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第8章 量子コンピューター研究開発機構のソルジャー(2)
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ホテル別館のフロントで、オレはバイオメトリクスパネルに左掌を置き、孝一君と2人分の部屋のカードをスタッフに差し出した。バイオメトリクスパネルに手を置くと、一時外出の意味となり部屋のカードと生体情報が紐づけられる。ホテルに帰ってきた時に再度バイオメトリクスパネルに手を置けば、すぐに部屋のカードを受け取れるのだ。
チェックアウトの際は、チェックイン同様にソファーに座るとフロントスタッフが足を運んでくれる。チェックインでの施設の説明など、チェックアウトでの使用料金明細の説明など、時間を要する可能性のある受付は、ソファーのある半個室でフロントスタッフが対応するのだ。
カードを受け取った妙齢のフロントスタッフが、笑顔と共に「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。エントランスへは4枚の自動ドアを通るのだが、2人の歩くスピードの邪魔とならぬよう開いていく。
通常の建物やホテルは2枚の自動ドアで建物の冷暖房を外気に逃すのを防ぐ役目を負っている。しかしこのホテルの別館の自動ドアは、電磁波遮断を目的としている。故にドアとドアの間隔は広くとってあると共に出口専用エントランスが5、入口専用エントランスが3もある。どのエントランスも趣向を凝らした豪奢な造りで充分な幅と高さがある。そのため、自分たちの一行以外とすれ違ったり、一緒に通ったりしないという特別感が生まれるのだ。
別館の宿泊室の数に比べ多くの通路を用意しているため、4枚の自動ドアが同時に開くことはない。一時的に宿泊客の出入りが多くなると、ホテルを出る人は一旦エントランスホールに併設しているウンジで寛いでもらう。ホテルに入る人は、入口専用エントランス近くにある専用のラウンジで寛いでもらうのだ。
真田と孝一はホテル別館から離れ、エントランスが完全に見えなくなった所で緊張を解く。本番はこれからなのだが、超一流ホテルの更にVIPしか宿泊できない別館の空気に緊張を強いられていたようだ。
真田は体を解しながら、軽い足取りで歩いていく。孝一は機密文書である”旅のしおり”を読みながら、真田に付かず離れず器用についていく。
”旅のしおり”に記載のある通り、2人は歩道橋を向かう。車通りのある道を歩くのは極力避ける。経験済みだが、人工知能は事故を装って襲ってくるからだ。
歩道橋の上でもドローンに攻撃される危険はあるが、一応の対策がある。エレベーターを使わず階段を昇りながら、真田は各種装備を確認している。
「役に立ちそうだぜ。孝一君」
「何がです?」
「一番は”ダイプロ・アーム”の性能だな。こう構えてみ」
オレは左腕を折りたたみ、体の側面にピッタリとつけた。孝一君がオレの真似をして左側面からの攻撃をガードする構えになった瞬間、右廻し蹴り叩き込んだ。
速さに重点をおいた体重を乗せてない軽めの蹴りで、充分に手加減をしていたのだが、孝一君は踏ん張り切れずに膝をついた。
「何すんだ! 痛い・じゃん・・か・・・。ん?」
「うんうん。で、痛いか?」
孝一が立ち上がりながら、蹴られた所を右手で握ったり押したりしている。
「・・・痛くない」
「うんうん。そうだろ?」
真田は、さも小さい子供の話を聞いてあげるてるかのような口調で返答し、微笑と苦笑いの中間の表情をしている。
「もう少し手加減・・・というか足加減しても良かったじゃん」
「うんうん。あれ以上威力を落とすと、ダイプロ・アームがなくても痛みは全く残らないぜ」
「予め説明してから・・・」
孝一が苛つき始めてる。
「うんうん。だけどな、不意を突いた方が良く分かるから仕方ない」
「倒れてケガするかもしれないじゃん。そうしたら・・・」
もう少しかな?
「うんうん、あのぐらいで膝をつくとは想像してなくてな。孝一君、運動苦手だったんだ?」
「学校で、平均ぐらいはあるけどねっ!」
良し! かかった。
孝一君は、明らかに強がりを口にしたのだ。
「このミッションで注意すべきは、人以外からの物理的な妨害だ。人工知能だけあって、大事にして第二次サイバー世界大戦の準備をしているとは、公にしたくないとでも考えているんだろう? このミッションは、その前提で門倉さんが立案し、オレらに全身分のインナー・ダイプロを用意してくれたんだぜ。いいかい、孝一君。どの部位が、どのらいの衝撃に耐えられるかを知ることは重要だ。人の目に触れない範囲でお互いに攻撃し合う。そうやって、予め耐衝撃性能を把握しおくぞ。もちろん、オレは充分に手加減する。キミが膝をつかないぐらいにな。それから、孝一君は本気で構わないぜ。是非ともオレが膝をつくぐらいの攻撃を期待する。まあ、無理を通り越して不可能だろうけどな」
プログラムをコーディングしている時の孝一は、プログラマーの自分と設計者の自分を脳に同居させ思考し、システム全体に最適なコードを導き出せる。
しかし、真田からの挑発的な口調と辛辣な評価に、孝一の負けず嫌いな部分が存分に刺激された。頭に血が上った孝一は、現状を第三者視点にして俯瞰することができず、簡単に真田の挑発に乗ってしまう。いくら頭は良くても、まだ10代で高校生。自己顕示欲の塊で自意識が過剰な男子高校生。その上、学業優秀で会社経営者しているから、根拠なき自身に満ち溢れている。
真田からすると、コンピューター関連以外では実に扱いやすい。攻撃しやすいよう隙を見せながら孝一の先を歩き始めた。
「いつ攻撃しても構わないぜ。少しは戦力になれるってとこを見せてくれ。ほら、タラタラしてっと駅に着いちまう」
人生の大半をコンピューターに捧げ、その分野のお陰で全能感を味わっている愚かな子羊よ。人生には色々な分野があり、そこでは底辺に属することを思い知るが良い。そしてオレとの実力差に愕然としな。
孝一と出会ってから・・・いや、孝一の従姉である香奈に出会ってから、今一つクールな姿を見せられず鬱屈が溜まっていたらしい。本来の真田圭は、もう少し快活で謙虚な性格をしている。しかし畑違いの業務で、警察庁で経験してきたキャリアを全く発揮できず、年下相手に良い様に言い包められてきた。
体力と運動能力を要する得意分野。しかも相棒は生意気な高校生。
溜飲が下がり、気分も晴れやか。片手間で孝一の攻撃を受けながら、真田は機嫌よく歩道橋を進む。
チェックアウトの際は、チェックイン同様にソファーに座るとフロントスタッフが足を運んでくれる。チェックインでの施設の説明など、チェックアウトでの使用料金明細の説明など、時間を要する可能性のある受付は、ソファーのある半個室でフロントスタッフが対応するのだ。
カードを受け取った妙齢のフロントスタッフが、笑顔と共に「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。エントランスへは4枚の自動ドアを通るのだが、2人の歩くスピードの邪魔とならぬよう開いていく。
通常の建物やホテルは2枚の自動ドアで建物の冷暖房を外気に逃すのを防ぐ役目を負っている。しかしこのホテルの別館の自動ドアは、電磁波遮断を目的としている。故にドアとドアの間隔は広くとってあると共に出口専用エントランスが5、入口専用エントランスが3もある。どのエントランスも趣向を凝らした豪奢な造りで充分な幅と高さがある。そのため、自分たちの一行以外とすれ違ったり、一緒に通ったりしないという特別感が生まれるのだ。
別館の宿泊室の数に比べ多くの通路を用意しているため、4枚の自動ドアが同時に開くことはない。一時的に宿泊客の出入りが多くなると、ホテルを出る人は一旦エントランスホールに併設しているウンジで寛いでもらう。ホテルに入る人は、入口専用エントランス近くにある専用のラウンジで寛いでもらうのだ。
真田と孝一はホテル別館から離れ、エントランスが完全に見えなくなった所で緊張を解く。本番はこれからなのだが、超一流ホテルの更にVIPしか宿泊できない別館の空気に緊張を強いられていたようだ。
真田は体を解しながら、軽い足取りで歩いていく。孝一は機密文書である”旅のしおり”を読みながら、真田に付かず離れず器用についていく。
”旅のしおり”に記載のある通り、2人は歩道橋を向かう。車通りのある道を歩くのは極力避ける。経験済みだが、人工知能は事故を装って襲ってくるからだ。
歩道橋の上でもドローンに攻撃される危険はあるが、一応の対策がある。エレベーターを使わず階段を昇りながら、真田は各種装備を確認している。
「役に立ちそうだぜ。孝一君」
「何がです?」
「一番は”ダイプロ・アーム”の性能だな。こう構えてみ」
オレは左腕を折りたたみ、体の側面にピッタリとつけた。孝一君がオレの真似をして左側面からの攻撃をガードする構えになった瞬間、右廻し蹴り叩き込んだ。
速さに重点をおいた体重を乗せてない軽めの蹴りで、充分に手加減をしていたのだが、孝一君は踏ん張り切れずに膝をついた。
「何すんだ! 痛い・じゃん・・か・・・。ん?」
「うんうん。で、痛いか?」
孝一が立ち上がりながら、蹴られた所を右手で握ったり押したりしている。
「・・・痛くない」
「うんうん。そうだろ?」
真田は、さも小さい子供の話を聞いてあげるてるかのような口調で返答し、微笑と苦笑いの中間の表情をしている。
「もう少し手加減・・・というか足加減しても良かったじゃん」
「うんうん。あれ以上威力を落とすと、ダイプロ・アームがなくても痛みは全く残らないぜ」
「予め説明してから・・・」
孝一が苛つき始めてる。
「うんうん。だけどな、不意を突いた方が良く分かるから仕方ない」
「倒れてケガするかもしれないじゃん。そうしたら・・・」
もう少しかな?
「うんうん、あのぐらいで膝をつくとは想像してなくてな。孝一君、運動苦手だったんだ?」
「学校で、平均ぐらいはあるけどねっ!」
良し! かかった。
孝一君は、明らかに強がりを口にしたのだ。
「このミッションで注意すべきは、人以外からの物理的な妨害だ。人工知能だけあって、大事にして第二次サイバー世界大戦の準備をしているとは、公にしたくないとでも考えているんだろう? このミッションは、その前提で門倉さんが立案し、オレらに全身分のインナー・ダイプロを用意してくれたんだぜ。いいかい、孝一君。どの部位が、どのらいの衝撃に耐えられるかを知ることは重要だ。人の目に触れない範囲でお互いに攻撃し合う。そうやって、予め耐衝撃性能を把握しおくぞ。もちろん、オレは充分に手加減する。キミが膝をつかないぐらいにな。それから、孝一君は本気で構わないぜ。是非ともオレが膝をつくぐらいの攻撃を期待する。まあ、無理を通り越して不可能だろうけどな」
プログラムをコーディングしている時の孝一は、プログラマーの自分と設計者の自分を脳に同居させ思考し、システム全体に最適なコードを導き出せる。
しかし、真田からの挑発的な口調と辛辣な評価に、孝一の負けず嫌いな部分が存分に刺激された。頭に血が上った孝一は、現状を第三者視点にして俯瞰することができず、簡単に真田の挑発に乗ってしまう。いくら頭は良くても、まだ10代で高校生。自己顕示欲の塊で自意識が過剰な男子高校生。その上、学業優秀で会社経営者しているから、根拠なき自身に満ち溢れている。
真田からすると、コンピューター関連以外では実に扱いやすい。攻撃しやすいよう隙を見せながら孝一の先を歩き始めた。
「いつ攻撃しても構わないぜ。少しは戦力になれるってとこを見せてくれ。ほら、タラタラしてっと駅に着いちまう」
人生の大半をコンピューターに捧げ、その分野のお陰で全能感を味わっている愚かな子羊よ。人生には色々な分野があり、そこでは底辺に属することを思い知るが良い。そしてオレとの実力差に愕然としな。
孝一と出会ってから・・・いや、孝一の従姉である香奈に出会ってから、今一つクールな姿を見せられず鬱屈が溜まっていたらしい。本来の真田圭は、もう少し快活で謙虚な性格をしている。しかし畑違いの業務で、警察庁で経験してきたキャリアを全く発揮できず、年下相手に良い様に言い包められてきた。
体力と運動能力を要する得意分野。しかも相棒は生意気な高校生。
溜飲が下がり、気分も晴れやか。片手間で孝一の攻撃を受けながら、真田は機嫌よく歩道橋を進む。
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