第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第10章 ソルジャー躍動(4)

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『現地司令部より、CICへ最優先。想定外の発生であります』
 佐瀬たちの緊迫感に欠ける会話に割り込むように、ディスプレイの中央の映像が、大型天幕内の現地司令部へと切り替わった。
「こちらCIC、詳細を報告を求む」
 現地司令部担当のCICオペレーターの応答に、現地司令部の連絡要員が緊迫した表情を見せている。
『想定していた全ての経路を外れました』
「CICより現地司令部へ、こちらでも現状を確認した。認識のすり合わせをしたいので、監視対象1と2の実態の詳細を求む」
『対象1は現在位置の特定に那岐山(なぎさん)と三ヶ上(さんがじょう)、熊山(くまやま)、駅の方角を確認した後、旅のしおりの地図ページに視線を落としたままの状態であります。対象2は周囲を警戒しつつ、ランドマークとなる建物、構造物を探しているようです。しかし、周囲にランドマークは存在しません。また目的地の建物は、広大な工業団地の中にあるため見えません。無意味な活動をしている状況であります』
 対象1の児玉は、小縮尺地図ページで岡山県の有名な山の位置を確認した後、大縮尺地図ページで駅の位置から現在位置を探ろうとしている。3点測量で現在位置を割り出せるからと考えての行動らしいが、現実を知らない頭でっかちの考えだった。
 3点測量であれば精確な現在位置を割り出せるが、それは正確な3点の位置を特定できる場合である。遠目に山を眺めても山頂がどこかなど位置を特定できない。そもそも、大縮尺地図には山頂の位置が載っていない。
 対象2の真田は、現実的なアプローチをとっているが、ランドマークとなる建物・構造物はない。
 第二統合情報処理研究所の入口は、外局のダミー会社の建物にある。
 その建物は2階建てで、2階から高速エレベーターで地下通路へ移動するのだ。
 西東京と異なり工業団地内は広く人の目が届き難く、用事もなく他の会社の敷地に入る者はいない。そのため、西東京のように人の視線を避けるためビルの建設し、最上階フロアを会社の事務室に偽装する必要もない。
「CICより現地司令部へ、推測される彼らの事情を簡潔な報告を要求する」
『監視対象は迷子であります』
 コネクトなどの電子機器は、すべて電磁波遮断ボックスに入っている。AIから一切の介入を防ぐためだ。つまりコネクトでGPSと地図を使い、クールグラスにナビゲートさせるという現代日本人に必須で、有用な手法をとれない。
「・・・ヤツらは地図も読めんのか?」
 CICと現地司令部のやり取りを聞いていた三枚堂は、思わず呟いていた。
 生まれたときからナビゲートアプリがあり、その恩恵を受けてきた世代では無理もない。しかし三枚堂のように、教えられずとも苦もなく地図が読めたりする人には理解できないのだろう。
 佐瀬も苦々しく思ったようで、真田に文句を言う。
「児玉はまだしも真田もか・・・警察庁の難ありエースを量子計算情報処理省に引っ張ってきたのに、難しかねぇーんか。もうちょっと活躍せえ」
 現地司令部から続報が入る。
『対象1と2が移動を開始しました。どうやら小高い丘から周囲を確認すると思われます』
「そこで位置を把握し、想定経路のどれかに戻れそうか?」
 児玉と真田の地図を読むスキルが分からないため、返答の難しい質問であった。しかし報告者は、迷うことなく言い切る。
『修正できないと予測しております』
「理由を簡潔に」
『丘の上から周囲を見渡しても、目的地への道標になる有効なランドマークは探せないとのシミュレート結果が出ております』
 言い切れた理由は、地図を読める読めない関係なく、位置の把握が困難だからだ。
 佐瀬は表情を曇らせ、打開策はないか考えを巡らせる。何とか引っ張ってきた人材のフォローをし、自分の汚点として残らぬようにしたいためだ。官僚としての自己保身本能が働いている。
 華々しい業績を滅多に残せない省のため、失敗は気づかれぬよう最小限に。成功は殊更大きくアピールする。どの省庁や大企業でも同様であろうが・・・。
 佐瀬と異なり、三枚堂は自己保身より目的達成を常に優先してきた。その結果、滅多にない華々しいプロジェクトを主導し、業績を残してきた。
『三枚堂閣下。提案があります』
 現地司令部の指揮官”宮坂幸雄”がディスプレイに現れ、敬礼してから口を開いた。
 三枚堂は発言を促す。
「話せ」
『現地住民の振りをし対象1、2に近づき、道を教示したく・・・。すでにメンバーの選抜は終え、農作業服を準備中であります』
 素早くシミュレートする。
「選抜メンバーは農作業者に見えるか?」
『5分5分と考えております。肌が日焼けてしておらず、外で働いている農業従事者と雰囲気が異なりますので』
「うむ。何か良い小道具はないか?」
『作業服以外も用意できないか検討はしておりますが・・・』
『お話し中に失礼します』
 ディスプレイの奥で、作業していた現地司令部要員”長谷部久雄”が宮坂の横に立った。
「構わん。どうした?」
『農作業服の購入店近くにトラクターをレンタルしている店でがあり、今すぐにレンタル可能と報告がありました』
 三枚堂が被せるように尋ねる。
「屋根つきか?」
『はい。屋根付き、冷暖房付きの大型トラクターがレンタル可能です。しかし屋根付きは全天候型の最上級グレードであるため、レンタル費用が現場裁量を大幅に超過・・・』
 三枚堂は被せるように指示をする。
「経費から支出する。やれっ!」
『あっ、はい。ありがとうございます』
 三枚堂の指示を受けた長谷部はすぐに移動・・・せず、宮坂の横に立ったままでいる。宮坂が口を開く。
『閣下。レンタルにあたって、もう一つ重要な課題があります』
「なんだ?」
『トラクターのオートパイロットシステムを停止しないと、AIに操縦を乗っ取られる可能性があります』
「うむ・・・停止を許可する。責任は我々が負う。思う存分、作戦遂行へと邁進するが良い。なあ、佐瀬君」
「へっ、おいが?」
「責任とは、上層部が取るもんだ」
「んんんん?・・・」
「とりあえず長谷部君。すぐさま実行に移したまえ」
『了解しました』
「宮坂司令も現地指揮に集中したまえ。察しが悪いのは、こっちで教育しておく」
『ありがとうございます。指揮に戻ります』
 CICオペレーターの西川は音声を終了し、ディスプレイの中央から現地司令部の映像を左下へと移動させた。そしてドローンの望遠で、真田と児玉を追っている映像を中央に映し出した。
「もしかして察しが悪いってのは、おいのことか」
「うむ、貴様のことだな・・・。西川!」
 西川が素早く立ち上がる。
「はい、閣下」
「説明を任せて良いか」
「問題ありません」
「任せた」
「了解しました」
 西川は端末席から三枚堂の傍にいる佐瀬の元へ行った。近くまでやってきてから佐瀬に話す。
「実戦演習の経費や費用は陸自で持ってるんだ。責任ぐらいは全面的に量子計算情報処理省で持つんだな」
「交通事故が起きたりしたら、どうにもならない」
「もみ消すんだよ。毒を喰らわば皿までいくんだよ」
「人がケガでもしたら・・・」
 西川は佐瀬の台詞に被せ、息つく暇もなく説得の言葉を発する。
「そん時に考えんだよ。児玉と真田がケガしないよう俺たちが出張ってんだからな。人の少ない田舎で、トラクターで、陸自の護衛つきで、他人を巻き込む事故なんざ低確率もイイとこだ。そんなのにまで危機対応プランの検討なんかできん。佐瀬よぉ、すでに一蓮托生なんだ。自分たちだけ安全圏に居られると思うな。腹くくれ。とりあえずトラクターのオートパイロットシステムは停止させるから量子計算情報処理省でもみ消すんだ。それができなきゃ首くくれ。おまえ等が持ち込んだこの案件は、トラクターのオートパイロットシステムの停止のもみ消しなんて桁違いのヤバさなんだ。そのヤバイ案件に陸自からの有志が200名以上かかわっている意味を理解しろ」
「逃げ道は?」
「ない! オートパイロットシステム停止のもみ消しができなかったら、おまえと星野と門倉の首が飛ぶ。もみ消して、この案件が巧く収拾すれば黒幕の首が飛ぶ。オートパイロットシステムが起動していたら、AIが乗っ取られ、児玉と真田がケガするかも知れない。いや、死ぬかも知れない。そうしたら、おまえと星野の首を物理的に飛ばすところまで、世論に追い込まれんぞ」
「確かに・・・」
 佐瀬は気がついていない。
 トラクターをレンタルしないという選択肢があることを・・・。そして西川は、それをあえて口にしなかったのだ。
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