第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第8章 量子コンピューター研究開発機構のソルジャー(1)

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 佐瀬勇次は昨夜のうち、単身赴任の三枚堂達也が住んでいる官舎まで押しかけた。
 作戦概要と依頼内容を30分ほど説明すると、三枚堂は即座に手持ちのソルジャーに招集をかけたのだ。その後、三枚堂は次から次へと佐瀬に指示をだしつつ、門倉の作成した資料を精読していた。一段落ついたのは、暁光が窓から目に優しくない攻撃を仕掛けてくる時刻だった。
 三枚堂と佐瀬はソファーで3時間ほど仮眠をとった。三枚堂は肘掛を枕代わりにし、背もたれを右脚、床のラグマットに左脚を投げ出すという豪快な姿で眠り、佐瀬はソファーから落ちないよう、背もたれにしがみつきながら眠った。
 起床してからの三枚堂の行動は素早かった。とても70歳近くには見えない。
 洗面化粧台で顔を洗い、剃刀でヒゲと頭まであたり、シェービングクリームを濡れタオルで拭き取る。陸上自衛隊の制服に身を包むと外出準備が整った。起きてから10分とかかなっていない。
 官舎の前には、すでに警護役が同乗している外見が普通のEV、中身は装甲車が停車していて、5分で市ヶ谷の防衛省に到着。陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地にあるコンバット・インフォメーション・センターに入室するまで、起床してから30分しか経っていない。
 一番時間を要したのは、防衛省の敷地、施設ビル、CIC”コンバット・インフォメーション・センター”へと入る際の、佐瀬の身分確認だった。三枚堂が昨夜の内、陸将補の権力を使用して許可を取っていなければ、防衛省の敷地に入るのに、どれだけ時間が必要になったか・・・。
 食事は拳より少し小さい一口サイズの陸自謹製の携帯食を、EVの中で3個食べた。雑な食べ物にしか見えないのに3個とも味が異なり、意外にも美味なのが佐瀬には納得し難かった。
 陸上自衛隊で何故携帯食に、ここまで拘るか?
 栄養食であれば充分だろ?
 おいなら携帯食に費用を掛けるより、装備に金を掛けるぜよ。
「どうだ? 中々の味だろうが。オレはな、醤油味が気に入ってるんだ。どうした? 不景気な面しくさって」
 食事の質は兵士の士気にかかわる重要なファクターなのだが、戦場を知らない佐瀬には理解できなかったのだ。戦場での最大の愉しは食事といっても過言ではない。携帯食しか口にできない時でも、栄養だけでなく味にも最大限の配慮が成されている。
「美味い・・・それより、何故にCICなんですか」
 極限状態が連続する戦場に対する無理解。
 そのため、佐瀬は食事よりもCICへの興味を覚えたのだ。
「大規模作戦の指揮を執るためだが? どこに疑問を覚える? そんな余地なぞないだろ?」
 そう、疑問の余地は、まるでなかった。
 CICに入って、たったの10分で完全に理解できた。
 2人が入室したCICは、10メートル四方と陸上自衛隊指令所の中でも最小だが、設備は最新鋭だった。3人のオペレーターが壁面ディスプレイに向かい、自席のディスプレイと端末で黙々と作業している。オペレーターは背中で語っていた。陸自隊員のオペレーションのスペシャリストではなく、3人ともエンジニアとしてのスペシャリストだと・・・。
 壁面ディスプレイは中央を大きくとってあり、周囲を12分割している。12画面の内、大きく表示させたい画面を中央に持ってくる仕様となっているようだった。
「諸君。昨夜の急な招集に応じてもらい、オレは深く感謝している。誰一人として欠けることなく、誰一人として門倉の依頼書の行間を読み誤たず、良くぞ過たず展開してくれた。ソルジャー達よっ!」
 佐瀬は何名か人を出してもらい、リニアモーターカーから真田と児玉が降車したあと、護衛して貰えれば考えていた。
 特に在来線での乗り換え時は危険である。
 そして1番の危険地帯、最寄駅から6キロメートル以上ある第二統合情報処理研究所までの道のりの護衛を望んでいただけだった。
 しかし、画面に映っている隊員だけで軽く50人を超え。
 様々な場所に、人員と装備を展開している。 
「これより陸上自衛隊サイバー作戦隊の実弾演習を開始する」
『『『『『『『『『『了解でありますっ!!』』』』』
「実弾使うたら不味いでしょっ!!!」
「ふんっ。ちょっとした言葉の綾だ。サイバー作戦隊の武装は銃ではない。そうだろ、諸君」
『『『『『『『『『『その通りであります、三枚堂閣下。武装は電子機器。見えない攻撃から国民と国を守護し、見えない攻撃をもって平和を勝ち取る。それが我らサイバー作戦隊』』』』』』』』』』
 画面に映っているソルジャーは、それぞれにポージングしていた。敬礼をしている者、操作端末を掲げる者、装甲車両の運転席でサムズアップしている者、5人1組で1つの決めポーズを取ったりする者達など・・・画面ごとにバラバラだった。
 佐瀬は激しい違和感に襲われていた。
 ソルジャーの殆どが日に焼けていない。それどころか、どう見ても肉体が鍛えらていない。そう誰も彼もが、陸上自衛隊の隊員に見えないのだ。
 どうしてなのか?
 佐瀬が視線を画面に集中させ、必死に謎解きしていると、いつの間にか答えが目の前に出現したのだ。
 静かに作業していたCICオペレーターの1人が立ち上がり、佐瀬に雑な敬礼をする。
「西川慶二」
 佐瀬は思わず、立ち上がったCICオペレーターをフルネームで呼んでいた。
「おう、久しぶりだな。佐瀬勇次」
「こんなとこで何やってんだ?」
 西川は量子計算情報処理省に入省した年が佐瀬と星野、門倉と一緒。
 つまり同期なのだ。
 もっと言うと、西川と門倉は大学が一緒だけでなく、研究室まで一緒だった。
「陸上自衛隊のサイバー作戦隊に出向中だ。カドくんは知ってるはずだが?」
 きっと、もろうたドキュメントのどっかに、さり気のう記載されちゅーんやろうな。”わじゃ、聞いてしまおらんけどな!”なんて突っかかったら、細い目をしたカドくんが”なんで気づかないんだ”とか、”協力相手のスキル把握は必須事項だろ”とか、澄ました声で責めるに決まっちゅー。
 部下には優しゅう教えたり諭すのに、同期には厳しい。話を聞かん上司には、もっと厳しい。その性格が昇進の妨げになっちゅーと自覚しちゅー癖に、ちっくとも修正しようとせん。ホントええ性格しちゅー、カドくんは。
「サイバー作戦隊は第一次サイバー世界大戦での失態を教訓に、量子コンピューター研究開発機構のソルジャーと量子計算情報処理省の職員の就航を要請して、積極的に受け入れている。今回の作戦には、生粋の陸上自衛隊隊員も参加してるが、主力は三枚堂さんのソルジャーだ。自分も昨夜、三枚堂さんから役割毎の参加人数の招集連絡を受けたんだが、たったの10分で、現地での開発機材の実践テスト部隊の応募は締め切られていた。仕方なく、CICオペレーター職で自分は応募して、なんとか参加できた。今度から風呂にも端末を持って入ることを決意したよ」
「参加は任意なんか」
「任意だよ」
「三枚堂さん。ちっくと大事にしすぎやないか?」
「何いってんだ、佐瀬君。200人ぐらいしか参加してない。それに、これ以上減らすと、いくら君がいても警察とかの行政機関の介入を許さざるを得ないだろうな。陰ながら世界を護るには最低限の人数だ」
「そうやか・・・。ん? わいが行政機関を抑える?」
「今や財務省に代わり、量子計算情報処理省が最強官庁となったろうが」
「あれはカドくんの犠牲で・・・」
「何年か前にサイバー作戦隊に出向してきたが、愉快なヤツだったな。人事院に睨まれ出世コースから外されたクセに、危ない案件には必ず絡んでいる。稀有な運命の持ち主か、はたまたトラブルが恋人なのか。当時最強官庁と呼ばれいた財務省のケンカを単独で買って、返り討ちにしたという伝説の人物”門倉啓太”・・・しかし仲間がいた。その仲間が2人も、ここにいて、1人は量子計算情報処理省の監査室室長。まったく問題ないよな」
 流石は他の省庁から《量子計算情報処理省は政治家を脅す》と言われ始めた、語源の人だけある。脅し方がえげつない。すでに佐瀬は共犯者。各省庁からの苦情には、全身全霊を傾けて量子計算情報処理省の監査室室長の権限で言い訳けしろと・・・。問題となりそうになったら、全力を以て相手を脅し黙らせろと・・・。
「佐瀬、この端末を使うといい。量子計算情報処理省と専用回線で接続してある」
「準備がええな。いつも、こがなんやってのか?」
 佐瀬は皮肉を口にした。
「そんなに多くない。協力者がいないと国民生活が混乱に陥りかねない」
 西川は暗に、協力者がいれば実戦訓練を行うと言った。
 しかし三枚堂は、西川の言葉を肯定するというより、積極的に自らの意見を主張する。
「陸上自衛隊サイバー作戦隊は、主として国民生活の日常を護る部隊だ。国内だけでなく海外からも、日常的に魔の手が伸び、襲われているのだ。それをサイバー作戦隊は、陰ながら護っている。つまり日常的な訓練だけでなく、機会があれば実戦訓練をすべきなのだ」
 覚悟が足らざったようや。懲戒免職にならんようコネと権力、知人などあらゆるコネクションを総動員せんと・・・。自分の首だけでのう、陸上自衛隊サイバー作戦隊200名の首が、わいの双肩にかけられてしもうた。
 わい達から持ちよる話やき、最初から逃げ道はない。ちっくと怨むぞ、カドくん。
 佐瀬が決意を固める間にもサイバー作戦隊の実戦訓練は進む。
『S1班。対象1、2を視認。周囲良し』
 S1は品川担当1班。
 対象1は児玉孝一。
 対象2は真田圭。
 現在、真田と児玉がホテルから出立して、品川駅に向かって、怪しい動きをしながら歩いている。
 警察官が2人を見かけたら、不審者として職質するレベルだった。
『S3班。上空100、直線距離120にKD1あり、ロックオン』
 KD1は警察のドローン1機。上空100は、地上から100メートル。直線距離は対象1、2とKD1の直線距離。ロックオンは対ドローン兵器をボタン一つで使用、命中させられる状態となる。
『S2班。対象の進行方向良し』
『S4班。改札周囲の防犯カメラへの光学迷彩展開準備良し』
 防犯カメラの画像を解析され、真田と児玉の現在位置を特定されないよう、カメラのレンズに光学迷彩を展開する技術だった。防犯カメラの画像管理システムをハッキングするより安易で、かつ法律のグレーゾーンをつく技術である。
 しかし、未だ犯罪に使用されていない。防犯カメラ一台につき光学迷彩一つ展開するのはコストパフォーマンスが悪すぎる。ただでさえ高価な装備で使用条件がシビアなのだ。
『S5班。ホーム周囲良し』
『S2班。KD1直線距離300。ロック解除』
 KD1が警戒範囲を超えたので、対ドローン兵器のロックオンを外した。
 今や佐瀬の覚悟など待たず、事態は進行していたのだ。
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