがエイデンが口にしたのは全く予想外で、かつ意味不明だった。首を傾げたサリースに、エイデンは力強く頷いた。
※※※※※
昼下がりの穏やかな陽光。美しい王宮の中庭。
サリースは怒りに燃えて、ロイドを追いかけ回していた。息の根を止めるために。ニヤニヤ笑いながら口を閉じないロイドは、サリースの襲撃をヒラヒラと華麗にかわし続ける。
「サリーがアーシェの親友を気取り出したのは、十二歳の時ですね。学園の体験学習に参加した時です。サリーって気が強くて性格がこんなでしょ? だから友達が一人もいなかったんですよ。でもアーシェはすごく優しいから、あっと言う間に懐かれたんですよね。義兄さんともその時に出会ってます。多分ですけど、その時になんかあったんでしょう。それ以来ずっとしつこくへばりついてるんで」
「ちょっと、ロイド! 黙りなさいよ! どう言うつもり!!」
伸ばした手を避けられ、怒りに顔を真っ赤にしながらサリースは怒鳴った。
「そ、そんなに前から、ランドルフを……」
ロイドの突然の奇行にあっけに取られながらも、なんとかサリースの味方をしてくれていたカイザー。明かされた長年のランドルフへの想いに、しょんぼりと肩を落として戦線を離脱した。
カイザーがしょぼくれようが、サリースがブチギレようが、笑顔のロイドは一向に口を閉じる気配はなかった。
「学園入学から本格的に、アーシェの親友気取りをし始めてすごい邪魔でした。まあ、サリーは相変わらず一人も友達いなかったんですけど。あぁ、友達がいない理由ですか? 見た目のせいですよ。美人だとか胸がでかいとかで、しょっちゅう告白されてたんですよね。胸はサリーみたくデカイだけより、アーシェのように小さめでも形が大事なのに。バカですよね」
「ロイド! あんたなんなの? 頭おかしくなったの!」
「まあ、そんなバカばっかりだからですかね? 告白してくるやつは、大体が恋人持ち。それでその恋人に逆恨みされて、人のものを欲しがる女だって言いふらされてました。告白してきたのはあっちだったのに、バレるとサリーから告白してきたって言われたりしてね。アーシェが訂正して回ってました。どうせ信じてもらえないから、放っておけばいいのに。実際に付き合ったのは二、三人だったかな? デンバー・グレンシーとトリスタン・ラッセル……」
「は? ロイド! あんたなんでそんなことまで……!!」
投げつけた石を避けられ、ぜいぜいと呼吸を乱したサリースが驚愕に目を見開いた。
「弱みを握っておくのは基本じゃない?」
エイデンが感心したように頷き、カイザーが顔を顰めた。性格の悪さに揺るぎがない。サリースは信じられないと目を見張った。
「……こんなに陰湿なやつって、存在していいの? なんでそんなに性格悪いの? なんなの? 何食べたらそんなに陰険になれるのよ……悪魔とか乗り移ってるんじゃない?」
全然息の根を止められないロイドを諦め、サリースは体力の限界を迎えその場にへたり込んだ。
「サリース嬢……! 大丈夫か? 貴女は頑張った。どうか休んでくれ……」
カイザーが駆け寄り上着で拭いた手を差し出した。カイザーの手を借りて、よろよろと椅子に座ったサリースに、ロイドがふふんと鼻を鳴らした。ニヤリと笑うその甘い美貌が最高にイラつく。
「なんとでも? まあ、結局義兄さんを諦めきれない上に、相手の二股が判明して二週間とかで別れてたけど」
「そうか」
こくりと頷いたエイデンを、サリースは思わず睨みつける。
「一体なんのつもりでこんなことを……!」
「成功例をトレースしている」
「だからなんなんですか! その成功例のトレースって!」
「私がアーシェと結婚する前、こうしてここでお茶会を開いた。そこで主に話したのは、学園生活についてだった」
眉根を寄せたサリースの横で、カイザーが表情を凍らせた。
「おい……エイデン? まさか……」
呆然と呟いたカイザーの肩に、ロイドがそっと手を置いてにっこりと笑みを閃かせた。
「そうです。成功例のトレースです。さあ、殿下。次は殿下の番ですよ」
天使の微笑みに、顔色を青ざめさせたカイザー。エイデンは無慈悲にも、その美しい唇をゆっくりと開いた。
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