彼女の危機と何とか彼女を守りたかった僕の話

河内ひつじ

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1984年(昭和59年)11月24日(土曜日)

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「ねえ、君ちょっと手品を見たくない?」

唐突に彼女は言った。

「えっ?」

彼女が全く想定外な事を言い出したので僕は戸惑った。手品?

「ねえ、ワタシ、君に手品を見せてあげ
る」

彼女はそう言って僕の方に寄って来た。
何故だかはわからないけど、彼女の表情にはやたら切羽詰まったモノが感じられて思わず僕は怯んだ。

「手品?ですか?」

彼女の気迫に押されながらようやく僕は言った。

「どう?ワタシの手品を見てくれる?」

「いいけど」

僕は答えた。僕はその時には既に彼女が一体どんな手品を僕に見せようとしているのか興味を抱き始めていた。

「じゃ、ちょっとこっちに来て」

彼女はそう言って僕を狭いコインランドリーの中の真ん中辺りに招き寄せた。
向かい合って立つと身長165センチの僕の方が顔一つ分は高かった。
彼女は自分の財布の中から五百円硬貨を一枚取り出した。
僕はその様子を見て、どうやら彼女は僕にコインマジックを見せようとしているのだろうと思った。
彼女は右手の掌の上に五百円硬貨を載せ、そのまま両腕を僕の方に突き出して両掌を僕に見せた後、両掌を握り締めた。

「3つ数えて」

彼女は言った。

「3、2」

僕は差し出された彼女の両掌を注視しながら3つ数え始めた。
たぶん3つ数え終わった後、右手に握った硬貨が左手に移動しているんだろうと思った。
或いは右手から消えた硬貨が僕のズボンのポケットから出てくるのかもしれない。

「1、0」

僕が数え終わると彼女は握った両拳を開き掌を上に向けて僕に見せた。
五百円硬貨は相変わらず右掌の上に載ったままだった。
冷え込んだ深夜の狭いコインランドリーの中の空気がより冷やかになった様な気がした。
僕はどう反応すれば良いのかわからず視線を五百円硬貨から彼女の顔に移した。
彼女の表情には手品が失敗したといった気配は無く、むしろ意味ありげな笑みを浮かべていた。
彼女が右の掌の上に載せた五百円硬貨を僕の方に差し出してきた。

「その五百円玉をよおく見てみて」

彼女は言った。
僕は五百円硬貨を手に取って眺めて見た。
始めは何の変哲も無い硬貨にしか見なかったけど、すぐにその硬貨が少し変である事に気付いた。
まず目に付いたのは、その硬貨の500の数字の(0)の中の部分がやたら白く汚れている様に見えた事だった。
しかし良く見ている内にそれは汚れているのでは無くて、その部分に無数の線が刻まれているのに気付いた。
今月の一日に新紙幣が発行開始され、新札が出回る様になったけど、その時、新五百円硬貨も出たんだっけ?
そう思ったけど、そのすぐ直後に僕はその硬貨の最も異様な部分を発見した。
(平成十八年?)
その謎の製造年に気付いて僕は息を呑んだ。
...

(五百円白銅貨 1982年(昭和57年)発行開始 素材、白銅 銅75% ニッケル25%)
(五百円ニッケル黄銅貨 2000年(平成12年)発行開始 素材、ニッケル黄銅
 銅72% 亜鉛20% ニッケル8%)
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