第二次サイバー世界大戦

kashiwagura

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第3章 シンギュラリティ(2)

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「ちょっと待て・・・シンギュラリティ? ・・・さっぱりだぜ」
 シンギュラリティを知らないとは・・・。
 孝一は大外れを引いた気分になった。児玉さんがAI監査グループ所属と聞いた時、自分の運の良さを喜んだ。
 だが今は、喜んだ自分がバカだったと思える。
「日本語で言うと、技術的特異点ですよ~」
 ピッツァを咀嚼し終えた香奈ネーが、真田さんの疑問に答えた。
「あの・・・もしかして真田さん・・・技術に詳しくないのですか?」
 綾が真田さんに質問した。
 自分が結構失礼なのは自覚している。しかし、綾も相当失礼というか、ハッキリ物を言う性格なのだ。
「オレは今月から、急に量子計算情報処理省の所属となったんだ」
 技術面で圧倒的なアドバンテージがあると知り、孝一は完全に落ち着きを取り戻した。
「それは・・・大変そうですね。そう、頑張ってください」
 4人の中で一番コミュニケーション力がある綾が、同情の気持ちを少しだけ込め児玉に声をかけた。
「しかも、昨日、警察庁には戻れなくなった。詳しくは語れないが、ずっと量子計算情報処理省から離れられなくなったらしい」
 少しだけ気を良くした児玉が、軽い口調で自分の身に降りかかった不幸を話した。それを聞いて、綾だけが言葉に詰まる。
「そ、それは・・・」
 児玉孝一がプリモピアットに選択したのはパスタで、時間が経つと伸びてしまう。
 そう彼の今の優先順位は、話すより食べるだった。
 従姉である香奈も孝一と同様の考えらしく、ピッツァ・マルゲリータは残り少なくなっていた。
「オレは望んで警察庁に入庁したんだ。それなのに戻れなくなった。不本意極まりないぜ」
 エビにホタテ、アサリ、イカなどが入っているシーフード冷製パスタを児玉は口にした。
 美味しい。
 自分の舌の味覚と、貧困な語彙では表現できない。
 シーフード冷製パスタを口にするまで孝一は、この店にサイバー攻撃をしかけていた。その結果をクールグラスに表示させ確認し終えたのだ。
 顔を上げると香奈ネーと目が合う。その一瞬の視線の交錯だけで、自分の成すべきことを理解した。
 この美味しいプリモピアットを食すること。今の自分達がすべきは・・・そう、全力で食事を愉しむことなのだ。
 愉しんでいる香奈と孝一とは対照的に、綾は困った表情になっている。・・・というより、面倒になってきてるんだろうなー。
「・・・そうだったんですか~」
 綾には悪いなーと思ってる。
 しかし孝一は、綾に手を差し伸べるどころかクールグラスの主要な使用方法、ARネットワークゲームを始めていた。
「ああ、そうなんだ。・・・という訳だから、技術については勉強し始めたばかりなんだよ。こうなったのを、ずっと嘆いていても仕方ないだろ?」 
 孝一のウェアラブル入力デバイスは、指ぬきグローブ型である。
 両手を広げて5秒間待つとキーボードになり、指の動きをトレースしてキー入力できるようになる。右手だけをグーにすれば、右手はマウスで、左手はマウスのボタンとなる。左手をグーにするば、右手は数字キーの入力となる。
 手をキーボードのホームポジションに戻すには、両手を一旦グーにして、すぐパーにする。
 両手を5秒間グーにすると、入力デバイスはロックされる。
 肝心のコンピューターは、門倉と同様のブレスレット型ウェアラブルPCで両手首に巻いているのだ。
 そして今、孝一はARネットワークゲームをしながらパスタの味を満喫している。
 孝一と香奈は、各々で食事を愉しみ。
 真田は綾に、自分語りを続けている。
「だけどオレは、量子計算情報処理省のAI監査グループの一員だ。協力は惜しまないぜ。警察庁に戻れなくても、世の中の為に行動す・・・」
 真田の話を遮り、綾は不機嫌な表情を隠そうともせず、氷の声音で言い放つ。
「愚痴を聞いて欲しいのですか? 同情して貰いたいのですか? 慰めて欲しいのですか? 核心から外れた話より、第二次サイバー世界大戦の危機を乗り越える方法について話しましょう。良いですよねっ!」
 綾は顔を横に向け視線で孝一を突き刺し、クレームの矛先を向ける。 
「孝一、なんで話に参加しないのっ。第二次サイバー世界大戦を阻止する為の会議でしょ!」
 綾の声は認識できている。
 だが今、自分はパスタを咀嚼しながら、全力でキーボード入力している。
 無反応の孝一に対して綾は仕方なく、彼の手の甲に自分の手を優しく重ねるという予想外の行動にでた。
「孝一っ!!」
 厳しい声色と共に綾は腰を浮かせ、被せていた両手に容赦なく体重をかけた。
「食事中に何すんだ、綾」
「それはこっちの台詞よ、孝一。食事中にゲームはダメでしょ」
「綾ちゃん、論点がずれてるよ~」
 香奈は、笑顔で綾に加勢した。
「はい、香奈さん」
 視線を孝一に戻して厳しく問う。
「今日の目標は何?」
「第二次サイバー世界大戦を阻止して世界を護る。その目的の為、ハッキングセンターを使用する手筈を整えるんじゃなかったけ?」
「そうでしょ。暢気に食事をしてる場合なの?」
「優先順位が高いのは食事じゃん。手筈を整える期限は今日中で構わないけど、食事の期限の方が圧倒的に短いと・・・」
「重要度は、食事よりハッキングセンター使用許可の方が圧倒的に上でしょ」
「優先順位は、重要度と期限から決定される。重要度の高いタスクが、期限までに間に合うかどうかを精度良く見積る・・・ハッキングセンターの使用許可を貰うという、タスク完了の目途が立ったんだよ。なら、期限の近い食事タスクを実施すべきじゃん」
「ええー・・・いつ、目途が立ったの?」
「オレが協力は惜しまないぜ、と言ったからだろ」
「真田さんが自分の話を詳しく聞く、そして細大漏らさず話すように言った。そしてシンギュラリティを知らなかった。その時にですよ」
 表情から察するに、真田さんと綾は理解できていないようだ。相手に理解できるように説明するのって、すっげー面倒じゃん。どうすっかなぁ・・・。
 真田はともかく、綾は孝一が連れてきた。それなのに説明するのを面倒がっているのだ。
 そんな孝一に任せておくと話が進まないと判断したのか、香奈は柔らかい雰囲気を醸し出しつつ、優しい口調で説明を始める。
「第二次サイバー世界大戦の兆候があり、間接的であっても証拠がある。量子計算情報処理省の官僚として、その話を聞いて何もしない。それは、あり得ないですよねぇ~。それに真田先輩、AI監査グループはAIのシンギュラリティの調査をすべきです。情報提供者であり、シンギュラリティであるとの主張を確認する為には、情報交換する必要がありますよねぇ~」
 こういう時、香奈ネーが空気を読んで口を挟んでくれえるのは、いつもながら非常に有難い。
 綾と自分は、議論において言葉を飾らずストレートにモノを言う質だから、良く相手を怒らせるからね。特に知識や考察力が劣り、年上が相手となると怒らせる確率が高くなる。
 まあ、それは仕方ないじゃん。
 何せ原因は分かっているけど、直す気は全くないんだから・・・。
「食事を愉しみつつも、孝ちゃんは、ちゃんと詳しく、丁寧に、真剣な話をしてくれないかな~」
 ヤバッ・・・、香奈ネーの目がマジになっていた。
 これ以上話を拗らせると、今度は香奈ネーまで怒らせるかも・・・。
「分かったよ、香奈ネー。真剣も真剣、切れ味抜群で語ろうじゃん」

 香奈と真田は量子計算情報処理省専用の官舎に帰り、談話室の1つに入った。
 ここの談話室は名前こそ談話室だが、密談する為の部屋なのだ。
 談話室は空いていれば自由に使用できるし、飲食物の持込も制限がない。それ故に、夜は意外と満室になる。気兼ねなく仕事の話をしながら、酒の飲める場所が少ない所為だ。セキュリティ強度の高い個室での外食は、値段が高くつく。
 電車に乗り官舎へと移動している間に、香奈が談話室を予約しておいたのだ。
「アイツ、最初ネコ被ってたな」
「そんな器用な子じゃないですね。最初は、お店のセキュリティチェックに気を取られていたから、口数が少なかっただけですよ~」
「つまり、生意気なヤツだと」
「生意気だけど、サイバーセキュリティの天才ですね~。10社以上の企業とセキュリティチェックの契約を締結してるみたいで、収入はアタシの倍以上あるみたい・・・」
「真面目に確定申告してんのか・・・。んんっ、それなら、なんでオレが奢らなけりゃいけないんだ。あっ・・・人工知能をコンピューターに実装する為の原則を知ってるっていうのは、孝一のことだな?」
「収入は多いけど、支出も多いから納税額は少ないらしいですよ~」
 中学生でも知っているというのも、孝ちゃんの事だったんですよねぇ~。
「支出が多い?」
「ハイスペックな機器が必要だから・・・という言い訳で、好き放題に最新のコンピューター関連機器を購入しているらしくて・・・あぁーっと、そうでした」
 電子マネー機能付きコネクトとヴァリアブルマネータグを取り出して、香奈は飲食代の半額をチャージする。
 ”ヴァリアブル・マネー・タグ”は、1回限りの電子マネー交換ツールである。1辺3センチメートルの4角形の丈夫な紙に、ICチップが埋め込んである。
 電子マネー交換システムで、24時間以内に自分の電子マネーへチャージしないと無効となる。無効となった場合、電子マネーはチャージ元に戻る仕組みだ。
 ヴァリアブルマネータグを真田に差し出しつつ、香奈は頭を下げる。
「今日は付き合ってもらい、ありがとうございました」
「んっ、これは?」
「割り勘でしたよね、食事代。約束の半額分です」
「いいのか?」
「アタシだって基本給が3割アップするんですよ~」
「そうだったな。・・・貰っておくぜ」
「それで、どうしますか? 真田先輩。ハッキングセンターの許可は貰っておきましたけど・・・」
「所長からメールの返事がきたぜ」
「何のことですか?」
「明日、中央統合情報処理研究所のAI研究開発センターのセンター長と、面会できることになった。孝一君と綾ちゃんをハッキングセンターへ案内する前に、何を聞きだせば良いか確認しとこうぜ」
 どうして乗り気になるのかな? アタシには理解できない思考回路ですねぇ~。
 警察庁出身なら、法令遵守の方向に傾くでしょう。
 こんなに危険が待ち受けていそうなのに・・・。
「孝ちゃんから第二次サイバー世界大戦が勃発する危機にあると、そう聞いてきましたよねぇ~」
 香奈は昨日の夜の内に門倉へと、従弟がサイバーセキュリティーについての問題を発見したとメールしていた。そして今日の朝、サイバーセキュリティ-のもんだいとは第二次サイバー世界大戦の可能性についてで、どうしたら良いか相談したのだ。
 門倉から喫茶店で受けたアドバイスを、香奈は思い出していた。
《たぶん里見さんは気付いていると思うけど、少しばかり厄介な案件を任されていてね。もちろん、第二次サイバー世界大戦が起きるというなら、防がないとね。ただ証拠なり、確証がないと、ボクは今の案件を放り出せないかな。とりあえず、真田君を巻き込むと良いんじゃないか? 警察庁出身だしさ》
 門倉さん・・・アナタのアドバイスに従って真田先輩を巻き込んでみたら、凄く乗り気になったみたいです。アタシの負担が減れば良いなぁ~と軽く考えていたのに、全力で証拠探しすることになりそうですよ・・・。
「AI監査室の一員として、何より市民と国に仕える公僕として、この危機を見過ごせない。日本発の第二次サイバー世界大戦など起こさせない。絶対に防いでやるぜ」
 香奈は悪意ある微笑を浮かべながら、反対意見を述べてみる。
「おおーっと・・・正義感が強いのは良いですけど、アタシたちだけで対応する必要はないですよねぇ~」
「証拠がない。どこに、どう報告すれば、協力者が得られるんだ?」
 正論ですねぇ~。そんな意見が聞きたいんじゃないですけど・・・。
「オレたちで証拠を見つけるしかない」
「孝ちゃんに対して、結構抵抗してましたよねぇ~」
 真田は表情を引き締めて、香奈に言い切る。
「若者を危険に晒す訳にはいかない。だから手を引くように持っていきたかった。しかし孝一君たちのスキルが必要だというのを理解したんだ。だからこそ、オレたちが囮として彼らを護らなければ・・・。いいか、香奈ちゃん。オレたちでヤルしかないんだぜ」
 そうだったかな。何だか、まるで納得いかないんですよねぇ~。
「今から、想定されるケースについて検討する。良いなっ!」
 良くないって言っても、アタシが巻き込んだんだからって言って、付き合わされるんですよね。・・・きっと。
 門倉さん、恨みますよぉ~~~。
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