第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

文字の大きさ
上 下
37 / 37

第12章 コンピュータールームの攻防、所長室の攻防(2)

しおりを挟む
 ここ数ヶ月、星野と門倉が実施している内偵調査を、有森たちAI研究開発センター室の誰もが知っていた。
 その内偵調査で、幾つかの事実が判明した。
 人工悪意を持たされた人工知能のバックアップはない。
 数時間から1日の単位で量子コンピューター間を移動している。
 人工悪意が稼働している時、量子コンピューター間を移動しないのと、他のAIに命令するため通信量が増大する。
 有森センター長の余裕は、この事実に起因している。
 しかし有森は知らなかった。
 門倉が人工悪意搭載の量子コンピューターがどれかを予測し、最終的に各機器の小型ディスプレイの実行状況で判別したのを。
 光ファイバーケーブルを切断するための高枝切鋏を持ち、門倉がコンピュータールームに潜んでいたのを。
 そして、人口悪意搭載量子コンピューターが、門倉によって無力化されたのを。
 所長室で星野と有森は対峙している。
 片や余裕で、片や途方に暮れていた。
 途方に暮れていたのは、ダミーの呼び出し理由を話し終えた星野であった。
 余裕をかましている有森は、呼び出しへの終了を宣言する。
「星野所長。もう良いですかね? 私にはAIの革新、AIのシンギュラリティーを実現し、見届ける義務がある。部屋に戻って研究をしたいのだよ」
 有森はミスをした。戻ると告げるだけで良かったのに、余計なセリフを入れたが為に、星野に議論をふっかけられる。
「AIの革新は分かるが、シンギュラリティーはあり得ない。一般人は夢物語を語っているで済むが、我々のように研究に携わっている者が話す内容じゃない。シンギュラリティーが存在しないというのは、技術者なら常識で、研究者なら当たり前の事実だ。AI研究開発センターのセンター長が適当なことを言うのは控えてほしい。若い研究者をミスリードするのは、上に立つ者として如何なものか?」
 有森が本気でシンギュラリティーを信じているかどうかは分からない。しかし、すくなくともAIでシンギュラリティーが起こるとして研究費を使っている。建前として掲げている理論かもしれないが、自分の提唱している理論を否定されて、議論をしない研究者はいない。
 何より有森のプライドの高さが、否定的な意見を論破せずにはいられない。
「今までにシンギュラリティーがなかったからといって、シンギュラリティーが未来永劫あり得ないわけではない。AIはシンギュラリティーを実現する。いいかね。今までは、過去の技術や研究を土台として新しい技術や研究を成果としてあげてきた。それはそのとおりだが、AIは技術の連続性を破壊する成果を産み出す。技術的特異点を作り出せるAIを、我々は研究しているのだよ」
「いやいや、AIが技術的特異点を作り出せるとは思えない。それは有森センター長の願望でしょう」
「AI研究室はシンギュラリティーを研究の中心に掲げ、国が研究費を提供している。国がシンギュラリティーを認めているのだよ」
「国はAIの研究を認めているだけで、シンギュラリティーの存在を認めているわけじゃない」
「あるとの蓋然性が高いからだ」
「いやいや、研究費の大部分はAIに関するもので、シンギュラリティーじゃない。あったら儲け物ぐらいだな。そもそも有森センター長が申請した研究費の明細の中で、シンギュラリティーは最後の項目。それほど力が入っているようには感じられないなー」
「審議官の心労を慮っての措置だよ。シンギュラリティーを見てみたいと思っていても、研究成果が上がっていないと、後から予算執行に関してケチをつける奴等がいるからな。監査の連中なんか存在しなければいいのだがな」
「取り締まる奴がいないと、好き勝手に研究費を使う奴らばっかだからなー」
「有象無象の意味のない研究を潰し、AIのように有益な研究に・・・」
 議論の途中、執務机のディスプレイの3面すべてから、緊急の呼び出し音が鳴った。
 星野は応接セットのソファーから立ち上がり、ゆったりした動作で執務机に向かう。そして椅子に腰を下ろすと骨伝導イヤホンをし、通話を開始した。
「星野だ」
『警備室の佐伯です。門倉さんがコンピュータールームに凶器を持って侵入していて、量子コンピューターの操作しています。本人は証拠保全のためにLOG保管用メディアを要望しています。装備を整えて制圧してもよろしいでしょうか?』
「うんうん、全く宜しくないね」
 星野は結論を声でマイクに返し、コミュニケーションツールのチャットウィンドウに理由を入力した。
 応接セットのソファーに座っている有森に、コンピュータールームの現状を知られたくないからだ。
《証拠保全用のメディアを用意して門倉に渡すように。申請する際、承認者は施設課の野本課長にすればいい。話は通しておく》
『よろしいのでしょうか?』
「もちろんだとも!」
《AIの暴走を阻止するため、コンピュータールームに高枝切鋏を持ち込み通信ケーブルを切断したんだ。暴走しているAIの特定のため、秘密裏に事を運んだ。今の最優先は、AIが自発的に証拠を消去する前に保全すること! 門倉の指示に全面的に従うように!!》
『声を出せない事情でも? 何かありましたか?』
《この部屋でラスボスと対峙しているんだ》
『ラスボス?』
《人為的にAIを暴走させた張本人だな。それと警備員を最低2人、K装備で所長室に寄こしてくれ》
 K装備とは、防刃ベストを着用し拘束具セットを警備員が所持する状態。
 カドくんが証拠保全用のメディアを要求してきた。つまり、ボス攻略の必須クエストをクリアできたということ。
 これから、ボス攻略戦に突入する。
 完全勝利の条件は、拘束していない状態での自白。そう、強要でなく任意での自白だ。
 難しいそうだな・・・。
 こういうのは、得意なヤツら・・・具体的にはカドくんとかカドくんに任せよう。所長の役割は・・・、そうそう、懲戒処分だったり、懲戒処分だったりだな。
『対象人数は何名でしょうか?』
「1人だな。大至急で!」
《それと、ここの監視、録画を開始だ》
 西東京の地下ダンジョン内では、物体の移動速度が時速8キロを超えると罠が発動し、その物体を閉じ込める仕様になっている。しかし警備員が緊急対応する際、警備用の即応AIが警備員のみを除外する。
 大至急なら、5分とかからず警備員が到着するだろう。
『了解しました。大至急手配いたします』
 佐伯に指示し後すぐに、チャットで野本に連絡をとり、門倉に渡すための証拠保全用のメディアを用意するように入力した。
 今回は”やだ”とは言われず、すぐに了承を得られたが、絶対に理由を語るようにと念を押された。

「ありがとう。そこからボクの足下に投げてくれ。それと近づかないようにね」
 コンピュータールームに戻ってきた佐伯から、証拠保全用のメディアを持ってきたと伝えられた門倉は、緊張感の欠けた声で、危機意識の高いセリフを投げた。
「星野所長から門倉さんからの指示に従うように、と言付かっています」
「それなら、土佐か小林を連れてきてくれ」
「身の安全を図るためか?」
 大杉班長が疑い深く尋ねた。
 門倉も気を許したわけではないので、視線をディスプレイに向けたまま、そっけなく応じる。
「ん? 手伝いが欲しいからだが。君達じゃ素直に言うこと聞いてくれないよね?」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...