上 下
46 / 52
1984年(昭和59年)11月25日(日曜日)

34

しおりを挟む
「今日は思ってもみないお金が入って来た事だし晩御飯は何処かに美味しいものでも食べに行こうよ」

僕は隣を歩いている加奈に向かって言った。

「うん」

彼女は小さく頷いた。

「何か食べたいものとかある?」
「ワタシは恭介クンが食べたいものでいいよ」

「じゃあとりあえず何処か店を探そう」

僕が言って僕らは通りの人混みの中を周囲の看板や窓を見回しながら歩いた。
時々目についた店もあったりはしたけれどもはっきりとは決められないままサンシャイン60通りを抜けてしまって駅の東口に通じている大通りの大歩道まで来てしまった。
まだ6時を回ったばかりだし、周囲は無数の人々のざわめきと靴音で賑わっていた。
時々大通りを走る車の短いクラクションが聞こえて来た。

「まだ結構時間もあるし一度西口の方に行ってみようか」

僕は歩道をそのまま駅の方に向かって歩きながら加奈に聞いてみた。

「うん。ワタシはそれでも良いんだけど、でも多分あっちも何処も人が一杯なんじゃないかな」

「それじゃあ、どうしよう。十条まで帰ってあっちで焼肉でも食べる?」

「ワタシはその方がいいな。どうもこの時間の池袋を歩いてると昨日の事を思い出しちゃって。恭介クンには悪いんだけど」

加奈はそう言って少し泣き笑いの表情を浮かべた。

「そうか。だったら一度十条の方に帰ろう」

僕が言って、僕らは駅に向かって歩いて行った。

途中、駅前の交差点で信号待ちをしている時に何気無く振り返ってサンシャイン60を眺めてみた。
喧騒に溢れた地上から夜空に向かって突き出たその高い建築物の姿を見ている内に何故だか昨年の夏頃に上映されていた映画に流れていた音楽を思い出した。
戦争中の捕虜収容所でのクリスマスの夜のエピソードが映画のタイトルになっている映画だった。
その映画の中で流れていた切ない音楽を頭の中で思い出している内に、ふと目の前に高く聳え建っているビルがかつての巣鴨プリズンの跡地に建てられている事を思い出した。

「ねえ恭介クン」

信号が変わりかけた時、加奈が言った。

「うん?」

「ワタシがこの時代にいる間はずっとワタシの友達でいてくれててね」

彼女はそう言って僕の手をとって握った。

「いいよ、約束するよ」

僕は答えた。

信号が青に変わって僕らは手を繋いだまま横断歩道を歩いて渡り始めた。
僕ら二人は周囲を歩いている多くの大人達と比べれば頼り無く危うい存在かもしれないけれども、こうして二人でしっかりと手を繋いで離さない様にして歩いて行けば明日からの日々を何とか渡って行ける様な気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

プラトニック添い寝フレンド

天野アンジェラ
ライト文芸
※8/25(金)完結しました※ ※交互視点で話が進みます。スタートは理雄、次が伊月です※ 恋愛にすっかり嫌気がさし、今はボーイズグループの推し活が趣味の鈴鹿伊月(すずか・いつき)、34歳。 伊月の職場の先輩で、若い頃の離婚経験から恋愛を避けて生きてきた大宮理雄(おおみや・りおう)41歳。 ある日二人で飲んでいたら、伊月が「ソフレがほしい」と言い出し、それにうっかり同調してしまった理雄は伊月のソフレになる羽目に。 先行きに不安を感じつつもとりあえずソフレ関係を始めてみるが――? (表紙イラスト:カザキ様)

【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea
恋愛
誰かが、自分を呼ぶ声で目が覚めた。 必死に“私”を呼んでいたのは見知らぬ男性だった。 ──目を覚まして気付く。 私は誰なの? ここはどこ。 あなたは誰? “私”は馬車に轢かれそうになり頭を打って気絶し、起きたら記憶喪失になっていた。 こうして私……リリアはこれまでの記憶を失くしてしまった。 だけど、なぜか目覚めた時に傍らで私を必死に呼んでいた男性──ロベルトが私の元に毎日のようにやって来る。 彼はただの幼馴染らしいのに、なんで!? そんな彼に私はどんどん惹かれていくのだけど……

colors -イロカゲ -

雨木良
ライト文芸
女子高生の夏音(かのん)は、物心がついた時から、あらゆる生物や無機物ひとつひとつに、そのモノに重なるように様々な「色」を感じていた。 その一色一色には意味があったのだが、それを理解するには時間がかかった。 普通の人間とは違う特殊な能力を持った夏音の身に起こる、濃密な三日間の出来事とは。 ※現在、二日に一回のペースで更新中です。

三百字 -三百字の短編小説集-

福守りん
ライト文芸
三百字以内であること。 小説であること。 上記のルールで書かれた小説です。 二十五才~二十八才の頃に書いたものです。 今だったら書けない(書かない)ような言葉がいっぱい詰まっています。 それぞれ独立した短編が、全部で二十話です。 一話ずつ更新していきます。

モノクロの世界に君の声色をのせて

雫倉紗凡
ライト文芸
 しぶしぶ入った卓球部の練習をずる休み。  ぼーっと河川敷で絵を描いていた僕の前に現れたのは—— 「私ここで歌うから、聴いててね!」  図々しくて、自分勝手で、強引な君。  その歌声が、僕の世界を彩った。  隣の中学校同士の男の子と女の子が河川敷で出会い、交流する物語。  自分に自信の持てない少年少女の成長記録です。 ※この作品はフィクションです。作中の絵画・楽曲・地名などは実在しません。

気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにしませんか

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢ナターシャの婚約者は自由奔放な公爵ボリスだった。頭はいいけど人格は破綻。でも、両親が決めた婚約だから仕方がなかった。 「ナターシャ!!!お前はいつも不細工だな!!!」 ボリスはナターシャに会うと、いつもそう言っていた。そして、男前なボリスには他にも婚約者がいるとの噂が広まっていき……。 本編終了しました。続きは「気まぐれな婚約者に振り回されるのはいやなので、もう終わりにします」となります。

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

処理中です...