悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照

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3章 暗躍

3-3 遭遇

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 王都の夏は爽やかだ。暑すぎず、風が心地よい。
 そんなある日の昼下がり。
 男装したシャルロッテは、のんびりと街を歩いていた。伊達メガネもかけており、変装は完璧だ。とはいえ先日ウィリアムに看破されたことを考えると油断はできない。
 魔獣との戦いから2週間は経ち、傷もすっかり癒えた。そろそろ次の「肝心な時」に向けて準備しておこう、などと思いながら、たどり着いた店の扉を開ける。
 チリン、とドアにかかったベルが鳴った。その音は、がらんとした店内にむなしく響く。客はおろか、店員も店主もいない。
 男性用の装飾具の店だ。商品は全て鍵のかかったガラスケースに入っており、持ち出せないようになっている。だからなのか、休業中でも店の扉の鍵は開けてある。下見はご自由にどうぞ、という訳だ。
(ここで狙撃されるのよね……)
 狭い店内の窓際に立つ。
 3週間後、学祭でつける装飾具を買うために、クラウスとアルベルトは2人でこの店を訪れるのだ。クラウスの護衛は店の外で待機することになる。

 ゲームのシナリオはこうだ。
 アルベルトは窓を背に、装飾具を手に取って吟味している。クラウスはその横で、不意に窓へ目を向ける。
 そして、見てしまうのだ。真っ直ぐアルベルトへ向けて飛んでくる銃弾を。
 クラウスは咄嗟にアルベルトを押し倒すが、2人とも助かるには弾が速すぎた。
 その身に弾を受けたクラウスは、アルベルトに一言遺して息絶える。

 窓から外を見ると、大して高い建物は見当たらなかった。遠くに見える教会を除いては。
(……いやいや、あんな遠くからは無理でしょう。近くの建物の2階とか、屋根の上とかから……)
 そう思ってよく見渡すが、狙撃に使えそうな建物は見当たらない。目立つような場所からでは、護衛に気付かれる。
(やっぱり、教会からなの?)
 とりあえず行ってみようと思い店を出た。
 因みに、狙撃手の名前は分かっている。ゲームの第一王子ルート及び第二王子ルートでは、エンディング後の外伝で、生き残った方の王子が狙撃手を調べ上げ見つけ出して殺すという仇討ちが描かれていたのだ。
(名前だけ分かったところで、ね。……それはそうと、どう進めば教会にたどり着けるのかしら?)
 王都の道は街はずれに行くほど複雑で、あちこちが行き止まりになっている。教会があるのはまさに街はずれだ。
(あの辺は治安も悪いのよね……)
 考えていても仕方がない。とりあえず進んでみるしかなかった。
 そうすること数十分。
 教会のてっぺんを見上げながら歩いていると、うっかり人に肩をぶつけてしまった。
「……」
 気付かなかったことにして、ぶつかった人に目もくれず、そそくさと歩く。
(絡まれるかしら? マズいわ。絡まれませんように!)
 そう思っていると。
「おい待て」
 案の定、呼び止められた。
(あーもう! 私の間抜け!)
 ピタリと足を止め、嘆息する。ここは穏便に済ませたい。騒ぎを起こして目立てばその分、シャルロッテがここにいると知られてしまうリスクが上がるからだ。生死不明の行方不明を貫くにあたって、それは大変マズい。
(お金を払えば見逃してもらえるかしら? ……ん?)
 肩なり胸倉なり掴んでくるかと思ったが、近付いてくる気配が無い。
(そういえば、さっきの声、聞き覚えが……)
 訝しんでいると、再び声をかけられた。
「……こっちを向け」
 静かで緊張を帯びた声だった。その雰囲気がいつもと全然違うから、すぐには分からなかった。だがこれは、アルベルトの声だ。
(うそ、何で⁉)
 何でも何も、この男はしょっちゅうこの辺りを護衛もつけずにうろついている。王子のくせに。
 だからこそ、騒ぎを起こさないよう気を付けようと思っていたのに……まさか、本人と出くわすとは。
(……バレないわよね?)
 渋々アルベルトに向き直る。そして、頭を下げた。
「すまない。見逃してくれると助かる」
 声を低くして言うと、アルベルトがずかずかと近付いてきた。
 そして。
 次の瞬間には抱きしめられていた。
「……⁉ ⁉」
 訳が分からない。大混乱だ。
 アルベルトはささやく。
「良かった……本当に生きてたんだな、シャルロッテ」
(速攻でバレてる⁉)
 固まっていると、アルベルトは身を離して一歩下がった。
「っと、ごめんごめん。正体バレたら駄目なんだよな? 何て呼べば良い?」
「……シャッテ」
「そうか、シャッテ。どこ行くつもりだったんだ?」
「……それより、何で分かった?」
「歩き方で多分そうだと思って、正面から見て確信した」
「そっか、歩き方か……気にしたこと無かった」
 渋面を浮かべていると、アルベルトは笑う。
「時間あるなら、ちょっと一緒に来てくれよ。教会に用があるんだ」
「行く」
 即答した。アルベルトと一緒に行動するのは気が引けるが、教会への道案内は是非とも欲しい。
 複雑な道を2人で歩く。アルベルトにとっては庭なので、全く迷わない。
「半年ぶりだな、一緒にこの辺歩くのは」
 アルベルトは普通に話しかけてくるが、シャルロッテは気が気ではなかった。こんなことをしていて、シナリオが狂ったりしないだろうか。少しでも喋らない方がシナリオを保てるのではないだろうか。そんなことを頭でぐるぐる考えていたが、ふと思い立つ。
(ゲームに描写されてない部分だし……大丈夫よね?)
 大丈夫ということにしておこう。どこか投げやりな気持ちでシャルロッテはそう思った。
「最初に来た時は、チンピラに絡まれたっけ」
 呟くと、アルベルトは笑って頷く。
「そうそう。あのチンピラ、俺に敵わないと見るやお前を襲おうとして返り討ちにあってたよな。痛快だったぜ」

 ◇

 シャルロッテが初めてアルベルトと一緒に街に出たのは、去年のこの季節だった。エルデ公爵邸に軟禁状態だったのを見かねて、クラウスと共謀して連れ出してくれたのだ。
 そして、治安の悪い街はずれを散歩して、チンピラに絡まれた。アルベルトは慣れたもので次々チンピラを倒していったが、シャルロッテはぼんやりと突っ立っていた。
 国教の教義では、男が女を守るべきだと定められている。女が近接武器を持つことを禁じられているのもそのせいだ。だからシャルロッテは大人しくしていた。
 しかし——チンピラが棒で殴りかかってきた。シャルロッテは咄嗟にその棒を奪い取り、振るって殴り倒してしまった。グレンツでやっていたように。
「……あ」
 やってしまった、と後悔していると、残りのチンピラが一斉に攻撃してきた。それら全てを反射的に返り討ちにし、シャルロッテは溜息を吐く。
「貴方が守るべき場面だったわよね?」
「だってお前、グレンツでは負けなしだったって言ってただろ。ってことは、俺より余程つえーってことだ」
 その言葉に、シャルロッテは呆れたような顔をする。確かに言ったし実際そうだが、これはそういう問題では無い。
「教義に反することしちゃったじゃない」
「別に良いだろ。ここにいるのは不良とチンピラだけだ。教義なんて守る奴らじゃねーし、お前も本当は教義なんてクソくらえって思ってるだろ?」
「……それはそうね」
 一応納得したシャルロッテは、ふと首を傾げる。
「護衛、つけないの?」
 アルベルトは下級騎士を一瞬で倒すほど強いが、上級騎士と勝負すれば何度やっても負ける程度には弱い。もしシャルロッテと勝負しても全敗するだろう。何より、彼は王子だ。護衛をつけないのは不自然に思えた。
 その疑問に対し、アルベルトはどこか神妙な声音で答える。
「俺は王家の面汚しだ。護衛なんてつけたら、後ろから刺されかねない」
「え……」
 シャルロッテは目を見張った。しかしアルベルトは、冗談だとばかりに軽い笑みを浮かべる。
「なんてな。単に護衛をつけてもらえねーだけだ。俺がこういう場所で勝手なことして死ぬ方が理想的だからな、王家に尽くす貴族連中にとっては。手を汚さずに済むし、責を問われることもねーから」
「うわードロドロしてるー」
 顔をしかめて棒読みで言うシャルロッテに、アルベルトは苦笑した。
「まあそういう訳で、お前が強くて良かったぜ。俺は守る自信ねーし護衛も無しだけど、お前ならここでも大丈夫だろ」
「何でわざわざ、こんな治安の悪いところに……」
「ここならあんまり騎士の目が届かねーから、連れ出したことをバレずに済む」

 ◇

「ねえアルベルト」
「ん?」
「教会行くのにぼくを誘ったのって、まさか、護衛代わり?」
「いや、そこまでは思ってなかった。様子見だけのつもりだったし。……けど……お前が一緒なら解決できるかもな」
 言いながら、アルベルトは視線をシャルロッテの腰に向けた。
 男装ついでに、堂々と帯剣している。その剣を見て、アルベルトは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「護衛してくれ、シャッテ」
「キミでも護衛が必要なくらいヤバい案件に、一人で首突っ込もうとしてたの?」
 シャルロッテが呆れたように尋ねると、アルベルトは目を逸らした。
「仕方ねーだろ。知り合いがピンチなんだから。……多分」
「多分?」
「前に話した、精霊使いの力を貸してくれた知り合い……ルーインっていうんだが、そいつから裏のルートで手紙を受け取ったんだ。もう教会には来るなって。わざわざそんな手紙を寄越してくるなんて、何かヤバいことになってるとしか思えなくてな」
 話している間に教会に着いた。正面から入らず、裏側に回る。
「だからこうして来た訳だ」
「……どうやって入るの?」
 裏口の扉には鍵がかかっている。シャルロッテが、まさか、と先日のウィリアムを思い出していると、アルベルトはズボンから針のようなものを取り出して鍵穴に突っ込んだ。
「こうやって……よし、開いた」
 慣れた手つきでピッキングを済ませ、音も立てずに入っていく。
(やっぱりピッキング! どうしてそう、当たり前のようにピッキング出来るのよ……)
 シャルロッテは嘆息しながらついて行った。


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