第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第12章 コンピュータールームの攻防、所長室の攻防(1)

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 農家に扮し大型トラクターに乗った自衛隊員と、児玉と真田が話している時、人工悪意を持たされた人工知能の量子コンピューターの内部命令の実行数が最大となった。
 負荷に耐えかねたのか、CPU内の量子の挙動は不規則になり、電子回路は内部が焼き切れんばかりと熱を放ち、通信回線は盛大に輻輳を起こしている。
 門倉の足下は冷気、正面は熱気、左腕のアナログ時計は15時を指している。
 予定通りなら、2人はタナカ工業に到着している時刻。
 予定通りではない事実を、門倉には知る術がない。
 2人がまだ無事なら、タナカ工業到着前後が人工悪意搭載量子コンピューターを判別する最大のチャンス。
 第二統合情報処理研究所の施設内では、最新の人工知能の量子コンピューターといえども、2人に手を出すのは不可能。それが分かっているから、第二統合情報処理研究所の施設へ入る前に、全力で阻止活動をするはず。
 門倉が人工悪意搭載量子コンピューターだとろうと睨んだ通り、広角レンズの先にある監視対象が盛大に稼働している。
 量子コンピューターの各機器に搭載されている小型ディスプレイには、大量の実行・トレース・エラー等のLOGが吐き出しされている。もはや人の瞳に映るのは文字の奔流ではなく、光の明滅という状態だった。
 門倉は改めて確信した。
 間違いない。アレが人工悪意搭載量子コンピューターだ。
 後はネットワーク機器に繋がっている光ファイバーケーブルを素早く切断すればいい。
 そう、素早く。
 情報処理研究所で使用している光ファイバーケーブルの直径は、光ファイバーを護る厚い外被膜があるため約10センチにもなる。むろん光ファイバーも、普通のサーバーに接続するものより、数十倍以上もの通信速度を誇る。
 切断に時間がかかり、有森一党に気づかれてしまったら、初期化実行の命令を量子コンピューターに発行されるだろう。そうなれば、ここ数ヶ月の内偵が無駄になるばかりでなく、高枝切鋏をコンピュータールームに持ち込んだ規則違反でボクはクビになる。
 ボクばかりでなく、高枝切鋏の持ち込みを見逃した実行犯および関係者も処罰される。ヨッシーはどうでも良いが・・・。
 失敗は許されないね。
 門倉の額に汗が滲み、高枝切鋏のハンドルグリップには、手汗が染み込む。
 確信からコンマ数秒躊躇したが、動き出たら俊敏だった。
 偏差値65の肉体に似合わない、軽快かつ無駄のない動作でラックから飛び出した。
 数瞬でも早く切断するため、2メートルある高枝切鋏を準備した。その高枝切鋏をケーブルへと伸ばす。一気にケーブルを切断しようと力を入れるが、体勢が悪かった。両腕が伸びきった状態ではケーブルを切断できるほどの力が入らなかったのだ。
 心臓が跳ね上がり、全身の毛穴から汗が噴き出す。
 冷静にはなれない。
 しかし、ヤルことは決まっている。
 光ファイバーケーブルを少しでも早く切断することだ。
 この高枝切鋏のグリップは、握り混み式でなく両手で挟む形状。しかもハンドルが長く、梃子の原理で太い枝も楽々切断出来るのがウリだった。
 一歩大きく踏み出しケーブルに近づくと、肘を曲げ、足を踏ん張り、高枝切鋏のハンドルグリップに全身の膂力を集めた。
「せいっやぁあ!」
 門倉の気合がコンピュータールームに木霊すると、光ファイバーケーブルが床に落ちた。切断されたもう一方は、量子コンピューターのネットワーク機器からぶら下がり、ケーブルの中心にある光ファイバーの束が煌めいている。
 門倉は顔を運用ルームの方に向けた。
 運用ルームの大きな嵌め殺しの窓には、大勢が集まっていて、皆驚愕の表情を浮かべている。
 賞賛の表情をした者がいないのは、運用ルームに仲間がいないということ。
 傍から見た自分の行為は、不当で不法で不正義な犯罪行為。
 それでも正義はボクにある。
 それを証明するには・・・。
 門倉は人工悪意搭載量子コンピューターのメインディスプレイ前に立ち、キーボードに指を走らせIDとパスワードを打ち込んだ。
 世の中に様々な入出力機器が存在するが、一般のサーバールーム、コンピュータールームでは未だにディスプレイとキーボード、マウスが主流だった。クールグラスはコストが高くつく割に、ディスプレイより解像度が悪い。同様にジェスチャーカメラなどの入力機器もコストが高く、無駄にスペースを使う。
 ディスプレイに複数のコマンドウィンドウが現れた。実行中のコマンドのみの画面や実行LOGを吐き出している画面、作業途中らしくスクリプトの記述途中の画面などなど。
 新規のコマンド画面を立ち上げ、ここ3時間の実行LOGを検索して確認していく。検索ワードは”児玉””真田””阻止””岡山””リニアモーター”などで、次々と検索ヒットする。ヒットしたLOGファイルは作成したエビデンスフォルダにコピー保管する。
 手動でいくつかのファイルを保管すると、効率の悪さにウンザリする。そこで簡単なスクリプトを記述し全自動でファイルのコピー保管まで実行させた。
 保管完了までの間にと、LOG解析を始める。
 最初に開いたLOGファイルの内容では、量子コンピューターの犯罪の立証は難しそうだ。ランダムに5ファイルを選んで中身を開いてみたが、結果は変わらずだった。
 テキストベースのファイルだと、人工悪意搭載量子コンピューター独特のコマンドや引数の記載になるのだと、有森らは主張するだろう。
 人工悪意搭載量子コンピューターはAI研究の過程で、量子コンピューターのOSを改造している。その結果、唯一無二のOS上で人口悪意アプリケーションが稼働している。
 LOG内のテキストは文字通りの意味でなく、人工悪意搭載量子コンピューターでは、別の意味を持っている。そう言い逃れられそうだ。
 人工悪意搭載量子コンピューターが違法行為を犯している証拠となるLOG・・・しかも、弁解の余地なく、決して申し開きできない証拠。それを入手しておきたい。
 映像が欲しい。
 そう、LOGはLOGでも動画LOGが・・・。
 児玉と真田を亡き者にしようとしていたのだから、二人とその周囲の映像を解析し、攻撃方法を決定し、実行するという一連の流れがある。当然、攻撃の結果を映像で確認する。つまり、解析から攻撃までの一連の映像は、有森等の犯罪を立証できる証拠になるのだ。
 検索で引っかかった動画LOGを次々と小窓で開き、5倍速で再生する。ディスプレイが動画LOGの小窓で埋まり、真田と児玉の平和な姿が映し出されていた。
 愉快なサイバー作戦隊ソルジャーと、動画内に映っていない三枚堂閣下たちが、頑張って2人の安全をしっかり確保しているようだった。色々と、陰ながらフォローしているのが見て取れる。たとえば、大型トラクターを止めるのに、EVに搭載されている砲塔を犠牲にしたりと・・・。そういうフォローを全く知らない真田と児玉は、暢気な行動を繰り返している。
 本人たちは、真剣に自身の安全確保に全力を注いでいる。しかし、傍からみると、コメディーだった。
 門倉はニヤケながらも、2人の無事に安堵する。動画では、陸上自衛隊サイバー作戦隊の秘密兵器で護られていた。
 最後の動画は、2人が事務所に入った場面で終了していた。如何に人工悪意でも、中央統合情報処理研究所が管理している事務所のシステムに進入するには時間が足りなかったのだろう。
「動くな!」
 門倉が声の方に視線を向けると、10人以上の警備員が臨戦態勢をとっていた。
「大人しく連行されろ」
 一番前にいる偉そうな態度をしている壮年の男が、強い口調で言い放った。
「悪いけど、星野か、土佐を呼んできてくれないかな。ちょっと手が放せそうにない」
 マウスを動かしながら門倉が言うと、怒りを露わにした壮年男が叫ぶ。
「動くなと言ったろ!」
 男の視線は門倉の手元と足下を見ている。
 門倉は男が押さえつけようとしないのは、冷静な判断が出来ている訳でなく、高枝切鋏を警戒しているからだと理解した。
「あー、勘違いしているようだね。ボクは破壊魔でも、愉快犯でもない。事情があって高枝切鋏で通信ケーブルを切断したんだ。その事情というのは・・・」
「事情があろうがなかろうが、高枝切鋏がここに存在してはいけない。キミがテロリストでないというなら、高枝切鋏を渡し、大人しく警備室まで連行されるんだ」
 もっともな意見だが、聞き入れるわけにはいかないんだよね。少し上から目線で要求してみるとしよう。
「テロリストだって! とんでもない、ボクは正義の味方さ。ちょっと、ここから離れられなくてね。とにかくさ、星野を連れてきてくれるかな? 星野は、ここで所長をやっている星野ね。第一オペレーションセンター長の土佐でもいいや」
「危険人物の前に、要人を連れてこれる訳ないだろが」
 うーん、もっともだ。
 でも、ボクをテロリストだと思っているなら、刺激しない話し方をしないと・・・。中央統合情報処理研究所の警備員って、量子計算機情報処理省の出身だから、対テロ訓練とか受けてないんだよなー。研究所への出入り口だけでなく、所内でもテロリストや破壊工作員対策として武装を許可すべきかもね。
 まあ、ボクが提言しても無駄だろうけど・・・。星野より上は頭固いからなー。
 そう云えば、ヨッシーは土佐に話を通したかな? まあ、通しているはずだ。・・・たぶん。不安だ・・・。
 そもそも児玉君の所為で急ぎ計画したから、成功後の処理フローを検討してなかった・・・。誰だっけ、巧遅拙速なんて言ったのは。今回は拙速すぎだ。
 現実逃避ぎみに様々な方向へと思考を延ばし、自分で言った巧遅拙速を他人の所為にしている時点で、門倉の頭脳は停滞していた。
 それでも解決の糸口を見つけるべく、口を開く。
「なら、総務部部長の小林でもいいや。連れてくるのがダメなら、星野か土佐にさ、一応証拠は掴んだけど、保全したいからLOG保管用メディアが欲しいって伝えてくれないかなー。ああ、ボクは量子計算情報処理省AI監査グループの門倉ね」
 40歳ぐらいの男が、壮年の男の傍に行き、全員に聞こえるよう伝える。
「大杉班長。彼は星野所長と良く打ち合わせをしています。ここは星野所長に伝えるだけ伝えましょうか?」
「土佐がどこに詰めてるか知らないけど、星野なら所長室にいるはずだよ。・・・たぶんね」
「お前・・・」
 それ以上は大杉班長に口を開かせないように、門倉は切れ長の眼を細め、真剣な表情をし、凄みを利かせた声で圧力をかける。
「高枝切鋏は手元に置いておくけど、他は手を触れないから、早めに星野を連れてきて欲しいな。それと、ボクの3メートル以内に近づかないように! 近づいたヤツは世界の平和のため、全力で排除する」
 コンピュータールームから警備員の2名が離れ、場は膠着状態に陥った。
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