5 / 6
一章
四話 『メイト』
しおりを挟む都内某所――――。
繁華街から少し離れた場所にある、控えめな外観で目立たないオフィスビル。その建物全体が『メイト』の本拠地として使われている。
任務を終えて戻ったばかりのハロルド・スプリングと桜庭 詠は、報告のため、上司の待つ最上階の一室を目指していた。
「それにしても、吉田はなぜファミリーレストランなんて狙ったのでしょうか?
アザーズの標的になるのは、高級ブランド店とか宝石店ばかりなのに」
相棒の疑問にハロルド――――ハルは、エレベーターのボタンを押しながら答える。
「あいつは最近、大掛かりな強盗計画でヘマをやらかしたからな。
リーダー格のやつに絞られてヤケになっていたんだろう」
「なるほど。だから落ち込んでいたり、いきなりキレたり情緒不安定だったんですね」
腑に落ちたような声を漏らす詠。
と、上昇していたエレベーターがとまり扉が開く。
ハルを先頭にして降りたふたりは、広い廊下を進んで重厚な作りの扉の前に立った。
ハルがノックをすると、中から『どうぞ~』と間延びした声が返ってくる。
「失礼する」
「失礼します」
「お帰り。ハルくん詠くん」
ふたりを出迎えたのは、デスクの前におかれた椅子に座っている男ーーーー。
『メイト』の設立者にして責任者をつとめる通称“ボス”である。
ビジネス用のスーツに、うしろに撫でつけたロマンスグレイの髪。……それだけならどこにでもいる中年のサラリーマンだが、顔に面をつけているせいで不気味さと滑稽さを感じさせる奇妙な人物だ。
「任務どうだった?」
上司の怪しげな風貌に見慣れているハルは、特に気にするでもなく報告をはじめる。
「いつもどおり、『COT』に身柄を渡した。
ちゃんと僕らの記憶を消したあとでな」
『COT』とは協力関係にあるものの、信用しあっているわけではない。
だから、捕らえた『アザーズ』からハルたちの外見的特徴が漏れないようにする必要があるのだ。
もちろん、『COT』はこの場所やメンバーに関する個人情報を知らないし、 やりとりも足のつかない電話でのやりとりのみと、情報漏洩の防止を徹底している。
「そっか、お疲れ様。……ところで詠くん、ずいぶんひどい怪我だけど苦戦したのかい?」
ボスの顔がわずかに横に動き、ハルから詠へと視線移動したのだとわかる。
気まずそうに目を泳がせる詠のかわりにハルが答えた。
「またお人よしが災いして無茶したんだ」
「…………申し訳ありません。わたしの勝手な行動で足をひっぱってしまいました」
しょんぼり頭をたれる詠に、ボスは優しく声をかける。
「そんなに落ち込まなくていいよ。
君のことだ、誰かを庇って怪我を負ったんでしょ。ハルくんの冷酷無慈悲な作戦から守るために」
「人聞きが悪いな。ちょうどいい囮になりそうな女がいたから、利用させてもらおうとしただけだ」
悪びれもなく答えるハル。彼には彼なりの信念があった。
「『最優先は仲間の命』……か。
仲間想いなのはいいことだけど、一般人を危険に晒しちゃダメだよ」
諭すような口調のボスに、不愉快あらわに眉根をよせる。
「どうしてだ? 僕たちの目的は『アザーズ』の脅威から民間人を守ることじゃない。
政治家どもから僕らを守ることだろう」
「うん、その通り。だからこそ、できるだけ影のヒーローとして人々を救う必要があるんだ」
ハルが押し黙り、静寂が訪れた執務室。
沈黙を破ったのは、遠慮がちに発せられた詠の声だった。
「……あの、実はひとつ気になることがあって」
「ん? 何だい」
「わたしが助けた女の子なんですが、もしかしたら『無自覚能力者』かもしれません」
「は……!?」
何を言いだすんだと睨むハルに、怖気づく様子を見せながらも、詠はファミレスで出会った少女が超能力者である可能性について説明しはじめる。
「わたしたちがいた場所から、彼女とアザーズ……吉田の会話は聞こえなかったんですが
彼女の腕をつかんだあと、吉田が一瞬怯えていたように見えたんです」
「ほう?」
「そのあと、彼は狼狽したように彼女から手を離しました。何らかの力を使われて、吉田は手を離さざるをえなかった……ということではないでしょうか?」
「なるほどねぇ」
「君の見間違いじゃないか? そんな光景、僕は見ていない」
ハルさんはその時、4杯目の紅茶をドリンクバーに取りに行ってたから見逃したんですよ
「…………う」
自分の紅茶好きがこんなところで災いするとは思わなかった。
ハルは苦々しい表情で口を閉ざす。
「わたしたちの仕事は『COT』に変わってアザーズを倒すこと。
それともうひとつ――――特殊能力を持ちながら気づいていない“無自覚能力者”が、アザーズにつく前にこちら側に引き入れることですよね?
あの時は確証がなかったので手順通りに記憶を消しましたけど……もし本当に能力者なら、あらためて接触する必要があるのでは」
「たしかに、少しでも可能性があるならその子を調査するべきだね」
無自覚能力者をスカウトする前に、『メイト』は対象者に対し、目的を告げずに適正検査をする。
今回の場合なら、能力を使ったと思われるシチュエーションを再現するのが一番手っ取り早いだろう。
アザーズのサンダーが行ったように無理やり腕をつかんで、本当に彼女が超能力を使ったのか、それがどういう類のものかをはっきりさせるのだ。
「はあ、あの娘か……」
憂鬱なため息をもらしたハルに、ボスが首をひねる。
「何か問題がある子なのかい?」
「問題というか、万が一仲間になったら面倒だと思ってな。接触した時間は短いがわかる。あれはとんだじゃじゃ馬だ」
「元気なのは良いことじゃないの」
『あはは』と人ごとのように笑いとばしてから、ボスはあらためてハルと詠に命じた。
「ということで、件の少女の調査を頼むよ」
「何で僕らが!? 他に暇なやつがいるだろう。そいつらに頼めばいい」
「君はともかく、詠くんの洞察力は頼りになる。適任だと思うけど」
「……この嫌味なタヌキ親父め」
「ん?何か不満でもあるのかな」
「………………いや」
これはきっと、民間人を巻き込んだ罰だ。
有無を言わさないボスの口調に、ハルはそう確信した。
*
*
*
執務室を出てすぐ、ハルは威圧するように詠を見おろす。
……とはいっても、相手は“女と呼ぶには”背が高いので、たいして効果はないのだが。
「おい、どうしてあの娘のことを黙っていた?」
「それは……ハルさんに先に言ったら止められると思って」
「たしかに品のない奴は好かないが……能力者なら仲間として受け入れる必要があることくらいわかる。組んで一年近く経つんだ。そのくらい理解してくれ」
「…………すみません」
しょぼくれる詠を見たいわけじゃない。
ハルは大きくため息をついて、話題をそらした。
「君の方はずいぶんと、あのオレンジ頭の女が気に入ったようだな。ああいうのがタイプなのか?」
「へ!? そ、そんなんじゃありません!
そもそも男らしさの欠片もないわたしに、女性との恋愛なんて無理ですよ……!」
「そりゃ女の恰好している時点で、男として認識されないだろうさ」
ズレたことを言う相棒に、つい笑みが漏れてしまう。
「あれ、ハルさん今笑いました? めずらしい……明日は雪でも降るのかな」
「…………。白銀(しろがね)に傷を治してもらったら、君の好きな焼肉でも奢ってやろうと思ったが……どうやら必要ないようだな」
すたすたと歩き出したハルを、大きなヒヨコが追いかける。
「う、嘘です、冗談です! お肉食べたいです!!」
従順そうに見えて、実は無鉄砲で頑固者だから本当に厄介な相棒だ。
ただでさえ手を焼いているというのに、もしあの女まで面倒を見なくてはいけなくなったら……。
恐ろしい未来を想像して、ハルはますます憂鬱になる。
そして。
やっぱり能力者じゃないか、能力者だったとしても別のチームに配属されますように。
と、この国の作品から存在を消された“神”に祈ったのだった。
……to be continued
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
乙女フラッグ!
月芝
キャラ文芸
いにしえから妖らに伝わる調停の儀・旗合戦。
それがじつに三百年ぶりに開催されることになった。
ご先祖さまのやらかしのせいで、これに参加させられるハメになる女子高生のヒロイン。
拒否権はなく、わけがわからないうちに渦中へと放り込まれる。
しかしこの旗合戦の内容というのが、とにかく奇天烈で超過激だった!
日常が裏返り、常識は霧散し、わりと平穏だった高校生活が一変する。
凍りつく刻、消える生徒たち、襲い来る化生の者ども、立ちはだかるライバル、ナゾの青年の介入……
敵味方が入り乱れては火花を散らし、水面下でも様々な思惑が交差する。
そのうちにヒロインの身にも変化が起こったりして、さぁ大変!
現代版・お伽活劇、ここに開幕です。
ルナティック・パーティ
はじめアキラ
キャラ文芸
「“桃太郎”は、この“ピーターパン”が預かる。あんたには申し訳ないがな」
酔っ払って自宅に帰る途中だったOLの凛音と、同じ会社の後輩である瑠衣。そんな二人の目の前に現れた少年は、自らをピーターパンと名乗り、瑠衣を桃太郎と呼んだ。
瑠衣がピーターパンに攫われ、凛音の目の前に現れたのはーーなんとシンデレラ?
御伽噺を前世に持つ者達と、魔王との戦いが、今幕を開ける。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
下っ端妃は逃げ出したい
都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー
庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。
そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。
しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……
後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符
washusatomi
キャラ文芸
西域の女商人白蘭は、董王朝の皇太后の護符の行方を追う。皇帝に自分の有能さを認めさせ、後宮出入りの女商人として生きていくために――。 そして奮闘する白蘭は、無骨な禁軍将軍と心を通わせるようになり……。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる