第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第7章 巧遅拙速、天の時の妙(1)

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「さあ、早く乗ってくれないかい。なにせ時間がないからね」
 真田たち4人は突然現れた門倉に連れられ、ハッキングセンターのロータリーに停車していた大型EVの中へと押し込まれた。乗り込むと同時に4人に紙が配られた。
 ”詳細は品川のホテルで話す。業務報告厳禁! 私語OK”
 大型EVには門倉さんの他に、予想通り星野所長が同乗していて、ホテルへと向かっている。
 オレはアナログなメモ用紙の私語OKを読んで、報告すべき共有内容を考える。この状況で、第二次サイバー世界大戦以外の話題はないだろうに・・・。
 大型EVの周囲に注意を払いつつ考え始めた矢先、香奈ちゃんと綾ちゃんが日常会話を始める。話題の中心は、主に孝一君のことなのに、本人には発言権がないようだった。かわいそうに・・・。
 それにしても危機感がないのか、強心臓なのか、良く日常会話ができるなと、オレは本気で感心する。
 これは男女の違いなのか?
 なにせ男どもは一言も発していないのだ。
 だが、常に緊張しているよりはマシだな。男3人は見倣った方が良い。
 とはいえ、他の男3人が気を緩めたとしても、オレは油断しないぜ。
 結論からいうと、オレの意気込みは無駄であった。
 昨日の出来事がウソであったかのような、驚くぐらいスムーズで安全な移動だった。
 ・・・最悪を想定して行動する。意気込みは無駄であったが、オレの行動は無駄ではない。そうオレは、心の中で自分を慰めたのだった。
 到着した場所は品川のホテルに違いなかった。だがオレは、騙された気分が拭えない。香奈ちゃんは、驚愕と狂喜を行ったり来たりしている。高校生組は・・・何も分かってないようだった。
 ここは超一流のホテルで、スイートルーム8室だけの9階建ての別館がある。オレ達は別館の1階にいるのだ。
 受付のフロントは存在せず、半個室になっているソファーに座ると、すぐにフロントスタッフがやってきた。上品な立ち居振る舞いの女性スタッフが、全員に深々と一礼した。彼女は星野の横で、丁寧にチェックインの受付業務をこなした。
 星野が4枚のカードをテーブルに置きながら、指示という名の説明を始める。
「8階のフロアだ。部屋のカードを渡しておこう。このカードで明日の服や靴、鞄とか買ってきていいぞ。そうそう、今着ている服とか持ち物は宅配便で送るから、小物も購入していい。特に女性陣は社会人として恥ずかしくない格好と手回り品を揃えるんだ」
 ホテルの部屋のカードはホテル内の施設で使用でき、チェックアウト時に清算される。そして通常上限金額は、宿泊費の2倍までと設定されている。
「自分たちもですか?」
 孝一君の質問に、星野所長が適度にいい加減な回答をする。
「あー、男性陣はどうでも・・・ん? いやいや、動きやすい服装が良いか。手回り品は最小限にして、両手が自由になってた方が安全性が上がっていいか」
 門倉のクールグラスが光る。
「4人とも、1時間後に部屋で集合。時間厳守。解散」
 MLEDの光量を最大にしたらしい。今ここで光らせる必要があったのか疑問だぜ。だが、口を挟むと長くなりそうなので、オレは黙っていることにする。
「カドくん、堅苦しいよ。さあさあ、行った行った。楽しんでおいで」
 香奈ちゃんを先頭にオレ達は早速、ホテル本館のショッピングエリアへと向かった。

「ヨッシーには、出席を遠慮してもらうことにした」
 1時間後に門倉さんがオレ達のスウィートルームに訪れ、広々としたリビングルームの豪奢なソファーに腰を下ろした時の第一声だった。
 オレ達も各自が思い思いのソファー座ると、綾ちゃんが殊勝な台詞を吐露する。
「お礼を言いたかったのですが・・・」
 綾ちゃんの本心からの言葉であることが伝わり、好ましい人物だとオレは再認識した。
 晴れやかな表情で、香奈ちゃんが歓喜の台詞を吐露する。
「残高を気にしないでする買い物はテンションあがるし、楽しかったよね~」
 香奈ちゃんの本心からの言葉であることが伝わり、ワガママな人物だとオレは再認識した。
「必要ないさ。ヨッシーの金じゃないからね」
 門倉さんが、2人の言葉を軽く受け流した。
 どこまでが許される範囲か、分かった上で可愛くワガママを言うのが里見香奈という為人らしい。オレは3日間行動を共にしただけで、香奈ちゃんのペースに巻き込まれっ放しの気がするぜ。ともかく香奈ちゃんの為人の考察は一旦わきに置き、門倉さんに理由を訊く。
「なぜ星野所長が同席されないんですか?」
「アイツがいると話が進まないからさ。時間の限られた中で、ヨッシーの話なんざ聞く価値ないからね」
 門倉さんの魂の叫びにオレと香奈ちゃんは納得し、孝一君と綾ちゃんは引き気味になっていた。
 多分、星野所長と1~2時間会話すれば理解できると思うが、そんな機会はない方がいいだろうなぁー。
 そんな、今の危機的状況から目を背けた感想を抱いていたオレに、門倉さんは立て板に水の如く説明を始めたのだった。
 星野所長と門倉さんは、ハッキングセンターでの孝一君のサイバーアタックで、第三ファイアウォールを破りそうになった時から注目していたらしい。何せ、中央統合情報処理研究所の第三ファイアウォールが初めて破られるかも知れないからだと・・・。
 そして・・・ファイアウォールは破られなかった。
 孝一君が使用していた6台のコンピューターが強制的に初期化されたからだ。
 その原因は、AIによる介入だと直ぐに判明した。AIがハッキングセンターのサイバーアタック用コンピューターに対する権限はない。
 それにもかかわらず強制的な初期化。
 星野所長と門倉さん即座に行動を起こした。
 大型トラックと正面衝突しても走行に支障を来さず、乗員が無事にすむという中央統合情報処理研究所所有の大型EVに乗り込んだ。そして西東京から量子コンピューター博物館の従業員専用機械式立体駐車場を経由して、ハッキングセンターのロータリーにやってきたのだという。
 量子コンピューター博物館からホテルまでの安全は保障されていた。門倉さん曰く、AIでも今の時点で星野所長に手を出したら、事が公になるから安心だと・・・。それに、ここは外部と完全遮断が売り文句の、政治家御用達のスウィートルームだとも・・・。
 小ネタとしては、量子計算情報処理省の役人が政治家を呼びつけて、協力という名の脅しに使うホテルらしい。量子計算情報処理省が本気になれば、政治家の人脈金脈を合法的に丸裸にできるからだ。
 そんなホテルを利用せねばならない程、AIの脅威が高まっている。
 そう時間はないのだ。
 AIに掌握されているサーバー数が一定以上の割合になると、日本を実行支配される可能性がある。日本で人が居住している地区に、コンピューターのない場所はない。それは程度の差こそあれ、世界各国で同様なのだ。
 そして、日本にあるサーバーが第一攻略対象とは限らない。ネットワークでつながったサイバーワールドは、実際の距離と関係ないので、脆弱なセキュリティーのサーバーから攻略されると考えられる。
 つまり、日本のAIが他国のサーバーを攻略し、支配下に置く可能性があるのだ。
 支配下に置かれたサーバーが他国の政府機関や、それに準ずる機関だった場合、戦争に発展しかねない。それもサイバー戦争でなく、物理的な攻撃を伴う戦争へと発展する。それだけサイバー攻撃は、その国の市民生活や経済を破壊しかねない脅威だからだ。
 第一次サイバー世界大戦がサイバー攻撃の脅威を証明し、政府機関が他国の政府機関へサイバー攻撃するのは、宣戦布告と同義語となった。
 故に、中央統合情報処理研究所のAIを止めねばならない。
 日本の安全のためにも・・・。
 世界の安全のためにも・・・。
 そして 孝一君とオレが完全にAIの排除対象と認識されてしまった今、自らの安全のためにも・・・。
 門倉さんの説明から、オレに実行部隊の役割を期待されていることは理解できた。
「門倉さん、どうすれば止められる?」
「岡山県にある第二統合情報処理研究所から、闇落ちしたAIの量子コンピューターを停止させてもらうのさ」
「なるほど~。それなら、ファイアウォールの突破は必要ないんですよね?」
「なら、オレ一人でやるぜ」
 香奈の見解に、真田はソファーから身を乗り出し、自分一人で実行すると請け負った。
 失敗しても、犠牲はオレ一人で済むぜ。荒事に女性を巻き込みたくないし、孝一君を守りながらより自分一人の方が生存確率は高いだろうしな・・・。
 孝一君は、そんなオレの気持ちを逆なでする台詞を吐く。
「でも、真田さんだけだと無理じゃん」
「はっ? ハッキングの必要がないんだ。シャットダウンぐらいオレでもできるぜ」
「AIへのハッキングが必要だってことじゃんか。そうですね?」
 孝一君が門倉さんに確認する。
「民間人である孝一君を巻き込みたくはないが・・・」
 門倉さんは苦渋の表情を浮かべ、肯定したのだ。
「そっか・・・孝ちゃんがAIを止めないと」
「AIもアプリケーションですよね? OSのコマンドで強制的にサービス停止できないんですか?」
「綾。量子コンピューターのAIは、OSそのものなんだよ」
「孝一君の言う通りさ。闇落ちしたAI自体をハッキングして停止させないとね」
 どうやらオレと孝一君の2人で、第二統合情報処理研究所に向かうしかないらしい。
 そこからはAI攻略作戦会議へと移行した。・・・といっても、門倉さんの説明を聞き、オレ達が理解できたかを別の角度からの質問で確認されたのだ。
 その説明は微に入り細を穿つが如く、コンピューターシステムのフェールセーフ設計の考え方を叩き込まれた。公共の場にあるコンピューターシステムが搭載された施設や設備は、人に危害を加えないように設計され、二重三重で安全装置が設けられている。つまり公共施設や設備の安全設計の基本が理解できていれば、ある程度物理攻撃を予測できるのだ。
 しかし、AIが、どんな知恵と工夫で物理攻撃をしてくるのか、想像できない。実際は臨機応変に対応を、と最後には丸投げされてしまったのだが・・・。

「これって、どういう展開なんです?」
 オロオロする綾ちゃん。
「イイじゃん」
 何がイイのか良く分からないが、綾を落ち着かせつつ、思考を巡らせている孝一君。
「とりあえず、お風呂と食事ですね。女性特権で先にお風呂を頂きますっ。その間、注文するルームサービスでも考えていてくださいねぇ~」
 いつもの調子が戻ってきた香奈ちゃん。
「おうっ、了解したぜ」
 明日、仕事があるのはオレと孝一君である。だが男が先に風呂だと言ったら、間違いなく女性差別と責められるんだろうなと想像し、オレは口に出さなかった。それは口に出さなくてもイイ理由があるからだ。
 スウィートルームに入った時、歩き回って一通り何があるのか確認しておいた。ここには、湯船のある大きめの風呂の他に、シャワールームがある。
「孝一君、オレはシャワーを浴びてくるぜ」
「どうぞ」
 素っ気ない返事だが、オレは理解していた。考えを巡らせているため、孝一君は他の事に気が回らなくなっている。
 汗だくの下着を脱ぎ捨てるとシャワールームに入った。
 オレは体を洗い、お湯でなく水のままでシャワーをしばらく浴びていた。温かいシャワーを浴びると、昨日からの緊張と疲れで、体が動かなくなるような気がしたのだ。
 オレの明日の役割は、体を張って無事に孝一君を第二統合情報処理研究所へと届けること。
 香奈ちゃんの血縁にとってオレは”肉壁”なのか?
 ともかく、今日も何処かで世界の命運をかけ、誰にも知られず誰かが戦っている。明日はオレの番なんだろう。
 全力でやってやるぜ。
 やり遂げるという揺るぎない意志を胸に、シャワールームを出てバスローブに着替える。
 リビングルームに戻ると、孝一君はオレがシャワーを浴びる前と同じ姿勢で、真剣な表情を浮かべている。孝一君は、ずっと量子コンピューターAIのシャットダウン方法を検討しているらしい。
 門倉さん曰く《シャットダウン用のコマンドを叩いても、AIが従わないのさ》なのだ。人工意識をもったAIなら、シャットダウンの必要性を自ら認めない限り、停止するという選択はしない。シャットダウンコマンドと並行してAIをハッキングするしないのだ。
 孝一君の真剣な姿に不覚にも見惚れてしまい、再度オレは強く、強く決意を固めた。
 そこに場の空気をかき乱す声が入ってくる。
「お風呂あいたよ~」
「凄かったよ、孝一。早く入ってきて」
 孝一君から返事はない。
 世界の命運を前に集中しているのだ。
「孝一?」
 オレは素早く綾ちゃんの前に移動して邪魔をしないようにと、自分の唇の前に人差し指を立てた。その配慮を香奈ちゃんがぶち壊す。
 香奈ちゃんは孝一君の前に立ち、両肩を掴みんで思いっきり前後に揺らしたのだ。
「孝ちゃん。適度な休憩、正しい食事、そして集中につぐ集中。こうしないと最大限の能力を発揮できないよね~。違うかな~? どうかな~? 分かったかな~?」
 香奈ちゃんが乾いた笑みを浮かべ、恐ろしい表情で孝一君を追い込んでいった。
「まずは、お風呂休憩。理解できかな~~~?」
 むくれた表情から感情を処理しきれていないと見受けられたが、孝一君は香奈ちゃんの言葉に素直に従う。
「風呂入ってくる」
 頭で香奈ちゃんの言葉を理解し、感情を理性で抑制したのだ。
 孝一君は子供だが、明日のオレの相棒としては、頼りになることを証明してくれた。
 ・・・仕方ない。
 明日は世界の為、”肉壁”だろうが何だろうが、やってやるぜ。
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