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第1章
1-4 仮面の少年との邂逅
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『秘密基地』とは言っても、所詮は小学生のたまり場だ。ただ単に、使われなくなった廃工場を、秘密基地と呼んでいるだけのことだった。自分たちで囲いを作ったとか、テントを張ったとか、罠をしかけて大人にバレないようにしたとかをしたわけではない。寧ろそういった事などは、大人に感づかれるのでしていなかった。秘密基地の存在が大人にバレなかったのは、桜と玲一以外のメンバーが、優等生だったからだろう。まさか優等生の三人が、立ち入り禁止の廃工場に入り浸っているなど、大人は欠片も想像していなかったのだ。
翔と翼、長門は確かに優等生だが、羽目を外す時は外すし、なにより子供心ながらに、大人に内緒の『自分たちだけの居場所』に、憧れていたのだ。だが便利性を求め、廃工場に家具などを持ち込もうものなら、大人に怪しまれる。なので、お菓子などを持寄ることはあれ、廃工場の中に私物を置くことは、誰もしなかった。
では、何故桜は、翼の痕跡が残っていると思ったか。それは、確かに私物の持ち込みなどはしなかったが、唯一『柱』に身長を記録する線を残していたからだ。勿論、大人がみても桜達を特定できないよう、アルファベットの頭文字を取り、線の横に書いていた。小学生の桜には、英語などほぼ分からなかったが、他のメンバーの男たちは皆勉強が出来た。なので、桜は自身の頭文字の『S』だけは教えられ、書けるようになっていた。他のメンバーも、それぞれアルファベットを残している。なので、もし翼の痕跡が残っているなら、『T』と横に書かれた線があるはずだ。あの頃はまだ、桜の方が翼や翔より、少し身長が高かった。そんな桜に、翼と翔はなんとかに追いつこうと、何度も身長を競っていたなぁ。と、桜は感傷に浸っていた。
そんなふうに桜が考え事をしていると、目的の廃工場が見えてきた。最初に、昔から意味を成していない、朽ち掛けたチェーンの囲いが、桜の目に留まる。次に、中心に置いてある看板が見え、そこには『立ち入り禁止』と、擦り切れた字で書かれていた。勿論、ここで立ち止まるほど、桜は優等生では無い。桜は看板を無視し、チェーンを軽く跨ぎ、廃工場へと侵入した。
中へはいると、辺り一面埃まみれで、桜は思わず咳いてしまう。以前は桜たちの出入りがあり、そこまで埃まみれではなかったのだが……。
そんな事を考え、桜はなんだか物寂しい気持ちになった。しかし、こんなところで感傷に浸っている場合ではない。と、桜は自身の頬を軽く叩き、活をいれる。そして線を書いた柱の方へと、歩みを進めた。
柱の方へ行くと、確かにアルファベットは残っていた。しかし、長年の老朽化で、文字が多少見えにくくなっていたのだ。桜はなんとか全員アルファベットを解読し、Tの字を探す。
───しかし、そこに『T』の字はなかった。
何度も何度も桜は解読し直し、Tの字を探した。しかし何度見ても、四人分のアルファベットしか存在しないし、その中にTの字はなかったのだ。
心のどこかで、やはり、という気持ちはあった。しかしこれで、桜が思いつく翼へと手がかりが消えたのだ。桜は悔しさで、自然と涙が零れてきてしまった。
何故、何故。どうして、翼が消えなければならないのか。分からない。分かりたくもない。そんな、どうしようもない怒りが桜の中で込み上げてきて、指の爪が皮膚に食い込むほどの勢いで拳を握りしめる。
しかし、こんな状況になっても、桜は諦めなかった。こぼれた涙を力強く拭い、桜は前を向く。
こうなれば、翼を世界中探し回って見つけよう。などと、突拍子のないことを考えながら。
「待て」
無機質で、まるで人間味を感じさせない声が、廃工場に響く。桜が声のする方を向けば、いつの間に居たのか、廃工場の奥に人影が見えた。白い、西洋の甲冑のようなものを頭部のみに身につけた人物が、そこに佇んでいたのだ。まるで、日曜の朝に出てくるヒーローが身に着けているものだな。と、桜は思う。実際は、日曜の朝に出てくるヒーローが身に着けているのは仮面なのだが。知識の浅い桜には甲冑も仮面も同じに見えたのだ。
なので桜は、声の質と、自身とそう変わらない背丈から、仮面の男を少年と判断する。そして密かに彼を『仮面の少年』と名付けた。
桜は仮面の少年を見つめ、いつの間に入ってきたんだろう。と、珍しく至極真っ当なことを考えていた。桜がそんな事を考えている間に、仮面の少年は一歩、桜へと近づいてきており、再び口を開く。
「何故、絶望しない? 何故、諦めないんだ」
そう、最初に発したのと同じような無機質な声で、仮面の少年は語りかけてきた。
当然、桜はなんの事を言われているのか、検討もつかない質問だ。なので、その質問には答えようがなかった。しかし仮面の少年は、さも通じて当たり前、と言った感じで、次の言葉を紡ぐ様子がない。仕方なく、桜は自分から質問することにした。
「えっと、ごめん。君は誰? そして絶望とか諦めるとか……どゆこと?」
「…………東雲翼。どこを探しても、誰に聞いても、痕跡ひとつ見つけられないで、何故まだ希望が持てる?」
桜の問いに、仮面の少年は一拍置いた後、なんと今桜が一番聞きたい人物の名を口にしたのだ。それに桜は、動揺を隠す素振りもなく目を見開く。仮面の少年の言葉は、桜の今までの行動を見ていたとしか取れないものだった。しかし、驚いている桜がそんな事を気付くことはなく、勢いのまま仮面の少年を問い詰めた。
「どうして君がその名前を……!? いやそれより、翼を知ってるの!? 翼は今、どこにいるの!?」
「…………俺の質問に答えろ」
桜の力強い質問をまるで無視し、仮面の少年は先程の無機質な声で、質問を催促する。
確かに、先に質問したのは仮面の少年だ。それなのに答えもせずに質問するのは失礼だろう。そう考え、桜は逸る気持ちを抑えるべく、深く深呼吸をし、仮面の少年の質問に答えた。
「……絶望、なんてしないよ。私はヒーローになるんだから。ヒーローは、諦めないんだよ」
桜はなるべく落ち着いた声色で答え、仮面の少年を見やる。仮面の少年は桜の答えにまるで理解できないと言わんばかりに声を震わせ、
「……は? ひーろー……? ヒーロー? そんな、不確定な目標で、成り立っているのか?」
と言い、動揺したような態度を示す。その声色は、先程までの無機質な声に、少しだけ人間味が帯び始めたようだった。しかし、それは桜にとっては些細なことだ。仮面の少年の変わりように桜は構わず、今度は自分の番だと言わんばかりに、彼を問い詰めた。
「さぁ、君の質問には答えたよ! 次は君が翼について教えてよ!」
「…………東雲翼は、もはやお前の手の届く所に、存在しない。……諦めて、東雲翼を忘れろ」
かなり間を置いた後、仮面の少年は残酷な真実を、桜に突き付けた。そんな仮面の少年の声には、もはや完全に感情が乗っており、かなり人間味を帯びている。言葉自体は、かなりきつい印象を与えるものだった。しかし、言葉の端々ににじみ出る優しさが見え隠れしていたのだ。
だが、やはり桜はそんな事を気にかける様子はない。というよりも、怒りが先行して、それ以外何も考えられない。と言った方が正しいのだが。
「忘れろ、なんて簡単に言ってくれるね……ッ! 私にとって、翼は大切な友達なんだ! 忘れろ、の一言で忘れられる存在なんかじゃないッ!」
怒りに任せて、桜は仮面の少年にそう啖呵を切る。しかし、仮面の少年はその叫びに動じることなく、言葉を発する。
「そうか。しかし、これを見ても、まだそんなことが言えるか?」
仮面の少年が再び感情を殺し、そう言い放った、次の瞬間。夕日で照らされ伸びていた仮面の少年の影が、地面からボコリ、ボコリ、と浮き上がってくる。そして、影は少年の形を崩し、不定形のナニカとなった。まるで生きているかのように、影はゆらゆらと蠢き、桜を威圧する。
そんな現実離れした現象に、桜は唖然としてしまう。しかしそんな桜を無視し、仮面の少年は影に、
「行け」
と、単調な命令を下す。すると仮面の少年に纏わりついていた影が、一斉に桜の方へと向かっていった。唖然としていた桜だったが、これには流石にまずい、と脳が警鐘を鳴らし、回避を試みる。しかし、影は桜の判断よりも早く、桜に纏わりつき、桜の体を締め上げた。
「ぐぁ……ッ! う……ぐぅッ!」
全身を締めあげられ、桜は苦しみに呻く。そんな桜を見て、仮面の少年は完全に無機質な声色に戻し、言葉を紡いだ。
「これが、お前が選ぼうとしている道だ」
その言葉の後、仮面の少年はゆっくりと、桜へと近づいてきた。
翔と翼、長門は確かに優等生だが、羽目を外す時は外すし、なにより子供心ながらに、大人に内緒の『自分たちだけの居場所』に、憧れていたのだ。だが便利性を求め、廃工場に家具などを持ち込もうものなら、大人に怪しまれる。なので、お菓子などを持寄ることはあれ、廃工場の中に私物を置くことは、誰もしなかった。
では、何故桜は、翼の痕跡が残っていると思ったか。それは、確かに私物の持ち込みなどはしなかったが、唯一『柱』に身長を記録する線を残していたからだ。勿論、大人がみても桜達を特定できないよう、アルファベットの頭文字を取り、線の横に書いていた。小学生の桜には、英語などほぼ分からなかったが、他のメンバーの男たちは皆勉強が出来た。なので、桜は自身の頭文字の『S』だけは教えられ、書けるようになっていた。他のメンバーも、それぞれアルファベットを残している。なので、もし翼の痕跡が残っているなら、『T』と横に書かれた線があるはずだ。あの頃はまだ、桜の方が翼や翔より、少し身長が高かった。そんな桜に、翼と翔はなんとかに追いつこうと、何度も身長を競っていたなぁ。と、桜は感傷に浸っていた。
そんなふうに桜が考え事をしていると、目的の廃工場が見えてきた。最初に、昔から意味を成していない、朽ち掛けたチェーンの囲いが、桜の目に留まる。次に、中心に置いてある看板が見え、そこには『立ち入り禁止』と、擦り切れた字で書かれていた。勿論、ここで立ち止まるほど、桜は優等生では無い。桜は看板を無視し、チェーンを軽く跨ぎ、廃工場へと侵入した。
中へはいると、辺り一面埃まみれで、桜は思わず咳いてしまう。以前は桜たちの出入りがあり、そこまで埃まみれではなかったのだが……。
そんな事を考え、桜はなんだか物寂しい気持ちになった。しかし、こんなところで感傷に浸っている場合ではない。と、桜は自身の頬を軽く叩き、活をいれる。そして線を書いた柱の方へと、歩みを進めた。
柱の方へ行くと、確かにアルファベットは残っていた。しかし、長年の老朽化で、文字が多少見えにくくなっていたのだ。桜はなんとか全員アルファベットを解読し、Tの字を探す。
───しかし、そこに『T』の字はなかった。
何度も何度も桜は解読し直し、Tの字を探した。しかし何度見ても、四人分のアルファベットしか存在しないし、その中にTの字はなかったのだ。
心のどこかで、やはり、という気持ちはあった。しかしこれで、桜が思いつく翼へと手がかりが消えたのだ。桜は悔しさで、自然と涙が零れてきてしまった。
何故、何故。どうして、翼が消えなければならないのか。分からない。分かりたくもない。そんな、どうしようもない怒りが桜の中で込み上げてきて、指の爪が皮膚に食い込むほどの勢いで拳を握りしめる。
しかし、こんな状況になっても、桜は諦めなかった。こぼれた涙を力強く拭い、桜は前を向く。
こうなれば、翼を世界中探し回って見つけよう。などと、突拍子のないことを考えながら。
「待て」
無機質で、まるで人間味を感じさせない声が、廃工場に響く。桜が声のする方を向けば、いつの間に居たのか、廃工場の奥に人影が見えた。白い、西洋の甲冑のようなものを頭部のみに身につけた人物が、そこに佇んでいたのだ。まるで、日曜の朝に出てくるヒーローが身に着けているものだな。と、桜は思う。実際は、日曜の朝に出てくるヒーローが身に着けているのは仮面なのだが。知識の浅い桜には甲冑も仮面も同じに見えたのだ。
なので桜は、声の質と、自身とそう変わらない背丈から、仮面の男を少年と判断する。そして密かに彼を『仮面の少年』と名付けた。
桜は仮面の少年を見つめ、いつの間に入ってきたんだろう。と、珍しく至極真っ当なことを考えていた。桜がそんな事を考えている間に、仮面の少年は一歩、桜へと近づいてきており、再び口を開く。
「何故、絶望しない? 何故、諦めないんだ」
そう、最初に発したのと同じような無機質な声で、仮面の少年は語りかけてきた。
当然、桜はなんの事を言われているのか、検討もつかない質問だ。なので、その質問には答えようがなかった。しかし仮面の少年は、さも通じて当たり前、と言った感じで、次の言葉を紡ぐ様子がない。仕方なく、桜は自分から質問することにした。
「えっと、ごめん。君は誰? そして絶望とか諦めるとか……どゆこと?」
「…………東雲翼。どこを探しても、誰に聞いても、痕跡ひとつ見つけられないで、何故まだ希望が持てる?」
桜の問いに、仮面の少年は一拍置いた後、なんと今桜が一番聞きたい人物の名を口にしたのだ。それに桜は、動揺を隠す素振りもなく目を見開く。仮面の少年の言葉は、桜の今までの行動を見ていたとしか取れないものだった。しかし、驚いている桜がそんな事を気付くことはなく、勢いのまま仮面の少年を問い詰めた。
「どうして君がその名前を……!? いやそれより、翼を知ってるの!? 翼は今、どこにいるの!?」
「…………俺の質問に答えろ」
桜の力強い質問をまるで無視し、仮面の少年は先程の無機質な声で、質問を催促する。
確かに、先に質問したのは仮面の少年だ。それなのに答えもせずに質問するのは失礼だろう。そう考え、桜は逸る気持ちを抑えるべく、深く深呼吸をし、仮面の少年の質問に答えた。
「……絶望、なんてしないよ。私はヒーローになるんだから。ヒーローは、諦めないんだよ」
桜はなるべく落ち着いた声色で答え、仮面の少年を見やる。仮面の少年は桜の答えにまるで理解できないと言わんばかりに声を震わせ、
「……は? ひーろー……? ヒーロー? そんな、不確定な目標で、成り立っているのか?」
と言い、動揺したような態度を示す。その声色は、先程までの無機質な声に、少しだけ人間味が帯び始めたようだった。しかし、それは桜にとっては些細なことだ。仮面の少年の変わりように桜は構わず、今度は自分の番だと言わんばかりに、彼を問い詰めた。
「さぁ、君の質問には答えたよ! 次は君が翼について教えてよ!」
「…………東雲翼は、もはやお前の手の届く所に、存在しない。……諦めて、東雲翼を忘れろ」
かなり間を置いた後、仮面の少年は残酷な真実を、桜に突き付けた。そんな仮面の少年の声には、もはや完全に感情が乗っており、かなり人間味を帯びている。言葉自体は、かなりきつい印象を与えるものだった。しかし、言葉の端々ににじみ出る優しさが見え隠れしていたのだ。
だが、やはり桜はそんな事を気にかける様子はない。というよりも、怒りが先行して、それ以外何も考えられない。と言った方が正しいのだが。
「忘れろ、なんて簡単に言ってくれるね……ッ! 私にとって、翼は大切な友達なんだ! 忘れろ、の一言で忘れられる存在なんかじゃないッ!」
怒りに任せて、桜は仮面の少年にそう啖呵を切る。しかし、仮面の少年はその叫びに動じることなく、言葉を発する。
「そうか。しかし、これを見ても、まだそんなことが言えるか?」
仮面の少年が再び感情を殺し、そう言い放った、次の瞬間。夕日で照らされ伸びていた仮面の少年の影が、地面からボコリ、ボコリ、と浮き上がってくる。そして、影は少年の形を崩し、不定形のナニカとなった。まるで生きているかのように、影はゆらゆらと蠢き、桜を威圧する。
そんな現実離れした現象に、桜は唖然としてしまう。しかしそんな桜を無視し、仮面の少年は影に、
「行け」
と、単調な命令を下す。すると仮面の少年に纏わりついていた影が、一斉に桜の方へと向かっていった。唖然としていた桜だったが、これには流石にまずい、と脳が警鐘を鳴らし、回避を試みる。しかし、影は桜の判断よりも早く、桜に纏わりつき、桜の体を締め上げた。
「ぐぁ……ッ! う……ぐぅッ!」
全身を締めあげられ、桜は苦しみに呻く。そんな桜を見て、仮面の少年は完全に無機質な声色に戻し、言葉を紡いだ。
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