第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

文字の大きさ
上 下
23 / 37

第8章 量子コンピューター研究開発機構のソルジャー(5)

しおりを挟む
「抜き打ち監査の手配指示したけど民間施設はムリやで。公共施設として駅まではOK。それと、あくまで量子計算機情報処理省の管轄範囲だけやで。民間のシステムやデータは、基本的にダメだ。あくまで相手が量子計算機情報処理省の量子コンピューター利用してるデータ。そこまでが対象だ」
「何を言ってるんだ?」
「常識をですよ。三枚堂さん」
 得意気に言う佐瀬に、三枚堂がやれやれのポーズをとる。
「西川。教えてやれ」
「量子計算機情報処理省の量子コンピューターの計算結果が悪用されていないか監査できる。証拠さえあれば、民間施設のサーバーだろうがデータベースだろうが掌握していい」
「誰がそんなん・・・」
「以前、カドくんが陸自に出向している時、量子計算機情報処理省の量子コンピューター利用の際の注意事項を教示してくれた」
「悪用されねえ前提で演算能力解放してるんだーすけ、そうそう悪用されんし、簡単には監査できん」
「そうそう悪用されないが、悪用される可能性はある。証拠があれば監査できる。そうだな?」
「・・・まあ」
「それに量子計算機情報処理省の量子コンピューターを使用しているところなぞ、ほぼ公共だけだ。少しぐらい証拠があやふやでも問題ないしな」
「そこは問題でしょ!」
「証拠の基準なんざ曖昧だろ」
 そう、時代によって変化させねばならない可能性もあり、契約内容では基準の詳細に言及していない。解釈次第では、証拠のハードルはかなり低い。長年の積み重ねで決めている部分であり、裁判になったこともないので判例もない。
 官僚の最大の敵は官僚なのだ。
 現在の最強官庁である量子計算情報処理省の最大の敵となり得るのは、身内か元身内の官僚しかいない。今回は両方が敵となっている。勝てる訳がないのだ。
 佐瀬は心の中で門倉に毒づいていた。
 なんや、わいの周りは敵ばかりかいな。
 ここが敵地と考えたらしゃーねえが、カドくんからはフレンドリーファイアばっかもろうてる。
 三枚堂さんは絶対、こんげな時のこと考えたったな。というより、起きねえかなぁー。起きるように画策しよかなぁー。だども自衛隊が画策して、サイバー作戦隊が事態終息させたら自作自演。それはバレた時に不味い・・・。ならば起きても良いように布石は打っておこかなぁー。カドくんみたいな厄介なトラブル見つける嗅覚持ち、自ら突き進むようなタイプとの繋がり多うもつようにして・・・。
 取り敢えず、これ以上大事にならんように、わいも布石打っとこかぁ。
「リニアモーターカーのトンネル内はムリやで。完全に鉄道会社のもんやからな」
 トンネル内部でも公共ネットワークに接続できる。それは鉄道会社のネットワークを経由しているのであり、公的機関や通信会社のインフラ設備は存在しない。各通信会社は鉄道会社にサービス利用料金を支払い、ネットワークを使用しているのだ。
「そこは必要ない。サイバー作戦隊の監視装置が設置してあり、通信ケーブルが敷設されてるしな」
「・・・なんだって!」
「後で説明するから少し大人しく待ってような、佐瀬」
「それより、なんで迷彩服? しかもヘルメットまで・・・。目立つだけでマイナスにしかならないやろ。S班はスーツだったのに」
「ちょーっと、待とうか、佐瀬。今忙しい」
 今までリニアモーターカー内部のディスプレイ表示が少しずつ増えていっていた。音声はR4班を大きく設定してるが、他の班の音もディスプレイから聞こえてくる。オペレーター役の西川が操作しているのだ。今はCICの音声を流していないが、必要に応じて音声を流す班を選択している。
「三枚堂閣下。R班、作戦予定の全接続が完了しました。どうぞ」
 西川は端末を操作し、天井にある一部のガンマイクを三枚堂の口元に焦点をあわせ、全R班への通信を開いた。
 三枚堂は座席から立ち上がり、一旦気をつけの姿勢をしてから自然体になった。
 彼なりに緊張したのだろう。しかし、自然体で気負いせず鼓舞するのが、隊員に緊張を伝搬させず最高のパフォーマンスを引き出せることを知っている。故に、多くの部下を率い、余人では不可能であったであろう成果を挙げてこれたのだ。
 今回も、余人では不可能に違いない。
 しかし、三枚堂ならば、門倉の求める成果を必ず達成できる。佐瀬の胃を犠牲にして・・・。
「CICからR全班へ。まもなくリニアモーターカーの発車時刻となる。CICからの・・・」
 三枚堂がR班に気合を注入している横で、西川が佐瀬に話しかける。
「さて、どれから聞きたい?」
 どれも意外過ぎて優先順位の整理がつかん。
 なら、いっちゃん気になるところからにするか・・・。
「彼らの服装・・・というより、格好? 全身が気になる」
「陸上自衛隊の正装だろう。何処がだ?」
 軽い口調で答えた西川に佐瀬がかみつく。
「正装なのは知ってるが、彼らはTPOという言葉は知っとるのか?」
「失礼なことを言うな。自らの立場と作戦を完全に理解した上で、彼らは正装してるんだ」
 西川の表情で真意を理解し、たまらずに佐瀬はツッコミを入れる。 
「なお、悪いわ!」
 参加が任意の実戦演習。
 任務ではのう強制なき研修の扱いなのだ。一般企業でたとえれば、勤務時間外に実施される任意参加の学習会といった位置づけだ。しかも参加日が休日だーすけ、スーツでのう私服で構わねえ。要は実戦演習に悪影響及ぼさんば、どんげな服装でも構わねえ。
 迷彩服姿は彼らの趣味なのだ。そして、リニアモーターカーに乗り込んでるサイバー作戦隊のメンバーは、サバイバルゲームか自衛隊ヲタクにしか見えねえ。ある意味、見事な変装だった。
 そこまで考えが及んだ佐瀬は、話題を次へと移した。
「次は・・・トンネル内にサイバー作戦隊の設備がある件について、だな。民間企業の施設に無断? 無理矢理? いずれにしても問題あっろ?」
「まったくの誤解だ・・・」
「誤解?」
 西川は、R班への檄を飛ばし終えた三枚堂を目の端に捉えていた。
「三枚堂閣下。それでは品位を回復するためのご説明をお願いできますか。まだオペレーションが残っているので・・・」
 佐瀬への説明を上司である三枚堂へ丸投げしたのだ。オペレーションが残っているのは事実だが、
「佐瀬君は大きな勘違いをしている。しかも、だ。我らサイバー作戦隊の品位に関わる誤解ときた。決して看過はできんぞ。説明してやるから心して聞くが良い、佐瀬」
「は・・・い」
 三枚堂は流れるような弁舌で、佐瀬に要点を得た分かり易い説明をした。
 おそらく、何かトラブルが持ち込まれる度、このような大規模実戦演習を実施し、同じような説明をしているに違いない。
 要約すると、地下トンネルを掘り維持してくのには様々なハードルがあり、そのハードルの超えるための協力を陸上自衛隊がしているというのだった。
 たとえば、富士山から流れる豊富な地下水脈をなるべく避けトンネルを掘削していくが、完全には無理だった。超高速で走るリニアモーターカーの線路は、あまり曲げられず、ほぼ直線となるよう敷設される。そのため、いくつかの水脈とトンネルが交差してしまう。
 いくら頑丈なトンネルでも、長期間の地下水脈の圧力で亀裂なりが発生しうる。
 それならば地下水がトンネル内に侵入しないよう地上へと汲み上げる方法が良い。しかし法律の規制が厳しく、民間の鉄道会社の一存で地下水を自由にはできない。
 国防を担う自衛隊が必要になる水を地下から汲み上げるのは、民間会社より遥かに規制が緩い。富士演習場で使用するためという名目で、リニアモーターカーのトンネルと交差する水脈から、陸上自衛隊は水を汲み上げているのだ。
「トンネル内でも監視できるのが、鉄道会社との契約に基づくのは理解しました。ちょーっと法律的に灰色のような気がするけど・・・。そういえば、リニアモーターカーが走行中なのに監視する必要ってあるんか? いくら人工知能でもリニアモーターカーの乗客に手は出せねえでしょう」
「リニアモーターカーには手が出せる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女の如く、永遠に囚われて

white love it
ミステリー
旧貴族、秦野家の令嬢だった幸子は、すでに百歳という年齢だったが、その外見は若き日に絶世の美女と謳われた頃と、少しも変わっていなかった。 彼女はその不老の美しさから、地元の人間達から今も魔女として恐れられながら、同時に敬われてもいた。 ある日、彼女の世話をする少年、遠山和人のもとに、同級生の島津良子が来る。 良子の実家で、不可解な事件が起こり、その真相を幸子に探ってほしいとのことだった。 実は幸子はその不老の美しさのみならず、もう一つの点で地元の人々から恐れられ、敬われていた。 ━━彼女はまぎれもなく、名探偵だった。 登場人物 遠山和人…中学三年生。ミステリー小説が好き。 遠山ゆき…中学一年生。和人の妹。 島津良子…中学三年生。和人の同級生。痩せぎみの美少女。 工藤健… 中学三年生。和人の友人にして、作家志望。 伊藤一正…フリーのプログラマー。ある事件の犯人と疑われている。 島津守… 良子の父親。 島津佐奈…良子の母親。 島津孝之…良子の祖父。守の父親。 島津香菜…良子の祖母。守の母親。 進藤凛… 家を改装した喫茶店の女店主。 桂恵…  整形外科医。伊藤一正の同級生。 秦野幸子…絶世の美女にして名探偵。百歳だが、ほとんど老化しておらず、今も若い頃の美しさを保っている。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ミステリH

hamiru
ミステリー
ハミルは一通のLOVE LETTERを拾った アパートのドア前のジベタ "好きです" 礼を言わねば 恋の犯人探しが始まる *重複投稿 小説家になろう・カクヨム・NOVEL DAYS Instagram・TikTok・Youtube ・ブログ Ameba・note・はてな・goo・Jetapck・livedoor

パラダイス・ロスト

真波馨
ミステリー
架空都市K県でスーツケースに詰められた男の遺体が発見される。殺された男は、県警公安課のエスだった――K県警公安第三課に所属する公安警察官・新宮時也を主人公とした警察小説の第一作目。 ※旧作『パラダイス・ロスト』を加筆修正した作品です。大幅な内容の変更はなく、一部設定が変更されています。旧作版は〈小説家になろう〉〈カクヨム〉にのみ掲載しています。

無限の迷路

葉羽
ミステリー
豪華なパーティーが開催された大邸宅で、一人の招待客が密室の中で死亡して発見される。部屋は内側から完全に施錠されており、窓も塞がれている。調査を進める中、次々と現れる証拠品や証言が事件をますます複雑にしていく。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...