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婚活パーティー
しおりを挟む迎えた婚活お茶会の当日。クロハイツ邸の中庭は、華やかな賑わいを見せていた。サリースは帰国と同時にお茶会の招待を受けて、クロハイツ邸に降り立った。
(ずいぶん人がいるのね……)
馬車を降りたサリースは、気軽なお茶会と聞かされていた会場を見回した。見覚えのある同級生達も、装いに気合が入っているように見える。
「サリー!」
「アーシェ!」
駆け寄ってくる声に、サリースは振り返ってパッと顔を明るくした。久方ぶりに会う親友を、サリースは思わず抱きしめる。
「サリー、お帰りなさい! 来てくれてありがとう!」
弾んだ声にウルリと瞳が滲む。再会を喜ぶ言葉に含みの気配もない。まっすぐ届く親友の言葉にサリースは、帰ってきたことを実感した。
「歓迎してくれてありがとう。結婚式、行けなくてごめんね……」
「そんなこといいのよ……こっちに来て! 夫と子供達を紹介するわ」
華やかなドレスの間を縫って、邸宅のテラス前の主催者席へと導かれる。歩く間にも学生時代の同級生達が、サリースに気づいて袖を引き合っている。サリースはできるだけ、気にしないように視線を反らした。
普通は人垣ができるはずの、主催者席は人もまばら。ぽっかりと空いたような空間に、たどり着いたサリースは人が寄りつかない理由を悟った。
(……これは無理ね)
無表情で突っ立っているデルバイスの至宝。奇才エイデン・クロハイツ伯爵を見て、サリースは心の中で呟いた。
学生時代には学内で何度か見かけた先輩は、何やら美貌に磨きがかかっている。好奇心旺盛な同級達でも、気後れするほどの美貌。かわいい子供達をセットにして、なんとか和ませようという努力は見てとれたが効果は薄そうだった。それでもサリースの記憶の中とは、エイデンの印象は違って見える。
「アーシェ」
アーシェに向かってエイデンの口角が、僅かに上がったのを見て印象が違う理由を知った。
(……アーシェ、さすがだわ……)
全く表情が変わらなかった記憶と違って、エイデンはアーシェに笑みを浮かべている。親友に突然降りかかった王命は、別にアーシェを不幸にしてはいないようだ。
昔から無自覚の変人コレクターだった親友は、突出した天才の変人もその大らかさで懐柔したらしい。思わずクスリと笑みをこぼして、サリースはスッと一歩踏み出した。
「初めまして、エイデン・クロハイツ先輩。サリース・テンべラードと申します」
「エイデン・クロハイツだ」
簡潔すぎる挨拶に返答に苦笑して、下げた視線がじっと自分を見つめる視線を見つけた。エイデンの足元から顔を出す、好奇心いっぱいの瞳に思わず笑みが浮かぶ。
「サリー、子供達よ。右から……」
「エルナン、ロシュ、アリスね」
「……どうして分かったの?」
「うふふ、すぐに分かったわ。エルナンは口元がアーシェにそっくり。ロシュは耳の形がアーシェだわ。アリスに至ってはもう小さいアーシェね。手紙に書いてあった通りだもの」
驚いたアーシェの隣で、エイデンが僅かに目を見張った。
「わかるか?」
「ええ、もちろんです。そっくりですよ」
「そう、かしら……」
首を傾げるアーシェの横で、エイデンは力強く頷いた。正直アーシェにはさっぱりだった。
「エルナンはちっさいエイデンだし、ロシュはちっさいロイなのはわかるの。でも口元やら耳の形が似ているかは……ロイとエイデンにしかわからないみたいで……」
「そっくりじゃない!」
逆になぜわからないのか? 首を傾げるサリースに、エイデンもこくこく頷いた。
「サリース嬢には見込みがある」
「光栄です」
「え、なんの見込みなの……?」
意外と話が合うエイデンと頷き合っていると、エイデンの足元から子供達がじっと見てくる。サリースはドレスに土がつくのも構わず、その場にストンとしゃがみ込んだ。
「初めまして、サリースよ。サリーって呼んでね」
父親に似てちょっと人見知りらしい長男のエルナンは、小さな声で挨拶してまたエイデンの足元に隠れた。ロイドに似たらしく物怖じしない次男のロシュは、挨拶もそこそこにサリースをジッと観察している。
「……しゃりー?」
興味津々なのに初対面で人見知りしているらしいロシュと双子のアリスは、もじもじしながら上目遣いでサリースを見上げている。サリースはにっこりと笑みを浮かべた。
「こんにちは、アリス。会えるのを楽しみにしていたわ」
「アリスもよ! アリスもずっとまってたの! ありがとうしたかったのよ!」
パァと顔を輝かせたアリスがサリースに飛びついてくる。キラキラと目を輝かせるアリスのありがとうに、サリースは首を傾げていると、隠れていたエルナンとジッとサリースを見ていたロシュもアリスの言葉に頷いた。
「僕も……ありがと……」
「しゃりー、ありがと!」
「サリー、絵本のことよ。子供達がすごい喜んで、家でもクリスマスパーティーをしたの」
「まぁ……」
喜んで貰えたら。そう思って送った絵本が、思っていたよりも楽しんで貰えていた。嬉しくなったサリースは思わずアリスを抱きしめ、エルナンとロシュに微笑みかける。
「よかったわ。また別のお話を持ってくるわね。どんなお話が好き?」
子供達がパッと顔を輝かせる。優しい笑みに、面白い絵本。人見知りしていた子供達が、一斉にサリースに駆け寄った。
「僕、ドラゴンのお話がいい」
「ロシュは、にんじゃがいっぱいのやつ!」
「アリスはね、アリスはね……」
口々に読みたい絵本をあげる子供達に、サリースは笑顔で応えながら、プレゼントする絵本を思い浮かべる。子供達の可愛さにサリースは、背後に近づく気配に気づくの遅れてしまった。
「夫人、ご招待ありがとう」
落ち着いた深みのある声に視線を上げる。見上げた先の色彩に息を呑んだ。気合いの入った服装に、威厳をたたえた王太子スマイル。サリースは慌てて立ち上がった。
「……ようこそ、殿下」
想定よりも真剣のカイザーに、アーシェはちょっと声を引き攣らせる。まさかの王族の登場にサリースは急いで、礼を取ろうとしたが不愉快な涼やかな声に顔を顰めた。
「サリー、久しぶりだね。もう帰ってこないかと思ってたのに」
「……ロイド」
顔をあげるとカイザーの横でロイドが、甘い美貌に愛想のいい笑みを貼り付けている。サリースはにっこりと笑みを返した。
「久しぶりね、ロイド。全くほんの少しも変わりがないようね……」
「君こそ、全然変わってない。会えて嬉しいよ。ほんと、列車が脱線しなくて残念だな」
「バルトル鉄道の従業員は、優秀だからじゃない? オーナーは、良識から脱線してるのにね」
「ロイ……サリー……」
二人の関係性をよく知る同級生達が、さりげなく主催者席から離れ始めた。アーシェが心配していた事態の勃発に、ソワソワしているとカイザーが近寄ってきて小声で囁く。
「……夫人、あのご令嬢は……?」
「あ、彼女は私の親友のサリーです。サリース・テンべラード伯爵令嬢。ちょうど帰国したので、声をかけたんですが……」
囁いてきたカイザーの目線が、サリースに釘付けになっているのを見てアーシェは頷いた。見過ぎ。カイザーの好みだろうと思っていたが、思った以上にストライクだったらしい。
赤みの強い焦げ茶の髪は情熱的で、スラリと背の高いキツめの華やかな美人。ほっそりと華奢なのに、突き出た膨らみは人目を引く。そして所有するギフト。
デルバイス国民なら誰もが所有する、女神の祝福であるサリースのギフトは《言語》だ。それもあって海外生活も長く、国外情勢にも精通している。カイザーの提示した条件にこれ以上ないほど、ピッタリ当てはまるがいくつか問題もあった。
「まさかここでロイドに会うとは思わなかったわ。最高にアホな離婚調停を起こされて、今もぬけぬけと隣にいられる神経はさすがよね。普通は恥ずかしくて、とても人前に顔を出せないもの」
「逃げ回って存在が認識されているかあやしいよりよくない? でも今回は結婚なのによく帰ってきたね?」
「…………っ!!」
「ちょっと、ロイ!」
ロイドの会心の一撃にサリースが勝気な瞳を、みるみる潤ませる。俯いたサリースが握った拳を震わせ、ロイドが顎を逸らして勝ち誇っている。アーシェはアワアワとサリースに駆け寄ったが、もう遅かった。
「……駄犬が……!!」
地を這う低い呟きに、アーシェは顔色を変える。よりにもよってカイザーの前で鳴り響くゴングに、アーシェは助けを求めてエイデンを見やった。エイデンが力強く頷いた。ダメだ、役に立たない。
「殿下、ちょっとあちらでお茶でも……」
挨拶前に印象を悪くしないように、素早くカイザーを退避させようとしたが手遅れだ。カイザーの目の前で無情にも、戦いの火蓋は切って落とされた。サリースが潤ませた瞳を釣り上げて、アーシェを振り返る。
「アーシェ。保健所に連絡して引き取ってもらいなさい。番犬にも忠犬にもなれない盛りっぱなしの駄犬は、もっと早くに処分するべきだったのよ!!」
「伯爵令嬢とは思えない下品さだね。だから義兄さんに相手にされないんじゃない?」
「黙りなさいよ。髪に絡んだガムよりも、しつこい粘着ストーカー男が! アーシェのいかがわしい映像は消去したの? どうせ有耶無耶にして消してないんでしょ? 変態!」
「えっ!? そうなの? ロイ!?」
「サリーこそ黙れよ。粘着質なのはそっちだろ? 何年、義兄さんにへばりついてるつもりなの?」
「あんたみたいに迷惑かけたりしてないわ。タンハイム家から駄犬を追い出すまでは、私の気が休まらないの」
「タンハイム家に一ミリも関係ない、サリーの心配することじゃなくない?」
「二人とも!!」
顔を合わせれば致命傷狙いの応酬。慣れた様子の友人達は、とっくに離れたテーブルに避難を完了している。
逃し損ねたカイザーは、壮絶にロイドと言い合うサリースに釘付けだ。ロイドとの犬猿の仲はあっさりバレた。アーシェはため息をついた。
「二人ともやめて! 一旦邸に入りましょ? ね?」
もうどうにもならないと悟ったアーシェは、せめて人目から離そうと邸に押し込もうとした。
「……いい……素敵だ……」
カイザーのうっとりと呟く声に、アーシェは驚いて振り返った。見ればカイザーは瞳まで潤ませて、ロイドと睨み合うサリースを見つめている。
「えぇ……」
「カイザーは脂肪を胸部に溜め込んでいる女が好みだ」
言い方。頷くエイデンにアーシェは眉を下げた。でも確かにそうらしい。うっとりとサリースを見つめるカイザーを見やる。
「殿下……最低です……」
だから売れ残ってるのね。アーシェはカイザーが未だに独身の理由をしっかりと理解した。
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