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1984年(昭和59年)11月25日(日曜日)

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家の外に出ると穏やかな晩秋の朝の陽射しが近所の家の屋根や路上に降り注ぎ、時折吹く静かな風が木々の枯葉を微かに揺らせ何枚かを地上に落とした。
僕と福沢加奈は路地を歩いて演芸場通りに出た。
まだ9時を少し過ぎたばかりの時間だったので通りの両側に並んだ店はまだシャッターを降ろしたままか、ガラガラと音を立てながらシャッターを上げている最中だったりする。
朝の陽射しの中、まだ人通りの少ない通りにはのんびりとした平和な日曜日の朝そのものといった空気が漂っていた。
今から9時間位前には暗くて寒い中、僕らはこの通りを白い息を吐きながら歩いていた。
僕の隣を歩いている彼女にとっては陽が昇って明るくなってから最初に見る1984年の街の景色になる。
僕は彼女と並んで歩きながら、彼女には目の前の光景がどの様に映って、どんな風に感じているのだろうと思った。

「この辺りって、この頃からずっとこんな感じの所だったんだね」

まるで僕が心の中で思っていた事に答えた様なタイミングで彼女は言った。

「この辺には結構来た事があるの?」

2017年の、と云うのは省略して僕は訊ねてみた。

「うん。ワタシのウチは王子でも結構、東十条寄りだったから、この辺には子供の時から何度も来た事があるよ」

「そうなんだ」

僕は歩きながら今から33年後の今とそれ程は変わっていないこの通りを何となく想像してみた。
通りから銀杏座の路地に入る。
サンチェーンの前には、昨夜僕らが出会ったコインランドリーがある。
日中は照明が点いていないので中は少し薄暗くひっそりとしている。
入口近くに昨夜疲れきった彼女がずっと座り込んでいた椅子が見えた。
僕らはコインランドリーを横目に見ながら、向かいにあるサンチェーンに入った。
新聞スタンドに並べられたスポーツ紙の色鮮やかな大見出しには、やたら大きな活字でミスターシービーやルドルフの文字が踊っていた。
その内の1紙を買って店を出て元来た道を引き返した。

「あのサンチェーンってコンビニさ、昨日の夜からあっちこっちで見かけたけど、ワタシがいた時代には、もう無かったよ」

サンチェーンを振り返りながら福沢加奈が言った。
今の彼女の場合、未来の事を過去形で話す事になる。

「へえ、そうなんだ」

少し意外ではあったけれど、33年も時が経てばそれ位の変化はあってもおかしくはないと思った。

「それにこの映画館も昨日ここに来る迄は見た事が無かった」

「それはそうだろうな。今でももう結構オンボロだし、それにもうすぐ閉館になるって聞いた」

銀杏座の古い建物を見ながら僕は答えた。

「そう言えば昼飯はどうする?」

演芸場通りに出た所で彼女に聞いてみた。
僕は言いながら内心では既にまた彼女に作って貰う事を期待していた。

「良かったら、またワタシが作ろうか?」

「じゃあ悪いんだけど、また加奈ちゃんにお願いしてもいいかな?」

すかさず僕は言った。

「うん、わかった」

「それなら何か買ってから帰った方がいいのかな?」

「うーん、出来るだけ恭介クンのウチにあったモノで作ってみる」

彼女がそう言ったので、取りあえずそのまま家に帰る事にした。
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