NG-wor『L』d

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一章

四話 『メイト』

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 都内某所――――。
 繁華街から少し離れた場所にある、控えめな外観で目立たないオフィスビル。その建物全体が『メイト』の本拠地として使われている。

 任務を終えて戻ったばかりのハロルド・スプリングと桜庭 詠は、報告のため、上司の待つ最上階の一室を目指していた。

 


「それにしても、吉田はなぜファミリーレストランなんて狙ったのでしょうか?
アザーズの標的になるのは、高級ブランド店とか宝石店ばかりなのに」

 相棒の疑問にハロルド――――ハルは、エレベーターのボタンを押しながら答える。
 
「あいつは最近、大掛かりな強盗計画でヘマをやらかしたからな。
リーダー格のやつに絞られてヤケになっていたんだろう」
 
「なるほど。だから落ち込んでいたり、いきなりキレたり情緒不安定だったんですね」

 腑に落ちたような声を漏らす詠。
 と、上昇していたエレベーターがとまり扉が開く。
 ハルを先頭にして降りたふたりは、広い廊下を進んで重厚な作りの扉の前に立った。

 ハルがノックをすると、中から『どうぞ~』と間延びした声が返ってくる。
 

「失礼する」
 
「失礼します」

「お帰り。ハルくん詠くん」

 ふたりを出迎えたのは、デスクの前におかれた椅子に座っている男ーーーー。
 『メイト』の設立者にして責任者をつとめる通称“ボス”である。

 ビジネス用のスーツに、うしろに撫でつけたロマンスグレイの髪。……それだけならどこにでもいる中年のサラリーマンだが、顔に面をつけているせいで不気味さと滑稽さを感じさせる奇妙な人物だ。

「任務どうだった?」

 上司の怪しげな風貌に見慣れているハルは、特に気にするでもなく報告をはじめる。
 
「いつもどおり、『COT』に身柄を渡した。
ちゃんと僕らの記憶を消したあとでな」

『COT』とは協力関係にあるものの、信用しあっているわけではない。
 だから、捕らえた『アザーズ』からハルたちの外見的特徴が漏れないようにする必要があるのだ。
 もちろん、『COT』はこの場所やメンバーに関する個人情報を知らないし、 やりとりも足のつかない電話でのやりとりのみと、情報漏洩の防止を徹底している。

 
「そっか、お疲れ様。……ところで詠くん、ずいぶんひどい怪我だけど苦戦したのかい?」

 ボスの顔がわずかに横に動き、ハルから詠へと視線移動したのだとわかる。
 気まずそうに目を泳がせる詠のかわりにハルが答えた。
 
「またお人よしが災いして無茶したんだ」
 
「…………申し訳ありません。わたしの勝手な行動で足をひっぱってしまいました」

しょんぼり頭をたれる詠に、ボスは優しく声をかける。
 
「そんなに落ち込まなくていいよ。
君のことだ、誰かを庇って怪我を負ったんでしょ。ハルくんの冷酷無慈悲な作戦から守るために」
 
「人聞きが悪いな。ちょうどいい囮になりそうな女がいたから、利用させてもらおうとしただけだ」

 悪びれもなく答えるハル。彼には彼なりの信念があった。
 
「『最優先は仲間の命』……か。
仲間想いなのはいいことだけど、一般人を危険に晒しちゃダメだよ」

 諭すような口調のボスに、不愉快あらわに眉根をよせる。
 
「どうしてだ? 僕たちの目的は『アザーズ』の脅威から民間人を守ることじゃない。
政治家どもから僕らを守ることだろう」
 
「うん、その通り。だからこそ、できるだけ影のヒーローとして人々を救う必要があるんだ」
 
 ハルが押し黙り、静寂が訪れた執務室。
 沈黙を破ったのは、遠慮がちに発せられた詠の声だった。
 

「……あの、実はひとつ気になることがあって」
 
「ん? 何だい」
 
「わたしが助けた女の子なんですが、もしかしたら『無自覚能力者』かもしれません」
 
「は……!?」

 何を言いだすんだと睨むハルに、怖気づく様子を見せながらも、詠はファミレスで出会った少女が超能力者である可能性について説明しはじめる。
 
「わたしたちがいた場所から、彼女とアザーズ……吉田の会話は聞こえなかったんですが
彼女の腕をつかんだあと、吉田が一瞬怯えていたように見えたんです」
 
「ほう?」
 
「そのあと、彼は狼狽したように彼女から手を離しました。何らかの力を使われて、吉田は手を離さざるをえなかった……ということではないでしょうか?」
 
「なるほどねぇ」
 
「君の見間違いじゃないか? そんな光景、僕は見ていない」
 

 ハルさんはその時、4杯目の紅茶をドリンクバーに取りに行ってたから見逃したんですよ
 
「…………う」

 自分の紅茶好きがこんなところで災いするとは思わなかった。
 ハルは苦々しい表情で口を閉ざす。
 
「わたしたちの仕事は『COT』に変わってアザーズを倒すこと。
それともうひとつ――――特殊能力を持ちながら気づいていない“無自覚能力者”が、アザーズにつく前にこちら側に引き入れることですよね?

あの時は確証がなかったので手順通りに記憶を消しましたけど……もし本当に能力者なら、あらためて接触する必要があるのでは」
 
「たしかに、少しでも可能性があるならその子を調査するべきだね」

 
 無自覚能力者をスカウトする前に、『メイト』は対象者に対し、目的を告げずに適正検査をする。

 今回の場合なら、能力を使ったと思われるシチュエーションを再現するのが一番手っ取り早いだろう。
 アザーズのサンダーが行ったように無理やり腕をつかんで、本当に彼女が超能力を使ったのか、それがどういう類のものかをはっきりさせるのだ。
 
「はあ、あの娘か……」
憂鬱なため息をもらしたハルに、ボスが首をひねる。
 
「何か問題がある子なのかい?」
 
「問題というか、万が一仲間になったら面倒だと思ってな。接触した時間は短いがわかる。あれはとんだじゃじゃ馬だ」
 
「元気なのは良いことじゃないの」

『あはは』と人ごとのように笑いとばしてから、ボスはあらためてハルと詠に命じた。
 
「ということで、件の少女の調査を頼むよ」
 
「何で僕らが!? 他に暇なやつがいるだろう。そいつらに頼めばいい」
 
「君はともかく、詠くんの洞察力は頼りになる。適任だと思うけど」
 
「……この嫌味なタヌキ親父め」
 
「ん?何か不満でもあるのかな」
 
「………………いや」

 これはきっと、民間人を巻き込んだ罰だ。
有無を言わさないボスの口調に、ハルはそう確信した。












 執務室を出てすぐ、ハルは威圧するように詠を見おろす。
 ……とはいっても、相手は“女と呼ぶには”背が高いので、たいして効果はないのだが。

「おい、どうしてあの娘のことを黙っていた?」
 
「それは……ハルさんに先に言ったら止められると思って」
 
「たしかに品のない奴は好かないが……能力者なら仲間として受け入れる必要があることくらいわかる。組んで一年近く経つんだ。そのくらい理解してくれ」
 
「…………すみません」

 しょぼくれる詠を見たいわけじゃない。
 ハルは大きくため息をついて、話題をそらした。
 
「君の方はずいぶんと、あのオレンジ頭の女が気に入ったようだな。ああいうのがタイプなのか?」
 
「へ!? そ、そんなんじゃありません!
そもそも男らしさの欠片もないわたしに、女性との恋愛なんて無理ですよ……!」
 
「そりゃ女の恰好している時点で、男として認識されないだろうさ」

ズレたことを言う相棒に、つい笑みが漏れてしまう。
 

「あれ、ハルさん今笑いました? めずらしい……明日は雪でも降るのかな」
 
「…………。白銀(しろがね)に傷を治してもらったら、君の好きな焼肉でも奢ってやろうと思ったが……どうやら必要ないようだな」

 すたすたと歩き出したハルを、大きなヒヨコが追いかける。
 
「う、嘘です、冗談です! お肉食べたいです!!」

 従順そうに見えて、実は無鉄砲で頑固者だから本当に厄介な相棒だ。
 ただでさえ手を焼いているというのに、もしあの女まで面倒を見なくてはいけなくなったら……。

 恐ろしい未来を想像して、ハルはますます憂鬱になる。

 そして。
 やっぱり能力者じゃないか、能力者だったとしても別のチームに配属されますように。

 と、この国の作品から存在を消された“神”に祈ったのだった。






……to be continued

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