イクリプスサーガ

紫眞

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第1章

1-12 ヒーローへの第一歩目

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 その思考に至った時に、桜はふと、あることに気がついた。それと同時に、今まで考えていた難しい思考が、全て吹き飛んだ。

「…………んだ」
「ん? なんだ? はっきり言え。聞こえぬでは無いか」

 覚束無い声で、桜は何かを呟いた。しかし神は聞き取ることは出来ず、桜に数歩近づく。しかし、神は言葉とは裏腹に、その声色はかなり楽しんでいた。
 神は、桜が絶望するのか、怒り狂って自身に歯向かってくるのか、はたまた両方なのか。どちらにしろ、桜がどんな反応を見せるのか、楽しみで仕方ないのだ。今の桜の反応からするに、絶望し、気力を失ってしまったのだろうか? だとしたら少しつまらないな。と神が身勝手なことを考えながら、桜に少しずつ近づく。すると俯きがちだった桜が徐に視線を上げた。

「……った! よかったッ! 翼生きてたんだッ! よかったぁ」

 そして、桜は大粒の涙を零しながら、安堵の叫びをあげる。涙はとめどなく溢れ、その度に、桜は何度も涙を拭っていた。
 そんな桜の反応があまりにも予想外だったのか、神は歩みを止め、しばらく桜のその様を目を丸くして眺めていた。
 しかし、涙で視界が定まらない桜はそのことに気が付かず、なおも言葉を続ける。

「へへ、翼が生きてるのなら話は早い! 絶対見つけだして、ぶん殴ってでも連れ戻すッ!」

 桜はそう宣言し、再度涙を拭い、神の方へ視線を向ける。その顔には笑顔が浮かんでおり、本心から安堵しているのだと見てとれた。

「それで翼はどこにいるの?」

 そして桜は再び意識を神へ向け、意気揚々と問いかける。神はそんな桜の姿があまりにも面白かったのか、手を叩いて笑いだした。

「ハッ……! ハハハハハッ! お前、相当頭がイカレているな! 大事なヤツが大勢から命を狙われていると知って、何故安堵できる?」

 神のその言葉に、桜は子供の様に頬を膨らませた。頭が悪いとは言われ慣れているが、イカレているなんて、生まれて初めて言われたからだ。頭がイカレているのは、毒嶋や神などといった人種のことを指すのだと、桜は思っている。なので、そんなヤツらと一緒にされるのは、かなり抵抗があったのだ。

「ぜんっぜんイカレてないよ! 確かに、大勢の人から命を狙われてるってのは分かったよ。でも、私の知ってる翼はそこそこ頭いいし、大丈夫でしょ。……それにさ、翼は貴方の『最高傑作』なんでしょ?」

 桜は、確かに翼の心配をしていたが、何も過保護すぎる訳では無いのだ。特別な力があって、それが神のお墨付きならどうにかなるだろう。なにせ翼は頭もいいし、器用なので無駄死にするやつではない。少なくとも、桜の知る東雲翼とはそういう男だった。……因みに、桜がそこそこ頭がいいと翼を称したのは、単なる意地だ。実を言うと、翼は学年でトップクラスの頭の良さを誇る天才児だ。しかし、対抗心の強い桜は、それをなかなか認めたくなかった。
 桜のまさか過ぎる返しに、神はこれまでにない高笑いをし、手を叩く。

「ハッ……! ハッハハハハハーッ! お前は! 力だけでなく、考え方も異質なのか!面白い! 本来なら、お前にこのゲームに参加する資格は無いが、特例だ。お前にチャンスをやろう!」
「え、チャンス? なんの?」

 高笑いを決め、一人勝手に話を進める神に、桜は困惑した。別に、桜はこのイカれたゲームに参加したい訳では無い。ただ翼を助けようと決めただけなのだが……。もし、神の言うチャンスが、ゲームに参加できるチャンスなら絶対断ろう。そう決めていた桜に、神は意外な提案をしてきた。

「お前に東雲翼を救うチャンスをやろう。私を楽しませろ。このゲームをお前なりに盛り上げてくれ! もし私を満足させることができたなら、東雲翼を救う手段をくれてやろう。うむ、そうだな……。この体の使徒ヴォイドを監視兼便利道具として残してやる。ありがたく使え」

 神はそう一方的に告げ、パチン、と、指を鳴らす。すると、使徒ヴォイドの体がガクリ、と膝をついて前へ倒れ込んだ。
 桜はそんな使徒ヴォイドに咄嗟に近寄り、倒れ伏しそうな彼の体を支えた。

「え、ちょっと大丈夫!?」
「う……ぐ……俺……は……」
「ちょ、動かない方がいいよ!?」

 桜が心配そうに声を掛けるのを聞き流し、使徒ヴォイドは軽く呻いた後、ゆっくりと立ち上がった。そして自身の頭を軽く抑え、しばらく思案するように沈黙し、俯く。
 桜は心配しつつも、そんな使徒ヴォイドの様子を、じっと見守っていた。
 しばらくして、使徒ヴォイドは下げていた視線を桜へ移す。そして勢いよく体を九十度に曲げ、頭を下げたのだ。

「すまなかったッ!」

 使徒ヴォイドの謝罪の叫びは、人通りのない、閑静な道路でよく響き渡った。
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