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卒業

その4 卒業 8

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駅前通りから市役所に向かう道の途中の静かな喫茶店の前で既に来ていた久々原綾は待っていた。

僕の姿を認めるとベージュのコートに白いマフラーを巻き付けた彼女は僕に向かって深々と頭を下げた。

「刀根クンは今いろいろと忙しいだろうと思うのにいきなり電話なんかしちゃって本当にごめんなさいね」

本当に申し訳無さそうに彼女は言った。

「いや、今日はもう特にやる事も無かったからそれは全然構わんけん」

僕は言った。

実際、彼女からの電話が掛かって来た時、僕は特にする事も無く少し退屈していた所だった。

「それにわざわざこっちの方まで来てもらう事になっちゃって本当に悪いわ」

「それも全然気にせんでええけん。今の内に出来るだけ鷹野の街を見ときたいし。とりあえず中に入りますか」

僕らは店の中に入り窓際のテーブルに向かい合って腰を下ろした。

水の入ったグラスと熱いおしぼりを盆に載せたウェイトレスが注文を取りに来て僕はブレンドコーヒーを久々原綾は紅茶を注文した。

ウェイトレスが行ってしまうと向かい合っている僕と久々原の間には少しの間ぎこちない空気が流れた。

何しろ僕と彼女は卒業間近になった今の今までただの一度も言葉を交わした事すら無かった。

「こうして刀根クンと顔を合わせる事自体今日が初めてなんじゃね」

久々原綾が言った。

「そうじゃな」

僕は短く答えた。

「ウチは本当はな」

彼女は言った。そして少しの間その後を言い淀んだ。

「今まで長い事ずっと、刀根クンと一度だけでも話がしたいと思ってたんよ」

言葉を絞り出す様にして彼女は言った。言い終わると彼女は僕から視線を背けた。

「ワシも正直言うたら、入学式の日に初めて久々原さんを見かけた時から、久々原さんと話が出来たらとずっと思っとった」

僕は今まで3年間、心の中で思っていた事を正直に口にした。

だけど僕の方から君に声をかける事はどうしても出来なかったという事はもちろん口には出さなかった。

久々原綾は泣き笑いの様な表情で僕を見ていた。

僕は努めて笑顔を作って彼女の顔を見た。

「じゃけど、今は久々原さんのお陰で、こうして2人きりで話が出来る様になっとるけん」

僕がそう言うと彼女は少しだけ顔を綻ばせた。
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