イクリプスサーガ

紫眞

文字の大きさ
上 下
32 / 43
第2章

2-15 深淵より現れた白銀

しおりを挟む
 ガシャンッ ガシャンッ

 甲冑の人物の足音は、無音になった空間によく響いた。薄暗く、闇に溶けそうな路地に映える白銀の甲冑を全身に身に纏い、甲冑の人物は深き深淵より現れる。
 そして甲冑の人物は、甲冑の色とは正反対の、漆黒の負のオーラを放ち、歩みを進めた。
 まるで物語の魔王の様な気迫に、三人は圧倒されてしまい言葉を失う。三人は甲冑の人物の動向を、ただ黙って見つめていることしかできなかったのだ。
 そして、甲冑の人物は驚く三人を無視し、一直線に桜の切れて飛んでいった右足へ向かい、拾い上げた。そして、桜に向かって無造作に足を投げつけたのだ。

「ッ!? おわっ!? え、私の右足!?」

 突然の出来事に、桜は更に目を丸くし、驚きの声を上げる。しかし、なんとかその足を受け止める事が出来た。
 甲冑の人物は、桜が足を受け止めたのを確認すると、空の方へ向いて、パチンッ、と指を鳴らす。すると、空に纏わりついていた重力がなくなり、苦痛から解放された。
 ようやく自由になった空は、悔しさで顔を歪め、甲冑の人物を睨みながら、立ち上がる。

「く……ッ! この……ッ! 新手……ッ!?」

 しかし、甲冑の人物は質問に答える事なく、ただ空を無言で見つめるのみだった。
 そして、今まで空と桜の戦いを傍観していたナイトメアは、口を大きく開け、驚いたように声を上げる。

「うっそでしょ……。まさか覚醒したての空ちゃんの身に起こるなんて……」

 しかし、空と桜は甲冑の人物に釘付けになっていたので、ナイトメアの声が二人に届くことはなかった。
 そんな三人の反応を甲冑の人物は無視し、無言で右手を掲げる。すると、その上空が裂け、楕円形の暗闇が出現し始めた。そして、音もなく暗闇から紫電の光を放つ、漆黒の槍が現れたのだ。漆黒の槍は、ゆっくりと甲冑の人物の右手に落ちてきて、その手に収まる。漆黒の槍はなんとも禍々しいオーラを放っており、空は本能的に、身震いした。
 同じ漆黒の武器でも、空の大鎌の漆黒は『海』を思わせるような無限に広がる青の漆黒色。対して甲冑の人物の槍の漆黒は、さしずめ『無』を連想させるような、全てを消し去る恐ろしさを持った紫電の漆黒だった。
 空は自身の武器との差に気付き、自分では決して敵わない、と本能的に悟った。しかし、それでも後に引くという選択肢はなく、きつく大鎌を握り直す。
 だが桜は、甲冑の人物の能力を見て、なんとなく雪月の影を操っている能力と似ているなぁ。と、まるで緊張感のないことを考えていた。
 突然現れた手強そうな新手に、空は歯噛みしながらも、体制を立て直す。そして、甲冑の人物へ大きく大鎌を振り、先制攻撃を仕掛けた。

「誰だろうと、邪魔する奴は容赦しないッ! そこをどけぇぇぇぇッ!」

 空は自身の恐怖心を消すように、わざと大声を出して、甲冑の人物へ突進した。しかし、甲冑の人物はそれをいとも容易く槍で受止め、さらに強い力で弾き返したのだ。空は寸でのところでバランスを保ち、少し後退して甲冑の人物を睨む。

「っち。この程度じゃ、やっぱだめか。なら、数打てば当たる作戦ッ! 喰らえッ! 『判決の刻ジャッジメント・フューリー』ッ!」

 そう言い、空は鎌をぐっと握り直すと、再び空間を切り裂く。すると、闇よりも暗い底から、それよりも深い、闇色の刃が、無数に生成された。 

「これが私の全力攻撃ッ! 躱せるものなら、やってみろッ!」 

 空が一振り、大鎌を振りぬく。するとそれらが一斉に、まるで生きているかのように甲冑の人物へと襲い掛かる。だが────。

「────ッ!? う、嘘……ッ!?」

 空の渾身の攻撃を、甲冑の人物は槍を一振りしただけで、全て消し飛ばしてしまったのだ。
 そのあまりの圧倒的な力の差に、空は愕然とした。
 桜はその光景を見て、思わず二人の間に割って入ろうと、残った左足だけで、全速力で駆け寄る。まぁ、片足だけなので、、というより、して近寄った。

「空ッ! だいじょう────ッ!?」

 ドンッ

 ────しかし、それが叶うことは無かった。桜が空と甲冑の人物の元へ行こうとすると、まるで見えない壁でもあるかのように、弾かれたのだ。何度試しても結果は変わらず、桜は歯噛みする。結局、桜は先程通り二人の戦いを遠目に見ることしかできなかった。
 とにかく自分にもできることはないかと、桜は頭をフル回転させ、打開策を模索する。

 まず、二人の戦いをよく観察しよう。後は……そうだ。さっき投げられた右足。もしかしたら頑張ればくっつくかもしれないし……

 と、桜は馬鹿……というよりも突拍子もなさすぎることを混ぜながら思考した。そして何故か右足を元の位置に押し付けながら、二人の戦いを観察することにした。……傍目から見れば普通にサイコパス的行動であることは、彼女の思考では思い至らなかったのだ。

 桜は二人をじっくり観察し、その戦いぶりを目に焼き付けた。しかし、最初から見ている通り、甲冑の人物が空を圧倒しているくらいしか、桜にわかることはなかった。
 空は何とか一撃を与えようと、何回も何回も刃を振るう。しかし、相変わらず甲冑の人物は軽やかな動きで槍を扱い、空の攻撃を受け流していた。
 というか、何故甲冑の人物は受け身のみなのだろうか? 槍を出しておいて攻撃しないなんて……。まるで、空の動きを『観察』しているようだな。と、桜は自身の右足をくっつけてみながら、そう考えていた。

 それにしても空。大人しそうな性格のわりに、やる時はやるんだなぁ。私と同じ脳筋タイプの異能スキルみたいだし。
 
 そう、桜は緊迫した状態であるにもかかわらず、かなり呑気な考えをし始めた。

 ────その時。唐突に桜の右足に変化が訪れた。

 暇つぶしに行っていた、意味のないはずだった行為。という行為が実を結んだのか。なんと桜の切れた右足が、ゆっくりと桜へと同化していったのだ。
 くっつけばいいなー、とは思っていたが、まさか本当にくっつくとは思わず、桜は驚愕する。そして、いつの間にか腹の傷も無くなりかけていることに、桜は今更ながら気づいた。
 あまりの唐突な出来事に、桜は今まで考えていた思考を全て放棄するほど、困惑する。
 しかし、桜の驚きを他所に、空と甲冑の人物はなおも戦闘を続けていた。

「……んのッ! なんなのさッ! 攻撃する気もないくせに、私の前に立ちはだかるなぁぁぁぁッ!」

 空の大声に、桜は我に返り二人の方を再び見やる。すると、そこには疲労がピークに達し、息を切らせて苦しそうにする空の姿があった。その姿から、空が劣勢なのは火を見るより明らかであり、そろそろ決着が着いてしまう……っ! と、桜は思う。
 空は何度も大鎌を振り続けて攻撃しているが、甲冑の人物にはまるで効いていない。そのせいで、一方的な攻撃をしている空は、徐々に疲弊していく。その度に何故か彼女の力は跳ね上がっているように見えたが、それでも甲冑の人物には遠く及ばない。
 正直、甲冑の人物が本気を出せば、空を一撃で倒すことだってできるだろうに。なのに、どうしてこんなに時間をかけるのだろう? ……まるで、私が回復する時間を稼いでいるような……。と、桜は突拍子もないことを考えた。まぁ、単に桜が、そうであればいいな。と、軽い気持ちで考えていただけなのだが。
 しかし実際、先程も甲冑の人物は桜の右足を投げて来たが、それ以降こちらを視界に写すことはなかった。桜の存在は認識しているはずなのに。なので、自分の為に、なんてうぬぼれてもいいではないか。と、桜は誰に言い訳するでもなく、そう考えていた。
 桜がそんなことを考えていると、唐突に事態は動く。今まで防戦一方だった甲冑の人物が、唐突に槍を横に大きく振り、空を壁へ叩きつけたのだ。

「──なッ!? ぐあぁッ!」

 為す術もなく吹き飛ばされた空は、苦痛に顔を歪め、叫ぶ。そして恐らく、体のどこかの骨が折れたのだろうか、空は息を荒くし、立ち上がる気配はなかった。

「ッ!? 空ッ!」

 そんな空の衰弱ぶりに、桜は彼女へ駆け寄ろうと走る。しかし、やはり目に見えない障害のせいで、空に近づくことは出来なかった。その事実に再び桜は歯噛みし、甲冑の人物を睨む。

 この人が私にとって味方だろうが、敵だろうが、空を傷つけたことに変わりはない。そんな思いで、強く、敵意をもって甲冑の人物を睨んだのだ。
 甲冑の人物は、空が倒れたのを見届け、桜の敵意の視線に気づいてか、桜に視線を向ける。その視線に、今度は自分の番か! と、桜は思わず身構える。
 しかし、甲冑の人物は桜を一瞬見つめると、くるりと踵を返したのだ。そして、目の前の空間を槍で水平に裂く。すると、現れたときと同じような楕円形の闇が出来上がり、その深淵へと足を踏み入れ、姿を消して行った。
 予想外の事態に困惑し、硬直していた桜だったが、空の呻き声を聞き、彼女に視線を移す。空はこんなにもダメージを負っているというのに、まだ意識があるようで、立ち上がろうとしていたのだ。そんな空を見て、桜は再び急いで彼女に駆け寄ろうと、復活した両足で駆ける。どうやら、今度は特に何の障害もなく空に近づけるようだった。

 ────そして、空に後数歩で近づける、と桜が思った次の瞬間。

 ドスリッ

 突然、桜の背後から一本の日本刀がひとりでに飛び出し、桜の腹を突き刺したのだ。

「────ぇ……?」

 桜が刺された、と気づいた瞬間、今度は膝裏に、強い蹴りを喰らう。そのせいで桜はバランスを崩し、前のめりに地面へ倒れ、思い切り顔面を殴打した。

「ッ! いったいなぁッ! 誰ッ!?」

 あまりの一方的な攻撃に怒り、桜が立ち上がって反撃しようと、足に力を入れる。しかし、桜が立ち上がろうとした瞬間、何故か日本刀の重力が急激に増したのだ。そして、日本刀はそのままアスファルトを突き抜け、地面へと突き刺さった。そのせいで桜は地面に縫い付けられ、身動きが取れなくなってしまったのだ。

「ぐぅッ! くっそ……ッ! ほんとにいい加減に……。────ッ!? な、なんでッ!?」

 桜は苦痛に顔を歪めながら、首だけを背後へ向ける。すると、そこには意外な人物がいたのだ。



 ────そこには、死んだと言われていた戸倉柊夜が、無表情で桜を見下ろしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...