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1984年(昭和59年)11月25日(日曜日)

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僕らの目に前に篠原演芸場が見えてくる。
昼や夜の公演が終わった後には場内から出て来た観客や舞台衣裳のまま(送り出し)に出てきた役者達で演芸場の前は賑わっていたりするけれど、今は全ての照明が消されて演芸場は深夜の暗がりの中でひっそりと建っている。
演芸場の少し手前の路地に入り少し歩けば僕の家に帰り着く。
僕と福沢加奈は路地に入ってからは黙って歩いた。
少し歩いた所で背後の通りを自転車が走っている音が聞こえて何気なく振り返った時、思わずギョッとした。
自転車でパトロール中の警察官が2人、通りを通り過ぎて行くのが見えたからだ。
僕はともかく今の彼女が職務質問を受ける事になったらとてもマズイ事になる。
少しの差で命拾いしたと胸を撫で下ろす。
近所の何軒かの家の一階や二階の部屋の窓にはまだ明かりが点っていた。
僕が両親が不在の間に深夜同い歳の女の子を連れて家の方に歩いているのを近所の方々に見られでもしたら、ちょっと面倒臭い事になるかもしれない。
でも仕方がない。まあ、その時はその時だ。
それにしても昨日の夜十時過ぎにスポーツバッグを担いで一人で家を出ていった僕がコインランドリーなんかで僕のこれ迄の常識を派手にひっくり返す様な想像を超えた出会いをしてしまうとは一体誰が予想出来ただろう。
そしておよそ二時間後には33年後の未来から来たという同い歳の女の子を連れて家に帰って来ようとしている。
世の中何が起こるかわからないという様な言葉では到底片付ける事が出来ない出来事だ。
でもこれは紛れもなく現実に僕の身に起こっている事だ。
どれだけ自分の理解を超えていたとしても直視する以外にはない。
それに何といっても僕なんかより、今僕のすぐ後ろを歩いている福沢加奈という女の子の方が遥かに理不尽に過酷過ぎる現実に直面しているのだ。
恐らく今彼女は本当は不安と恐怖で押し潰されそうになるのを必死に耐え続けているのだろうと思う。
少なくとも今のところは、この1984年という彼女にとって誰も知っている者が居ない未知の世界で、少しだけでも彼女の手助けをしてあげる事が出来るのは僕一人しかいない。
僕は今彼女が抱いているだろう不安や恐怖を少しでも和らげる事が出来る様に、もう少し気持ちを強く持たなければいけない気がする。
とは言っても今の僕に出来る事といえば、せいぜいコンビニ弁当を食べさせてあげる事と、取り敢えず今晩は僕の家の中でゆっくり眠らせてあげる事位しか無い。
そんな事を考えている内に自分の家の前まで帰り着いた。
コインランドリーの洗濯機を回した後に一度家に戻ってまた出て来る時に消さなかったので一階の電気は点いたままだった。
僕は鍵を回してドアを開け、福沢加奈を中に招き入れた。
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