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ザルグとサラム

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 ────これはとある国の王都に置かれている学園での話。

 この学園は、貴族と魔力のある平民が通えるエリートの集まりだ。役割は魔法の育成と体術の育成を主としている。その他にもこの国の歴史を学んだりするが、ここに通う殆どは貴族だ。そんなものは家庭教師にとっくの昔に学んでいる。なので、この学園の主な役割は、個人の才能を伸ばすための教育を施すことだった。

 それはこの男、ザルグ=レベルナードも例外ではなくて。
 例え彼が稀代の無気力男で嫌われ者でも。魔法も剣術も体術もなんの才能もなく。そのくせ学園一の美女で秀才のサラム=ルルメジェンドと共にいる男だとしても。貴族であれば学園は平等に受け入れるのだ。


「~~であるからして! サラム様にはザルグは似合いませぬっ! 何故奴を気にかけるのです? サラム様はお美しく魔法の才に長け、剣術体術全てを会得している! そんな貴方様が何故──」
「あっ!! 今日はカツ丼と焼肉丼定食がオススメなのかっ! ムム、悩みどころだ……! よし、決めたっ! 今日は両方食べようっ!」
「……え? あ、あのサラム様? 私のお話を聞いておられ──」
「ザルグーーーっ! 決まったぞーー!!! 今日はカツ丼と焼肉丼定食とお前の重箱弁当を食うぞーーー!」
「ちょっサラム様!? 私めの話をーー!!」

 学園の食堂にて。才色兼備の美女サラムに、学園の副会長が会話を試みていた。しかし、それは見事に玉砕していたのだが。
 サラムは副会長のことなど眼中になく。宝石でも見るかのように目を輝かせ、食堂のメニューを真剣に眺めていたのだ。
 副会長はまさか自分が無視されるなど思いもせず。サラムが自身を無視してザルグの元へ駆けて行ったのを見て、歯噛みしていた。

 ザルグはと言うと、机に突っ伏したまま、片手をヒラヒラさせ、サラムの言葉に反応する。サラムはそれにを満足気に見て、メニューを注文するため列へと並び始めた。
 副会長は二人のそんな光景を見つめ、更に顔を般若の如く歪める。そして鼻息荒くザルグの元へ行き、怒声を浴びせた。

「貴様ッ! サラム様になんて態度をッ! 異国の留学貴族だか何だか知らないが調子に乗るんじゃないッ! お前のように才のないもの、弱小貴族に決まっている! そんな男が高位貴族であり才ある彼女に近づくなんて──」
「ザルグーーー!! お待たせっ! ささっ! 早くお前の作った弁当を寄越せっ!」
「わーったよ……。んな耳元で叫ばなくったって聞こえてるっつーの……。つか、さっきからこいつのこと無視してるけどそれワザと……?」

 サラムの元気にいいスリーっぷりに、流石にザルグは副会長に同情する。
 しかし、ザルグの同情に副会長は更に顔色を悪くし、怒鳴り散らした。

「~~ッ! 貴様如きに心配される筋合いなどないッ! サラム様の胃袋を掴んだようだがいつまで持つかッ! 貴様の立場をよぉく振り返ることだなッ!」

 そう捨て台詞を吐き、副会長は食堂を後にした。そんな副会長の背を見て、ザルグは深くため息を吐き、サラムの方を見やる。彼女はと言うと、副会長のことなど意にも介さず、勢いよく昼食をとっていた。
 サラムは食べ方こそまるで野生の獣が如くの食い意地だ。だがその美貌はまるで天女が如き輝きだった。腰まで伸びるサラサラの金の髪に、翠の瞳。その気高き神獣が如き艶に誰しもが息を飲む。
 対してザルグはこの国では不吉とされる黒の髪に赤の瞳。その容貌はまるで死神の如く。畏怖と憎悪の対象の見た目に、何の才も無い無能さ。
 女神と死神。その真反対の二人が仲睦まじく談笑している姿は、他者から見て奇怪でしか無かったのだ。

「はぁぁぁぁ。なんでこんな事に……。俺はただ平穏に学園生活を楽しみたかっただけなのに……」
「ふぉれはかわいふぉうに。ふぉくでよけれふぁふぁなしを聞いてやるふぉ」
「きったね! お前まずは飲み込んでから話せよっ! あと元凶は間違いなくお前だからな!?」
「むぐ。んぐ。ぷっはー! 美味かった! ん? 僕が絶世の美女で傾倒してしまいました? ふふん。もっと言ってくれたまえ!」
「図々しいな!? お前どんだけ自分に自信があるんだよ……」
「なぬ。こんな美女を捕まえて何を言う。僕は優秀だぞ? まぁ、君の本気には敵わないが……。だが美人で優秀だ! ふふん。これだけの条件なかなかいないぞ~? 僕はお買い得物件だぞ~? ほれほれ。僕を嫁にしたくなったか~?」
「……あ? 美女とか関係なくお前は俺の嫁だっつーの。んな当たり前のこと言ってないで行儀よく食えよ」
「え、え、え。あう……。い、いきなりそんなこと言うのは反則だぞ……!」

 突然のザルグの告白に、サラムは顔をリンゴのように赤くする。しかし当の本人であるザルグはまるで気にした様子もなく、優雅に弁当の中身を口にしていた。

 先程副会長の言っていた通り、実はザルグはこの国のものでは無い。この国から遠く離れた小国から留学してきたのだ。それは決してこの国の技術が素晴らしく、学びに来たなどという大層な理由ではない。

「……俺はお前を迎えにこの国に来たんだから。お前が美女に育っていようといなかろうと関係ない。俺はサラム、お前だから迎えに来たんだよ」
「あうあうあうーーー!! ぼ、僕午後から剣術場で訓練だから先に行く!! ま、またな!」
「おう。頑張れよー」

 そう。ザルグは幼き頃の約束を果たすため、遠路はるばるこの国へやってきたのだ。
 全ては愛する彼女のため。

 それから時は過ぎ。
 二人は無事二年に上がることとなった。

 多少いざこざはあれど、ザルグ達を取り巻く環境は平穏で。例え副会長を始めとしたサラム親衛隊がザルグにちょっかいをかけようと。サラム以外の全生徒どころか先生すらザルグを見下し、嫌悪していようと。ザルグにとっては比較的平穏な学園生活だったのだ。


 ────しかし、それは昨日まで、という言葉が付くが。

「ギレム教団だッ!! 皆魔法準備!!」

 世界各国の悪の権化。天上に住まう神の敬虔な使徒『ギレム教団』。その教団が、学園を襲撃したのだ。

 飛び散った肉片。焦げ付いた肉の匂い。飛び交う怒声に悲鳴。低位も高位も関係なく。平等に焼却され、切り刻まれた。

「水よ、我らに庇護を。我が声に応えよッ! 『水爆スプラッシュ』ッ!」
「──我は否定の災禍なり。塵芥よ、運命の深淵に堕ちよ。『漆黒螺旋ダークホール』」
「な……ッ!? 俺の魔法が飲み込まれ……ッ!? ひぃっ! うわぁぁぁぁッ!!」

 淡々と。まるで機械人形の如く、生徒達を圧倒的な力でねじ伏せ、焼き殺していく。
 その中で、サラムだけは圧倒的な魔法の前に、ただ一人立ち向かっていた。
 そして次々に教団員を薙ぎ倒し、遂に教祖と対面する。

「あぁ、やはりその圧倒的な力……ッ! 実に素晴らしいッ! さぁサラム=ルルメジェンド。お前の内包する魔力は神域。その力、我がギレムの為に使ってもらおうかッ!! 我らが『神』も、それをお望みだッ!!」
「うるさいッ! 僕は道具じゃないッ! 僕はもう誰にも屈さないッ!」
「……そうか。ならば致し方なし。黒龍よ、我が呼び掛けに咆哮せよ。彼の者を奈落へ堕とせ『影踏バインド』」
「ッ! 舐めるなッ! 我が力となりその身に纏えッ! 『氷炎舞フュージョンソード』ッ!」

 ガキンッ

 教祖の魔法を、サラムは剣を付与魔法で強化することで防ぐ。そしてそのままの勢いで教祖に切りかかる。
 教祖はサラムの重すぎる一撃に耐え切れず、近くの壁に叩きつけられた。

「ぐは……ッ! ぐッ……流石『円環の黄昏(セレスティアル)』……ッ! 私の力を持ってしても捕縛は困難……ですが、私達は所詮彼のものの時間稼ぎに過ぎませんから。──そして、刻は来たッ! さぁ、神よッ! 貴方様の花嫁はここにッ!」
「ッ!?」

 教祖が叫び声を上げた瞬間。
 いつの間にか地面に描かれていた巨大な魔法陣が、銀に光を放つ。
 そのあまりの眩しさに、サラムは顔を覆う。

「────ッ!!!!」

 ──咆哮。
 それは地を這うような唸り声ともつかないもので。サラムの鼓膜を激しく揺らす。
 咆哮の後、天から半透明の螺旋階段が生み出されたかと思うと、そこから巨大な狼が降臨したのだ。
 それは輝く銀の毛並みを持ち、顔の辺りに漆黒色で陣が描かれていた。そして澄んだ灰色の瞳でサラムを愛おしげに見つめ、ゆっくりとサラムへと近寄っていく。

「ッ!? な……ッ! う……あ……『魔神獣シルバーウルフ』……ッ! どうして……!」
「ふふ、我が花嫁よ。そなたが驚くのは無理もない。私は媒介がなければ地上へは降りられぬからな。だがこのようにな状態ならの生贄で事足りるのさ」
「は……? いけ……にえ……?」
「ははっ。愛いやつめ。気づかないか?  ──ここでどれだけのものが死んでいるのか」
「──あ……。あぁ……う……あ……ああああああああァァァァッッ!!」


 あかあかあか

 サラムが振り向くと、そこは屍の山だった。元々教団員によって、生徒達が多く屠られていたのだ。 

 ──しかし、サラムは気づかなかった。

 否、気付かないふりをしていたのだ。
 他者に興味を抱かないように。もう誰も、失いたくなくて。大切な人を失う恐怖を味わわない様にするため、全てを遮断していたのだから。

 同じクラスの男子生徒。担任の先生。自分に告白してきた上級生。さっき気絶させた教団員。
 皆平等に焼却され、切り刻まれ。全てが血溜まりと化していたのだ。

 そしてトドメに、先程の魔法陣が周囲の者達を肉塊へと変えたのだろう。
 あんなに偉そうにしていた教祖さえも。
 ただの肉塊へと変わり果てていたのだから。

 あぁ、どうして……? なんでこんなに苦しいのかッ!

 認識しないように。記憶にとどまらないようにしていたのに。
 サラムは結局、優しさを捨てられなかったのだ。

 ──情を、捨てきれなかったのだ。

「あぁ……嫌だ……。もう嫌だ……ッ! また僕のせいでこんな……うあああああああああああァァァァッ!!!!」

 気づいてしまえばもう手遅れで。優しく脆い彼女は苦痛な悲鳴を上げ、剣を落す。そして膝をつき、頭を抱えて喚き散らした。
 その様はまるで普通のか弱き少女の様で。
 獣はそんな彼女をより愛おしげに見つめる。そして、獣はなんの前触れもなくその体を光の粒子で包み込む。光が収まると、そこには銀の長髪を持つ、美青年が不敵に佇んでいた。しかしその顔には獣と同じ陣が描かれており、その正体は明らかだった。

 青年と化した獣はゆっくりとサラムの身体を抱き寄せ、優しげに、惑わすように、言葉を紡いだ。

「あぁ。可哀想に……。これも全てあの小童が邪魔をしたせいだ。アレがいなければ君は私のものになっていて、こんなに辛い思いをしなくてすんだのに」
「──ッ!!」

 獣がそう言い放った瞬間。
 サラムの脳裏に、忌まわしき過去の記憶が呼び起こされた。


 それは十年程前。まだサラムが四歳の頃だ。
 彼女は貴族にも関わらず、天真爛漫で喧嘩好き。けれど友人も多く、使用人にも好かれる人望もあった。両親もお転婆なサラムに手を焼いてはいたものの、叱ることはなく。愛おしげにサラムの成長を見守っていたのだ。
 そんなサラムの日常はとても穏やかで。平穏なものだった。
 しかしある日。いつもの様に彼女が庭で駆け回っていると、薄汚いボロ雑巾が転がっていた。
 否。それは人間であった。
 ただ、着ている衣服は擦り切れてボロボロになっており、身体中傷だらけ。更にはこの国では見たことも無い黒い髪をしているため、一瞬、サラムは目の前の人物がなんなのか分からなかったのだ。

 どうしよう、などと思う暇もなく。サラムは自身の力を使い、目の前のボロ雑巾人間を治癒したのだ。
 それからサラムはボロ雑巾人間に『ザルグ』という名を与え、自身の使用人として屋敷に置いていた。
 幸せだった。サラムの日々は元々幸せだったが、ザルグのおかげで更に幸福な日々になったのだ。
 彼は最初はサラムを警戒して口すらきいてくれなかった。けれど、徐々にサラムの天真爛漫な笑顔に絆されて、笑うようになってくれた。それがサラムには無性に嬉しくて。
 そんな日々がずっと続くと思っていたのに。

 それはサラムが六歳の誕生日に起こった。

「なんで……?」

 あかあかあか

 そこは鮮血に染まっていて。

 使用人も、両親も──ザルグも。
 平等にくれないに染まり、サラムの前に伏していた。

「──迎えに来たよ、花嫁。ごめんね、本当はもっと早く迎えに来たかったのだけど、生贄が足りなくて。でも、信者の協力でようやく来られたよ。贄が足りなくて不完全なのは許してね?」

 そして、目の前に銀の巨体を持つ狼が降臨する。
 それは美しく。神そのもので。吸い込まれそうな程澄んだ灰色の瞳の獣だった。

 しかし、サラムには悪魔の使いのように見えてしまって。とてつもなく醜い生き物に見えてしまった。
 だって獣の美しさの代償に、サラムの大切なもの達が消費されているのだから。

「どうして……ッ! なんで……ッ!? 返してッ! 返せッ! 僕の『幸せ』を返してよッ!!」
「ふふ。おかしなことを言う花嫁だね? 君の幸せは私だよ? 君は選ばれし『円環の黄昏セレスティアル』だ。唯一私の花嫁にふさわしい存在。さぁ、行こう。人を捨て、天上で神として私と共に生きよう!!」
「ッ!! ふ、巫山戯るなッ!! 僕はお前なんかの所になんか行かないッ!」
「あぁ、可哀想に。人間共に汚染されてしまったんだね? 大丈夫。私が浄化してあげるからね?」

 そう愛おしげに言い、獣はサラムに近寄りその手を引く。サラムは顔を青くし、必死に抵抗をする。しかし、六歳の少女の抵抗など無意味同然で。

「やめ……やめてッ!! 離してッ! やだ、やだやだやだッ!!」
「ふふ、愛いよ。本当に愛らしい……ッ!」
「ひぃ……ッ! たす……たすけて……ッ! パパ、ママ…………ザルグッッッ!!」
「残念。無駄だよ。彼らは既に──」
「──サラムから離れろ下衆がァァァァァァァッ!!! 出でよ魔龍ッ! 急急如律令ッ!!」
「ッ!?!?」

 それは予想外の一撃。
 くれないに伏していたザルグが、札を片手に獣に向かって駆けたのだ。
 その札はザルグが独学で学んでいた古の秘術『陰陽術』の媒介品。彼はその札に術を仕込み、簡易的ではあるが、それを獣に発動させたのだ。

「はぁ……はぁ……ッ! サ、サラムッ! 大丈夫!?」
「ザルグ……ッ! お前生きて……ッ!」
「サラムのご両親が庇ってくれたおかげで致命傷を免れた。今まで気絶しててごめん。俺はお前の従者なのに……!」
「ひぐ……ッ! ザルグゥッ! よがっよがっだッ!」

 そう言い、サラムはザルグに勢いよく抱きつく。それにザルグは耳まで赤くなりながら、何とか意識を失わないように理性を保った。

「童が……ッ! 小癪な真似を……ッ!」
「ッ! く、来るなバケモノッ! サラムには指一本触れさせないッ!!」
「人間如きが彼女を守るだと? ははッ! 笑わせるなッ! ……あぁ、でも。この程度の贄じゃそんなお粗末な陰陽術でも限界か……」

 その言葉の直後、獣の体は光の粒子に包まれ始める。
 そして獣は忌々しげにザルグを睨み、呪詛を吐くが如く低音で言葉を放った。

「今回は引こう……ッ! だが次は必ず『円環の黄昏セレスティアル』を手中に収めてみせる……ッ! 童。お前だけは許さぬ……ッ!! 必ず、必ず奈落を見せてやろうぞ……ッ!」

 その言葉を最後に、獣は完全に姿を消した。

 それからサラムは遠縁のルルメジェンドに引き取られることとなった。
 当然サラムは、ザルグも一緒に引き取ってくれるよう、便宜を図ったのだ。しかし、ザルグはサラムの誘いを断り、彼女の傍を離れた。

 それは、サラムを守るため。今のままでは実力も地位も、全て足りないと感じたからだ。

 彼女のために強くならなくては。彼女を守る盾になるために。

「……わかった。僕、待ってる……ッ! でも、絶対帰ってくるんだぞ……ッ!」
「大丈夫。必ず帰ってくる。だから、サラム。俺の『婚約者』になってくれないか?」
「ッ!! な、ななななにをッ!? ど、どうして突然……ッ!?」
「……お前が獣に連れ去られそうになっている時に思ったんだ。俺はサラムが好きだ。愛してる!! だから、あの獣にも。他の誰にも! サラムを取られたくないッ!」
「ひゃ、ひゃい……ッ!! ぼ、僕でよければ……その……よろしく……お願い……しましゅッ!」

 こうして、ザルグは旅に出た。全てはサラムのために。
 子供同士。しかも使用人と貴族の口約束での婚約など、実際は無効なのだけれど。
 二人にとって、そんな事は関係なく。
 サラムはザルグの帰りを待って、日々鍛錬に明け暮れた。
 愛する婚約者ザルグの為。自分の身は自分で守れるように。


 ──だが、結果はこのザマだ。

 為す術もなく獣に脅え、地に膝をついている。
 これを無様と言わずになんというのだろう。

 怖い、怖い怖い怖い……ッ!

 目の前の美青年悪魔が。笑みを浮かべ、自分を愛おしげに見つめる獣が。
 たまらなく恐ろしいのだ。

 戦うために強くなったはずなのに。
 もうザルグに守られなくてもいいように頑張ったのに。
 どうしてこんなに無力なのだろうか。

「ごめん……なさい……ごめんなさい……ッ! 僕が居なければ皆死なずにすんだのに……ッ」
「安心しなさい。私が許そう。神である私が。君の夫である私が。さぁ、共に行こう花嫁。そなたの力は私に相応しい」
「……て」
「ふふ、なんだい花嫁? その可愛らしい囀りを、私にもっとよく聞かせておくれ」

 それは縋るように。天才と謳われた高潔な彼女が、一人のか弱き少女のように。

「…けて……ッ! 助けてよッ! ザルグーーーーッ!!」

 ただ一人。愛する彼に助けを求めた。
 それは獣にとっては予想外で。けれど忌々しい名でもあった。

「なッ!? 花嫁、貴方は何を────」

「術式展開。岩よ。我が敵を穿ち、砕け散れッ! 来いッ! 岩月がんげつッ! 急急如律令ッ!!」

 銅色に澄んだ陣が弾け飛ぶ。
 それは獣の身体をサラムから引き剥がし、吹き飛ばす。

「──悪い。待たせたな、サラム」

 獣と取って代わるように。そこには漆黒色の髪をゆらし、紅くルビーのように輝く瞳を持つザルグが、サラムに手を伸ばしていた。

「う……あ…………。ザ、ザルグ……ッ! ザルグッ ザルグ、ザルグッ!」
「……悪かった。俺が国に帰省している間にこんなことになってるなんて……ッ!」
「ほんとだよッ! バカザルグッ!! お前は僕のモノだろう!? 僕を……僕を一人にするなんてありえない……ッ!」
「──あぁ。そうだ。俺は、サラムのモノだ。このチカラ陰陽術も……いや、全てのチカラは、お前の為だけに使う。そのためだけに、俺は強くなったんだから」
「ッ!! う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!」

 その手に縋り付くように。サラムは勢いよくザルグに抱きつく。
 その様を吹き飛ばされた獣は忌々しげに見つめる。そして、呪詛を吐くが如く低音で怒声を放った。

「小童がッ!! 我が花嫁に手を出すなど、身の程を知れッ!!」
「はんっ。いまさっき俺にぶっ飛ばされたくせに、随分物忘れの激しいじじいじゃねーか」
「なんだとッ!! 泣き喚き、私に殺されかけた童の分際でッ!」
「──だからだ。もう二度と、サラムが泣かないように。守れるように。俺は死に物狂いでで強くなったんだよ」

 そう言い放ち、ザルグは再び札を手にし、術式を展開する。
 それは子供の頃の付け焼き刃の術ではなく。古に滅びた陰陽術を完璧に再現した真性の術式だった。

「人間如きが……ッ! 真性の陰陽術などと異端を用いてまで足掻くとは……ッ!」
「はッ! ケダモノ如きが俺の嫁に手を出すなんて烏滸がましいんだよッ! 俺はもうあの時とは違うッ! 力を手に入れ、地位を手に入れッ!! サラムの隣で生きる資格を手に入れたんだッ!」
「巫山戯るなッ! 巫山戯るな、巫山戯るなァァァァッ! 冥界よ、我が咆哮に応え、現れよッ! 飲まれ、塵芥と化すがいいッ!! 『真空裂破ウィンドアビス』ッ!!!」

 ザルグの言葉に、獣はその腕を振り上げ、虚空に陣を描く。そして漆黒の風を生成し、ザルグに向けて放った。

「術式展開。焔よ、我に応え、弾け飛べッ! 来いッ! 炎月えんげつッ!! 急急如律令ッ!!」

 ──しかし、それはザルグの陰陽術によって弾かれた。それは龍を模した術式で。
 その焔を纏いし龍は獣に向かいその大口を開く。
 獣は反応する間もなく龍に飲まれ、その場に膝をついた。

「ぐぅ……ッ! ば、馬鹿な……ッ! 何故人間如きにこの私が……ッ!」
「関係ないね。俺はサラムのためなら不可能すら超えてみせる。神だって、殺して見せるさ。だから……──二度と、俺の婚約者サラムに近づくな」
「──ッ! 忌まわしいッ! 口惜しや……ッ! こんな小童に……ッ!」
「もう黙れよ。術式展開。我が声に応え、神を屠れ。来いッ! 真月しんげつッ!! 急急如律令ッ!!」

 刹那。
 獣の真下に、巨大な陣が生成される。それは蒼く、常人には理解出来ない程複雑で。神である獣にすら、理解することは不可能な術式だった。

「なッ……!? 貴様どこまで……ッ!?」
「──全てだよ。お前に対抗できる唯一の術。それが陰陽術だからな。全て叩きこんださ。──さぁ、踊れッ!」

 瞬間。蒼い陣から漆黒が伸び、獣を包み込む。獣は抵抗するが、為す術もなく、奈落へと飲み込まれる。

「ぐ……ッ! この……ッ! 神殺しが……ッ! いずれ必ず後悔するぞ……ッ!」

 その言葉を最期に、獣は奈落へと完全に姿を消した。
 そして周囲は静寂に包まれる。

 ザルグを見下していた学園の人々も、ギレムの教団員すら生き残りはおらず。
 ただ二人、ザルグとサラムだけが、この空間で生き残った。

 そんな中、ザルグはサラムの方に向き直り、満面の笑みを浮かべる。
 そして、優しくサラムを包み込むように抱擁した。

「おまたせ。もう離さない。サラムは、何があっても必ず俺が守る」
「~~ッ! あたっ、当たり前だろ……ッ! 僕はお前の婚約者なんだから……ッ!」

 そう言い、サラムはザルグの背に腕を回し、勢いよく抱きついた。
 そんなサラムを見て、ザルグは優しく彼女の頭を優しく撫でる。


 後に彼らはザルグが築き上げた国で結婚し、幸せになったという。
 副会長は知らなかったようだが、ザルグは遠方の地で国を築き上げ、一国の王となっていたのだ。
 身分を隠し、ただの一介の貴族として学園へ留学していたため、蔑まれたのだが。

 サラムの故郷はギレム教団のせいでほぼ壊滅。
 生き残ったもの達はザルグの国に受け入れられ、居場所を得た。

 実を言うと、ザルグがサラムを迎えに行った時、あの約束を覚えてくれているか、不安だった。
 もうサラムは別の貴族と幸せに暮らしているんじゃないかとすら、思った程だ。
 けれど、その不安は杞憂で。
 留学初日でザルグはサラムにぶん殴られた。
 そして涙ながらに、再会を喜んでくれたのだ。

 『魔神獣シルバーウルフ』を屠った後、奴の言葉通り、数多の刺客がザルグの国へ襲撃してきた。
 それは『円環の黄昏セレスティアル』の力を狙うものは勿論。『魔神獣シルバーウルフ』の信者や、他の神にさえ狙われていた。
 しかし、それら全てをザルグは跳ね除けたのだ。


 他にも二人は後世に語り継がれる程の偉業を成し遂げ、国を繁栄させた。
 そして、世界一最強の夫婦としても語り継がれることになってるのだが。
 当然二人には預かり知らぬことなのだった。
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「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」 平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。 そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。 そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。 「王太子殿下の仰せに従います」 (やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや) 表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。 今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。 マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃 聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。

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