NG-wor『L』d

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一章

一話 予感

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 学校帰りの中高生などで、それなりに混んでいる夕方のファミレス。
 いつものように忙しなくホールを歩き回っている私を、バイトの後輩が暢気な声で呼びとめた。

「あ、天羽さん~!」

「何?」

 不機嫌顔で振り向いてしまったのは、もとから愛想が悪いからでも、相手のことが嫌いだからでもない。

 たんに、この後輩――加賀美 瑞樹(かがみ みずき)の口から飛び出る言葉が、くだらないものだと予想できたからだ。


「さっき十番テーブルのお客さんが、天羽さんのこと可愛いって言ってましたよ!」



 ーーーーほらね、やっぱりロクな話じゃない。

 私の冷たい視線などお構いなしに、背の低い彼女はこちらを見上げるようにしてつづける。


「結構イケメンだし、ここは思いきって行ってみるべきでは?」
 

「……あんたねえ」


 私は片手に水の乗ったトレーを持ったまま、深いため息をひとつこぼす。

 そして何かにつけ、彼氏いない歴=年齢の私に彼氏を作ろうとする、お節介な後輩にキッパリと告げた。


「もう何百回と言ってるけど、私は別に彼氏なんて欲しくないから。
可愛い弟がいればそれでいいから」


 家で待っている弟の姿を思い浮かべて、つい頬がゆるんでしまう。
 そんな私を、瑞樹は心底哀れんだような目で見てきた。


「ぜんぜんよくないです! 
このままじゃ先輩、ブラコンこじらせた寂しいおばさんになっちゃいますよ! 
弟さんの奥さんに嫌がらせするだけが楽しみの、意地悪で嫌~な小姑になっちゃいますよ!」
 

「よけいなお世話だっつの」

 話を切りあげて水を運ぼうとしたものの、空いた方の腕を強くつかまれる。
 

「うわっ」

 バランスを崩したせいで、グラスの中身が大きく揺れたがこぼれはしなかった。


 いいかげんにしなさい! そう咎めようと瑞樹を見て言葉を飲み込む。

 仕事中にも関わらず。ドリンクバーにいる客がこちらを見ているにも関わらず。
 瑞樹はなんと、大きな目に涙をためていたのだ。


 ーーーーえ、マジで?

 泣くようなこと言った?
 冷たくしすぎた?
 ……でも、適当にあしらうのはいつものことだし。



 なだめるために、とりあえずトレーを近くの台に置く。

 「ちょっと、どうしたの。いくらあんたでもおかしいよ。何かあった?」

 もしかしたら、つらいことがあったのかもしれない。
 それで、ふだんは気にしない私の塩対応にも傷ついてしまったのかもしれない。

 華奢な背中をぽんぽんと叩きながら、スタッフルームの方へと連れて行こうすると。
 うつむいていた瑞樹が顔を上げ、涙でぐちゃぐちゃになった顔でまくしたててきた。


「実は……昨日やってたドラマの主人公が天羽さんそっくりだったんです!
で、その主人公、最後に病気で死ぬんですけど、結局想い人とは結ばれなくて。
だから、今日は特に孤独な天羽さんがいたたまれなくなっっちゃってぇ……!!」

 


 いつも以上にしつこい理由がようやくわかった。
 
 …………あまりのくだらなさにため息が漏れる。

 

 勝手に人をくだらないドラマの登場人物と重ねんなッ!
 瑞樹の後頭部をぺしっと殴ってから、トレーを持って歩き出す。
 

「ああ、天羽さん! 待って~~!」


 背中に聞こえる声を無視して、私は大股で客席の方へと向かった。



――――ドラマねえ、と、苦々しく呟きながら。







 ファンタジーが規制されてからというもの、若者向けの作品はスポーツものやら恋愛ものやらがほとんどになった。
そのせいか、瑞樹のように頭の中お花畑な連中が増えた気がする。


 『アザーズ』なるヤバい犯罪集団が世にはびこっているというのに。

 超能力を使う奴らのせいで生まれた法律によって、頭の中が平和ボケしている人間が多くなるなんて皮肉な話だ。

 そんなことを考えつつ、目的のテーブルに水を置く。



「…………」


 戻ろうとして、ふいに隣の十番テーブルの男が目に入った。


『先輩のこと可愛いって言ってましたよ!』


 瑞樹がそう話していたが、すぐに嘘だったと悟る。
 たしかに十番テーブルの客は男だった。

……けれど、その男は異性どころか人生にも興味がなさそうな、どんよりと暗い雰囲気をかもしだしている。
 薄汚れたパーカーも、無精ひげも、とてもじゃないが、店員に色目を使うような感じじゃない。
 私から声をかけるよう仕組むため、瑞樹はあんな嘘をついたんだろうけど、他にもっといい人選はなかったんだろうか。

……おっと。

 自分でも気づかない間に見つめてしまっていたらしい。十番テーブルの男とうっかり目があってしまった。

 何か用? とでも言いたげな、迷惑そうな表情をされたので、
 

「ご、ごゆっくりどうぞ」

 私は苦手な営業スマイルで告げ、そそくさとその場をあとにしたのだった。








 

「天羽さん! あの……さっきはごめんなさい」

 ドリンクバー近くに戻ると、グラスの補充をしていた瑞樹が頭を下げてくる。
 しゅんとしている様子からして、だいぶ反省しているようだ。
 叱られた子犬のような顔を見ているうちに可哀想になってきた私は、彼女の頭をポンポンと優しく叩く。

「いいよ。あんたに悪気ないのわかってるし
でも、いきなり泣いたのはさすがにびっくりしーーーー

「10番テーブルのお客さんの話、実は嘘なんです」
 
「そっちかよ!!!」


 私を勝手に哀れんだあげく、仕事中に号泣したことじゃないのか!
 

「それなら知ってるよ。
ったく、適当なこと言って……。せめてもう少しマシな嘘つきなさいよね」
 
「そんな、適当だなんて……
これは論理的に考えた上での作戦ですよ!」
 
「は?」
 
「天羽さんみたいにボーイッシュで色気のない女性を『可愛い』って言う人は、かなり変わった人といえるじゃないですか」

「おい」

「だから、いかにも変人っぽいあのお客さんなら説得力が増すんじゃないかと!」


 誰もいなくなったのを確認してから、さっきと同じく瑞樹の後頭部を軽くはたく。

「私はともかく、お客の悪口は言うな。
心にしまっときなさい」

「いったぁい!
もう天羽さんってば、すぐに手が出るんだから~」

 文句を言いつつも、本気で嫌がっていない。
 ……というのは、隠し切れていない笑みを見れば一目瞭然だ。

 瑞樹には困った癖があって、どうも私を怒らせるのが楽しくて仕方ないらしい。


『私が嫌いなの?』

 と、以前尋ねてみたところ、


『いいえ。むしろ愛ゆえの行動です!』

 という謎の答えが返ってきた。

 私には、この子の脳内がさっぱり理解できない。
 変わり者は十番テーブルのお客ではなく、瑞樹の方だと思う。


「で、ちゃんとわかったの?」
 
「はい!
お客さんの悪口は言わない、ですよね。以後気をつけま――――」


 途中で言葉を切った瑞樹は、私のうしろにある入り口の方を見たまま固まった。

「何よ。どうかしたの」

 彼女の視線わ追うように振り返ると、二人組の客が入ってきたところだった。





―――― 洒落たスーツ姿の男と、どこかの令嬢のような服を着た女。



 カウンターに立っていたスタッフが彼らを案内するのを眺めながら、瑞樹が感嘆の息を吐く。
 
「わ~、すごい美男美女カップル……!
まるでドラマの中から出てきたみたいですねっ。天羽さん!」
 
「まあたしかに」


 同意しながらも、私はまったく違う感想を抱いていた。


 “めずらしいな”という感想を。


 失礼にならないよう、こっそりとスーツ姿の男を窺う。

 柔らかそうな金糸の髪に、真っ白な肌。宝石みたいな色素の薄い瞳――くっきりとした顔立ちからして、外国人に違いないだろう。


 うん、ほんと。

 ひと昔前ならよく見たけれど、今となっては本当にめずらしい。










『アザーズ』が現れてからというもの、おかしくなっていった日本から大勢の外国人が出ていった。

 理由は人それぞれ。
 危険だからという人もいれば、ファンタジー規制法が“神”の存在を否定するものとして、宗教上の問題で出て行った人もいる。

 まあ、うちの親父だって、編集部のチェックミスで“天使のような”という一節が書かれた本を出版しただけで捕まったしね。
 “天使”ですらNGワードなのだから、“神”を崇拝する人たちがこの国にいられないのも無理はない。

 エンタメのジャンルが限られたせいで“アニメ大国”の名が廃れ、歴史的建物もアザーズに破壊されたりと、観光にくる人もほとんどいなくなっている……。
 鎖国までとは言わないけれど、日本は今ほぼ孤立無縁状態だ。

 とはいえ、真面目に働きさえすれば食うに困らない程度の給料はもらえる。
 アザーズの脅威だって、目立たないように暮らしていれば関係ない。



 ーーーーだからつい忘れてしまいそうになるけれど、 あらためて考えると、今の日本ってかなりヤバイなと思った。

 

「天羽さんもあの人みたいに髪を長くして、清楚な恰好をしたらモテるかもしれないのに」

 瑞樹の失礼な発言で我に返る。
 彼女は外国人の連れである、黒髪美女をうっとりと見ていた。


「まだ言うか。いいから水を持っていけ!」


 席についたカップルを見やりながら言うと、瑞樹は「了解です!」と敬礼のポーズをして去って行った。

 その姿を眺めているうちに、ふいに嫌な予感が胸をよぎる。




 瑞樹が何かやらかすというより、カップルに対していいようのない不安感を覚えた。




 どうしてそんなことを思ったのかわからない。
 片方が外国人ってことは関係ない。







 ただ、二人に“ただ者ではない何か”を感じ取ったのだ。





 

……まさか
『アザーズ』だったりして……。


 などという馬鹿げたことを考えて、そんなわけないと首を振る。
 たんに、アザーズのことを考えていたから不安になってしまっただけだ。







 うん。ぜったいにそう。

……だよね?









……to be continued

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