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1984年(昭和59年)11月25日(日曜日)

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僕と加奈は取り合えず後楽園ホールの方に歩いて行って、ホール入口近くのプロレスやボクシングの日本タイトルマッチのポスターなんかが貼られている辺りで一息ついた。
まだジャパンカップの発走時間迄には一時間以上も時間があったので、そこでスポーツ新聞を眺めてみる。

「そう言えば加奈ちゃんは2着に入った馬の名前も覚えてるのかな?」

僕はふと気が付いて彼女に聞いてみた。

彼女は僕のすぐ横まで寄って来て僕が見ていた紙面を覗き込んだ。

「それがこのカツラギエースって言うお馬さんが勝った事以外はあんまり良く覚えていないんだよね。何と無くこの4番のベッドタイムって言うお馬さんが2着じゃなかったかなって気がするんだけど、あんまり自信は無い」

「そうなんだ」

新聞で見てみると3枠4番のベッドタイムと6枠10番のカツラギエースの組み合わせ3ー6の枠番連勝式馬券は前売りオッズで80倍以上の倍率になっている。
しかしハッキリとは覚えていないと言うのではこの馬券を買う訳にはいかなそうだ。

「ねえ、ワタシもこの3ー6の馬券を100円だけ買って貰っても良いかな?」

現在で使用可能な硬貨を121円しか持っていない彼女が言った。

「最後の100円ちゃんを?」

「うん。この昭和58年の100円ちゃんでワタシの今の運を試してみる」

彼女はそう言って僕に100円硬貨を1枚手渡した。
僕はその硬貨を眺めてみた。
去年発行された硬貨は34年の時を経て、ずいぶん古びて薄汚れていた。

「じゃあ、そろそろ買いに行こうか」

僕らは意を決して再び場外馬券場に向かって歩き出した。
館内に入ってみると丁度東京競馬場の第8レースの出走馬枠入りが始まっていて広い空間に何ヵ所もあるレース模様を映しているモニターの周りに幾つもの人だかりが出来ていて、馬券の発売窓口の方は空いていた。
僕は加奈と一緒に発売窓口の方に向かって歩きながら、ただでさえ見た目の少し若過ぎる僕が単勝馬券を一点で一万円以上も買ってしまうのは、目立ち過ぎると思った。
だから館内の色んな階で5回に分けて購入する事にした。

「東京10レース、単勝10番、2500円」

内心少し緊張しながら、窓口の向こう側にいるおばさんに告げる。
おばさんは僕の顔をチラリと見て少し怪訝な表情を浮かべた様にも見えたけど、何も言わず馬券を発行してくれた。
僕は買った馬券を財布の中に入れて、加奈と一緒に上の階に向かって歩き出した。
レース実況のモニターに群がった人々が最後の直線に入ったレース画面に向かって「そのまま!そのまま!」とか「差せ!差せ!」と熱く叫んでいるのが聞こえた。
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