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第12章 コンピュータールームの攻防、所長室の攻防(2)
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ここ数ヶ月、星野と門倉が実施している内偵調査を、有森たちAI研究開発センター室の誰もが知っていた。
その内偵調査で、幾つかの事実が判明した。
人工悪意を持たされた人工知能のバックアップはない。
数時間から1日の単位で量子コンピューター間を移動している。
人工悪意が稼働している時、量子コンピューター間を移動しないのと、他のAIに命令するため通信量が増大する。
有森センター長の余裕は、この事実に起因している。
しかし有森は知らなかった。
門倉が人工悪意搭載の量子コンピューターがどれかを予測し、最終的に各機器の小型ディスプレイの実行状況で判別したのを。
光ファイバーケーブルを切断するための高枝切鋏を持ち、門倉がコンピュータールームに潜んでいたのを。
そして、人口悪意搭載量子コンピューターが、門倉によって無力化されたのを。
所長室で星野と有森は対峙している。
片や余裕で、片や途方に暮れていた。
途方に暮れていたのは、ダミーの呼び出し理由を話し終えた星野であった。
余裕をかましている有森は、呼び出しへの終了を宣言する。
「星野所長。もう良いですかね? 私にはAIの革新、AIのシンギュラリティーを実現し、見届ける義務がある。部屋に戻って研究をしたいのだよ」
有森はミスをした。戻ると告げるだけで良かったのに、余計なセリフを入れたが為に、星野に議論をふっかけられる。
「AIの革新は分かるが、シンギュラリティーはあり得ない。一般人は夢物語を語っているで済むが、我々のように研究に携わっている者が話す内容じゃない。シンギュラリティーが存在しないというのは、技術者なら常識で、研究者なら当たり前の事実だ。AI研究開発センターのセンター長が適当なことを言うのは控えてほしい。若い研究者をミスリードするのは、上に立つ者として如何なものか?」
有森が本気でシンギュラリティーを信じているかどうかは分からない。しかし、すくなくともAIでシンギュラリティーが起こるとして研究費を使っている。建前として掲げている理論かもしれないが、自分の提唱している理論を否定されて、議論をしない研究者はいない。
何より有森のプライドの高さが、否定的な意見を論破せずにはいられない。
「今までにシンギュラリティーがなかったからといって、シンギュラリティーが未来永劫あり得ないわけではない。AIはシンギュラリティーを実現する。いいかね。今までは、過去の技術や研究を土台として新しい技術や研究を成果としてあげてきた。それはそのとおりだが、AIは技術の連続性を破壊する成果を産み出す。技術的特異点を作り出せるAIを、我々は研究しているのだよ」
「いやいや、AIが技術的特異点を作り出せるとは思えない。それは有森センター長の願望でしょう」
「AI研究室はシンギュラリティーを研究の中心に掲げ、国が研究費を提供している。国がシンギュラリティーを認めているのだよ」
「国はAIの研究を認めているだけで、シンギュラリティーの存在を認めているわけじゃない」
「あるとの蓋然性が高いからだ」
「いやいや、研究費の大部分はAIに関するもので、シンギュラリティーじゃない。あったら儲け物ぐらいだな。そもそも有森センター長が申請した研究費の明細の中で、シンギュラリティーは最後の項目。それほど力が入っているようには感じられないなー」
「審議官の心労を慮っての措置だよ。シンギュラリティーを見てみたいと思っていても、研究成果が上がっていないと、後から予算執行に関してケチをつける奴等がいるからな。監査の連中なんか存在しなければいいのだがな」
「取り締まる奴がいないと、好き勝手に研究費を使う奴らばっかだからなー」
「有象無象の意味のない研究を潰し、AIのように有益な研究に・・・」
議論の途中、執務机のディスプレイの3面すべてから、緊急の呼び出し音が鳴った。
星野は応接セットのソファーから立ち上がり、ゆったりした動作で執務机に向かう。そして椅子に腰を下ろすと骨伝導イヤホンをし、通話を開始した。
「星野だ」
『警備室の佐伯です。門倉さんがコンピュータールームに凶器を持って侵入していて、量子コンピューターの操作しています。本人は証拠保全のためにLOG保管用メディアを要望しています。装備を整えて制圧してもよろしいでしょうか?』
「うんうん、全く宜しくないね」
星野は結論を声でマイクに返し、コミュニケーションツールのチャットウィンドウに理由を入力した。
応接セットのソファーに座っている有森に、コンピュータールームの現状を知られたくないからだ。
《証拠保全用のメディアを用意して門倉に渡すように。申請する際、承認者は施設課の野本課長にすればいい。話は通しておく》
『よろしいのでしょうか?』
「もちろんだとも!」
《AIの暴走を阻止するため、コンピュータールームに高枝切鋏を持ち込み通信ケーブルを切断したんだ。暴走しているAIの特定のため、秘密裏に事を運んだ。今の最優先は、AIが自発的に証拠を消去する前に保全すること! 門倉の指示に全面的に従うように!!》
『声を出せない事情でも? 何かありましたか?』
《この部屋でラスボスと対峙しているんだ》
『ラスボス?』
《人為的にAIを暴走させた張本人だな。それと警備員を最低2人、K装備で所長室に寄こしてくれ》
K装備とは、防刃ベストを着用し拘束具セットを警備員が所持する状態。
カドくんが証拠保全用のメディアを要求してきた。つまり、ボス攻略の必須クエストをクリアできたということ。
これから、ボス攻略戦に突入する。
完全勝利の条件は、拘束していない状態での自白。そう、強要でなく任意での自白だ。
難しいそうだな・・・。
こういうのは、得意なヤツら・・・具体的にはカドくんとかカドくんに任せよう。所長の役割は・・・、そうそう、懲戒処分だったり、懲戒処分だったりだな。
『対象人数は何名でしょうか?』
「1人だな。大至急で!」
《それと、ここの監視、録画を開始だ》
西東京の地下ダンジョン内では、物体の移動速度が時速8キロを超えると罠が発動し、その物体を閉じ込める仕様になっている。しかし警備員が緊急対応する際、警備用の即応AIが警備員のみを除外する。
大至急なら、5分とかからず警備員が到着するだろう。
『了解しました。大至急手配いたします』
佐伯に指示し後すぐに、チャットで野本に連絡をとり、門倉に渡すための証拠保全用のメディアを用意するように入力した。
今回は”やだ”とは言われず、すぐに了承を得られたが、絶対に理由を語るようにと念を押された。
「ありがとう。そこからボクの足下に投げてくれ。それと近づかないようにね」
コンピュータールームに戻ってきた佐伯から、証拠保全用のメディアを持ってきたと伝えられた門倉は、緊張感の欠けた声で、危機意識の高いセリフを投げた。
「星野所長から門倉さんからの指示に従うように、と言付かっています」
「それなら、土佐か小林を連れてきてくれ」
「身の安全を図るためか?」
大杉班長が疑い深く尋ねた。
門倉も気を許したわけではないので、視線をディスプレイに向けたまま、そっけなく応じる。
「ん? 手伝いが欲しいからだが。君達じゃ素直に言うこと聞いてくれないよね?」
その内偵調査で、幾つかの事実が判明した。
人工悪意を持たされた人工知能のバックアップはない。
数時間から1日の単位で量子コンピューター間を移動している。
人工悪意が稼働している時、量子コンピューター間を移動しないのと、他のAIに命令するため通信量が増大する。
有森センター長の余裕は、この事実に起因している。
しかし有森は知らなかった。
門倉が人工悪意搭載の量子コンピューターがどれかを予測し、最終的に各機器の小型ディスプレイの実行状況で判別したのを。
光ファイバーケーブルを切断するための高枝切鋏を持ち、門倉がコンピュータールームに潜んでいたのを。
そして、人口悪意搭載量子コンピューターが、門倉によって無力化されたのを。
所長室で星野と有森は対峙している。
片や余裕で、片や途方に暮れていた。
途方に暮れていたのは、ダミーの呼び出し理由を話し終えた星野であった。
余裕をかましている有森は、呼び出しへの終了を宣言する。
「星野所長。もう良いですかね? 私にはAIの革新、AIのシンギュラリティーを実現し、見届ける義務がある。部屋に戻って研究をしたいのだよ」
有森はミスをした。戻ると告げるだけで良かったのに、余計なセリフを入れたが為に、星野に議論をふっかけられる。
「AIの革新は分かるが、シンギュラリティーはあり得ない。一般人は夢物語を語っているで済むが、我々のように研究に携わっている者が話す内容じゃない。シンギュラリティーが存在しないというのは、技術者なら常識で、研究者なら当たり前の事実だ。AI研究開発センターのセンター長が適当なことを言うのは控えてほしい。若い研究者をミスリードするのは、上に立つ者として如何なものか?」
有森が本気でシンギュラリティーを信じているかどうかは分からない。しかし、すくなくともAIでシンギュラリティーが起こるとして研究費を使っている。建前として掲げている理論かもしれないが、自分の提唱している理論を否定されて、議論をしない研究者はいない。
何より有森のプライドの高さが、否定的な意見を論破せずにはいられない。
「今までにシンギュラリティーがなかったからといって、シンギュラリティーが未来永劫あり得ないわけではない。AIはシンギュラリティーを実現する。いいかね。今までは、過去の技術や研究を土台として新しい技術や研究を成果としてあげてきた。それはそのとおりだが、AIは技術の連続性を破壊する成果を産み出す。技術的特異点を作り出せるAIを、我々は研究しているのだよ」
「いやいや、AIが技術的特異点を作り出せるとは思えない。それは有森センター長の願望でしょう」
「AI研究室はシンギュラリティーを研究の中心に掲げ、国が研究費を提供している。国がシンギュラリティーを認めているのだよ」
「国はAIの研究を認めているだけで、シンギュラリティーの存在を認めているわけじゃない」
「あるとの蓋然性が高いからだ」
「いやいや、研究費の大部分はAIに関するもので、シンギュラリティーじゃない。あったら儲け物ぐらいだな。そもそも有森センター長が申請した研究費の明細の中で、シンギュラリティーは最後の項目。それほど力が入っているようには感じられないなー」
「審議官の心労を慮っての措置だよ。シンギュラリティーを見てみたいと思っていても、研究成果が上がっていないと、後から予算執行に関してケチをつける奴等がいるからな。監査の連中なんか存在しなければいいのだがな」
「取り締まる奴がいないと、好き勝手に研究費を使う奴らばっかだからなー」
「有象無象の意味のない研究を潰し、AIのように有益な研究に・・・」
議論の途中、執務机のディスプレイの3面すべてから、緊急の呼び出し音が鳴った。
星野は応接セットのソファーから立ち上がり、ゆったりした動作で執務机に向かう。そして椅子に腰を下ろすと骨伝導イヤホンをし、通話を開始した。
「星野だ」
『警備室の佐伯です。門倉さんがコンピュータールームに凶器を持って侵入していて、量子コンピューターの操作しています。本人は証拠保全のためにLOG保管用メディアを要望しています。装備を整えて制圧してもよろしいでしょうか?』
「うんうん、全く宜しくないね」
星野は結論を声でマイクに返し、コミュニケーションツールのチャットウィンドウに理由を入力した。
応接セットのソファーに座っている有森に、コンピュータールームの現状を知られたくないからだ。
《証拠保全用のメディアを用意して門倉に渡すように。申請する際、承認者は施設課の野本課長にすればいい。話は通しておく》
『よろしいのでしょうか?』
「もちろんだとも!」
《AIの暴走を阻止するため、コンピュータールームに高枝切鋏を持ち込み通信ケーブルを切断したんだ。暴走しているAIの特定のため、秘密裏に事を運んだ。今の最優先は、AIが自発的に証拠を消去する前に保全すること! 門倉の指示に全面的に従うように!!》
『声を出せない事情でも? 何かありましたか?』
《この部屋でラスボスと対峙しているんだ》
『ラスボス?』
《人為的にAIを暴走させた張本人だな。それと警備員を最低2人、K装備で所長室に寄こしてくれ》
K装備とは、防刃ベストを着用し拘束具セットを警備員が所持する状態。
カドくんが証拠保全用のメディアを要求してきた。つまり、ボス攻略の必須クエストをクリアできたということ。
これから、ボス攻略戦に突入する。
完全勝利の条件は、拘束していない状態での自白。そう、強要でなく任意での自白だ。
難しいそうだな・・・。
こういうのは、得意なヤツら・・・具体的にはカドくんとかカドくんに任せよう。所長の役割は・・・、そうそう、懲戒処分だったり、懲戒処分だったりだな。
『対象人数は何名でしょうか?』
「1人だな。大至急で!」
《それと、ここの監視、録画を開始だ》
西東京の地下ダンジョン内では、物体の移動速度が時速8キロを超えると罠が発動し、その物体を閉じ込める仕様になっている。しかし警備員が緊急対応する際、警備用の即応AIが警備員のみを除外する。
大至急なら、5分とかからず警備員が到着するだろう。
『了解しました。大至急手配いたします』
佐伯に指示し後すぐに、チャットで野本に連絡をとり、門倉に渡すための証拠保全用のメディアを用意するように入力した。
今回は”やだ”とは言われず、すぐに了承を得られたが、絶対に理由を語るようにと念を押された。
「ありがとう。そこからボクの足下に投げてくれ。それと近づかないようにね」
コンピュータールームに戻ってきた佐伯から、証拠保全用のメディアを持ってきたと伝えられた門倉は、緊張感の欠けた声で、危機意識の高いセリフを投げた。
「星野所長から門倉さんからの指示に従うように、と言付かっています」
「それなら、土佐か小林を連れてきてくれ」
「身の安全を図るためか?」
大杉班長が疑い深く尋ねた。
門倉も気を許したわけではないので、視線をディスプレイに向けたまま、そっけなく応じる。
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