第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第7章 巧遅拙速、天の時の妙(3)

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「で? どうにかしてくれるんだろうな、2人とも・・・。あと誰だい、真田圭は有望だって監査室にひっぱってきたのは・・・。行動力だけで、思慮が浅いんだよ」
 門倉と星野が発言者の佐瀬を睨んだ。
「ん? そうだった、おいか・・・」
 門倉と星野がシンクロしたように肯くと、3人の間に笑いが生まれた。
 ・・・乾いた笑いだった。
 ソファーにゆったりと身を沈め、偉そうな態度の星野が門倉に問う。
「おうおう、カドくん。案があるんだろ話してくれっか?」
 第一オペレーションルームで、星野が明後日に土佐へ説明すると言ったことに門倉は反対しなかった。それゆえ、門倉に案があると踏んでいるのだ。
「明日中の解決求めておいて、その態度は人としてどうだらんかねぇー?」
「人としてはダメでも、組織人としては優秀なのさ、ヨッシーは」
「あー、そうだな。納得だよ」
「おいおい、お前ら。本人、目の前にして言う台詞か?」
「ヨッシーは、どうして正直者のユージに訊いてしまうのかな。傷つくって知っててさ」
「自覚は?」
「・・・ある」
 普段は気にしないようにし、業務遂行を第一で行動している星野には自覚がある。それを友人2人に指摘され、流石に星野は項垂れた。
 一瞬だけだったが・・・。
「とにかく、話を聞かせてもらいたいぜよ」
 佐瀬に促され、門倉は作戦の詳細を語り始めた。
 門倉の説明が進むと共に、2人の顔から血の気が失せていく。
「いやいや、それは計画倒れってもんだ」
「お前、ボクに言ったよな。今度は俺たちも責任を一緒に負う。だから・・・世界を護れ! 敵はAIではない。悪意を持つ人間だ・・・ってさ」
「カドくん1人が暴走しただけなら、ユージと一緒に揉み消せるけどよぉー。第二に行って、そこの量子コンピューターをハッキングして、中央のAIに攻撃するんだろ。俺の管轄は中央までだ。第二までは無理だ」
 第二とは、岡山県にある第二統合情報処理研究所のことで、中央統合情報処理研究所のバックアップサイトである。普段は、公的機関の研究開発ための演算処理を実行している。
 なお、第一統合情報処理研究所は北海道にあり、第二統合情報処理研究所と同じく、中央統合情報処理研究所のバックアップサイトである。第一は主に、教育機関に開放し演算処理を実行している。
「ああっ、なに言ってんだ。若いのが全力で世界を護ろうと、盛大に囮になってたんだ。次はオッサンの出番だね。コイツは譲れんよ」
 門倉が凄みのある表情で2人に迫る。
「カドくん、ヨッシーと一緒に責任をとるのは構わねーけどよ。無理なものは無理だ」
「こういうのは、大事にした方が大丈夫なのさ」
「おいおい。カドくん、正気か? 大事にしたら懲戒免職処分でも済まないと思うなー」
「はぁーあ、致し方ねえ。おいは、覚悟決めよう。財務省と遣り合うた時は、皆で案検討したったのに、踏ん切りつかねかった。結局カドくんが1人で実行して、泥被りやがった。まあ、3人一緒の刑務所なら退屈はせんしな」
 諦めたような仕方ないような話し方だったが、佐瀬の確かな決意が伝わってきた。
 大きくため息を吐いてから、門倉は落ち着いた口調で告げる。
「方言が酷くなってきてるね、ユージ。もう少し落ち着こうか・・・。それよりもさ、三枚堂さんを見習えって。行政機関の仕事を麻痺させ、国会日程を変更させたのに昇進したろ。そうやって、今や量子計算情報処理省の事務次官候補さ」
「いやいや、そりゃ結果論だろ」
「あれは三枚堂さんだからぜよ」
「お前らなら三枚堂さんと同じ事できる・・・とは思ってないさ。それに第二からハッキングする前に作戦は完了させるしね。あくまで真田君が監査の名の下、第二のサブオペレーションルームに入れればいいのさ」
 門倉の計画で、真田圭と児玉孝一の役割は囮。
 それに幾ら防壁内からハッキングだとしても、数時間で児玉孝一が中央統合情報処理研究所の量子コンピューターをシャットダウンはあり得ない。
 中央統合情報処理研究所で稼働している数百台の量子コンピューターの内、ターゲットがどれかを特定することすらできないだろう。
 才能に恵まれ、高度なスキルを持ち、コンピューターの申し子との名を欲しい侭にしている天才だとしても不可能。
 なぜなら、中央統合情報処理研究所の所員の2人に1人は、その天才と呼ばれる人材である。その彼らが、毎日心血を注いで研究開発している対象が、中央統合情報処理研究所にある人工知能であり量子コンピューターのだ。
 星野と佐瀬も、量子コンピューターがシャットダウンされるのを危惧しているのではなく、部外者がハッキングするのを、どうやって揉み消せばいいのか悩んでいたのだ。
 それを門倉は大事にしろと言い、その上で三枚堂さんを見習えとまで宣ったのだ。
「それはそれでムカつくぜよ。せめて同じことも可能だ、とぐらい言ってくれ」
「俺らに手持ちのソルジャーはいない。そんな状況で、どうしろってんだ」
 ソルジャーの言葉に、我が意を得たりとばかり、門倉が悪意のある笑みを浮かべた。
「柔軟な思考ができなくなってるのか? それともワザとか? 偶には全力で考えろって。出世してから、自分で知的活動せず部下からの提案待ちになってんのか?」
「おいおい、カドくん。いい加減くどすぎる。時間がなくなっちまう」
「そうか・・・あるな。手持ちのソルジャーがいないなら、いるとこから借りればいいぜよ、ヨッシー」
 星野もバカではない。すぐに佐瀬の考えと同じ場所に辿り着いた。
「三枚堂さんか・・・」
「ちょっと発想が硬直してた・・・だけど、相変わらず、意地が悪いぜよ。さっさと答えても良かったんじゃ?」
「そうそう。カドくんは、ちょい・・・いや、結構まわりくどい」
「いつも言ってんだろ、生きてるうちは頭を使えってさ。偶には全力で考えないと脳細胞が減るからね」
「それって、ソースはあんのか? あんなら教えてくれや」
「ソースはボクさ」
 門倉が良い笑顔で言い切ったが、2人は微妙な表情を浮かべ、目を逸らした。
 ここまで真剣、かつ打ち合わせ内容をリードしていた門倉から、突然の信憑性の薄い情報に2人は戸惑ったのだ。今までの説明の全てに不信感が芽生えつつあったため、佐瀬は急いで話の結論へと導く。
「まあいい、了解した。早速行動しようか。それにしても真田圭は児玉君の盾か・・・おいの人選に間違いはなかった」
「いやいや、人選を間違ったから予定が狂って、ギリギリの勝負にでてるんだが」
「盾というより壁だけどな。そして、壁というからには、肉でてきていようが炎でできていようが、防護が目的だね。自ら首を突っ込んだとはいえ、孝一君は一民間人だから、危険に晒すのはボクの本意じゃないのさ」
 そう全く本意じゃないが、翻意はしない。
 コンピューターシステム全体の中の一部分のみに特化した技術者は大勢いる。ボクは、彼らスペシャリストに敬意を持っているし、そのように接している。もちろん、セキュリティーのスペシャリストにも敬意を払っている。
 しかし、ハッキングしてコンピューターシステムに異物を送り込むハッカーは許し難い存在だ。ハッカーの中でも、人が精魂込めて作り上げたシステムを、己の利益や娯楽のために破壊してまわるヤツらを、ボクはクズだと認定している。
 児玉孝一は、門倉の許容範囲を僅かに超え、ギリアウトだった。
 まだ17歳という年齢であり、アングラのサイトを攻撃対象としているので、情状酌量の余地はある。
 だから更生の機会を与えてやろう。
 ただ、天狗になっている少年を更生させるのは簡単でなく時間を要する。門倉には児玉孝一に時間をつかい、親身になって更生させる義理はない。故にショック療法によって、長くなった鼻っ柱を叩き折る・・・のではなく粉々に砕いて磨り潰し、一発で分からようと考えている。それと危険は許容してもらう。
 門倉の一方的な都合と思いが、彼の顔に黒い笑顔を浮かべさせていた。
「そう思うんなら、もう少し申し訳けなさそうな表情を浮かべようか、カドくん」
「おいおい。カドくんは、そんなに殊勝な性格してない」
「ヨッシーとは、とことんまで話し合うべきだね」
「2人とも・・・そんな一生結論が出そうにない話し合いは、定年退職してからにしてくれ。今は時間ないんだよな」
 本当に良い友達だ・・・。
 2人は、日本の量子コンピューターと人工知能の最先端研究を滞らせないため、自らの人生を犠牲にしてでも立ち向かう仲間であり友人。
 組織人としての彼らのポストなら、ボクに一人だけに責任を押し付けることも可能なのに・・・。
 それでも一緒に苦労して、責任を共有しようとする。
 ボクは恵まれている。
「そうそう。やっぱ懲戒免職は勘弁してもらいたいな。家のローンが残ってたんだ」
 星野が門倉と同じ責任を負うという話の流れをブッタ切り、責任範囲の条件を付けてきた。すると、佐瀬までが星野と同じような内容を口にする。 
「そういえば・・・おいは教育ローンが残ってる。子供が3人とも海外留学したかんな。諭旨退職処分までなら付き合おう」 
「お前ら・・・」
 ボクの感慨深い、さっきの感傷を返せ。
 ただ2人の口調は、羽毛のように軽く、目つきは柔和だったのだが・・・。
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