イクリプスサーガ

紫眞

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第1章

1-13 幕間 ある男の一生

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 俺は小さい頃から『病気』だった。

 別に、体が弱いとかそういう訳じゃねェ。寧ろ、俺はどちらかというと頑丈な方だった。病気っつーよりも、病原菌って言った方が正しいのかもな。少なくとも、周りは俺の事をそう呼んだ。
 俺がガキの頃、お袋が癌で死んだ。翌年には、親父もお袋の後を追うように癌で死んだ。じいちゃんやばあちゃんに引き取られた俺だったが、二年後、二人は病気で死んだ。病名は知らねぇ。そんなだから、俺の周りのやつは、俺のことを病原菌だって罵った。
 当然、俺に引き取り手が現れるはずもなく、仕方なく施設に預けられた。施設の大人も、俺を気味悪がって録に近寄ってすら来なかったが。
 そんな中、俺の事を庇ってくれる女がいた。最初は変なやつって思ってたけど、笑った顔が可愛かったし、次第に俺は絆されていった。だが、そんなこと長くは続かない。施設で俺の事をいじめていた主犯格が、白血病になって死んだ。この事件から、俺の事を庇ってくれたやつもみんな離れていった。勿論、あの女も。

 …………信じていたのに。畜生ッ! 許さねェ。絶対、仕返ししてやるッ!

 俺はそう心に決め、学校で暴力事件を起こした。俺の事を馬鹿にしたやつ、見限ったやつを全員ミンチにしてやるって思って。だけど結局サツがきて、俺は少年院にぶち込まれた。

 大人になってもこんな経歴だからか、まともな職もなく、工事現場を転々とする日々。つまらねぇ日々が続いた。

 ────だけど、こんな俺にも転機がおとずれた。

 神様っつーやつの使いが『力』が欲しいかって聞いてきた。んなもん欲しいに決まってんだろって答えたら、本当にくれやがった! うさんくせぇと思ってたけどツイてるぜ!  なんでも、力はそいつの本質とか、願いとかで決まるってんだけど。
 俺の力は『病原を操る能力ディジーズ・フォグ』っつーなんとも皮肉な異能スキルだ。ガキの頃俺を苦しめた原因の力でも、なんでもいい。俺は、世界をひっくり返したかった。俺を裏切り、馬鹿にしたやつらを全員見返してやるぜェッ!
 俺に力を与えた奴──使徒ヴォイドは、俺にゲームについて色々勝手に語っていった。異能スキルは何故か力をもらった時に勝手に理解できたが、その他は無知だったので、まぁ正直助かったが。

 説明を聞き終えた俺は、早速他の参加者ピューパ達を殺しに向かった。だが、何回か戦ったことでわかったことがある。それは俺の異能スキルは、同時に一人にしか罹らない、というデメリットがあるということだ。そのせいで、俺は二人がかりで襲われた時に、ヘマをして殺されかけた。しかしそんな時、奇特にも俺を助ける男がいた。
 男は二十代前半くらいで、いかにも優男といった風貌だ。正直、俺は気に入らねぇ面してるとは思ったが。
 男は俺に手を差し伸べ、馬鹿みたいに甘ちゃんな言葉をかけてきやがった。俺には理解できなかったが、こいつは俺を殺すつもりは無いらしい。

 ────チャンスだと思った。これは神のくれた、俺へのボーナスだと。

 俺はなるべく弱い奴の振りをして、男の情報を聞き出した。男が大学生であること。能力は『透明化(インビジブル)』で、武器は小回りのきくナイフだということ。その他、色々聞いたが、正直興味もなく覚えてねぇ。
 とにかく、男はかなりのお人好しだということがわかった。俺は最後に、今一人なのかを尋ねた。すると、男はなんの疑いもなしに笑顔でそうだと答えたのだ。
 それを聞いた瞬間、俺は異能スキルを発動させた。男はすぐに苦しみだし、地面に転がる。俺の異能スキルの欠点はもう一つある。それは病気じゃすぐには死なねぇし、人によっては死なない。なので俺はすぐさま男が落としたナイフを拾い、武器を手に入れる。そして、男が透明化する前に、心臓を何度も刺した。異能者同士の殺しとは思えないほどの普通の殺人現場に、思わず俺は内心嘲笑う。男はお人好しではあったが、かなりの手練で、訓練を受けた軍人のようなやつだった。俺を襲ったやつに容赦なくナイフを突き立てる男のギャップに、悪寒さえしたほどだ。
 だから殺す。躊躇いなく。俺の邪魔は誰にもさせねェ!

 ようやく男の息が止まり、俺は安堵のため息を吐いた。ったく異能者ってーのは無駄に頑丈だな……。
 相性が良かったのか、奴の透明化の能力を手に入れた。そっからは楽勝だ。透明になって相手が油断してるとこをナイフでぶっ刺すもよし、病気で殺すもよし。最ッ高にイージーだったぜェ! まぁ、異能スキル自体そんなに手に入らなかったが、それでも俺は強くなったァ! 俺は、絶対神になる男だと信じて疑わなかったのに……。

 ────なのに、なのになのにィッ!

 あのガキィ! 最初は弱っちィやつだと思って遊んでやったのにィ! 死なないなんて反則だろッ! クソがッ! ふざけんなッ!

 俺は命からがら、あのガキから逃げた。あのガキが話し込んでる隙に。まったく、どいつもこいつも、詰めが甘ェ! あのガキより先に神の用意した『ジョーカー』を殺さねェと。痛みに悲鳴をあげている体を引きずり、俺は路地へ入った。

「わぁお。いい感じに弱ってる『仇』みぃーつけた」
「あん……?」

 突然声がし、俺は咄嗟に下へ向けていた視線を上へ上げる。そこには暗くてよくみえねぇが、確かにが存在した。

「あいつ、お人好しすぎだとは思ってたけど。最後はこんな屑に殺されるなんて……ウケる」
「テメェなにを…………ガッ……!?」

 心底楽しそうに語る人物に俺はイラつき、食いつこうとする。

 ────しかし、そこで俺の視界は暗転した。俺は、死んだのだ。もう手遅れだと気づいたときには、既に体は完全に自由を失っていた。
 
 クソッ……! クソクソクソクソクソガァッ!

 なぜ俺がこんな所で無様に退場しなきャなんねェーんだよォッ! 馬鹿なヤツから死んでいくのにィ! 俺は特別な存在なのにィッ!

 なんであのクソガキは馬鹿のくせにしなねェーんだよ……ッ! あのガキのせいで俺は……ッ!

 なァーにがヒーローだよォ。お前には絶対無理だァ。頭のイカレたクソガキがァ……ッ!

 地獄で待ってるぜェ。お前の自信に満ちた顔が、絶望で染まるのを期待してなァッ!



 ────そこで『毒嶋遼真』の一生は終わった。あっけなく、誰に救われることもなく、彼は死んだ。歪んだ彼は、道化のまま舞台の上で糸を切られ、役目を終えた。
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