第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第6章 撤収、防衛、作戦、反撃(1)

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「はあぁあぁ、疲れたぜ・・・」
 真田と香奈は、待ち合せ場所としたハッキングセンターのロビーのソファーに座っていた。ハッキングセンターのロビーまでなら、量子計算情報処理省の職員は自由に入れるのだ。無論、TheWOCと、・・・センターのAIとほぼ同じ環境に接続可能である検証ルームは、ロビーより格段にセキュリティレベルがあがる。その検証ルームはチーム単位で借りるため、複数の大きさが用意されている。
 だが検証ルームのセキュリティは固いとはいえ、西東京の堅固さとは、あらゆる面で比べものにならない。それは、物理的な意味合いだけでなく・・・。
「まさか、センター長室を退出したら、14時を過ぎてたなんて思わなかったぜ」
「真田先輩が抜き打ち訓練を実施しちゃったからです。それで午前中が潰れて、センター長との約束時刻の13時を過ぎだったから、昼食抜きになったんです。その後、まさか見学予定に考えてた場所を、全て回るとは思いもしませんでしたねっ」
「有森センター長と孝一君の話を総合すると、時間がないかもしれないんだぜ。出来ることは、やっておくべきだ。それに、諸々悪かったなと思ったから、さっき奢っただろ?」
「ええ、やっすい謝罪でしたね。ファストフード店とは、思いもよりませんでしたよ。お詫びに奢るぜ、と言われたから結構期待してたんですけどねっ!」
「どんな期待をしてたか知らないが、夕食前なんだ。軽食にすべきだろ?」
 西東京を17時頃に退出しため、18時の待ち合わせ時刻まで時間に余裕がなかった。
「せめて美味しいスイーツのお店とかだったら、文句なかったんですけど・・・。なんでファストフード店だったんですかね?」
「ハッキングセンターに行く途中にあったからだが。それに、ここらには昨日初めて来たんだから、どこに何があるか知る訳ないだろ」
 オレとしては、途中で小腹を満たせる最適なチョイスをしたつもりだった。
「現代人なんですから、ネットの街の飲食店紹介サービスを利用するとか、様々な手段がありますよねっ」
「分かった分かった・・・明日の昼食時に誠意をみせる。それでいいだろ」
「本当ですね~?」
 視線が同じぐらいの位置だと、香奈ちゃんでも意外に迫力がある。そう、中学3年生ぐらいの女子ぐらいの迫力が・・・。
「いいですかっ! 西東京の食堂とか、近辺のチェーン店だったら許さないですからねっ!」
 一気に候補が4つ消えた。《お高いチェーン店もあるぜ》と呟きそうになったが、候補にお高いチェーン店はなかった。突っ込まれたらアウトだし、この勢いだと確実に突っ込んでくるだろうな。
 明日は、ネットの街の”飲食店紹介サービス”を利用するしかないか・・・。あのサービスって、有料なんだよなぁ。
「それにしても、孝一君たち遅いな。約束の時刻から30分以上過ぎてる。もしかして、センターの外にいるのかな」
「孝一君と綾ちゃんの2人に連絡つかないから、まだ粘っているんだと思います」
「金曜日まで予約してあるんだから、用意してきたって言ってたバッチ処理を流しっぱなしにすればいいだろ?」
「そうは思いますけど・・・何かあったのかも知れないですしねぇ~。気長に待てば、いいんじゃないですかぁ~」
 2人はダラダラと世間話をしながら、孝一と綾を待っている事にした。そして20分後に、ようやく検証ルーム方向から孝一たちが出てきたのだ。

 中央線快速で東京方面へ3駅行き、そこで4人は電車を降りた。
 孝一が4人の帰り道で寄って行けるレストランを調査した結果である。
 もちろん、セキュリティ重視で選んだレストランであり、孝一は料理の味を知らない。
 しかし、美味いはずだ。
 そうでないとオカシイ。
 なにせ昨日の4人分の夕食とほぼ同額を、予約の際にチャージとして支払った。しかも予約をキャンセルした場合、全額返金しないという態度のでかいレストランなのだ。これで美味しくなかったら、全然納得いかない。これは詐欺と言って良いレベルじゃん。
 そんなことより一番重要なのは、美味しくなくても《自分の所為じゃないじゃん》と言い切れる。
 そこんとこ、すっごく重要。
 孝一は駅を降りてから、クールグラスをARモードにして、案内通りに進んでいる。
 先頭を孝一が、次に香奈と綾が喋りながら、最後に真田という順番だった。
 目的のレストランへは、青梅街道を渡った先にある。
 道幅の広い青梅街道を横切るには、屋根つきエレベーターつきの歩道橋か、信号のある横断歩道かになる。だが歩道橋は少し離れた位置にあり、その上、歩道橋方向に行くとレストランから遠ざかってしまう。
 当然、孝一は横断歩道を渡るを選択した。
 青梅街道にさしかかった時に、ちょうど信号が赤に変わった。
 立ち止まった孝一は、両手首に巻いているブレスレット型ウェアラブルPCの情報の整理を始めた。それは今日の結果や今後の方針などで、食後に共有しようと考えてる。
「青信号だよ。行こう」
 作業に没頭している時、香奈ネーの声が聞こえた。
 声に従い、孝一は素直に歩き出す。
 周囲に関する注意が散漫になっていた孝一を、現実に引き戻したのは真田だった。真田は孝一の腕を掴み、強引に歩道へと引き戻したのだった。
 倒れそうになった態勢を立て直し、孝一は真田に食って掛かる。
「何すんだっ」
「赤信号だぜ。孝一君こそ、何しようとしてんだ?」
 視線を青梅街道の向こう端に移動させると、確かに信号の色は赤だった。
「えっ? だって・・・。香奈ネーが青信号だって・・・。行こうって・・・」
「うん? 言ってないけど」
「どうしたの? 香奈さんと私、ずっと喋っていたんだよ。孝一に話しかけてないよ」
「いや、”青信号だよ。行こう”って言われたから・・・」
「アタシが言うなら。”孝ちゃん、青だよ~”かな?」
 そうじゃん。
 香奈ネーと綾は、喋っていた雰囲気が自分にずっと伝わっていた。それは視野内に入っていなくても分かっていた。
「空耳じゃないの? 孝一」
「あんなにハッキリと聞こえたんだ。空耳なんかじゃない・・・はずだと・・・思う」
 信号が青に変わったが誰も渡ろうとせず、全員考え込んでいる。
「孝一君。渡ろうとした時、信号の色は見たか?」
「えー・・・見た・・・青だった。そうだよ、青だったじゃん。なんで、すぐ赤に変わったりすんだ」
 香奈と綾は、信号を見ていなかったようで戸惑っている。
「ボーっとだが、オレは見ていたぜ」
「一瞬だけ青になったという訳な・・・」
「違う。信号は、赤から変わっていないぜ。一瞬たりとも青になっていないんだ」
 真田の言葉で、2つの異変が孝一にのみ起きていたと証明されたのだ。
 普段なら気の所為とか、後で考えようとかでも良い。しかし今日、ハッキングセンターの帰りに起きたことを関連付けられない程、4人とも愚かではない。暢気でリスク管理のできない者が、第二次サイバー世界大戦に首など突っ込まない。
「信号についている指向性スピーカーだ。孝一君」
 警察庁の知識を総動員して、真田は声の正体に気がついた。
「なら信号は、クールグラスで欺瞞情報を表示させれば・・・」
 孝一は呟くと、突然両腕のブレスレットを取り外し、地面に叩きつけた。
「畜生がっ。やられた」
 綾は見たことなく、香奈は孝一の幼い頃に、数回見たことのあるマジ怒りだった。
「おおーっと。孝ちゃん、激情に流されてモノに当たるのは、良くない行為ですねぇ~」
 孝一は叩きつけただけでなく、何度も踏みつぶす。
「孝一、どうしたの? そんなに壊したら修理もできないじゃん」
「孝一君のブレスレットはウェアラブルPCなんだな?」
「そうですよ。・・・まさかハッキング相手から、カウンター攻撃を喰らうとは・・・さすが民生用世界一の量子コンピューター群に、AI研究の最先端。すっげぇー、潰し甲斐があんじゃん。金曜日には、ぜってぇー、支配して平伏させてやる」
 孝一の言う通り、量子計算情報処理省の中央統合情報処理研究所の量子コンピューター群が世界一の処理能力を誇っている。
「孝ちゃん。目的がすり替わってるよ」
「コンピューターとかAIとかは、平伏できないんじゃいかなぁ」
「とにかく、総合コンピューターショップに行く」
「あっ、無視した」
「孝一、ひっど~い」
「どうしてだ? 情報共有してくれないと困るぜ」
「ああぁああ・・・」
「孝一、落ち着いてっ! 全部を一度にはできないんだから。優先度の高いものから順に処理すれば良いじゃん。何すれば良い? ほら、指示と説明」
 孝一は大きく深呼吸すると、目を閉じ、2秒後に落ち着きを払った口調で話し始める。
「まず、全員端末の電源を落として欲しい。ハッキングされる可能性がある。・・・コネクトやクールグラスもだね。これらはPCと比較して、意外とハッキングし易いし・・・。量子計算情報処理省のAIが、自分のウェラブルPCにハッキングしたと推測できんじゃん。ということはさ、すでに3人は自分の関係者と認識されている訳なんだ」
 3人は孝一の説明の途中から、端末の電源を落とし始めた。
「電源を落としても実は油断できない。バッテリーを外さない限り待機モードになっている仕様の端末もある。リモートコントロールで電源を入れて、いつの間にかハッキングされる可能性もある。だから、総合コンピューターショップに行く」
 孝一の論理の飛躍に、真田と香奈はついていけず、疑問形を頭の上に登場させ、困惑の表情を浮かべている。
 さすがに孝一の仕事を手伝い、孝一の思考に苦労させらている綾は、気づいたようで答えを口にする。
「そうかぁ、電磁波遮断ボックスを買って、端末を封じ込めるんだね」
「総合コンピューターショップが駅の近くにあるはずなんだ・・・どこ?」
「孝ちゃん、どこはないでしょ、どこは」
「あー。孝一ってば、総合コンピューターショップに帰りにでも立ち寄ろうって考えて、この駅にしたんでしょ」
 綾とのいつもの日常のやりとりに、孝一はすっかり落ち着きを取り戻した。その所為で自分の欲望も暴露してしまう。
「そうだけど何か問題が? こういうところの総合コンピューターショップには、数年前の売れ残りパーツの中に、意外な掘り出し物があるんだ。ネット検索では引っ掛からなくても、物を見ると自分のセンサーに引っ掛かるんだよ」
「それで孝ちゃんは、場所を知らないと?」
「そういうことになるねー」
 開き直った孝一に、香奈は追撃の台詞が思い浮かばない。
 今では目的地に向かう時、ナビ機能を備えた端末に任せっきりで指示通り行くのが普通なのだ。
「オレが案内してやるぜ。場所も行き方も分かる」
 3人とも驚きを露わにした。
 孝一は、真田に知識で助けられてることに。
 香奈は、この街の地図が頭の中に入っていることに。真田は量子コンピューター博物館の場所を知らなかったぐらいで、この辺りの土地勘がないのだ。
 綾は、総合コンピューターショップという店の存在を知っていることに。コンピューター関連のパーツはネットで、PC関連は電化製品などの量販店で。それが普通の人の認識なのだ。
「その顔、揃いも揃って失礼じゃねーか?」
「オレにとっても、馴染みのある街で、隅々まで把握しているといっても過言ではない」
 真田は自信満々に言い切った。
 それはそうだろう。この街はIoT追跡システムのテスト候補地で、地図を見たり眺めたりしていたのではなかった。真田は地図を入念に読み込み、未だ暗記していたのだ。
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