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第2章
2-19 『反転』少女
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郡空が叫び声を上げ、気絶してからすぐのこと。
「あぁぁぁぁッ! くそがッ! あと少しでうまくいきそうだったのに……ッ! 何故、何故邪魔をするッ! 僕はただ、空ちゃんを神にしたかっただけなのにぃッ!」
雪月と桜が気絶した空を見つめている中、戸倉が突然、悲鳴のような叫び声を上げたのだ。どうやら、いつの間にか雪月は戸倉の口を覆っていた影を無くしたようだった。
その叫びを聞いて、とんでもなく身勝手で、汚い叫びだな。と、桜は柄にもなくそう思った。雪月も同じ気持ちなのか、侮蔑の眼差しを戸倉に向けている。
でも、正直意外だな。と、桜は雪月の反応を見て、首を傾げた。こんなイカれたゲームを何度も行っているのなら、戸倉のような人間、見慣れていても不思議ではない。それでも雪月君は、戸倉のような人間は嫌いなのだ。雪月君の本質は、優しい男の子なのかもしれないな。と、桜は考え、微かに口の端を上げた。
「……桜? 何を笑ってるんだ……? まさかお前、刺され過ぎてついに痛さに快感を覚える奴になったのか……?」
「なっ!? そんなわけあるかーい! ってかほんとにそろそろ剣抜いてよ!?」
「あー……まぁいいか」
雪月は桜の訴えに、少し考えるそぶりをする。しかし直ぐに考えをまとめ、桜に突き刺さっていた剣を引き抜いた。……何の前触れもなく。
「いったぁぁぁぁぁぁいッ!? ちょっ! 声くらい掛けよ!? 痛いからっ!」
当然何の前触れもなく剣を抜かれた桜は叫び声を上げ、雪月を涙目で睨み、怒鳴る。しかし、雪月は桜の訴えに首を傾げ、理解不能とばかりに言葉を紡いだ。
「? 声を掛けようと、抜けば痛いだろうし、別にいいだろ」
「いや覚悟くらいさせてよ!? 今から痛みがくるって分かれば我慢できるし!」
そんな雪月を見て桜は、実は彼は天然なのかもしれない。と、また一つ、雪月に対する理解を深めた。
「おいお前らッ! 何談笑なんかしてるんだよッ! 殺してやるッ! 何が管理者だッ! 所詮ただの餓鬼のくせに……ッ!」
桜達が馬鹿な事をしていると、そんな光景に激怒した戸倉が怒鳴り声を上げる。そんな戸倉の言葉に桜は、いやさっき私に同じことしたじゃん……。と、呑気な事を考えていた。
桜がそんな呑気な事を考えていると、雪月は戸倉を見下したように見つめ、低い声で言葉を紡ぎ始めた。
「はっ。そのただの餓鬼に、手も足も出ずに捕らわれている奴が何を言ってんだか。ってか、もうお前の出る幕じゃない。……少し黙ってろ」
雪月は一際低い声でそう戸倉に告げる。するとそれに呼応するように、戸倉を捕らえていた影が、彼を一層強く締めあげた。
「ぐぅッ……!? ぐ……ぞ……ッ!」
影に締め上げられた戸倉は、短く悲鳴を上げた後、ガクリと体をうなだれされ、意識を失った。
戸倉が意識を失ったのを確認した後、雪月は戸倉を縛っていた影を消し、地面へ放り投げた。そして、いまだにもがいているナイトメアの方に向き直る。
「……さて。ナイトメア。お前ももうこの場にいる意味はない。消えろ」
「ンン~~~~ッ!」
雪月の言葉に、ナイトメアは芋虫のようにのたうち回って影から逃れようとする。しかし、雪月はナイトメアの抵抗を無視し、パチンッ、と指を鳴らした。すると、ナイトメアを拘束していた影がナイトメアの全身を包み込み、ドプン、と地面へと溶け込んでいったのだ。
雪月はその一部始終を見届け後、桜の方へ向き直る。その表情は真剣そのもので、桜は思わず身構えた。
「さて、桜。先程言ったように、郡空を救えるかどうかは、お前次第だ。お前は俺に、力を貸してほしい、と願った。だからすべてを俺がすることは出来ない。……後悔はないな?」
低く、しかしどこか優しさを感じさせるような声色で、雪月は桜に問いかける。雪月の問いかけに、桜は満面の笑みを浮かべて返答を返した。
「勿論ッ! 私はヒーローになる女だよ? 大切な友人の一人、救えなくて何がヒーローだい!」
「……そうか。ならいい」
桜の返答に、雪月はどこか安堵したような声色で、短く言葉を返す。
ドヤ顔で返答した桜だったが、すぐに首を傾げ、気絶した戸倉を見やる。
「ねぇ、雪月君」
「? なんだ」
「あのさ、なんで戸倉さんだけ気絶させるだけにしたの? ナイトメアさんは何処かへやったのに……」
「あぁ、なんだ。そんなことか。まぁ一言で言うと『保険』だな。あいつの処遇については俺が決めていい事じゃないと思ったからな」
「……? そ、そうなんだ?」
雪月の分かるようで分からない言葉に、桜は余計に困惑する。そんな桜の反応に、雪月は目を伏せて軽くため息を吐く。
「ふぅ。まっ馬鹿のお前には理解できなくていい。そんなことより郡空の事を考えたらどうだ?」
「ばッ!? ぐぬぅ言い返せない……ッ!」
「……そこは嘘でも言い返せよ……」
「だって実際理解できなかったんだもんーー!! それに、空の事を考えろったって! 何していいのかぜんっぜんわかんないしっ!」
雪月の言葉に、桜は涙目になって小学生の様に叫び声を上げる。
そう、桜は具体的にどうすれば空を助けられるのか、雪月から聞かされていないのだ。今、空が気絶している理由すら、桜は知らない。なので、正直何をすれば空にとって最善なのか、分からない状態だったのだ。
「それは────」
しかし、雪月が桜の質問に答えようと、口を開いた瞬間──。
「ぐああああああああッ! う……ぐ、あぁ……ッ! 痛い、痛い痛い痛い痛いッ! もう、もう嫌だッ! 辛いのも、我慢するのももう嫌だぁッ! 全部、全部消えてしまえばいいんだぁぁぁぁッ!」
突如、気絶していたはずの空が、奇声を上げたのだ。桜が空の方を急いで見やると、彼女は両手で頭を押さえ、蹲っていた。よく見るとその表情は青く、目の焦点も合っていなかった。そんな空の状態を見て、彼女は気絶している間に何かを見たのだろうか。と、頭のよろしくない桜でも簡単に想像がついた。
「そ、空……! 落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから……ッ!」
何とか空を宥めようと、桜は一歩ずつ空へ近づき、声を掛ける。桜の言葉が届いたのか、空は頭を抱えながら、ゆっくり立ち上がった。
「そ、空! 大丈夫!?」
「……さい」
「え? ごめん、なんて────」
「ごめんなさいッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ!」
「えっ!? ちょ、空!?」
しかし、桜が安堵したのも束の間。空は今度は狂ったように、何度も謝り始めたのだ。空の思考が全く分からず、桜はただただ困惑するしかなかった。
「弱くてごめんなさい……ッ! 頑張れなくてごめんなさい……ッ!」
「ちょ、空!? 大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて!? さっきから言ってる事全然分かんないよ!?」
絶望の叫びを上げたかと思えば、桜の顔を見て突然謝り続ける空。そんな空を見て、桜はどうしていいかわからず、曖昧な言葉しか掛けてあげることしかできなかった。
────それがいけなかったのだろうか。
「本当に……ごめんなさ……う、うぐ……ッ! あぐぁ……ッ。ぐ、ぐううううううううああぁぁッ!?」
「ッ!? そ、空……ッ!?」
突如、空が呻き声を上げ、その体を苦痛にくねらせたのだ。
そして空の周囲を濃く、深淵の底の様に黒い霧が覆い、桜の接近を拒んだのだった。見ているだけで悲しくなるような暗い霧を見て、桜は歯噛みする。
桜は、空に何が起こったか全くわからないが、これだけははっきりした。と、拳を力強く握って再び空のいる黒い霧を睨みつけた。
「迷っていちゃ、駄目だったんだね……。私が変に迷ったせいで、空は……」
「────それは違う。郡空はこうならなければいけなかった。お前が何を言おうと、変わらなかった」
突然、桜の後悔の声を否定するように、雪月は力強く言葉を被せたのだ。しかし桜は、雪月の否定を快く受け入れられず、不満げな顔を浮かべた。
「そんなのッ! 私がもっとうまく立ち回っていれば、こんな事には……ッ!」
「桜ッ! いいから聞けッ! お前はこんなところで立ち止まるような人間じゃないだろッ!」
「ッ! ご、ごめん……」
雪月の一喝で、ようやく我に返った桜は、深く深呼吸をし、心を落ち着かせた。
確かに、今は過去を後悔している場合ではない。そう思い直し、雪月へ視線を向ける。
桜が落ち着いたのを確認した雪月は、少しだけ呆れたような表情をした後、早口で語り始めた。
「郡空は絶望を重ね、心が弱り、『原動力』を受け入れる精神が、壊れかけている状態だ。そうすると原動力が暴走し、暫く暴れると、存在ごと消滅する。……俺たちはそれを『反転』と呼んでいる」
「ふぉ、ふぉーす? すぴりっと? りべりおん? えっと……? つ、つまり空は今とんでもない危機状態ってこと……ッ!?」
「そういうことだ。だから早くなんとか────」
ドォンッ
雪月が言葉を続けようとした瞬間、突如として、轟音が周囲に鳴り響く。桜達が驚いて音の方を向くと、そこは空が居る方向だった。
「ッ!? な、何!?」
「っち、反転が始まるぞ。態勢を整えろッ!」
ヒュゴォォォォッ
雪月の叫びと同時に、凄まじい黒霧の突風が吹き荒れ、桜の視界を奪う。そして再び桜が目を開けると────。
「あはっ。あははははッ! あぁ、さいっこうの気分。今なら何でも出来そう……ッ! 私を苦しめた世界なんていらない。壊して……壊して壊して壊して壊し尽くしてッ! 消し去ってやろうじゃんッ!」
そこには、まるで深淵に飲まれそうなほどの漆黒色のローブを被り、海の底の様に昏く鋭い大鎌を携えた、郡空だったものがいた。
臆病で、だけど時に大胆で、思いやりのある彼女の面影は一切なく。その瞳には、この世を全て憎む憎悪が満ちていた。そんな変わり果てた空を見て、桜は唇を噛んだ。
「さぁ、始めようッ! この身尽きるまでッ! 暴虐という名の『復讐』をッ!」
空がそう高らかに宣言し、大鎌を宙へ掲げると、それに呼応するように、一面が黒い霧で覆われ、世界を暗黒へと染め上げた。
「あぁぁぁぁッ! くそがッ! あと少しでうまくいきそうだったのに……ッ! 何故、何故邪魔をするッ! 僕はただ、空ちゃんを神にしたかっただけなのにぃッ!」
雪月と桜が気絶した空を見つめている中、戸倉が突然、悲鳴のような叫び声を上げたのだ。どうやら、いつの間にか雪月は戸倉の口を覆っていた影を無くしたようだった。
その叫びを聞いて、とんでもなく身勝手で、汚い叫びだな。と、桜は柄にもなくそう思った。雪月も同じ気持ちなのか、侮蔑の眼差しを戸倉に向けている。
でも、正直意外だな。と、桜は雪月の反応を見て、首を傾げた。こんなイカれたゲームを何度も行っているのなら、戸倉のような人間、見慣れていても不思議ではない。それでも雪月君は、戸倉のような人間は嫌いなのだ。雪月君の本質は、優しい男の子なのかもしれないな。と、桜は考え、微かに口の端を上げた。
「……桜? 何を笑ってるんだ……? まさかお前、刺され過ぎてついに痛さに快感を覚える奴になったのか……?」
「なっ!? そんなわけあるかーい! ってかほんとにそろそろ剣抜いてよ!?」
「あー……まぁいいか」
雪月は桜の訴えに、少し考えるそぶりをする。しかし直ぐに考えをまとめ、桜に突き刺さっていた剣を引き抜いた。……何の前触れもなく。
「いったぁぁぁぁぁぁいッ!? ちょっ! 声くらい掛けよ!? 痛いからっ!」
当然何の前触れもなく剣を抜かれた桜は叫び声を上げ、雪月を涙目で睨み、怒鳴る。しかし、雪月は桜の訴えに首を傾げ、理解不能とばかりに言葉を紡いだ。
「? 声を掛けようと、抜けば痛いだろうし、別にいいだろ」
「いや覚悟くらいさせてよ!? 今から痛みがくるって分かれば我慢できるし!」
そんな雪月を見て桜は、実は彼は天然なのかもしれない。と、また一つ、雪月に対する理解を深めた。
「おいお前らッ! 何談笑なんかしてるんだよッ! 殺してやるッ! 何が管理者だッ! 所詮ただの餓鬼のくせに……ッ!」
桜達が馬鹿な事をしていると、そんな光景に激怒した戸倉が怒鳴り声を上げる。そんな戸倉の言葉に桜は、いやさっき私に同じことしたじゃん……。と、呑気な事を考えていた。
桜がそんな呑気な事を考えていると、雪月は戸倉を見下したように見つめ、低い声で言葉を紡ぎ始めた。
「はっ。そのただの餓鬼に、手も足も出ずに捕らわれている奴が何を言ってんだか。ってか、もうお前の出る幕じゃない。……少し黙ってろ」
雪月は一際低い声でそう戸倉に告げる。するとそれに呼応するように、戸倉を捕らえていた影が、彼を一層強く締めあげた。
「ぐぅッ……!? ぐ……ぞ……ッ!」
影に締め上げられた戸倉は、短く悲鳴を上げた後、ガクリと体をうなだれされ、意識を失った。
戸倉が意識を失ったのを確認した後、雪月は戸倉を縛っていた影を消し、地面へ放り投げた。そして、いまだにもがいているナイトメアの方に向き直る。
「……さて。ナイトメア。お前ももうこの場にいる意味はない。消えろ」
「ンン~~~~ッ!」
雪月の言葉に、ナイトメアは芋虫のようにのたうち回って影から逃れようとする。しかし、雪月はナイトメアの抵抗を無視し、パチンッ、と指を鳴らした。すると、ナイトメアを拘束していた影がナイトメアの全身を包み込み、ドプン、と地面へと溶け込んでいったのだ。
雪月はその一部始終を見届け後、桜の方へ向き直る。その表情は真剣そのもので、桜は思わず身構えた。
「さて、桜。先程言ったように、郡空を救えるかどうかは、お前次第だ。お前は俺に、力を貸してほしい、と願った。だからすべてを俺がすることは出来ない。……後悔はないな?」
低く、しかしどこか優しさを感じさせるような声色で、雪月は桜に問いかける。雪月の問いかけに、桜は満面の笑みを浮かべて返答を返した。
「勿論ッ! 私はヒーローになる女だよ? 大切な友人の一人、救えなくて何がヒーローだい!」
「……そうか。ならいい」
桜の返答に、雪月はどこか安堵したような声色で、短く言葉を返す。
ドヤ顔で返答した桜だったが、すぐに首を傾げ、気絶した戸倉を見やる。
「ねぇ、雪月君」
「? なんだ」
「あのさ、なんで戸倉さんだけ気絶させるだけにしたの? ナイトメアさんは何処かへやったのに……」
「あぁ、なんだ。そんなことか。まぁ一言で言うと『保険』だな。あいつの処遇については俺が決めていい事じゃないと思ったからな」
「……? そ、そうなんだ?」
雪月の分かるようで分からない言葉に、桜は余計に困惑する。そんな桜の反応に、雪月は目を伏せて軽くため息を吐く。
「ふぅ。まっ馬鹿のお前には理解できなくていい。そんなことより郡空の事を考えたらどうだ?」
「ばッ!? ぐぬぅ言い返せない……ッ!」
「……そこは嘘でも言い返せよ……」
「だって実際理解できなかったんだもんーー!! それに、空の事を考えろったって! 何していいのかぜんっぜんわかんないしっ!」
雪月の言葉に、桜は涙目になって小学生の様に叫び声を上げる。
そう、桜は具体的にどうすれば空を助けられるのか、雪月から聞かされていないのだ。今、空が気絶している理由すら、桜は知らない。なので、正直何をすれば空にとって最善なのか、分からない状態だったのだ。
「それは────」
しかし、雪月が桜の質問に答えようと、口を開いた瞬間──。
「ぐああああああああッ! う……ぐ、あぁ……ッ! 痛い、痛い痛い痛い痛いッ! もう、もう嫌だッ! 辛いのも、我慢するのももう嫌だぁッ! 全部、全部消えてしまえばいいんだぁぁぁぁッ!」
突如、気絶していたはずの空が、奇声を上げたのだ。桜が空の方を急いで見やると、彼女は両手で頭を押さえ、蹲っていた。よく見るとその表情は青く、目の焦点も合っていなかった。そんな空の状態を見て、彼女は気絶している間に何かを見たのだろうか。と、頭のよろしくない桜でも簡単に想像がついた。
「そ、空……! 落ち着いて。大丈夫、大丈夫だから……ッ!」
何とか空を宥めようと、桜は一歩ずつ空へ近づき、声を掛ける。桜の言葉が届いたのか、空は頭を抱えながら、ゆっくり立ち上がった。
「そ、空! 大丈夫!?」
「……さい」
「え? ごめん、なんて────」
「ごめんなさいッ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……ッ!」
「えっ!? ちょ、空!?」
しかし、桜が安堵したのも束の間。空は今度は狂ったように、何度も謝り始めたのだ。空の思考が全く分からず、桜はただただ困惑するしかなかった。
「弱くてごめんなさい……ッ! 頑張れなくてごめんなさい……ッ!」
「ちょ、空!? 大丈夫! 大丈夫だから落ち着いて!? さっきから言ってる事全然分かんないよ!?」
絶望の叫びを上げたかと思えば、桜の顔を見て突然謝り続ける空。そんな空を見て、桜はどうしていいかわからず、曖昧な言葉しか掛けてあげることしかできなかった。
────それがいけなかったのだろうか。
「本当に……ごめんなさ……う、うぐ……ッ! あぐぁ……ッ。ぐ、ぐううううううううああぁぁッ!?」
「ッ!? そ、空……ッ!?」
突如、空が呻き声を上げ、その体を苦痛にくねらせたのだ。
そして空の周囲を濃く、深淵の底の様に黒い霧が覆い、桜の接近を拒んだのだった。見ているだけで悲しくなるような暗い霧を見て、桜は歯噛みする。
桜は、空に何が起こったか全くわからないが、これだけははっきりした。と、拳を力強く握って再び空のいる黒い霧を睨みつけた。
「迷っていちゃ、駄目だったんだね……。私が変に迷ったせいで、空は……」
「────それは違う。郡空はこうならなければいけなかった。お前が何を言おうと、変わらなかった」
突然、桜の後悔の声を否定するように、雪月は力強く言葉を被せたのだ。しかし桜は、雪月の否定を快く受け入れられず、不満げな顔を浮かべた。
「そんなのッ! 私がもっとうまく立ち回っていれば、こんな事には……ッ!」
「桜ッ! いいから聞けッ! お前はこんなところで立ち止まるような人間じゃないだろッ!」
「ッ! ご、ごめん……」
雪月の一喝で、ようやく我に返った桜は、深く深呼吸をし、心を落ち着かせた。
確かに、今は過去を後悔している場合ではない。そう思い直し、雪月へ視線を向ける。
桜が落ち着いたのを確認した雪月は、少しだけ呆れたような表情をした後、早口で語り始めた。
「郡空は絶望を重ね、心が弱り、『原動力』を受け入れる精神が、壊れかけている状態だ。そうすると原動力が暴走し、暫く暴れると、存在ごと消滅する。……俺たちはそれを『反転』と呼んでいる」
「ふぉ、ふぉーす? すぴりっと? りべりおん? えっと……? つ、つまり空は今とんでもない危機状態ってこと……ッ!?」
「そういうことだ。だから早くなんとか────」
ドォンッ
雪月が言葉を続けようとした瞬間、突如として、轟音が周囲に鳴り響く。桜達が驚いて音の方を向くと、そこは空が居る方向だった。
「ッ!? な、何!?」
「っち、反転が始まるぞ。態勢を整えろッ!」
ヒュゴォォォォッ
雪月の叫びと同時に、凄まじい黒霧の突風が吹き荒れ、桜の視界を奪う。そして再び桜が目を開けると────。
「あはっ。あははははッ! あぁ、さいっこうの気分。今なら何でも出来そう……ッ! 私を苦しめた世界なんていらない。壊して……壊して壊して壊して壊し尽くしてッ! 消し去ってやろうじゃんッ!」
そこには、まるで深淵に飲まれそうなほどの漆黒色のローブを被り、海の底の様に昏く鋭い大鎌を携えた、郡空だったものがいた。
臆病で、だけど時に大胆で、思いやりのある彼女の面影は一切なく。その瞳には、この世を全て憎む憎悪が満ちていた。そんな変わり果てた空を見て、桜は唇を噛んだ。
「さぁ、始めようッ! この身尽きるまでッ! 暴虐という名の『復讐』をッ!」
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